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第176話 

「う~ん……」


 山奥の駐車場に車が止まり、降車した伸は背伸びをする。

 この八郷地区東側の山奥に来たのは、柊家の仕事を手伝う週末のバイトに来たためだ。

 魔物は、人の住んでいないようなところに出現したり住み着いていることが多く、放置しておくと大群となって人里へ降りてくる可能性がある。

 そうならないために、八郷地区内で魔物が住み着きそうな場所は、定期的に見て回る必要がある。

 今日はその調査をするのが、伸たちの仕事だ。


「あの山だっけか?」


「うん」


 伸が山を指差して問いかけると、綾愛は頷きと共に答える。

 この駐車場から見える山が調査対象の場所だ。

 まだ少し離れているが、一番近い駐車場がここしかないため、ここからは自力で向かうことになっている。


「それにしても……」


 伸は、目的地である山から乗ってきたワゴン車の方へと視線を移しつつ呟く。

 ワゴン車の側には杉山奈津希だけでなく、上長麻里と森川正大が荷物を降ろし、目的地の山へと向かう準備をおこなっている。


「まさか本当に手伝わせるなんてな……」


 三矢野地区の上長家、台藤地区の森川家。

 名門家である2人に柊家の仕事を手伝わせるなんて、何か言われないかと思っていたが、どうやら許可が下りたらしい。

 それが意外だったため、伸は思わず呟いた。


「柊家の仕事を手伝うことも訓練になるだろうからって、両家ともすんなり許可したらしいよ」


「へ~……」


 この数年柊家が人気急上昇した理由は、当主の俊夫が魔人を倒したことにある。

 それに加え、当主の娘である綾愛は、対抗戦で2年連続で優勝中だ。

 そんな柊家の強さの秘訣を少しでも手に入れるために、正大と麻里の2人は、わざわざ別地区の八郷学園に通うことにしたのかもしれない。

 だから、両家ともすぐに了承したのだろう。


「こちらとしたら、名門家の子息子女をバイト代程度で手伝ってもらえるんだから、安いもんってことだからね」


「そうか……」


 両家が許可を出したとしても、他家の子息子女を自家の仕事に利用するのは、柊家当主の俊夫も気が引けるのではないかと伸は思っていた。

 しかし、その考えは完全に間違いだったらしく、名家の2人を少なめの賃金で利用できるのだから、俊夫としては喜ばしいといった所のようだ。


『結構ちゃっかりしているな』


 柊家の人気が上昇しているため、関連企業も好調に推移しているはず。

 景気が上昇している状況で、俊夫が少しでも従業員の賃金を削減しようと考えるとは思わなかった。

 経営者としては当然とも言える考えだが、そう言った部分では高校生の伸からすると、こう思ってしまうのは仕方がない。


「今回の仕事はそこまで強い魔物がいないらしいし……」


「なるほど……」


 魔物はいつどこに出現するか分からない。

 よく言われているのは、都市の郊外や人があまり住んでいないような山奥とかの魔素が溜まりやすいようなところで、人知れず出現しているのではないかということだ。

 そういったところの魔物の調査・討伐は、多くの魔闘師を所持している名家が請け負っている。

 八郷地区では柊家だ。

 今回の仕事も調査・討伐がメインだが、綾愛の言い方からすると事前にも簡単な調査がおこなっているようだ。

 他家の子息子女である正大と麻里を預かるのだから、念のため比較的安全な仕事を選んだのかもしれない。


「移動開始するぞ」


「「はい!」」


 正大と麻里も、実家の仕事を手伝っているらしく、支度は速やかにおこなわれた。

 それを見て、伸たちは調査場所となる隣の山へと向かって移動を開始した。






「ハッ!」


「ギャウ!!」


「ㇱッ!」


「ガッ!!」


 調査場所に近付くまでの間、伸たちの前には単発ながら魔物が出現し、正大と麻里が問題なく討伐する。


「そりゃそうか……」


