第七章 Heretic Dendrobium -SIDEラン-
これを言うとね、なかなか皆さん信じてくれないんだけどね。
私、元ヤンなんだよ。
うん。不良。元ヤンキー、略して元ヤン。
地元では結構知られてたんだけどね。多分“狂い咲きデンドロビウム”って言えば今でも通じるんじゃないかなぁ。
二つ名の由来?
ほら、名前が“ラン”だから。
いえいえ、普段ネコかぶってて本性は乱暴だとかじゃなくってぇ。こっちが素。素の自分で間違ってないよ。
ただ、まぁ、私も過去に色々とありまして。
うん。
色々とあったんだぁ。
子供の頃から同い年の男の子達よりも全然身体が大きくて、力が強かった私ことラン・メガドローガは、よく『鬼の子なんじゃないのか?』とか言われてたの。
五歳くらいでもう大人と腕相撲やっても負けなかったし。八歳で銅貨を指で折り曲げちゃったりね。
単なる力自慢ならまだしも、ご近所に住んでたボケババ……ゲフン! ……ちょっと痴呆気味だったお婆ちゃんがしょっちゅう大声で『あの子は忌み子じゃ! 忌み子じゃよぉ!!』なんて喧伝するものだから余計にそんな空気が醸成されちゃって。
特にうちの家族、両親どっちも小柄で、お母さんなんか完全な合法ロリでね、弟や妹もちみっこかったから『やっぱりあいつは出生に曰くがあって、家族の精気を吸い取ってる魔物なんじゃないか?』とまで尾ひれがついちゃってねぇ。
それでまぁ、はい。
結構ね、荒みました。
十歳くらいからどんどん。そしたら一層周りからは化物扱いされるっていう負のスパイラルにはまっちゃって。
その結果が“狂い咲きデンドロビウム”。
地元でくすぶってたはみ出し者連中を引き連れて、“嵐乱蘭”なんてわざわざ東方諸国で使われてる文字で書かれたノボリ掲げちゃってさぁ。
いやぁ、今や恥ずかしすぎる黒歴史だよ。てへへ。
周辺地域一帯のヤンキー共を傘下に収めて、当時の私はブイブイ言わせてました。髪なんて真っ金々に染めてメッシュ入れたのを刺々しく逆立てて、メルちゃんに見られたらドン引きされちゃうだろうなぁ。
ロルテちゃんやルードリン様も吃驚するだろうし。クルギちゃんは……お腹抱えて笑いそう。
そんな私にもね、転機が訪れました。
と言うよりね、いつまでもヤンキーなんてやってられないじゃないですか。常識的に考えて。
周囲から疎まれ迫害されてグレはしたけど、私だって、その……うぅ、自分で言うのは恥ずかしいけど、女の子なわけで。
こんな大っきい身体と馬鹿力を持ってるけど、ずっと可愛い女の子に憧れてたわけで。
だからね、一八歳になったのを期にヤンキーは卒業して、この力をまともに活かせるように騎士団に入ろうって思ったの。
ルードリン様みたいな《姫騎士》がね、ずーっと憧れだったんだぁ。
カッコ可愛いよね。
ドレスタイプのアンダーウェアに、純白の軽装鎧。
私もあんな風になりたくて……
いつまでも化物呼ばわりは、やっぱりねぇ……傷つくよ。
でも、まぁ、当たり前なんですけどね。
私みたいなのが《姫騎士》になんかなれるはずもなくて。
入団試験の時は体格の良さと力の強さでちょっとは期待されてたみたいなんだけど、私って昔からどうにも、剣とか槍の扱いが下手っぴなんだよね。
ヤンキー時代の喧嘩は基本的に素手喧嘩だったし。
そうして一年後、一九歳になった私は《姫騎士》とはかけ離れた《重戦士》として、戦場に出たら大盾で仲間を守るという役割を仰せつかったわけなのであります。
……別に、役割自体に不満はないよ?
