第四章 降魔の利剣
「わたくし達の連携について、もう一度きちんと見直す必要があると思うのです」
金髪碧眼の見目麗しい美少女、この国の王女でもある《姫騎士》ルードリン・ブライディアレスがそんなことを言い出したのは、《魔王四天王》の一人、《双葬》のランクロスを死闘の末に撃破した日の晩だった。
まぁ、言いたいことはわかる。
最近の俺達は連携がまったく上手くいっていない。今日のランクロス戦でも、みんながみんな足を引っ張るせいで俺は危うく殺されるところだった。
結局、ロルテが無駄撃ちしまくった魔法のうち一発が運良く当たって、たまたまその時近くにいたルードリンがトドメを刺したんだが、下手すりゃ全滅してた可能性だってある。
だから俺は何度も言い続けてきたんだ。
俺の命令を聞かずに好き勝手動いてるといつか痛い目を見るぞ、ってな。
今回の戦闘を切っ掛けにクソ共には猛省し、この俺を裏切ったことについて土下座で謝罪してもらいたいもんだ。役立たずのメルダートを追放するついでに。
そこまでするなら許してやらんでもない。俺は寛大だからな。
「今日の戦闘……四天王、《双葬》のランクロスでしたが、……手強い相手でした。敵ながら本当に、見事と言わざるを得ない剣の冴えでしたわ」
どいつもこいつも神妙に首肯している。
まぁ確かに多少は強かった。だがあのくらい、俺を中心とした連携がしっかり取れてたならもう少し楽に勝てたはずだ。
苦戦の理由は話し合う余地も無くそこだ。
「二刀流を駆使した、特にあの防御力の高さ。わたくし、己の未熟さを今さらながらに痛感いたしました。ロルテの魔法と、メル様が咄嗟に放ってくださった矢がなければ、確実に二回は死んでいたでしょう。二人には心から感謝を」
だいたいルードリンが正面から斬り合う必要なぞなかったんだ。
ちゃんと俺を前に出してれば。なのにロルテもクルギも俺が出るのを邪魔しやがって。俺を裏切るだけならまだしも戦闘でまで妨害行為を働くとか、いい加減新しいメンバーを探さねぇとな。
こいつらよりも有能で、俺を絶対に裏切らない、ツラもカラダもイイ女を。
「ランクロスの絶対防御を剣で抜くのは難しい……ですが、反面魔法防御はさして高くはないのではないか、と。途中、ロルテへの警戒が他より厚いことからそう気づき、わたくし達は全員『なんとかしてロルテの魔法を直撃させる』ようにと動きました」
へぇ。
こいつらそんなつまらんこと考えてワタワタしてたのか。
防御なんて聖剣でブッた斬れば関係ねぇのに。
「わたくしが正面から剣で牽制し、メル様は矢で足止め、それでも強引にロルテを狙おうとする攻撃はランが受け、クルギが毒とトラップで攪乱しつつ徐々に体力を削っていき、ロルテの魔法を確実に当てていく。読み通り魔法に弱かったランクロスにはベストな立ち回り……の、はずだったのですが」
ルードリンが眉を顰めて俺を見ていた。
……あん? どうかしたのか?
「ネロス様。何度も『魔法中心で攻める』とサインを送りましたのに、どうして無視なされたのですか? ネロス様も連携に加わってくだされば、より盤石でしたのに」
「はぁ? サイン? なんだそりゃ?」
「以前に皆で決めたではありませんか。メル様の発案で、戦闘中に立ち回りを変更する際の各種サインを。ロルテを中心に魔法攻撃メインで仕掛ける際はこう、と」
左手の小指を立て、豊かな胸の前でスライドさせるルードリン。俺としちゃこんなくだらねぇ反省会はとっとと切り上げてそのたわわなおっぱいを揉みくちゃにしてやりてぇんだが。
いや、そもそも、なんだ? メルダートの発案? そんなクソみたいなもん、覚えてるわけねーじゃねぇか。
「おいおいルードリン。立ち回りの変更なんて必要なかったろう? 確かにランクロスは多少は強かったが、俺と聖剣なら倒せない相手じゃなかった。俺を中心に攻めればもっと簡単に終わったはずだ。反省するならそこだろう」
ルードリンもそこそこ腕は立つけど所詮は王女様だからな。実戦ってやつがまだまだわかってない、甘いところがある。
《勇者》として、未来の夫として、モノを知らない彼女には手取り足取り胸取り俺が優しく教えてあげないと。ククク。
するとルードリンは、目を瞑って額に手を当てると大仰に溜息を吐いた。
「……そのご様子だと、やはり気づいておられなかったのですね。ネロス様、貴方が無闇矢鱈とランクロスに斬りかかる度、彼はロルテの射線に貴方を誘導しては盾にしていたのです」
「……は?」
「貴方は、ランクロスの技量によっていいように操られ、戦闘中ずっと利用されていたのです」
………………
……はぁ?
