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第二章 誇りと信念と




「クソがぁあああああっ!!」


 メルダートとロルテに狡っ辛い手でやられたその翌日。

 宿屋の一室で俺は大いに荒れていた。


 当たり前だ。

 あんなのは俺の実力じゃない。

 チマチマチマチマ、物陰に隠れながら卑怯に立ち回りやがって。あれでも《勇者》パーティーの一員のつもりなのか?

 人類の希望の自覚ってやつがそもそも備わってねぇんだ。クズが。


 記録結晶で俺を脅した後、あいつらは『今日のことは忘れて、明日からはまた仲間として《魔王》打倒のために一緒に頑張ろう』なんぞとぬかしやがった。

《勇者》の力は必要だろうから。

 全てが終わるまで個人的な遺恨は抜きにしよう、だと。


 ふざけんな。

 なんだその上から目線は。

 たかが《村人》と《魔法使い》風情が。

 メルダートとロルテ如きが。

 この俺に、《勇者》に。


 あまりにも不遜。

 だが手を出せばあの映像が流れちまう。俺が雑魚共の卑劣な手にしてやられ、無様に敗北した屈辱的な映像が。

 複数の新聞社と雑誌社に届くよう設定したとか言ってやがったし、一つや二つ《勇者》の権力で圧力をかけて揉み消しても無駄だろう。

 映像が流れないうちに大元を確保出来なければ今後あいつらには手出しが出来ないってことだ。

 そんなの、許せるわけがない。


 だからこんな時にうってつけの奴を使うことにした。

 コンコン、とドアを叩く音がする。


「入れ」


 入ってきたのは長身痩躯、銀髪をサイドテールに結いあげた女――《盗賊》クルギ・タグスだ。

 もっとも、痩躯というのは全体的なシルエットのことであって“女”の部分は充分すぎるくらい肉付きがいい。特に乳のサイズは少々垂れ気味ではあるもののロルテに負けず劣らずの爆乳っぷりだ。


「……で、何の用? アッチなら今日は無理よ。“女の日”だから」


 ツンとした態度にクソ生意気な物言いだった。

 以前はその鼻っ柱の強さもある種の可愛げだと思ってたが、最近は特に調子づいている気がする。

 だいたい、何が“女の日”だ。今月何度目だよ。


 この女も、ほんの少し前まではこんなじゃなかった。

 なんせロルテと違ってこいつの場合俺は正真正銘“命の恩人”だ。

 義賊ぶって悪徳貴族や商人の家に忍び込み、犯罪の証拠や不当に巻き上げられた金品を盗んでは国に届けたり元の持ち主に返したりを繰り返していたクルギは、俺が《魔王》討伐の旅に出る三ヶ月前ついに捕縛され、処刑を待つのみの状態だった。


 しかし、だ。

 こいつの《盗賊》としての天才的な技能、それ以上に類い希な美貌とスケベなカラダは絞首台に吊すにはあまりにも惜しかった。

 そこで俺が王に取り成して『《魔王》討伐に協力するのと引き換えにこれまでの罪一切を不問とする』って条件で仲間に引き込んだわけだ。


 だもんだから、ぶっきらぼうながらもこいつは俺に感謝し、惚れていた。

 俺の求めに応じて盗賊のスキルを遺憾なく発揮し、夜は望むままどんな奉仕でもしてのけた。

 まったく便利な女だ。こいつならこの先も十年……いや、十五年くらいは使ってやってもいいなと、そこまで重用してやってたのに。


 メルダートが仲間になってからだ。

 ロルテと同じく、こいつの様子もおかしくなった。


 何のかんのと理由を付けて俺に抱かれるのを拒み、法に触れかねない命令には従わなくなってきた。『俺には《勇者》特権がある。だからこの程度、罪には問われない』と幾ら言っても屁理屈ばかりぬかして断ろうとしやがる。


 たかが《盗賊》のくせに、自分のことを義賊なんて謳ってる奴はこれだから嫌なんだ。どんだけ言い訳を並べ立てても盗人は盗人、薄汚いゴミ虫だ。悪党しか狙わねぇだの、正義ぶったところで法に照らせば単なる犯罪者に過ぎねぇってのに。