大事なことだもん。
攻撃役のみんなが大怪我でもしたら、勝てる戦いも勝てないし。
私のでっかい身体と怪力が役に立つのならって。それはそれで、騎士団に入った時の目的にもかなってるし。
喩え、ドレスタイプのアンダーウェアじゃなく何重にも編み込まれた黒鉄鎖の帷子に、純白の軽装鎧じゃなく鈍色の無骨なフルプレートアーマーで全身を包もうとも。
喩え、軽やかに、舞うように剣で戦うのではなく、泥にまみれながら槍斧を振り回し、盾で相手を殴りつけるような戦い方でも。
それすら役立たずと罵倒されて、後方で土嚢を積む仕事ばかり課せられようとも。
相変わらず誰もが私に奇異の視線を注ぎ、“化物”“鬼子”と揶揄されようとも。
頑張ろう。
頑張ろう。
私は平気だから、たくさんたくさん、頑張ろう。
……でも、本当に平気だったなら、ネロスちゃんに仲間にならないかって誘われただけでコロッといっちゃったりは、しなかったんだろうなぁ。
結構、自分では大丈夫なつもりでいたんだけど、限界だったのかもね。
生まれた時からずっとなわけだし。
何処に行っても化物呼ばわり。
誰も私をまともな、ただの女の子としてなんか扱ってくれない。
ネロスちゃんがね、初めてだったの。
女として私を扱ってくれたのは。
単に物珍しさと性欲が絡んだ興味だけだったんだとしても。
私がとっくに諦めてたことだったから。
男の人に、抱き締めてもらうって。
私、頑張ったんだぁ。
《勇者》様の彼女として恥ずかしくないように、ネロスちゃんが周りから笑われたりしないようにって、頑張ってお化粧したり、可愛いお洋服買ったり。
似合わないかも知れないけど、でも努力しないでいるわけにはいかないから。私を拾ってくれたネロスちゃんのためにも。
それでね、戦闘中はネロスちゃんをあらゆる攻撃から守ってあげよう、って。
装備に魔物を惹き寄せる薬を塗ったりしてなるべく私に攻撃を集中させて、どんどん一人で勝手に敵のど真ん中に突っ込んでいくネロスちゃんを庇って、庇って、庇って。
だけど、たまに振り返るとね。
後衛でロルテちゃんとクルギちゃんがネロスちゃんが討ち漏らした魔物に襲われてたりしてて。
クルギちゃんが必死にロルテちゃんを守ってたけど。
でも、あれは本来は、きっと私の役目で。
――ジレンマ。
ネロスちゃんは《勇者》だし、パーティーのリーダーだし、私の……彼氏さんだし。命令は絶対聞かなくちゃいけない。
でもきっと、ネロスちゃんが一人で無茶苦茶に突っ込んで敵を倒すよりも、ルードリン様と協力して前衛に当たった方が効果的で。
私ももっと後衛の二人を守ってあげられるよう立ち回るべきで。そうすればロルテちゃんは今よりいっぱい魔法を使えるし、クルギちゃんも《盗賊》の特性を活かして敵を攪乱したり出来るはずで。
言ったら、捨てられる。
また、誰も私を女の子として扱ってくれなくなる。
化物に戻るのが怖くて怖くて。
ロルテちゃんやクルギちゃんを守れず怪我させちゃうのが怖くて怖くて。
一度ネロスちゃんに“女の子”にされちゃった私は、弱かった。
どうしようもなく弱虫になっちゃって。
そのせいで、壊れそうだった。
そんな時だったんだよ。
私達のパーティーに、メルちゃんが入ってきたのは。
■■■
メルちゃんはね、不思議な男の子だった。
そもそも彼、全然強くはないの。
力なんて多分私が小指一本で勝負してあげても腕相撲で負けないと思うくらいに。
ネロスちゃんはそんなメルちゃんのことをクソ雑魚クソ雑魚って嘲笑ってた。
私達にも一緒になって馬鹿にしろと暗に言ってたけど、さすがに誰一人賛同はしなかったよ。
……あー、思い出すなぁ。
昔、地元で私を虐めてた連中もネロスちゃんと同じような顔で似たような言葉を口にしてたよ。
――カッコ悪いなぁ。
《勇者》なんだから、もっとカッコ良くしようよ。
私も、《勇者》の彼女に相応しくなれるよう頑張るから。
頑張ろうよ。一緒に、頑張ろうよ。
そうじゃないと私、頑張れなくなっちゃうよ……
頑張れなくなっちゃったら。
立ち止まっちゃったら。
私、どうなるんだろう……?
