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第145話

「……何だ。寝てなかったのか?」


「あぁ……」


 綾愛と明日の試合の話が終了し、伸は会議室から自室へと戻った。

 すると、先に部屋に戻って寝ていると思っていた吉井が、たいした灯りも付けずにソファーに座っていた。

 そのため、伸が不思議そうに問いかけると、吉井は力ない返事をした。


「タオル投げたのこと気にしてんのか?」


「……分かるか?」


「まぁな……」


 吉井がこんな様子になる心当たりと言えば今日のことしかない。

 そう思って問いかけると、思った通りだった。

 今日の了の試合で、タオルを投げて自分の手で試合を止めたことを悔やんでいるようだ。


「……了の奴、まだやる気でいた。もしかしたら、何か策があったのかも……」


「…………」


 伸に聞かれたことで(せき)が切れたのか、吉井は思っていることを吐き出し始める。

 それを、伸は黙って聞き役に徹する。


「タオルを投げたことで、俺は勝利する機会を完全に奪っちまった……」


 今日の試合で、文康の攻撃を受けて大怪我を負った了。

 武器の木刀も折れているにもあかかわらず、それでも立ち上がったのは何か考えがあってのことだと吉井は思ったのだろう。

 それなのに止めてしまい、申し訳ない気持ちで一杯なのかもしれない。


「……お前はセコンドとして当然の判断をした。間違ったことなんてしていない」


「……っ!」


 自分を責める吉井に対し、伸は励ます言葉をかける。

 その言葉に、吉井は顔を上げて反論しようとする。


「お前が止めていなかったら、恐らく了は死んでいた」


「っっっ!? 何だよそれ!?」


 反論しようと口を開いたところで、吉井はそれどころではなくなった。


「止めるか葛藤していただろうからお前は気付いていなかったと思うが、鷹藤の奴は試合再開になったらもう一度同じ攻撃をする気でいた。一発目は大怪我で済んだが、もう一度くらったら命に係わっていたはずだ」


「そんな……、そんな事をしたら、殺人だろ……」


 伸の話を聞いて、吉井は声が詰まる。

 たしかに、あの時ようやく立ち上がった了に、同じ攻撃をされていたら最悪の結果になっていたかもしれない。

 もしも自分が止めなかったらと思うと、吉井は顔を青くした。


「試合による結果と言い逃れるつもりだったんだろ。今回の大会、あいつはずっと同じような戦い方をしていたからな」


 もう一度同じ攻撃をすれば、最悪了は死ぬかもしれない。

 それは対戦相手の文康も予想できたはずだ。

 それなのにやる気でいたとなると、意図して殺すつもりでいたということになる。

 だが、この大会のルールでは、ボクシングなどの格闘技と同じように、試合でそのようなことになっても殺人罪に問われない。

 文康は、そのルールを使って言い逃れるつもりだったのではないかと、伸は思っていた。


「あいつ、ふざけやがって!!」


 一気に文康に対して怒りが沸き上がった吉井は、ソファーから勢いよく立ち上がる。

 意図して殺害しておいて、ルールを使って言い逃れようなんて、とても許せるようなことではない。


「腹を立てるのはもっともだ。だが、これで試合を止めたことは正解だったと分かっただろ?」


「あ、あぁ……」


 伸の問いかけに、吉井は頷きで返す。

 言われた通り、文康への怒りによって落ち込んでいた気分が吹き飛んでいた。


「じゃあ、もう寝ようぜ」


「あぁ……」


 セコンドとは言え、伸は明日も試合会場に行かなければならないため、寝不足にはなりたくない。

 遅い時間になってきたので、伸は大人しく寝ることを提案する。

 自分のせいで付き合わせてしまったことに気付き、吉井は申し訳なさそうに頷いた。






◆◆◆◆◆


「分かっていたとはいえ、この対戦はな……」


「残っている2人でぶつかるなんてついてないよな……」


 観客席で舞台上を眺めつつ呟く吉井の言葉に、観戦に来た石塚が続きを引き継ぐように呟く。

 2人が言っているのは、今日のベスト8の試合の1つ。

 綾愛と高橋の試合のことだ。

 同じ学園の2年と3年が勝ち進んだことで、対戦することになってしまったのだ。

 しかも、高橋は昨日も同じ学園の奈津希と対戦して勝ち上がって来たこともあり、2日続けて同じ学園の後輩と戦うことになっている。

 くじによる抽選で決まるとはいえ、ついていないとしか言いようがない。


「おっ! 伸だ……」


「手振ったら気付くかな……」


「こっち見たぞ!」


「おぉ! 気付いたっぽいな」


 選手入場となり、会場は大きな歓声が沸き上がる。

 去年の優勝者である綾愛が入ってきたからだ。

 吉井と石塚は、その綾愛の少し後ろから入場してくるセコンド役の伸を見つけた。 

 そして、沸き上がる満員の歓客に触発されてか、テンションの上がった2人は伸に向かって手を振ってみる。

 すると、満員の観客がいるにもかかわらず、伸が2人の方を見て、軽く手を振り返してきたため、更にテンションが上がっていた。


「元気になったみたいだな……」


 満員だろうと、伸なら友人を探知することは可能。

 観客席で石塚と共にいる吉井を見て、入場した伸は安心したように呟いた。


「んっ? 何のこと?」


「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」


 呟きが耳に入ったため、綾愛は伸へと問いかける。

 しかし、先程の呟きはあくまでも独り言。

 伸は首を横に振って、綾愛の問いに返答した。


「それよりも、試合に集中しよう。先輩はなかなか強いぞ」


「……新田君が言うんだからそうなんだろうね。気を引き締めて戦うよ」


「おし! 行ってこい!」


 自分の呟きの話なんてどうでもいいこと。

 綾愛にとって今は目の前の試合が大事。

 そのため、伸は集中するように促した。

 魔人を何体も倒している伸が評価しているということは、それだけ先輩は強いということ。

 そんな評価を受けた相手に油断をしていれば、昨日奈津希と約束したことが守れない。

 そう考えた綾愛は、表情を引き締め、伸の声援を受けながら舞台上へと上がっていった。


『……とは言っても、今の柊の方が強いけどな』


 気を引き締めるように言ったが、はっきり言って伸は心配していない。

 伸の魔力で綾愛の体を操作したことにより、綾愛の魔力操作技術が飛躍的に上昇した。

 そのため、元々強かったにもかかわらず、更に強くなっている。

 高橋先輩は、組み合わせ次第では優勝争いができるほどの実力があると思う。

 しかし、残念ながら世代的に運がない。

 同じ学園には柊家の長女である綾愛がいて、他校には鷹藤家長男の文康までいるのだから。

 そんな高橋先輩を少し不憫に思いながら、伸は試合を観戦することにした。



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