 危険度的には低いとは言っても、中学校を卒業したての正大と麻里が魔物相手に臆さないかと思っていたが、そんな事はなかった。

 別地区の名門家の人間なら、魔物との戦闘も早いうちに経験させているのだろう。

 そんな2人が魔物相手に臆するなんてありえないのは、当然と言えば当然だ。

 そう考えた、伸は納得したように呟いた。


「こんな魔物の相手より、指導してくださいよ先輩」


「私もです」


 魔物を倒したことを確認すると、正大と麻里は武器に付いた血を振り払い鞘に納める。

 そして、伸たちの所へと来た2人は、先程までの真剣な表情が嘘だったかのように、正大は伸へ、麻里は綾愛へと話しかけて来た。


「指導って言っても、お前ら充分優秀だって。教える必要もないだろ?」


 入学試験の成績は、正大は次席、麻里は主席だ。

 そのことからも、対抗戦の1年生代表選手候補筆頭だ。

 魔物との戦闘でも油断なく警戒している所を見ると、問題点はないように思える。

 このまま、学園の授業と魔物討伐の仕事をこなしていれば、卒業するころには充分な実力を手に入れているはずだ。

 そのため、いつものように指導を求めてくる2人に、伸はうんざりしたように話しかけた。


「それに、指導を求めるなら、柊の方が適任なんじゃないか?」


「えっ?」


 麻里はともかく、正大はどういう訳か自分に指導を求めてきている。

 そのため、伸は綾愛に指導を求めるべきなのではないかと正大へと問いかけた。

 その言葉に、綾愛が反応する。

 何で自分なのかと言いたげな表情だ。


「対抗戦2年連続優勝者なんだから当然だろ?」


「そ、そうだけど……」


 対抗戦に出たこともないような自分よりも、2年連続優勝者である綾愛に指導を受けた方が実力は上昇するはず。

 綾愛の反応に対し、伸は尤もな理由を述べた。


「いや、家は従魔と戦う戦闘スタイルなんで、従魔のいる先輩の方が良いっす!」


『……チッ!』


 伸の質問に対し、正大は伸のポケットにいるピモを指差して返答した。

 八郷地区の北にある台藤地区の森川家は、魔術により従えた魔物と共に戦闘するスタイルで有名で、正大の兄である哲也も斬牙と言う名の狼種の魔物を使役していた。

 去年、鷹藤家の次男である道康と試合をした時、伸は従魔であるピモを使って勝利した。

 まだ従魔のいない正大は、従える魔物の選択の相談も含め、綾愛よりも鷹藤家を相手にも勝利できる実力者の伸に指導を求めているようだ。

 そう言われたら言い返す言葉が出て来ず、伸は内心で舌打をした。


「……ともかく、まずその件は仕事を終えてからだな」


「うっす」


 断るのが難しい雰囲気を感じたためか、伸は話を無理やり変えるように言って歩き出した。

 ちゃんと探知はおこなっているので魔物が襲って来る気配は感じないが、まずは仕事をきちんとこなすことが重要。

 魔物からの被害を考えるなら、それは当然の事のため、正大はすんなりと受け入れた。

 鷹藤家の馬鹿兄弟とは違い、正大は自分の欲求よりも被害を受けるかもしれない他人の安全の事も考えられる優しさも持っている。

 そのことが、伸たちが無下にできない理由でもあった。


「さっき、綾愛ちゃんに擦り付けようとしたでしょ?」


「……そんなこと…ない」


「ちゃんとこっち向いて言いなさいよ」


「…………」


 目的地へと進むなか、奈津希が伸の横に並び話しかける。

 先程の会話は、まるで面倒だから綾愛に押し付けてしまおうしているように奈津希には見えた。

 綾愛の友達である奈津希としては、自分だけ楽しようとしていることが許せなく、若干立腹気味だ。

 そんな奈津希からの図星の問いに、伸は言葉を詰まらせるように返答した。

 その反応から正解だったことを確信した奈津希は、更に責めるように話しかける。

 それに対して何も言うことができず、伸は無言で歩を進めるしかなかった。



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