第171話
「伸、おっす!」
「おっす! 了」
綾愛の連覇で大会は終わり、伸は他の生徒より遅れて冬休みに入る。
実家に帰っても誰もいない伸は、今年も寮で新年を迎えることになった。
そして、新学期が始まる前日の朝、実家に帰省していた了が学生寮に戻ってきた。
荷物を自分の部屋に置いた了は、伸の部屋の扉をノックして返事を受けると、挨拶と共に勢いよく部屋へ入ってきた。
そんな了に、「やたら元気だな」と思いつつ、伸は挨拶を返した。
「これ、実家から持ってきた土産!」
「あぁ、ありがとう」
実家に帰った時、了は律儀に土産を持ってきてくれる。
伸は実家に帰るようなことがあまり無いため、土産を買ってくることなどないというのにだ。
自分ばかりもらってばかりで申し訳ないと思いつつ、伸は了が差し出した土産入りの紙袋を受け取った。
「キッ?」
「ん? お菓子だ」
伸の肩に乗った従魔のピグミーモンキーのミモが、鳴き声と共に首を傾げる。
どうやら、了から貰った紙袋の中身が気になっているようだ。
そのため、伸は紙袋を開いて、ミモに何が入っているのかを説明してあげた。
「チビッ子。お前は食べ過ぎると太るぞ」
「キーッ!」
見た目の可愛さから、ミモは綾愛や奈津希によく大好きなお菓子をもらっている。
そのため、食べ過ぎて少し太った時期があった。
戦闘に置いて俊敏な動きが重要になるミモにとって、太ることは動きを鈍らせて長所を消すことになる。
その太っていた時期に、了に何度も揶揄われたことを思いだしたのか、了の言葉に対してミモは怒ったように鳴き声を上げる。
「ハハッ!」
怒ってもかわいい子猿のため、了はミモの抗議の声を何とも思わず、笑って受け流した。
「そう言えばニュース見たか?」
「ん? 何の?」
ミモを軽く揶揄った了は、思いだしたように話を変えた。
ニュースとは言っても色々とあるため、伸はどのことかを訪ね返す。
「鷹藤家のやつ」
「あぁ……」
了の返答に、伸は何のニュースなのかが分かり、頷く。
対抗戦の大会の終了と共に、突如魔人の集団が会場に出現した。
前年に続いての魔人出現、しかも集団ともなれば、観客や市民の多くがパニックに陥り、逃げ惑うことになった。
魔人単体の出現でも大事なのに、集団での出現となった今回は、情報を得た多くの者が、少なからず死人が出ることも覚悟していたはずだ。
しかし、重軽傷者を合わせた怪我人は多く出たが、今回の魔人たちの襲撃で出た死人は1人も出なかった。
それもこれも、大会観戦のために会場に来ていた名家の者たちにより、魔人討伐が成されたことが大きかった。
特に柊家の俊夫と鷹藤家の康義は、最も危険な魔人を協力して倒したということで、かなり評価されていた。
ニュースの大半が、会場に来ていた名家の人間、そして最後に柊家・鷹藤家を称賛する形で締めくくっていた。
「鷹藤家が文康を勘当しないなんてな……」
魔人を倒すことに貢献した鷹藤家だったが、その後が問題だった。
綾愛との試合を有利にしようと、文康が伸を誘拐したことが表沙汰になったからだ。
被害者・加害者共に未成年であったため、報道では名前は隠されていたのだが、首謀者で名門の鷹藤家ということもあり、文康の名前はあっさりと広まってしまった。
そのため、了の言うように、文康の祖父である鷹藤家当主の義康は、謝罪をすると共に彼を廃嫡することで収めることになった。
「そうだな……」
家から追い出す勘当ではなく、鷹藤家を当主になる権利を奪うだけの廃嫡で済んだことは、伸だけでなく多くの業界関係者意外に思ったことだろう。
能力のない者は捨てる。
魔闘師たちの間では、鷹藤家にそういったイメージを持っていたからだ。
「やっぱ、流石の鷹藤家当主でも、孫には弱かったのかな?」
康義が廃嫡で済ませたことで、多くの者が了と同じような思いをしたことだろう。
