第130話
「もう載ってるよ」
スマホのネット記事を見て伸が呟く。
現在、伸たちは鷹藤邸のある一室のソファーに座り、当主である康義たちを待っている状況だ。
「本当だ」
「やっぱりネットは速いわね」
「そうね」
鷹藤家主催の合宿最終日に魔物討伐訓練を実地したら、多くの魔人が現れるという非常事態が起こった。
しかし、今回襲撃してきた魔人たちは、合宿に参加した者たちによって討伐され、1人も死人を出すことなく事なきを得た。
昼に起きたその事件のことが、もういつの間にか広まっており、ネットに記載されていたため、綾愛と奈津希は情報の拡散の早さに感心した。
「でも、あの兄弟のことは載っていないな」
「そうだな」
伸たちと同じ部屋で、同じようにスマホを見て呟いた塩見の言葉に、森川も同意する。
それぞれの地域に存在する名門家の若手を集めた合宿で、魔人が討伐されたというのだから、記事にならないことの方がおかしい。
しかし、伸たちの場合、他にも記事になっておかしくないことが起きた。
それが、前川と塩見が言うあの兄弟のおこなったことだ。
密かに魔人たちを瀕死の状態に痛めつけてから向かった伸の救援により、麓にいた鷹藤家の配下の者たちが動いたが、彼らが駆け付けた時には、もう合宿参加者たちによって魔人が仕留められていた。
そのため、合宿参加者たちが簡単な聴取を受けて解散したというのに、伸たちが鷹藤家で待たされている理由でもある。
「お待たせした」
時間を持て余しスマホをいじっていた伸たちの部屋に、ようやく鷹藤家の当主の康義と、息子で次期当主の康則が入ってきた。
魔人出現と討伐の後始末に、相当な時間がかかったようだ。
「まず、今回魔族が現れ、我が鷹藤家の人間に変身していたことに気付かず申し訳ない」
入ってきた康義は、すぐに今回合宿地に魔人が出現したことの謝罪をして来た。
「恥ずかしながら、以前のモグラの魔人が出現した時、柊家でも似たようなことがありました。鷹藤家の人間に限ったことではないのでお気になさらず」
康義の謝罪に対し、綾愛が代表して返答する。
伸は基本的に口を出さないと、綾愛には言ってある。
「これまでは魔人が出現する方が稀有でした。しかし、昨今のことを考えると、対策を考えるべきだと思われます」
「確かに……」
柊家でも、去年モグラの魔人により俊夫が暗殺されかけたため、密かに魔人の変身対策に力を入れている。
これまでの歴史では、魔人に遭遇することなんてかなり確率の低い出来事でしかなかった。
しかし、去年から多くの魔人が日向だけでなく世界に出現していることもあり、綾愛はその対策を練ることを康義に提案した。
綾愛の言っていることは正しいため、康義はその提案に頷いた。
「その件はひとまず置いておきましょう。それよりも、あの2人のことです。どうなさるおつもりでしょう?」
魔人の変身能力。
それはたしかに脅威で、多くの魔闘師たちの意見を参考にして改善に当たるべきだろう。
その話はそれとして、今回は他にも問題にすべき事案が存在している。
当事者の1人である森川は、康義を前にしているということもあり、口調に気を付けて問いかけた。
「話は一通り伺いました」
森川の問いに対し、康則が答え始めた。
問題となっている2人の父であるということからだろう。
「魔物を集めるという行為をおこなおうとしたという話しですが、それは魔人が言っていたことであり、あの2人は身に覚えがないということです。ですので、我が鷹藤家は特に問題がないと判断しました」
「っっっ!! 白を切ろうって事ですか?」
康則の発言に、伸たち5人は目を見開く。
たしかにあの2人の企みは、部下に変身した魔人が言っていたことだ。
しかし、ここにいる5人はあの2人が認めるような発言をしたのを聞いている。
今更しらばっくれることなんて許せるわけがない。
