第三章 優しさに包まれたなら
「ランッ!! テメェ、さっきのはどういうことだ!?」
「ほえ?」
俺がどうして怒鳴っているのか、まるで見当もつかないとばかりに青いセミロングヘアーの《重戦士》、ラン・メガドローガは眼鏡の下の目を白黒させた。
「えとっ、ど、どういうって……」
「なんで俺のことを守らずに後衛の守りにばっかついてたんだって言ってるんだ!」
俺の右手の人差し指が、ランのバカでかい乳を無理矢理押し込んだミスリルプレートをタンタンと苛立たしげにつつく。
俺の、《勇者》パーティーにおける基本的な戦術。
まず最初にロルテが敵に先制で魔法攻撃を仕掛け前衛を蹴散らし、そこに俺が《勇者》の圧倒的な突破力でもって斬り込む。俺を狙う攻撃は全てランが受け止め、万が一にも俺が討ち漏らした敵がいればルードリンが仕留める。
その間、クルギは後衛のロルテを護衛。
俺がパーティーの要。俺を中心にこのパーティーは上手く回ってた。
ところが、最近みんな俺の指示を聞かずに立ち回り始めた。
まずロルテが先制を仕掛けるのは変わらないが、デカいのを一発お見舞いした直後、クルギとメルダートが煙幕や簡易トラップで敵を攪乱するようになった。攻撃する上ではっきり言って邪魔で仕方がない。
敵の足並みが乱れている内にルードリンがトラップを抜けた敵を的確に刈り取っていく。本来俺が倒すべき敵まで余計に。
そしてランは、俺よりも後衛を守るようになった。後衛を守りつつ、弩やジャベリンで中~遠距離の敵を削っていく。おかげで俺の被弾率が上がり今日も怪我をした。
守りが充実したからか、ロルテも初撃以外に次々と魔法を唱えるようになった。範囲が広いのでいちいち避けねばならずこれがまた俺の攻撃の邪魔をしやがる。
そしてメルダートは、申し訳程度にクソ貧弱な援護射撃を行っていた。
「ランさんが後衛を守ってくれるようになったおかげで、わたしも攻撃に参加しやすくなったしメル君も援護しやすくなったし効率はグンと上がったと思うんだけど、何か問題あるの?」
「大有りだ! 見ろ! 今日だって怪我しちまったんだぞ!?」
ロルテのアホに腕の傷を見せてやると、横にいたクルギが呆れたように肩をすくめた。
「……なんだ。どんな名誉の負傷かと思えば、かすり傷じゃないか」
「怪我は怪我だ! この怪我が原因で次の四天王戦で全力を出せなくなったらどうするつもりだ!? テメェら、俺抜きで《魔王四天王》に勝てるとでも思ってんのか!?」
強敵を相手にする時だけじゃない。
このパーティーの最大戦力である俺が最高のパフォーマンスを維持出来なければ全ては終わりだ。残りの奴らでは満足に戦闘なんかこなせるわけがない。ただでさえメルダートみたいな足手まといがいるんだしな。
「確かに、一理あるかも知れませんわね。《聖剣》を持つ《勇者》、ネロス様の存在は四天王や《魔王》への切り札ですもの。ですが、ネロス様。ロルテの言う通り、戦闘の効率が良くなったのは事実ですわ。わたくしも、以前より安心して戦えておりますし、お役に立てているはずと自負しております」
「効率が良くなったぁ? いったいどこがだよ。動きづらいったらねぇ。特に、メルダート! 余計なタイミングで役にも立たねぇ矢をヘロヘロ撃ちやがって! 邪魔だから何もするなって言ったはずだぞ!」
「? そうでしょうか。メル様はいつも的確なタイミングで敵の注意を反らし、わたくしが攻撃しやすくしてくださるのですが……」
「お前はそいつに都合よく考えすぎなんだよ、ルードリン。ただの《村人》がそこまで考えて戦闘なんてこなせるわけないだろ? 適当に射った矢がたまたま敵の注意をそらしただけに決まってる」
なんだ、ロルテにクルギめ、わざとらしく俺を睨みやがって。
……畜生、腹立たしい奴らだ。弱みさえ握られてなければこの場でひっぱたいてやるのに。
だがまぁ、今の問題はランだ。
「とにかくだ! ラン、お前は俺のことだけしっかり守ってればそれでいいんだ! 後衛よりもまず俺をしっかり守れ! そうすれば敵なんざ俺がさっさと倒して後衛への危険も減るんだからな! いい加減、合理的に考えろよ」
もっとも、ランに“考える”なんて芸当が出来るとは思えないけどな。
女だてらに俺よりもデカい図体、怪力、耐久力の持ち主だが、ハッキリ言ってオツムが弱い。弱すぎる。
自分の大きな身体と力を活かして人の役に立ちたい、とかぬかして騎士団に入ったそうだが、平民出身なのとオツムの弱さのせいでずっと後方で雑用をやらされてた女だ。俺が目をかけて“俺専用盾役兼奉仕奴隷”として拾い上げてやらなければ今も騎士団の詰め所で土嚢や麦袋でも運んでたことだろう。
それに何より、コイツは俺にゾッコンだ。
ツラも悪くないし何より乳も尻もムッチムチのとんでもなくドスケベなカラダをしてるくせに、どうも背の高さが災いしてか今までコイツをまともに女扱いしてくれる男は周りに皆無だったらしい。
そのせいか俺が初めて抱いてやった時、コイツは心底幸せそうだった。
初めて女として求められたのがよっぽど嬉しかったんだろう。
まったく、我ながら良いことをしたもんだ。
だってぇのに。
「で、でもね、ネロスちゃん。私が後衛を守れば、その分クルギちゃんも攻撃や支援に回れるし、ロルテちゃんも強い魔法撃てるし、そっちの方がいいと思ったんだぁ。それにね、メルちゃんに習ったおかげで、ほら。私、弩の使い方を覚えて、防御だけじゃなくて攻撃でも役に立てるようになったでしょ? だから――」
「うるせぇッ!!」
コイツまで、俺に口答えをしやがる。
しかもよりにもよってクソのメルダートに弩の使い方を習っただ? ふざけてるのか?
