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第172話

「それにしても……」


 短い冬休みが終了し、後期の授業が再開された。

 そして、一週間程が経ち、伸はいつものように柊家御用達の料亭で綾愛と奈津希のふたりと待ち合わせた。

 伸が部屋に案内されてすぐ、綾愛たちが到着した所で、伸はため息交じりと言うかのように呟く。


「んっ?」


「どこに行っても注目されていると思ってな……」


 伸の呟きに対し、奈津希が反応した。

 首を傾げた奈津希に対し、伸は先程の言葉の続きを口にした。 

 それは、この一週間、学校や寮内で多くの者たちから遠巻きに見られていることに関してだ。

 この料亭の人たちもこれまでも丁寧な対応をしてくれていたが、少しだけ雰囲気が変わっていたような気がする。

 柊家との関わりが強い店なだけに、綾愛の婚約者となった自分にこれまで以上に気を使うようにしているのだろうか。


「仕方ないよ。魔人討伐を果たし、対抗戦二連覇中の柊家令嬢の婚約者なんだから……」


 奈津希としても、伸がそう言いたくなる気持ちはわかる。

 同じ学園に通う他の生徒からすると、伸と綾愛がどんなやり取りをしているのか気になり、一挙手一投足に自然と目で追ってしまっているようだ。

 しかし、去年・一昨年と2年続けて出現した魔人を倒した柊家当主の俊夫。

 その娘で、国中の注目が集まる対抗戦を二連覇している綾愛。

 この親子によって、この2年で柊家の評価はうなぎ上りの真っ最中だ。

 しかも、綾愛の場合は器量良しの面も注目されていたところで、婚約者がいることが発表されたのだから、注目しない訳にはいかない。

 そのため、奈津希は伸に諦めるように告げた。


「分かってるよ」


 奈津希の言っていることは分かる。

 魔術師のエリートが集まる魔術学園とは言っても、気持ちは普通の高校生と変わらない。

 恋愛沙汰に、全く興味がないという者の方が少ないのだろう。


「なぁ……」


「……な、なに?」


 奈津希と話していた伸は、急に綾愛に話しかける。

 それに対し、綾愛は戸惑ったように反応した。


「なんだかいつの間にか婚約者確定になっちまったけど、柊の方は良いのか?」


 この一週間、同じクラスでありながら他人の視線があるため、伸は綾愛と話すことはができなかった。

 綾愛の方も話しづらいのか、伸とあまり顔を合わせようとしていなかった。

 ここにきて、奈津希と話している間も俯いていることが多かった。

 柊家当主の俊夫とは婚約者関係の話をした記憶はあるが、綾愛がいない所で勝手に決めたような形だった。

 綾愛としてはそのことが納得いっていないため、自分に怒りを向けているのではないかと伸は思っていた。

 そのため、伸はそのことを確認することにした。


「し、仕方ないことだわ。お父さんがそうした方が柊家のためになるって言うんだから……」


「そうか……」


 綾愛は顔を赤くし、そっぽを向くように答えた。

 やはり納得いっていないのだろう。

 しかし、父の俊夫に言われたから、仕方なく受け入れているようだ。


「……ツンデレは良くないよ。綾愛ちゃん」


「ツ、ツンデレなんかじゃ……」


 返答した綾愛に対し、奈津希は伸に聞こえないように小声でツッコミを入れる。

 綾愛は伸に惚れている。

 奈津希はそう確信しているため、変な態度をとる綾愛のことを思ってのツッコミだ。

 綾愛からすると、急に伸の婚約者になったことがまだ受け入れらず、どうしていいか分からず、自分がおかしな態度をとっていることを理解しているため、奈津希の指摘に強く否定できなかった。


「まぁ、あくまでも婚約者ってだけで、結婚しなければならない訳ではないからな」


 何だか綾愛と奈津希がコソコソ話しているが、勝手に婚約者にされて気に入らないと言っても、攻めて学園を卒業するまでの1年と少しの間は、顔を合わせるしかないのだから、これまでのように普通に相手してもらいたい。

