表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

エピローグ -SIDEメルダート-




 僕の名前はメルダート・コーグ。

 とある田舎の村出身の、ただの《村人》です。

 我ながら、それ以上でもそれ以下でもない、つくづくありふれた小市民だと思います。


 そんな小市民にも悩みはあります。

 実はちょっとした縁があって、僕は微力ながら《勇者》様のパーティーを手助けすべくあくまで“一時的に”のつもりでお仲間に加えていただいたのですが、……これは幸い、と言うべきなんでしょうか。

 その後も『正式な仲間として一緒に来て欲しい』と《勇者》様以外の皆さんに頭まで下げられてしまったのです。


 何しろ“世界を救う”ための旅です。

 本当にこの先も必要だと言われたなら、断るなんて選択肢はありません。

 でも……ただのしがない《村人》が、《魔王》討伐の旅で道案内以外に役に立てるなんてことがあるんでしょうか?


 どこまで役に立てるかわからない。

 不安で胸が張り裂けそうです。

 でもせめて、もしもの時は皆さんの盾になろうと覚悟を決めてついて行った僕でしたが、思いのほか旅は順調に進みました。


 ロルテさんも、クルギさんも、ランさんも、それにルードリン様も。

 ただの《村人》である僕を仲間として対等に扱ってくれて、僕なんかの意見を幾つも戦闘に取り入れてもらったりなんだか夢みたいです。

 思わず調子に乗ってしまいそうなところを、《勇者》であるネロス様が厳しい言葉で戒めてくれたのにも助かりました。

 ネロス様がいなければ、今頃は自分の力を過信して無茶な真似をし皆さんに迷惑をかけていたかも知れません。




   ■■■




 旅を続けている内に、次第に皆さんとも打ち解けて色々な話をするようになりました。

 昨今は魔物の脅威が増えたとは言え基本的には長閑な田舎で育った僕からは想像もつかないような話もたくさん聞けました。


 ロルテさんも、クルギさんも、ランさんも、それに王女であらせられるルードリン様も、それぞれ大変な苦労をなされてきたようで……

 僕如きが気遣うというのも失礼に当たるのではないかとも思いましたが、皆さんに少しでも元気を出して欲しくてそれからもしょっちゅう愚痴を聞いたり、相談に乗ったりするようになりました。