「そんなの必要ねぇって言ってんだろうが! このパーティーの戦術はなぁ、《勇者》で、メインアタッカーである俺の攻撃の邪魔をしないことが基本中の基本なんだよ! お前の役目はそのデケぇ図体と、女離れした怪力のおかげで出来る重装甲でひたすら俺の盾になることなんだ! そのためにわざわざ拾ってやったんだからなァ、しっかりと恩を返しやがれこの肉盾が!!」
ここまで言ってやれば、オツムの弱いコイツでも自分の過ちを理解して泣いて俺に許しを乞うだろう。
まったくもってめんどくせぇったらありゃしねぇ。
「……?」
妙だな。
以前までのランだったら、俺にちょっとでも厳しいことを言われたら泣いて謝ってきたはずだ。
コイツは俺に捨てられることを怖れてる。
俺に捨てられたらまた後方で雑用ばかりやらされる日々だし、女として使ってくれる奴もいない。
そんな日常に逆戻りするのを何よりも怖れてたはずなのに、おかしい。
「そっかぁ……肉盾、かぁ」
「あぁん? テメェ、なに言って――」
「ネロスちゃん……昨日、私がどんなお洋服着てたか、覚えてるかなぁ」
?
コイツは突然何を言ってるんだ?
頭涌いてんのか?
昨日なんて、戦闘がなかったから街でブラブラ買い物して、ムラムラきたんでコイツらの誰かを抱いてやろうと思ったら、……クソ。
全員が拒否したせいで仕方ねェから娼館に行ったんだ。
そんなムカつく記憶しかない。
「知るかよそんなモン! お前の服なんざ、いちいち覚えてるわきゃねーだろうが」
だから正直に答えてやった。
すると、ランはニッコリと笑って、
「ねぇ、ネロスちゃん。私と、一回本気で勝負してもらっても、いいかな?」
……やっぱり頭涌いてるんじゃねぇか?
トチ狂ったとしか思えないことを言い出しやがった。
■■■
めんどくさい。
街外れの空き地で。
他のパーティーメンバーが見守る中、俺は二十歩ほどの距離を空けてランと向かい合っていた。
だいたい、《重戦士》と言ってもランは守備に特化した盾役だ。
力は強いがどうにも大雑把で、メインの武器であるハルバードは滅多に魔物に当たった試しもない。
そんなランから勝負なんて言われてもタチの悪い冗談としか思えなかったが、ロルテとクルギに反旗を翻されてる今、ランまで俺の言うことを聞かなくなったらさすがに厄介だ。なのでコイツの望む通りに勝負してやって、誰がご主人様なのかもう一度躾をし直してやることにした。
「ねぇ、ネロスちゃん。勝負の前にちょっとだけお話、いいかな」
「あ?」
とっととこんなくだらねぇ勝負終わらせちまいたいのに、ランは何かあるのかいつもののんびりしたかったるい口調で話しかけてきた。
「私さぁ、ネロスちゃんにね、仲間にって選んでもらって、その……彼女さんにね、して貰えてからね。前よりもずっと、お洒落に気を遣うようになったんだぁ。だって《勇者》様の彼女さんだもん、ね。私がみっともないと、ネロスちゃんに恥ずかしい思いをさせちゃうんじゃないかって思って。これでもねぇ、私なりに……一所懸命、頑張ってたんだよ」
そう言われても、コイツの言う“お洒落”なんて全然記憶にない。
俺がコイツに求めたのは盾としての肉体と、雌としてのカラダだ。
そこそこ頑丈な鎧さえ纏っててくれれば服なんかどうでもいい。雌として重要なのはそれこそ服の中身なわけだし。
結局何が言いたいんだ、コイツは。
俺が興味なさげにしていると、ランは……うん?
なんでだ?