しかし、伸としては、鷹藤家が取った選択は予想の範疇だった。
「野に放ったら、他の家に鷹藤の血を奪われるかもしれないからじゃないか?」
「あぁ、なるほど。あいつ中身が最悪でも、才能はピカイチだからな」
鷹藤家が文康を勘当しなかった理由。
勘当して放り出した場合、鷹藤家にとっては都合が良くないことが考えられる。
才能に胡坐をかいて、綾愛に追いつかれるようなことになったが、文康は性格が良くないが、魔術の才能はかなり高い。
文康自身もそうだが、彼が家庭を築き、子供が生まれたら、その子供は魔術の才能が高い可能性がある。
もしも、文康やその子供たちが、勘当したことを逆恨みして牙を剥いてきた場合、多少の手間がかかる可能性がある。
その才能次第では、鷹藤家が潰れることは無くてもかなりの痛手を負うことになるかもしれない。
そうならないように廃嫡で止め、鷹藤家の中で飼い殺しにする方が手間が少ない。
きっと、当主の康義と文康の父の康則はそう考えたのだろう。
『じいちゃんと同じだな……』
伸の祖父である秀康は、康義の弟だ。
しかし、鷹藤家に生まれながら、魔力が全然ないということで隠されるように育てられた。
そして、成人後も一生そのまま過ごすことに辟易した祖父は、密かに家を出て、祖母と出会い、身を隠すように暮らすようになった。
文康も、伸の祖父同様、これからは鷹藤家の中で自由を与えられることなく生きて行くことになるのだろう。
そう考えると、伸は文康の事を同情する。
とは言っても、米ひと粒分程のものだが。
「あぁ、そう言えばニュースで思い出したけど……」
鷹藤家の話が一段落したところで、了はにやけた表情で話し始める。
その表情を見た伸は、了が何を言おうとしているのかがすぐに分かり、不機嫌そうな表情へと変わる。
むしろ、了はそのことを引き出すために、鷹藤家の話を始めたのではないかと伸には思えて来た。
「柊との婚約おめでとさん!」
「……やかましい」
ここ最近、毎年のように魔人襲来が起きている。
その魔人を討伐することで、一気に柊家の評価は上がった。
柊家当主である俊夫のこともそうだが、一人娘の綾愛のことも注目されている。
その見た目もさることながら、年末におこなわれる対抗戦で2連覇したことも要因になっている。
これまででも多くの魔術師関係の家々から、見合い写真のような物が送られて来たのだが、今回のことでさらに増えることが予想された。
しかし、その予想を覆すようなことが、当主の俊夫から報告された。
「娘には、同じ学園に通う婚約者が存在している」
俊夫へのインタビューにより、この発言がされてすぐにその相手が推測された。
対抗戦で、綾愛のセコンドをしていた少年。
つまり、伸であるということだ。
伸が康義の前で実力を出すしかなくなった時、鷹藤家が手を出さないようにという理由で、俊夫が綾愛の婚約者ということにしたが、それがどうして本決まりになったのだろうか。
かと言って、俊夫の言っていることを否定した場合、鷹藤家をはじめとする他の魔術師関連の一族から引き抜きの誘いが殺到することは明白。
『あの嘘に乗っかって良かったのか?』
嘘に乗り綾愛の婚約者の振りをしたことで、鷹藤家の接触を防ぐために柊家を利用するつもりでいたが、こうなったら柊家に取り込まれてしまっているように感じる。
そう考えると、あの嘘に乗ったのは失敗だったのではないかと、伸は思えて来た。
『……まぁ、いいか』
よく考えたら、もしも鷹藤家が自分の出生に気付いた場合、後ろ盾になってくれるならどこの家でもよかった。
今では鷹藤家よりも評価が高くなっている柊家なら、そのことに関して問題ない。
俊夫の嘘に乗ってしまった選択が正しいかったかを悩んでいた伸だったが、すぐに考えることをやめた。