 それで……大変言いにくいことではあるのですが、どうも《勇者》であるネロス様は、その……女性陣にあまりよく思われていないらしいことに遅まきながら気が付きました。

 村には歳の近い若者が少なかったせいもあって、僕はどうにも女性の、心の機微というものに疎いのです。


 確かにネロス様は言動は荒々しいですし、若い女性に対する……えーと、セクハラじみた行為も目立つのが気にはなってはいました。

 だけど……まさかあそこまで嫌われていたなんて。


 僕に対する当たりのキツさに関しては、正直気にしてはいませんでした。戒められて助かったというのも本当です。

 だって僕は本当に、ただの《村人》なんです。

 女性陣が皆さん頼りにしてくださるのは嬉しいし、真摯にお応えしてるつもりです。でもうっかり気が緩んでしまったらと思うとやっぱり怖いんです。

 なのでネロス様には少々キツいことを言われてるくらいが丁度良い案配だと思えていたんです。……が。


 やっぱり、女性に対しては、……よくないと思います。《勇者》ともあろう方が、仮にも恋人関係にある人を安易に傷つけていいはずがない。

 あれは、駄目だ。

 絶対に。


 どうしても物申さずにはいられなくなり、ネロス様に何度か意見もしました。

 けど僕が何か言っても反発され、怒りを買うばかりで解決の糸口なんて掴めるはずもなく、凄く歯痒かった。

 僕には、何も出来ない。

 僕のことを大切な仲間だと言ってくれる人達のために、少しでも何かしたいのに。

 彼女達の涙を、止めてあげたいのに。


 そんな僕のことを、皆さんは『優しい』と言います。

 これが一番よくわからないんです。


 僕は辺境の、小さな村で生まれ育ちました。

 早くに両親を亡くした僕に、村長さんも、他の皆さんも、とても親切にしてくれました。

 貧しい村でしたから、住民はみんな家族のように助け合って暮らしていましたが、幼かった僕は一方的に優しくされるばかりで、とても不甲斐なかった。

 そしてそれは、今だって変わりません。

 ただ話を聞くことしか出来ない無力な僕のいったいどこが優しいと言えるのか、本当にわからないんです。


 ロルテさんは怪我をした僕や皆さんを回復魔法で癒やしてくれます。

 クルギさんは危険を顧みず罠の解除などを請け負ってくれています。

 ランさんは自分が傷つくのを恐れず魔物の攻撃から僕達を庇ってくれます。

 ルードリン様は王女様であるにも関わらず人々のために懸命に剣を振るっています。


 恋人であるネロス様の心ない言葉や態度にきっと傷ついているに違いないのに、皆さんそんなことおくびにも出さずこの世界のために必死に戦っているんです。

 優しいのは彼女達です。


 僕は……

 誰よりも優しい彼女達のために、役立ちたいと思いました。彼女達を守りたいと、本気で願いました。

 烏滸がましいのだとはわかっています。

 それは本来なら《勇者》ネロス様の役目です。


 でもその《勇者》が彼女達を傷つけるなら、ただの《村人》に過ぎないけど、それでも僕が……――




 ――僕が、彼女達を、守りたい!




 ロルテさんはネロス様の付属物でも人形でもないんです。

 クルギさんは自分の理想を誇っていい、正義を信じていいんです。

 ランさんは化物なんかじゃない、とても可愛い女の子です。

 ルードリン様はこれ以上ご自分を責めなくていい、王族だからって《勇者》に囚われ続ける必要なんかないんだ。


 僕は伝えました。

 思った通りのことを彼女達に。

 傷ついた心に、少しでも届けばいいと。


 当然ネロス様はいい顔をしませんでした。

 それまでも僕に対する扱いはぞんざいでしたが、僕と彼女達の距離が縮まるにつれ怒りと憎悪を滲ませるようになっていきました。


 仕方がないことだと思います。

 ネロス様は皆さんをたくさん傷つけてきました。皆さん、本心ではネロス様から解放されたがっているのだと、一緒に旅をするようになって暫く経つ頃にはさすがに僕ももうわかっていました。

 きっとネロス様と四人の関係は、実際には恋人でもなんでもなかったのでしょう。


 ロルテさんは子供の頃から一度も好きだなんて思ったことはないと苦々しく吐露してくれました。

 クルギさんとランさんは、自分達を拾い上げてくれた彼を好きになったのは事実だけれど、その感情はとっくに冷え切ってしまったと寂しげに語ってくれました。

 ルードリン様が子供の頃から抱き続けた《勇者》への想いを、憧れを、恋心を、まるで罪であるかのように述懐した時の泣き顔は忘れられません。


 僕は諫言を続けました。

 出来ることならネロス様には《勇者》としてご自身の言動を省みて、心を入れ替えて欲しかった。

 関係の修復は困難でも、パーティーの仲間として力を合わせて《魔王》率いる魔物達と戦っていけるように。

 けれどもそれは、かないませんでした。


 ある日、ネロス様はついに聖剣の切っ先を僕に向けてきました。

 憎まれているとわかってはいても、まさかここまでとは思わず僕は呆然とする他ありませんでした。


《勇者》の本気の殺意です。ただの《村人》に受け止めきれる道理はありません。

 逃げたところで無駄でしょう。僕の身体能力でネロス様から逃げ切ろうだなんて到底不可能です。


 恐怖に身が竦みました。

 でも不思議と、ネロス様に対して怒りや憎しみと言った感情は湧いてきませんでした。

 彼は……はっきりと言ってしまえば悪い人なのでしょう。初めて会った頃は《勇者》様として僕も尊敬や憧れの念を抱いていましたが、それらも最近では殆ど感じなくなってしまいました。