メルダートの方を向いて……
「私が寂しそうにしてたからなのかなぁ。いつからかね、メルちゃんは、お出かけの時とか私が違うお洋服着てるとね、褒めてくれるようになったの。可愛いよ、って。今日はそのワンピースにリボンの色似合ってるね、って。そういうの、多分得意じゃないのに。ほんの一言二言だけど。でも、それがね、すんごくね、嬉しいんだぁ」
……おい。
なんだ、その。花が咲いたような、『私幸せです♥』とでも言いたげなツラは。
まさか。
まさかまさかまさかまさかまさか。
……テメェもか?
テメェも、俺を裏切ってやがったのか?
そんなオツムもねぇくせに、俺を謀ってやがったのか、オイ。
「《勇者》パーティーの一員として強くなりたい、でも可愛い女の子としても見て欲しい、って。そんな私の我が侭な愚痴を聞いてね、メルちゃん、言ってくれたの。『可愛いまま強くなればいいよ』って。私、私ね? こんなに背が高くて、力持ちな女の子、可愛くないんだってずっとそう思ってた。だってみんなそう言ってたから。でもメルちゃんは可愛いって言ってくれるの。大きくても、力持ちでもいいって。むしろ《重戦士》としてのそれは才能なんだから、否定せずに活かせばいいよって。だから――」
ランがマントを翻した。
巨大な肩当てが大きく展開し、その下から無数の連射式の弩が、さらにハリネズミみたいな剣の山が出現する。
しかもそれだけじゃない。大盾の裏にも弩や、折りたたみ式の槍。背中には大量のジャベリン、モーニングスター、大戦斧、etc、etc……
なんだ……アレは? 歩く武器庫か?
いくら怪力だからってありえねぇだろ。
もはやラン自体が武器の塊。兜の面防を下ろせばもはや武器と防具で一切の隙間が消失してしまった。
「メルちゃんと協力して作り上げたの。私の新しい専用装備、仕掛け鎧《皇騎凄》。ちょうどね、使い心地を試してみたかったんだぁ。だからネロスちゃん……いいえ、《勇者》様。全力で、つきあってくれるよね?」
物騒極まりない鉄塊の無邪気な問いかけに、俺は思わずゾクリとした。
だがあんなモン、所詮は素人が作った無駄に派手なだけの玩具だ。だいたいいくらランが怪力でもアレじゃまともに動けるわけがない。くだらない虚仮威しだ。
だったら……
メルダートのクソと一緒に作ったとかいうそのクソの塊を、俺の手でバラバラに粉砕してやる。
「おう、いいぜぇ。せいぜい頑張ってくれよなぁ……ッ!!」
「うん。それじゃあ遠慮なく……――全弾発射」
「……うぺぇ?」
思わず間の抜けた声を出しちまった。
だって……その、だってなぁ。
わかるか?
『全弾発射』とかいうランの声に合わせて。
飛んできたんだ。
矢も、剣も、槍も、鉄球も。
ありとあらゆる武器が弾丸……いや、文字通りの剣林弾雨ってやつか。
点じゃなくて面。
眼前の空間全てが武器で覆い尽くされてた。
「ッ、だらぁああああああッ!!」
俺はがむしゃらに聖剣を振り回した。
一つ一つ狙って迎撃なんざしてたら間に合わない。
ひたすら落とす。叩いて、弾いて、跳ねて、だが防ぎきれない。
あいつら、なんて馬鹿げたモン作りやがったんだ……
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソがぁあああああああッ!!」
それでも俺は《勇者》だ。
メルダートとロルテ、クルギの卑怯な手段で痛い目を見せられたりもしたが、こんな、ただ盲滅法に武器を飛ばしてくるだけの攻撃に負けるわきゃねぇだろ。
「キィヤオラッシャァアアッ!!」
全身に裂傷を負いながらも叩き落とし続けてようやく剣林弾雨がやむ。
よし。あとは呼吸を整えて逆襲に転じるだけ……
「……は?」
おい。
ちょっと待て。
なんだ、その、「ガコンッ」って音は。
どうして弩が外れて、その下からニョキッと円筒状のパーツが伸びてくるんだ。
しかも何本も。
「魔導砲、一斉射」
円筒が魔力を帯び、その一本一本から魔力の塊が伸びてくる。
これは……ロルテの魔法と同じ?
「なっ、なんでだ!? テメェには魔法の才能は……ッ!!」
「うん、私にはないよぉ。これはね、ロルテちゃんが作ってくれたんだぁ。他にもクルギちゃんが色んな毒の詰まった弾丸とかもくれたんだけど……そっちも、使ってみよっか? アハハッ♪ 実戦訓練だねぇ」
「ちょっ、まぁあッ――――~~~~~~~~~~~~ッ!?」
その後のことは、思い出したくもない。
やりきった笑顔で、ランは俺を見下ろしていた。
いいから、毒消しを、よこせ。
ロルテ、クルギに続いて、ランまで。
もうよぉ、マジでよぉ、……どうなってんだ?
俺が何をしたってんだ。《勇者》だぞ、俺は。
ああ……憎い。
女共も当然憎いが、メルダート……テメェが別格で憎い。
テメェにこそこんな風に武器の山を手当たり次第にブチ当てて、いつか必ず殺してやる。
笑っていられるのも今のうちだけだ。
待っていやがれ、《村人》が。