第140話
「了……」
「金井君大丈夫かしら……」
選手控室で心配そうにモニターを見つめる伸と綾愛。
モニターに映るのは、会場舞台で向き合う了と文康だ。
昨日の勝利により、了は去年と同等以上の成績を残すことが確定した。
そして、去年以上の成績を目指して相対するのが、よりにもよって鷹藤家の文康になった。
「一応、忠告をしておいたけど……」
モニターに映る了を見ながら、伸は昨日のことを思い出しつつ独り言のように呟いた。
◆◆◆◆◆
「1回戦に続いて2回戦もか……」
昨日のこと。
了が2回戦を勝利したすぐ後、文康も当然のように勝利した。
その後の、八郷学園生たちが宿泊するホテルの空気は重かった。
1回戦を勝利した全員が、2回戦も勝利をしたというのにだ。
と言うのも、了の相手である文康が、1回戦に続き2回戦も対戦相手をボコボコにしての勝利を見せられたからだ。
会議場として借りたホテルの一室に集まった者たちは、録画していた文康の戦いを見て無言になっていた。
その状況を変えるかのように、伸はみんなが思っていることを口に出して呟いた。
「あいつ明らかに狙ってやってるだろ?」
「そうだとしても、それを証明する手立てはないからな……」
伸の呟きに反応するように、了と吉井が考えを口にする。
了の言うように、1回戦だけだったら分からなくもないが、2回戦もとなると意図的にやっていると考えられる。
しかし、吉井がそれに答えたように、他人が考えていることを証明することなんできないため、意図的かどうかは文康本人にしか分からない。
「2度あることは3度あるって言うしな……」
審判が止めづらい攻撃ばかりをして、相手選手を痛めつけていく。
実力差があればできないことではないため、優勝候補の文康ならそう難しいことではないだろう。
次の了との戦いでも、同じように痛めつけてくるかもしれない。
「負けた選手が拍手されるのが、文句をつけにくくしてんな」
ボロボロになるまで、あの鷹藤家の文康と戦った。
相手選手は、観客からそんな評価を受けて担架で運ばれて行く。
会場にいた観客からすると、そういった判断になるようだ。
文康の非道性を指摘したいところだが、そんな評価を受けている状況では被害者が文句を言いにくい。
「文康なら、そのことも分かってやってそうだ」
文康は外面が良い。
中身を知らない観客たちからすると、鷹藤家の人間が相手選手を痛めつけるような無意味なことをするとは思わない。
そのため、相手選手がギリギリのところで攻撃を回避し、ボロボロになるまで粘ったのだと思わせるのだろう。
中身を知っている伸からすると、不愉快なことこの上ないやり口だ。
「了……」
「……ん?」
何度も戻して文康の戦闘を見る了に、伸は真剣な表情で話しかける。
「勝ち目がないと判断したら、早めに降参しろよ」
あそこまでボコボコにされると、相手選手はトラウマになりかねない。
もしかしたら、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になっている可能性も考えられる。
友人である了を同じようにする訳にはいかない。
八百長でもない限り、負けるつもりで試合に挑む人間なんていない。
文康が強いと言っても、了も当然勝つつもりで戦うはずだ。
何もせずに負けろなんて言うつもりはないが、勝てないと判断した時は潔く負けを認めて欲しい。
そんな思いで、伸は了へ忠告をした。
「……あぁ、分かった」
「…………」
了は忠告に返事をする。
しかし、伸はその間から了が完全に納得していないと察する。
忠告しておいてなんだが、了がそう簡単に納得すると思っていなかった。
自分の全てをぶつけて、それで駄目なら後は仕方ないというのが了の性格だからだ。
「……先に寝るわ」
「あぁ……」
何を考えているのかは分からないが、了はどこか思いつめたような表情で会議室から出ていった。
自分の忠告を守るか、それともボロボロにされても最後まで諦めずに戦うか迷っているのかもしれない。
半日しかないが、答えを出すのは了でしかない。
そう考えた伸は、出ていく了を見送るしかできなかった。
「……俺たちも寝るか?」
「……吉!」
「んっ?」
了が部屋を出て少しの間、伸は吉井と共に録画した文康の戦いを見直す。
何か攻略法がないかを探るためだ。
しかし、自分なら取れる手も、今の了には難しい手しか思いつかない。
セコンドの吉井もがんばっていたが、これ以上見ても攻略方が見つけられないと判断したのか、就寝することにしたようだ。
そんな吉井を、伸は呼び止める。
「了の性格からいって、自分からギブアップはしない可能性がある」
「…………」
「もしもの時のことを考えて、お前が止める覚悟を持ってろよ!」
「あぁ……」
友人だから止める。
友人だから止められない。
矛盾しているようだが、どちらも正しいし、どちらも間違っている。
ただ、今回の場合、了のことを考えれば止めるのが正解だと伸は考えている。
性格上、了がギブアップするイメージができない。
止められるとすれば、セコンドの吉井しかいないが、吉井の性格も了に近い。
了がまだやる気でいるのに、タオルを投げるなんて吉井にできるか疑問だ。
そのため、伸は吉井に強めに忠告した。
伸の言葉に若干圧されつつも、吉井は真剣な表情で返答し、会議室から退室していった。
「最悪……」
会議室に1人残った伸は、モニターに映る文康の戦いを見ながら、負けを認めず、吉井も止められず文康に痛めつけられる了の姿を想像し、もしもの時を考えてしまう。
実力がバレようと、了を助けに入るという最悪の選択をしなければならない可能性があるということを。
「いや、最悪でもないか……」
今はもう柊家の後ろ盾がある。
鷹藤家に自分の実力がバレようと何とかなるはず。
そう考えると、伸は了に文句を言われようと、もしもの時は助けに入るということを密かに決意した。
◆◆◆◆◆
「始め!!」
審判から開始の合図が発せられる。
了と文康は武器となる木刀を手に、お互い構え会う。
「柊のいる八郷学園か……」
「…………」
開始早々攻めかかるつもりでいたが、文康の放つ殺気に、了は機会を失う。
「……こりゃ、やばいな……」
殺気だけではない。
身に纏う魔力の量が、1・2回戦の時以上に多くなっている。
離れているのに、ビリビリ肌に脅威が伝わる。
せめて一矢報いるつもりでいたが、目の前にしたらその難しさを了は痛感した。
「それでも、やれるだけやってみるか……」
勝てないと思ったらギブアップをするように伸に忠告されていたが、やっぱり何もせずに諦められない。
伸が思った通り、了はギブアップを選択せず、負けようと文康と戦うことを決意したのだった。