 失望、ともまた違うのだと思います。

 ただどう言えばいいのか。

 僕を殺すつもりで聖剣を振るってくる彼が、たまらなく可哀想に見えてくるのです。


 彼は誰に対しても優しくありません。時折ルードリン様に優しげに接していることもありますが、あれもおそらくは上辺だけのものなのでしょう。

 だからこそ、誰も彼に優しくあろうとはしない。

 それはとてつもなく悲しく、可哀想なことではないかと思うのです。


 誰にも優しくせず、誰からも優しくされない。

 そんな人が、在り方があるだなんて、今まで僕は想像したこともありませんでした……






 結局、その日はロルテさんが寸でのところで助けに来てくれて、僕達は二人協力してネロス様を無力化しました。

 ロルテさんが本気でネロス様を殺害しかねない勢いだったので、それを止める方が正直大変だったというのは秘密です。


 僕とロルテさんがネロス様に勝てたのは、日頃から連携の訓練を積んでいたためです。ロルテさんだけでなく、他の皆さんとも僕はせめて狩人らしく援護射撃で役に立ちたくて普段から特訓をしていたんです。


《魔王》の影響によるものか、魔物はどんどん強さを増しています。

 この先、個人の力がどれだけ優れていようとも協力して立ち向かわなければパーティーの敗北は必至、というのがネロス様以外の五人の総意でした。

 ネロス様にも何度もそうお伝えして、一緒に訓練しましょうと訴え続けてきたのですが……ついに聞き入れてはもらえませんでした。


 僕の殺害未遂以降、ネロス様はより一層パーティー内で孤立を深めていきました。

 必要なこと以外、会話をしている姿すら見かけません。

 先日はランさんが自分以外の仲間を庇うことに腹を立て、難癖をつけたのが逆に一騎打ちを挑まれて負けてしまい、さらにネロス様の立場はパーティー内で弱まってしまいました。


 あの勝負も、一騎打ちとは言ったもののランさんの《皇騎凄》は他のメンバーで協力して作り上げたものです。

 使いこなしたランさん自身も仰ってますが、五人の総力です。

 縦え《勇者》でなくとも、協力すればそれ以上の力だって発揮出来るのだと、ネロス様にはどうにか理解して欲しかったのに……




   ■■■




 ランさんとの一騎打ちからそう時を経ずして、ネロス様はパーティーから追放されることになってしまいました。

《勇者》パーティーから《勇者》様本人を追放するなんて前代未聞ですが、《双葬》のランクロス戦でのネロス様の立ち回りを考慮すると、これから先はむしろ互いの身が危険であると判断せざるを得なかったのです。


 強力無比な《勇者》の加護を持つとは言え、ネロス様は僕の知る限り旅の間中一度として鍛錬している様子はありませんでした。

 一方、他の皆さんは日々これ修行の毎日です。

 僕も毎日つき合わせていただいてますので、彼女達がどれだけ厳しく克己に邁進していたか痛いほどよくわかります。

 かつては圧倒的だった実力差が縮まるのも自明の理です。


 ロルテさんの魔法の威力はもはや聖剣の一撃を凌駕するまでに強大になり。

 クルギさんは達人級の体捌きと冷静な判断力により常に的確な支援を行い。

 ランさんは《皇騎凄》を使いこなし金城鉄壁の防御力と殲滅力を両立させ。

 ルードリン様の練達した剣術と卓越した戦術眼がパーティーの中核を成す。


 僕も遊撃手として皆さんが少しでも動きやすいよう矢を射続け、時には各種アイテムを用いてクルギさんを手伝ったり、ランさんに武具を補給したりと非力ながら戦闘中は多忙を極めます。


 そんな中で、ネロス様はいつまでも周囲を顧みることなく、ひたすら身勝手に聖剣を振り回し続けました。


 彼を可哀想だと思う気持ちは今も変わりません。

 非常に残念だと思います。

 でも、この先も一緒に旅を続けるとなると、僕だけでなくロルテさんも、クルギさんも、ランさんも、ルードリン様も、みんな危険に身をさらすことになります。

 それだけは絶対に避けなければいけません。


 一緒に旅をしてきて、彼女達の強さも弱さも間近で見続けてきた僕は、いつしか四人を自分の命よりも大切に想うようになっていました。

 不誠実かも知れません。

 弱みにつけ込んだだけなのかも知れない。

 でも、それでも僕は、彼女達を愛おしく思う。

 彼女達の心の傷を癒やしてあげたい。

 この気持ちに嘘偽りはない。




「クソッ、クソクソクソクソ、クソッタレがぁああああああっ!! メルダート、テメェだけは許さねえ! 俺を陥れて俺のパーティーを破滅させた最低最悪の下劣極まりないクソ野郎!! ルードリン、聖剣を返せ! それは俺のモノだ! 《勇者》の聖剣で、薄汚い《村人》野郎を八つ裂きにしてやるッ!!」