 対して、《勇者》は違う。

 そもそも一般的な法は《勇者》には適用されない。

 王から特権を与えられた《勇者》の法は人間のそれを超えたところにある。《盗賊》がやれば犯罪でも、《勇者》がやれば正当な行為だ。


 クルギも、それはわかってるはず。

 底辺で生き延びてきたこいつはそういった部分で他の女共よりは知恵が回る。どう立ち回れば巧く生きられるかを、わかってる。

 その点も踏まえて、俺は命じた。


「ロルテが隠し持ってる記録結晶を盗み出して来い」

「記録結晶? ロルテの?」


 怪訝な顔をするのは、まぁ仕方がない。

 仲間の記録結晶をわざわざ盗んで来いなんて命令、普通に考えたら意味不明だからな。

 もっとも、詳しい事情はわからずともすぐに察してくれたようだ。


「わかった」

「おう。映像の内容だが……」

「別に言わなくてもいいよ。最近のロルテのあんたへの態度を見てれば、だいたいはわかる」

「あ、ああ。……なんせこの上なくド汚い、卑怯な手口で録られたもんだからな。ロルテに、メルダートめ。絶対にブチ殺してやる……!」

「へぇ、よっぽど腹立たしいみたいだね。なら、なるべく急ぐとするよ」


 そう言って踵を返そうとしたクルギの手首を俺は「まぁ待てよ」と掴んだ。


「……今日は“女の日”だって言ったでしょ?」

「手や口、それに胸なら使えるだろ?」


 急いでくれるのはありがたいが、ロルテとメルダートへの苛立ちを兎に角発散したかった。だいたい、こいつらの主な役目はそれだ。カラダを使って俺を慰めキモチ良く《魔王》討伐へ送り出す。

 この国の全ての女はそうやって俺に奉仕する義務がある。


 すると、クルギはそれまでの怜悧な表情から一転、眉を八の字に、拗ねた声音で、


「最近は、ずっとお姫様にご執心だったくせに」


 そんなことをポツリと呟いた。

 思わず噴き出しちまった。

 なんだ。こいつは単に妬いてただけだったのか。俺が最近は《姫騎士》のルードリンばかり相手にしてたから。


 ロルテみたくメルダートに絆されてるんじゃないかと疑ってたが、そんなことはなかった。

 そうだよな。

 あんなのはロルテだけだ。男の価値もわからない馬鹿な女がそうそういてたまるか。

 クルギはやはり頭が良い。知恵が回る。世の摂理ってのをよくわかってる。


 俺は思わずほくそ笑んでいた。

 ああ、気分が良い。そうだ。こうじゃないと駄目だ。クズ共のせいで俺が僅かにでも鬱屈を抱えるなんて、そんなのあっちゃならないことだ。


 清々しいこの心地を吐き出したくて、俺ははち切れそうな股間に掴んだままのクルギの手を押し当てた。


「……今日が“女の日”なのは嘘じゃないから、本番は無しよ?」

「ああ、構わねぇぜ」


 困ったように苦笑するクルギの奉仕で、ようやく苛立ちを紛らわすことが出来た。




   ■■■




 コンコン、とドアを叩く音がする。


「入れ」


 ドアが開き、入ってくるなりクルギは記録結晶を一つ、俺に投げてよこした。

 結晶は角張っていて、うっかり強く受け止めてしまったせいで掌に角がチクリと刺さった気がしたが今はそんなことどうでもいい。

 流石の仕事の速さだ。やっぱりこいつは使える。手駒としても、女としても、ロルテなんぞとは比較にならない有能さだ。

 ルードリンを妻に迎え王位を継いだ後も、この女は使い続けてやろう。卑しい出自に加えて《盗賊》では側室にすら迎えられないだろうが、そこは構わないだろう。公式の立場なんざなくとも俺の女でい続けられるだけで恩恵はあるわけだしな。