「そっ、そんな馬鹿な話があるか!! 俺がっ、《勇者》の俺と聖剣が、四天王とは言えたかだか魔物の一匹にずっと利用されてただと!? お前の勘違いだ! 奴にそこまでの技量なんざ無かった!!」
「よく言うよ。戦闘中ずっとアタシらの邪魔してたくせに」
「黙れこの阿婆擦れが! 《盗賊》如きが戦いのことに口を挟むな!!」
俺が一喝してやるとクルギは「へいへい」と肩をすくめた。どこまでも俺を舐め腐りやがって。
「ネロスちゃんが盾にされてたせいで私も弩を使うわけにはいかなかったし、色々と大変だったよぉ」
「いっそ誤射を装ってまとめて吹き飛ばしてやってもよかったんだけどね」
「テメェらも黙ってろ! 誰が盾だ! テメェら無能が俺の動きについてこられないのを棚に上げてふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!?」
あいつら、装備の力や小細工で一度くらい俺に勝ったからって調子に乗りすぎてやがる。雑魚の分際で、いや雑魚だからなのか。身の程をわきまえてないにも程があるだろ。
《勇者》が盾にされてて邪魔?
《勇者》ごと誤射で敵を吹っ飛ばせばよかった?
ド低能共が。
実力ってものを理解して一からやり直してこい。
だがルードリンは違う。
こいつらはクソ雑魚ナメクジ《村人》菌に脳まで冒されちまってるせいで手遅れかもしれんが、ルードリンは単なる世間知らずだ。俺の未来の妻は、まだ世の中のことがよくわかってないだけなのだ。
だからルードリン、今夜は久しぶりに二人きりで勉強会を――
「失礼ですが、ネロス様は現実が見えておりません。わたくし達はこの旅が始まってからずっと鍛練を続けてまいりました。特にメル様がパーティーに加入してくださってからは、技術や装備に工夫を加え、連携の取り方を改めて考え直し、ますます強くなっていく魔物へと対抗するため各々が出来る限りの努力を重ねてきたのです。なのに、貴方は……幾度諫言しても鍛錬をするでもなく、暇を見ては酒場と娼館に通い詰め。反省会や攻略会議にたまに顔を出しても欠伸混じりでやる気を見せず、あろうことか頑張っている仲間を貶め愚弄する始末。……それで本当にご自分が《勇者》であると胸を張って言えるのですか?」
「はんっ! 俺の実力は完成されてる。鍛錬や努力如きで積み上がる紛い物の力と《勇者》である俺の力は次元が違うんだよ。ルードリンももう少し強くなればそういった実力差を肌で感じられるように――」
……あれ?
気づけば、俺はふわりと宙を舞っていた。
そうして怪我をしないよう優しく床へと尻から下ろされる。
なんだ、今の?
ルードリンがいつの間にか俺の襟と手首を掴んでいるんだが……俺は彼女に何かされたのか?
「……今のは王宮で習った護身術をわたくしが独自に修練し続けた成果です。いかがでしたか? 実力差を、肌で、感じ取れましたか?」
ルードリンの皮肉交じりの物言いに、カッとなった俺は即座に立ち上がると聖剣を抜こうとした。が、今度は聖剣の柄に添えた手を捕まれ、逆関節に捻られる。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
「貴方は、強かった。旅に出た当初は間違いなく、わたくし達全員の力を合わせたよりも遙かに、隔絶したお力でした。ですが――」
「ぐぉわっ!?」
またも身体が宙を舞う。
今度は背中から強めに落とされ、一瞬呼吸が止まった。
「――驕り高ぶり、怠った。……わたくしは王家の者として、代々《勇者》が扱うこの聖剣の護人の血筋として、初めて逢った時の貴方の類い希な強さに惹かれました。ようやく出逢えた《勇者》に、当然のように恋をした」
『恋をした』と語るにはあまりに苦しげで、いっそ忌まわしそうな顔つきだった。あの美麗なルードリンにこんな顔が出来たのかと、投げられた苦痛に咳き込みながら驚いたくらいだ。
「……なんという愚かな錯覚だったのでしょう。その結果、わたくしは《勇者》の偶像に焦がれるあまり、貴方の人となりをよく知りもせず妄想を愛と勘違いして……馬鹿な女とお嗤いになってください」
「ゲホッ! ぐ、……お、愚かでも、何でもねぇ……! 強い男に惹かれるのは、女の本能だ! お前が、お前らが俺に惚れたのは、何一つ間違っちゃいねぇ!」
そうだ。
女なんざどこまでいっても結局は強い男の下に組み伏せられ、喘いでいるだけの存在でいればいいんだ。
そして《勇者》こそはこの世界で最強の雄だ。《勇者》である俺に誠心誠意仕え、愛を囁いて媚び、淫らに股を開く、お前らはそうあるべきだ。そうでなくちゃいけなかったんだ。
お前らみたいな美女が、力も無いただの《村人》に惹かれるなんてのは、この世界の摂理に対する叛逆だ。間違ってる。何もかもが間違ってる。
「どこまでも哀れな方、ですわね」
やめろ。