 それに、婚約者といっても絶対に結婚しなけらばならない訳ではない。

 伸は、あくまでも自分や綾愛の周囲に対する牽制としての婚約なのだと思っている。

 そのため、伸はそこまで真剣にとらえないように綾愛へと促した。


「……えっ?」


 それではまるで、自分との婚約が不本意だと言っているようだ。

 そのため、伸の言葉に綾愛の顔から熱が引いた。


「ほら、ツンデレ対応しているから勘違いされちゃったよ」


「だって……」


 伸と綾愛のやり取りを見ていた奈津希は、両者ともに良くない方向に思考が向かっていることに気が付く。

 田舎育ちの伸とお嬢様育ちの綾愛。

 自分も人のことを言えないが、2人とも恋愛に関して得意なように見えない。

 そのため、奈津希は綾愛に対し、先程のような態度は悪手だと告げる。

 とは言っても、好意を伝えられたりすることはあってもその逆はないため、いきなりいつものような対応をするにしてもどうしていいのか分からず、綾愛としては混乱している状況なのだ。

 奈津希の言うことは分かるが、すぐにという訳にはいかないため、口をとがらせて反論の言葉を口にした。


「まぁ、少しすれば治まるだろ。それまで待つとするか」


「う、うん」


 噂はいつか治まるもの。

 この状況は仕方ないことと諦め、しばらく我慢するしかない。

 そう伸と綾愛は結論付けることにした。


「そう言えば、鷹藤のことだけど……」


「……弟の方?」


「そう」


 婚約関係のことは終了し、伸は話を変える。

 それは、大会で伸を誘拐することを指示して捕まった文康の事ではなく、伸たちと同じ八郷学園に通う一学年下の鷹藤道康のことだ。

 鷹藤と聞いて、一瞬文康の事を思い浮かんだ綾愛だったが、すぐに違うことに気付く。

 というのも、八郷学園内をざわつかせているのは、伸と綾愛の事だけでなく、道康のことも話題になっていたからだ。


「官林学園に編入するって本当なのか?」


「うん。そうみたい」


 文康が誘拐の教唆犯として捕まり、官林学園を退学させられることが決定し、鷹藤家の次々期当主資格も剥奪された。

 そうなると、当主資格は直系の子供となると次男の道康が最有力になる。

 綾愛の婚約者の地位を狙って八郷学園に入学させたが、その道は伸によって阻止された上に、綾愛自身の完全な拒否によって閉ざされた。

 そのため、鷹藤家としては、八郷学園に通わせているより、地元の官林学園に通わせながら、当主になるための指導を行った方が良いと考えたのだろう。

 学年が上がると共に、官林学園に編入させることにしたようだ。


「まぁ、兄貴程じゃないにしても実力はあるから、試験もパスするだろ」


 魔術学園同士での編入も出来なくはないが、その試験は入学時よりも厳しいと言われている。

 しかも、文康が問題を起こしたため、官林学園側としては鷹藤家だからと言っても忖度することはないはず。


「私としては、去年の夏のことがあるから……」


「居なくなってくれた方がいいかもな」


「言っちゃうんだ……」


 去年の夏休みに魔術師の名門家の若手を集めての合宿を開いた時、道康は兄の文康と共に、綾愛に魔物の集団をぶつけようとした。

 同じ学園にいると、その時のように何か良からぬことを考えないとも分からない。

 そのため綾愛としては、道康の編入はありがたいと言えなくもない。

 しかし、家の都合で行き来させられることになった道康のことが少しだけ不憫に思ったため、綾愛は口に出すのを控えた。

 そんな綾愛に反し、伸は思ったまま口に出す。

 その伸の言葉に、奈津希は思わずツッコミを入れたのだった。



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