「中身、確認しなくていいの?」

「ん? ああ、そうだな」


 有能なクルギのことだ、間違いはないだろうが小賢しいロルテがダミーを用意してたなんて可能性もある。

 盗み出す段階で既に中身は見られてるのだろうが、それでもクルギには見えないよう極小範囲で俺は記録結晶の映像を確認し……




「――は、……へ?」




 ……愕然とした。


 そこに映っていたのは、数ヶ月前、俺が反国王派の貴族と密会し金を受け取っている映像だった。

 しかもそれだけじゃない。

 大商人との裏取引に奴隷エルフの売買といった《勇者》特権でも揉み消せないだろう数々の所業がはっきりと映されてしまっている。


「な、な……なんじゃこりゃああっ!?」


 まさか、ロルテの奴こんなものまで用意してたのか。

 そうまでして俺を破滅させる気なのかあのクソアマは。メルダートのクズと組んで、どこまでも俺と敵対する気か。

 許せねぇ。

 今すぐ二人とも嬲り殺しにしてやる。


「待ちなよ」


 聖剣を掴み、すぐにも二人のもとへ行こうとする俺を呼び止めたのはクルギだった。


「悪いが、後にしろ。こいつを盗み出してくれたことには感謝するが、今はあのクソボケ二匹を始末するのが先――」

「その映像を用意したのは、アタシだよ」




 ……?

 この女、今なんて言った?


 どこか苦しげな、けれども妙にスッキリしたような顔をして、なんて言ったんだ?


「……しばらく前からね、アンタの動きを監視して、集めてたんだ」

「なっ、あ……あぁああああんっ!?」


 ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんじゃねぇぞ!!

 なにサラッととんでもねぇ暴露してやがるんだこのアマは。

 ずっと監視して、集めてた? この映像を? 何のために?

 俺は……俺はこいつの、クルギの、命の恩人様だぞ? その恩人様を、裏切ってやがったのか? こいつも、あのクソロルテと同じように。

 有能で忠実な犬のフリして、俺を騙してやがったと。


「ブッ殺してやるッ!!」


 怒りが全身を支配する。

 ロルテよりもメルダートよりも先に、目の前のこいつをブッた斬る。

 いかんせん相手は熟練の《盗賊》だ。少しでも隙を見せたら逃げられちまう。だから全力で踏み込み、聖剣を鞘から抜こうとして、


「ガッ!」


 俺は、倒れた。

 おかしい。

 腕が痺れて、脚も痺れて、動かねぇ。

 クルギを今すぐ殺してやりたいのに身体がまったく自由にならない。


「悪いね。痺れ薬を塗った毒針、仕込ませてもらった」


 そう言ってクルギは転がっていた記録結晶を拾い上げ、短い針を取り外した。

 さっきのチクリって痛みはそいつか。クソが。

 完全にしてやられた。油断してた。薄汚い《盗賊》如きを、忠犬だと信じ込んじまってたんだ。


「ぐ、……そ……テメ、なんで、だ……」


 倒れ伏す俺を見下ろすクルギの表情は、ロルテのものと違って悲しそうだった。

 哀れむような眼をして溜息を吐いている。


「……アンタには、本当に感謝してるんだ。それは、嘘じゃない。アタシを助けて、《魔王》討伐のパーティーに入れてくれて。《盗賊》のアタシの技能を、世のため人のため役立てるようにしてくれた。だから、好きだった。アンタのこと」

「だ、だったらぁ!」


 なんで、過去形なんだ。

 好き“だった”?

 おかしいだろ。間違ってんだろ。

 好きでいろよ。俺を好きなまま、従い続けろよ。でないと駄目だろ。そんなの、許されねぇだろうが。


「相手が誰であろうと我を通す、それがアンタの強さなんだって。少しくらい間違ってたって、強引だって、それでも結果的に《魔王》を倒して世界を救えるなら、大勢の人達を助けることになるんなら、それでいいって……ああ、アタシ、そんな風に、必死に誤魔化そうとしてたんだ。あんなに憎んで、嫌ってた悪党共と同じコトしてるアンタを、好きだからってだけで見ないフリして……協力して。……最低だった。ずっと悩んで、迷ってた」


 悪党共と同じだと?

 馬鹿をぬかすな。そいつらは私利私欲のためだけに動いてたのかもしれないが、俺は違う。俺は《勇者》だ。《勇者》の行いは正義に繋がってる。

 俺の行いこそが絶対的に正しいんだ。

 なのにそんな俺に協力したことをまるで罪を犯したかのように懺悔するとは、このアマも頭どうかしてるんじゃないのか?