なんだその蔑んだ視線は。
おい。
ロルテ。
クルギ。
ラン。
どうしてお前ら、俺をそんな侮蔑の眼差しで見下ろしてるんだ。
違うだろ。
お前達の眼はもっと、俺からの愛を求め媚びるものだったはずだ。
「……どうしてそのように、『女は強い男に惹かれるはずだ』と頑なに信じ込むようになってしまったのか、理解に苦しみますわ。わたくしは確かに世間知らずでした。《勇者》への信仰に惑わされ、目が曇っていた。ですが、現実を見せつけられてしまえば流石にわかります。……『これはない』と」
床に転がった聖剣を拾い上げたルードリンは、もう俺を見てすらいなかった。
「己の強さを嵩に、弱者を嘲り愚弄する。他者を見下し、意のままにならなければ癇癪を起こして周囲に当たり散らし罵詈雑言の嵐。それでも初めのうちは、……わたくしが王女だったから、なのでしょうね。多少はそういった面を見せないよう取り繕っていたはずです。ですのにメル様が加入してからはもはや隠そうともせず……そのような殿方に、どんな女が恋い焦がれるというのですか。百年の恋だろうと、醒めるに決まっているではありませんか」
メルダートが加入してから。
ああ……そうだ、メルダート。
憎たらしい。心の底から疎ましい。
アイツが現れてから全てがおかしくなったんだ。歯車が狂ったのは全てアイツのせいだ。俺の、《勇者》の完璧な人生プランを台無しにしやがって。
なのにどうしてテメェだけは……侮蔑じゃなく、可哀想なものを見るような……おい、ふざけるなよ。ふざけんじゃねぇ。
ただの《村人》如きが、俺に同情して、悲しんでいるだと?
殺すぞ。
この腐れ偽善者が。
いったいどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ。
無能で、弱っちくて、俺の足下にも及ばない、取るに足らない虫ケラ以下の分際で。
「クソッ、クソクソクソクソ、クソッタレがぁああああああっ!! メルダート、テメェだけは許さねえ! 俺を陥れて俺のパーティーを破滅させた最低最悪の下劣極まりないクソ野郎!! ルードリン、聖剣を返せ! それは俺のモノだ! 《勇者》の聖剣で、薄汚い《村人》野郎を八つ裂きにしてやるッ!!」
「――王家の娘であり、聖剣の護人たるわたくしがそのような外道の所業を許すと、本気でお思いなのですか?」
ルードリンのこの感情には、覚えがある。
ロルテもクルギも同じだった。ランはもう少し愉悦混じりだったか。
ともあれ。
四人目の、俺のモノだったはずの女から向けられる怒りと、殺意。
「或いは……貴方もわたくしも、《勇者》という呪縛に囚われたという意味では等しく愚か者なのかも知れません。それに、おそらくメル様との出逢いがなければ、わたくしは今も迷妄と貴方を愛し続けていたことでしょう。ですが、遅まきながらわたくしは気づくことが出来た。そして聖剣の護人として、相応しくない担い手にこれ以上聖剣を預け置くことは出来ませんので回収させていただきますわ」
メルダート。
メルダートメルダートメルダートメルダート!!
奴の何処に価値がある。
どうして俺がやつに敗けなきゃならねぇ。
不条理だろう。
おかしすぎるだろう。
「お、俺が! 《勇者》の俺が聖剣を持たなくて、どうやって《魔王》と戦うつもりだ!? そんなのは無理だ、不可能だ!! だから返せ、全て俺に返せぇえ!! 聖剣も、お前達も、俺のモノだ! 俺のモノなんだぁああっ!!」
「……聖剣は《勇者》でなければその力の全てを発揮することは出来ません。けれど、《勇者》に問題が生じるなどした緊急事態のために、わたくし達王家の、護人の血筋は三割程度ではありますが聖剣の力を引き出すことが出来ます。……ネロス様。貴方の振るう十割の聖剣と、わたくし達五人に三割の聖剣であれば、総合的に見て《魔王》相手に勝ち筋があるのは後者ですわ」
ば、か……な。
《魔王》と戦うために、俺が、必要ない?
《勇者》が……要らない?
じゃあ、俺はどうなるんだ?
「クルギの調べにより、貴方が《勇者》特権を悪用して様々な犯罪に手を染めていたことは既にわたくしも承知しております。《魔王四天王》のうち二人までを撃破した功績である程度の減刑は為されるかとは思いますが……この先はお父様――国王陛下にお任せいたしましょう。《勇者》ネロス様」
ルードリンの手の中で、聖剣がぼんやりと光を放っている。
「貴方を、このパーティーから追放いたします」
俺が持つ時の三割程度の光。すぐにも消えそうな弱々しい光……なのに。
「もしも貴方が……わたくし達を思いやり癒してくださったメル様のあの温かな優しさの半分でも持ち合わせていらっしゃったなら……そう思うと、まことに残念ですわ」
今の俺の目には、聖剣があたかも断罪の剣のように映っていた。
次からは各ヒロイン視点に移ります。