また、昔みたいに、暴れちゃうのかなぁ。
だって私にはこの身体と力しかないんだよ。この身体と力以外に、何もないんだよ。
暴力は悪いことなのに。
本当は誰も傷つけずに穏やかに毎日を過ごしていきたいのに。
暴れることでしか、みんなと関われなかった。他に周囲と繋がる手段を何も持ってなかった。
そんな、哀れで惨めな“狂い咲きデンドロビウム”に、戻っちゃう。
頭が重くて思考がままならない。
疲れて、磨り減って、戦闘の度にネロスちゃんからは『遅ぇーぞ!』『チンタラやってんじゃねぇ木偶の坊!』なんて罵られながら彼を守って、そんな彼のためにお洒落に気を遣って、でも私を見ても彼が何かを言ってくれることは一度としてなくて。
でも、でもね。
ある朝、宿屋の廊下でね――
「あ……、あの、メガドローガ様。それ、新しいお洋服ですよね? え、っと……とても可愛らしくて、似合ってると思います」
「……ぽへぇ?」
一瞬、何を言われたのかわかんなかった。
目の前……ではなく身長差があるせいで大分下の方。
メルちゃんが私を見上げて、恥ずかしそうに、そう言ったの。
空耳かと思ったよ?
だってだって!
初めてだったんだよ!?
男の子から、可愛らしくて、似合ってるなんて言われたの!
小さくお花の刺繍が入ったクリーム色のワンピース。
私に合うサイズなんてそうそうないから、お洋服はいつもお金を貯めて、オーダーメイドで注文して。
でも、ネロスちゃんが何か言ってくれたことはなくて。たまにロルテちゃんやクルギちゃん、ルードリン様が感想をくれるくらいで。
しかも、吃驚はそれだけで終わらなかったの。
「あと、その、……ふっ、服だけが可愛いってわけじゃなく、それを着てるご本人も勿論……可愛らしいと、……思い、ます」
多分だけど。
私が褒められ慣れてないのと同じで、メルちゃんも女の子にこんな風に「可愛い」なんて言ったこと、殆どなかったんだろうなぁって思う。
真っ赤だったもん。
顔中林檎みたいにして。耳の先まで。
私?
言うまでもなく真っ赤ですよ。茹で蛸ですとも。
きっと私が、いつも新しいお洋服を着ては落ち込んでいるのを見かねたんだろうと思う。
一応ね、隠し通せてるつもりではいたんだけどね。メルちゃん、どうもその辺り鋭いっぽくて。ロルテちゃんやクルギちゃんも大分癒やされてるみたい。
年下の男の子に気を遣われてしまって情けないやら恥ずかしいやら。
どうにか平静を取り繕おうともしたんだけどそこまで器用な真似も出来なくて。
だって嬉しかったんだよ。
すっごくすっごーーーーーく、嬉しかったの。
部屋に戻ってからね、泣いちゃった。
胸がポカポカして、ドキドキが止まらなかった。
次の日から、ネロスちゃんの目はあまり気にならなくなった。
またメルちゃんに、あの真っ赤なお顔で「可愛い」って言って欲しくて。お洒落するのが本当に、楽しくなったんだよ。
それから私とメルちゃんは以前よりも打ち解けて、どんどん親しくなっていった。
どうもメルちゃんは私が騎士団所属だから貴族なんだと思ってたらしくて、ロルテちゃんやクルギちゃんと話す時よりも言葉遣いは硬いし名前でも呼んでくれてなかったんだけど、平民出身であることとか『私にももっと気安く、普通に喋って欲しいなぁ』って話したら段々とその通りにしてくれた。
年上だからってことで敬語はそのままだったのがちょっぴり残念。
私がネロスちゃんだけを庇うよりも、もっと後衛のロルテちゃんやクルギちゃん、それにメルちゃんを庇った方がいいんじゃないかなって相談すると、彼も賛成して中~遠距離から前衛の支援も出来るように弩の使い方を教えてくれた。
私じゃないと引き絞れないような、すっごい強力なやつも作るのに協力してくれて。
でもこんなに力持ちな女の子、メルちゃんもやっぱり嫌なんじゃないかなって、それとなく尋ねてみたら『え? なんでですか?』って逆に訊かれちゃったよ。
どうもメルちゃんは、身体が大きいとか力が強いとか、そういうの本心から気にならないみたい。
挙げ句の果てに『可愛いのに強いって、もう無敵じゃないですか』とか素面で言ってきた。
おいやめろぉ!
