第217話
「オッス!」
「おぉ!」「伸!」
夏休み明けの教室、伸は久しぶりに会った友人の石塚・吉井の2人に声をかける。
2人の表情と少し日焼けしているところから、夏休みを楽しんだのだろうと受け取れる。
「相変わらず巻き込まれてるな」
「……しょうがないだろ」
石塚の言葉に、伸は少し渋い表情をして返答する。
巻き込まれているというのは、恐らく夏休み中に出現した魔人のことだろう。
石塚たちからすると、綾愛が狙われ、伸がそれに巻き込まれたと思っているようだ。
あながち間違いではないが、オレガリオに実力がバレてし合ったことから、今後は自分も狙われることになると予想できるだけに、伸は笑えない話だ。
「……了は今年も選ばれたな」
「そうだな……」
吉井がタブレットの画像を見せつつ話しかけてくる。
その画像は構内情報の1ページで、そこには綾愛や奈津希、そして了の名前が載っている。
彼の言っているのは、年末に行われる対抗戦の校内選抜戦の選手に選ばれたということだ。
夏休み明けすぐに校内選抜戦が開始されるため、選ばれていない人間はどんな試合が繰り広げられるか観戦を楽しみにしている。
石塚と吉井もその口なのだろう。
「そう言えば、2人のどっちが了のセコンドに付くんだ?」
「……俺。じゃんけんで負けた」
どうやら、去年と同様に校内戦では石塚、本選の対抗戦では吉井が了のセコンドに付くことに決まったようだ。
勝った方が皇都に付いていけるというルールでじゃんけんをおこない、このような結果になったらしい。
「いいよな。伸は柊のセコンドだろ? 俺だけ自腹かよ……」
去年じゃんけんで負けたことで、石塚は皇都まで自腹で観戦に行くことになった。
選手として出る了は当然ながら、じゃんけんで勝ってセコンドに付く吉井も学校が手配したバスで、学校が手配したホテルに泊まることができる。
伸も綾愛のセコンドとしてついて行くことが決まっているので、いつもの4人組で自分だけが仲間外れのようになってしまったため、石塚はなんだか寂しそうに呟いた。
「……バイト代入ったから、少しだけカンパしてやるから落ち込むなよ」
「マジで? やった!」
「……お前、わざとか……」
毎年のように自分たちだけ年末の大イベントにタダで参加していることが申し訳なく思い、せめて大会中の飯代だけでも出してやろうと提案した伸だったが、それを聞いた石塚はさっきまでの落ち込みが嘘だったかのように元気になっている。
その川栄養から、もしかしたら伸にバイト代が入ったことが分かっていて、演技でもしたのではないかと思えてくるほどだ。
「了! 今年も頑張れよ!」
「…………あぁ」
「……?」
今年も出場できれば3年連続の本選出場になる。
それだけでも、魔闘師業界の中ではかなり評価が高いため、恐らく卒業後の進路は心配ないだろう。
そのため、伸が応援の言葉をかけると、了は短い返答をした。
その返答に若干間があったことが気になるが、授業開始時間になったため伸は自分の席へと戻って行った。
「結局変わりないメンバーだな……」
いつものように料亭に集合した伸と綾愛たち。
そして、校内対抗戦に選出されたメンバーを見た伸は、トーナメントに書かれたいつもの名前を見て呟く。
「仕方ないよ。実技や学力テストは大きな変動なかったもん」
1年の時から、上位陣の実技・学力の順位は変わっていないため、教師が選出するメンバーが変わらないのも仕方がないことだ。
そのため、綾愛は伸の呟きに返答する。
「大きな変動って言っても、新田君だけだしね」
「そりゃそうか……」
大きな変動といったら、前期の中間・期末の学力テストによる伸の成績だ。
伸が上位に食い込んだことで、何かしらの変化があるかもしれないと考えていた者(主に綾愛や奈津希)もいたが、教師陣も学力だけでは選出し辛かったのだろう。
伸自身、選ばれる可能性は低いと思っていただけに、奈津希の言葉に納得するしかなかった。
「とはいっても、いつもの3人だろうな」
対抗戦で選ばれているメンバーなため、実力差も大体分かっている。
なので、戦う前から誰が選手となれるかも予想できる。
今年も、綾愛・奈津希・了の3人が最大の候補だろう。
その中でも、全国大会で2連覇中の綾愛は、最有力候補と言っていいだろう。
「新田君が出場すれば1位確実なんだけどね」
「まぁ、しょうがないだろ……」
綾愛が言うように、自分が出ていれば選手に選ばれる自信はある。
別に天狗になっているわけではないが、全国大会でも優勝できるはずだ。
しかし、高校生の大会に、自分のようなチート級の力を持った人間が出ても良いものかという思いがある。
そんな思いもあって実技の評価を上げすぎなかったため、選手に選ばれなかったのかもしれない。
選ばれても選ばれなくてもどちらでも良かったため、伸としては選手になれなかったことは特に気にしていない。
むしろ、これで良かったのではないかと思っているくらいだ。
「最後くらいは出たかった?」
「……20%くらいはな」
出れなくても良かったが、出たいという気持ちは少しあった。
そのため、伸は奈津希の問いに本心を返した。
ずっと鷹藤家に目を付けられないようにしていたが、柊家の後ろ盾を得た今ではその必要もなくなった。
今までそうして抑え込んできた分、世間から評価を得たいと思ってしまうのは高校生ならば仕方がないことだろう。
「…………」
伸は気づかなかったが、その返事を受けた奈津希は、密かに何かを思いつめたような表情をしていた。