こめかみに血管を浮き上がらせつつも、森川は努めて冷静に問いかけた。
「何か証拠でもありますかな?」
「くっ!」
あの兄弟が認めた発言をしたことは、5人とも確実に聞いていたが、咄嗟に録音録画している訳もなく、たしかに証拠となるものはない。
そのため、森川はそれ以上追及することができなかった。
「代わりと言っては何だが、文康たちが多くの魔人を倒したという情報は流さないことにしましょう。話は以上だ。これ以上この話を蒸し返すのはやめてもらおう。場合によっては名誉棄損で訴えることも考えなければならない」
「なっ!!」
伸がやったということなど知らないため、他の班の者たちは自分たちの前に現れた魔人たちが瀕死だったのは、文康たちによるものだと勘違いしている。
2人がやろうとしたことを柊家と森川家が飲み込む代わりに、今回のことで鷹藤家が受ける名声を放棄しようという提案のようだ。
しかし、そちらも文康たちが魔人たちを痛めつけたという証拠がない。
放棄するもあったものではない。
森川家はもちろん、人気急上昇とはいえ柊家もやや田舎の地域というイメージがある。
同じ魔闘師名門家でも、鷹藤家は他よりも一段上にいる存在。
文康と道康がやろうとしたことが本当のことだとしても、証拠もないことを広げられてはかなわない。
強気の康則の言葉に、森川は拳を強く握った。
『こいつら……』
ここまでのやり取りを何も言わず聞いていた伸も、内心イラ立っていた。
文康はもちろん、道康も魔闘師としてかなりの才を持っている。
才能のある身内には甘いと祖父から聞いていたが、何十年も経ったいまだでも代わっていないようだ。
「長いこと引き留めて申し訳なかったが、話は以上だ。時間も時間だ。今日はホテルを用意しよう」
「結構です! 失礼します!」
証拠がないとはいえ、言いたいことはまだまだあるが、このまま話していれば殴りかかってしまいそうだ。
鷹藤家を相手にそんな事をすれば、今度はこちらが不利になる。
順当に行っていれば、合宿が終了して帰宅している時間だ。
これから帰ると深夜になってしまうため、今日は一泊して明日帰ることを康則は薦めて来たが、これ以上鷹藤家に厄介になるのは我慢ならない。
そのため、森川は康則の提案を強い口調で断り、塩見と共に退室していった。
「我々も失礼します」
「……そうですか」
証拠がない以上、自分たちの証言だけでは諦めるしかない。
森川たちに続いて、綾愛もソファーから立ち上がった。
この反応を予想していたのか、康則は平然と返答した。
「あっ。1つ言いたいことがありました」
「……何ですかな?」
退室するためにドアへ足を向けた所であることを思いだし、綾愛は康義と康則の方へと体を向ける。
何を言うのか分からないが、どうせたいしたことではないと高をくくっているのだろう。
康則は平然とした表情で綾愛の言葉を待った。
「あの2人のどちらかと、私との婚姻を求めることは今後一切やめてもらいたい。あんな2人と結婚するくらいなら、死んだ方がマシですので」
「……そうですか。分かりました……」
あの2人がやろうとしたことは、鷹藤家の名声を上げるためというのと、人気急上昇中の柊家の綾愛を手に入れることだった。
元々あの2人のどちらともと結婚するつもりはなかったが、今回のことで完全にその気は失せた。
むしろ、そんなことになるくらいなら、冗談ではなく本当に死んだ方がマシだ。
息子2人を小娘にそこまで言われ、康則は一瞬片眉がつり上がった。
腹が立つが森川家はともかく、これ以上柊家ともめたくない。
婚姻は無理だと分かっていたため、康則は綾愛の言葉を受け入れた。
「では……」
証拠がないからと揉み消されたことの憂さを少しだけ晴らし、綾愛は伸と奈津希と共に鷹藤邸を後にすることにした。