私、私そういう反応、慣れてないんだってば!
キョトンとして小首傾げないでよ! なにその『僕、何かおかしいこと言いましたか?』みたいなの。私じゃなくてお前が可愛いんじゃい!
……冷静さを欠いちゃったよ。
もうここまでいくとね、はい。
自分に嘘なんてつけません。
私、メルちゃんが好きです。
『ちょっと可愛いって言われたくらいでお前チョロすぎじゃね?』とか言われてもしょうがない。
少なくとも私の心には、あの言葉がとても重く、深く、大きく、響いたんだから。
『ランさんは、可愛いままでもっと強くなればいいと思います』
……うん。
そうする。
そのためにも、メルちゃんにもロルテちゃんにもクルギちゃんにもルードリン様にも協力してもらって。
私にしか出来ない、私だから出来る、そんな“力”を手に入れたい。
そんな想いと決意の結晶が《皇騎凄》。
……ハイッ! 白状します!
我ながらやり過ぎかな~? とは思いました!
けどさぁ、なんかね? 作ってる途中から私だけじゃなくてみんなノリノリになっちゃって。
結果として、取り返しがつかなくなったのであります。
しかも初の実戦試験がネロスちゃん相手になろうとは。
おっかしいなぁ。《勇者》のサポートをするのが旅の目的だったはずなのにどうして私の眼前でネロスちゃんが潰れたカエルみたいになってるのかなぁ。
わっかんないなぁ。
わっかんないよぉ。
私ってばただの肉盾だそうだからね。難しいことはきっとわからないんだなぁ。
でもまぁ、ロルテちゃんもクルギちゃんもスッキリした顔してるし、ルードリン様もハンカチで口元押さえてクックッて肩震えさせてるから、問題ないよね?
みーんな笑顔。
私も笑顔。
……うん。
もう、気にしないよ。
ネロスちゃんのことなんか。
彼に言われたことなんて、気にしてあげない。
だから泣くもんか。
これから私は、いーーーっぱい、可愛くなってやるんだ。
ネロスちゃんの、《勇者》のためなんかじゃなく、私自身のために。
そして、メルちゃんのためにね。
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ネロスちゃんはね、やっぱり嘘吐きでした。
ずっと自慢げに『俺は上手いから、テクニシャンだから』って言ってたけど、独り善がりだし、雑だし、正直ね、全然キモチ良くなくて、『……こんなものなのかなぁ』って思ってたんだけど。
あー……
そのぉ、ね? なんて言うか。
……メルちゃんのこと、夜だけでいいからメル様って呼んじゃ、ダメかなぁ?
どれだけ耐えようとしても無理無理。あんなの絶対無理。
指が一本一本別の生き物みたいだし、何なの? アレ何なの?
防御なんかまったく意味為さなかったって言うか、《重戦士》の面子丸つぶれだよぉ。
骨抜きです。
今の私は“乱れ咲きデンドロビウム”です。
これからももっと可愛くなれるよう頑張るから、その分たくさん“可愛がって”ね、メルちゃん♥