「わからなくなってたんだ。アンタへの想いも、自分がどうすべきなのかも。どっちへ進めばいいのか、いったいどうすればいいのか、辛くて、苦しくて。酒に逃げて、飲んだくれもした。……でも、そんな時にアイツが……メルが、言ってくれたんだ。『自分が正しいと思うことをするべきだ』って」


 おい。

 おいおいおいおい。

 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!


 なんだ。

 どうしてそこであいつの、あのクソ雑魚ナメクジ《村人》野郎の名前が出る?

 なに頬染めてやがるんだ、おい。

 テメェ、俺を好きだって言って……


 ……だから過去形?

 好き“だった”?


「アタシは……《盗賊》だ。どんなに言い訳しても犯罪者だ。でも、……正しいと思ったから、たとえ犯罪者でも、悪党共の罪を暴いて、奪われたものを取り返して……そうしてたはずだったんだ。なのに、その誇りと、信念すら失ったら……義賊でもなんでもない。正真正銘の、ただのクズじゃないか……!」


 知ったことか。

 テメェの誇りだの信念だの、そんなもんどうだっていいんだ。《盗賊》としての類い希な能力を俺のためだけに使い続けてれば、お前はそれだけでよかったんだ。

 なのにまたメルダートか。

 あいつに唆されたのか。適当な綺麗事で、クルギの安っぽい正義感を突くとは、なんて汚ぇ野郎なんだ。卑怯者が。


「メルは言ってくれた。『どんな理由があっても罪は罪かも知れない。でも、法が全て正しいわけでもない。信念を持って悪と戦ってきたクルギさんを、人として尊敬します』って。だからアタシはもう、アイツのためにも自分の心に嘘をつけない。……でも、アンタがアタシを助けてくれたのも、好きだったのも本当なんだ。だから……この結晶はまだどこにも届け出たりはしてないから、もう一度だけ……《勇者》のアンタを、信じさせてくれないか? そして《魔王》を倒して、全てが終わったら……アタシと一緒に、自首してくれ。罪を、償おう?」

「ぐ、ぐ、うぅ……て、め……」


 こいつもロルテも。

 なんで俺に向かって上から目線なんだ。

 どうして俺に惚れてたのが間違いだったみたいな言い方をしやがる。

 まるでメルダートのおかげで呪いが解けたとでも言いたげな晴れ晴れとしたツラしやがって。ふざけるのも大概にしておけよ。

 だいたい、どうして俺が自首して罪を償わなきゃならねぇんだ。俺に償うべき罪なんて一つも無い。自己満足したけりゃ独りで勝手にやってろ。


「ちく、しょ……メルダー、ト……あの野郎、……ぜってぇに、ブッ殺して……――ヒッ!?」


 喉元で、ダガーが煌めいていた。

 クルギの顔がすぐ目の前にある。

 さっきまで俺に対する申し訳なさを浮かべていたそこには、のっぺりとした能面が貼り付いていた。

《暗殺者》が発するような、冷たい殺意。それがダガーに込められ、今すぐにでも横にスッパリ引かれようとしている。


「そう言えば、ロルテに聞いたよ。アンタ……本気でメルを、殺そうとしたんだって?」

「あぐ……はっ、はぁ……はぁ」

「それだけは、許さない。アンタには恩がある。好きだったっていう情も、少しは残ってる。でも……メルに手を出したら、殺す。絶対に、殺す。地の果てまでも追い詰めて、この喉を掻っ切ってやる……!」

「ひはぁ、ひひ、はぁ……~~~~~っ!」






 俺の喉に一筋の赤い線を残して、クルギは部屋から出て行った。


 クソッ、畜生。

 ロルテに続いてテメェも、恩を仇で返すクソアマばかりかよ。いったいどうなってやがる。

 底辺女共が、弱みを握って勝ったつもりになってんじゃねぇぞ。

 この旅が終わった時、絶対的な権力を手にした俺の前ではテメェらの小賢しい策なんざ全てが無意味だったんだと思い知らせてやる。

 テメェらの大好きなメルダートも、思いつく限りの陰惨で、残虐なやり方で、殺して殺して殺し尽くしてやるからな。

 覚悟しておけよ腐れビッチ共が。


 俺は、俺を裏切って見下した女を絶対に許さんからな。





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