 ネロス様の怨嗟の声に、一瞬たじろいだ僕は必死に踏み止まりました。

 その言葉が多分に逆恨みでも、縦え自業自得であるのだとしても、彼にとって僕は、それこそ恋人を寝取って自身をパーティーから追放した下衆男以外の何ものでもないのでしょう。


 ――勇者パーティーを破滅させた最低最悪の下劣極まりないクソ野郎――


 その汚名は甘んじて受けるつもりです。

 その上で僕は、誓います。

 ただの《村人》に過ぎなくとも、この旅を最後まで完遂すると。


 そして背負います。

 ネロス様の憎悪、憤怒、絶望、その全てを、図らずも《勇者》パーティーを崩壊させる切っ掛けを作ってしまったのであろう僕が。

 いつの日か報いを受ける日が来るのだとしても、何もかも……











**************************






 あの《魔王》討伐の旅から、かれこれ十年が経ちました。

 今、僕はブライディアレス国の王様をやってます。






 ………………………………はい。






 どうしてこうなった?


 いや、確かに、ええ。

 リンのことは愛して……ああ、妻の、ルードリンのことですが、愛しています。

 旅していた頃から彼女のことを、それにロルテ、クルギ、ラン、クーナのことも、みんな愛してましたが、だからってまさか《村人》の僕が国王になるだとか考えてもみませんでした。


 そもそも背負うと誓ったのは《魔王》討伐の旅の完遂までのつもりだったのに……


 なんせ元がただの《村人》ですから、政治のことなんて何もわかりませんでしたし、《平民王》なんて国民からは親しみを込めて呼ばれてますけど単に根っこから平民気質が抜けないせいで結果として民に寄り添った国政しか執れないだけですよ。

 今もリンに支えられながら日々勉強中です。

 妻達がいなかったらとっくにへこたれて田舎に逃げ帰ってたと思います。


 誤解がないように言っておきますと、幸せですよ?

 不幸なわけないじゃないですか。

 根が平民思考なので貴族的な一夫多妻に慣れるまで時間はかかりましたけど、妻達との関係は良好ですし子供もみんな可愛いです。


 大変だけど国王の仕事もやり甲斐があります。

 村のみんなも応援してくれてるし、畑で採れた野菜なんかがしょっちゅう送られてくるんですよ。

 大臣達には最初の頃随分と呆れられたりしましたけど、故郷の味ってやっぱり良いものですよね。食べると力が湧いてくるというか。

 料理長からも良い野菜だとお墨付きだし、妻も子供達も気に入ってくれてるようで何よりです。




 ……十年。

 長かったような、短かったような。


 妻達が気にするといけないので口には出しませんが、今でもネロス様のことはふとした拍子に思い出すことがあります。

 五年前、僕が即位して少し経った頃には監視も緩めたので今は大分自由なはずですが……どうしているものか。


《勇者》と《村人》、僕達の運命を分けたのは何だったんでしょう。

 どれだけ考えても答えは出ないままです。


 僕は旅の間、何度もネロス様に諫言しました。

 でも仲間として腹を割って話すようなことは一度も無かった。

 彼がそんな機会を望んだとも思えませんが、でもきっとそれこそが僕達にはもっとも必要なことだったんじゃないかって。

 彼の――《勇者》の人生を破滅させてしまった者として、そんな風にも考えてしまうのです。


 なんて……後ろを向いても詮無いですね。

 どちらにせよ僕達は今を、そして未来を生きていく。


 僕はあの頃と比べて良くも悪くも随分と変わった気がします。

 そして願わくば彼も、出来れば良い方へ変わっていてくれたなら、と。


 偽善と誹られようと、勇者パーティーを破滅させた最低最悪の下劣極まりないクソ野郎である僕はそう思わずにはいられないのです。






これにて完結です。

活動報告にちょっとしたキャラの裏話みたいなのを載せてあったりしますので良ければ覗いてみてください。

もしかしたら外伝でラバクーナ編とか書いたりするかも知れないので「読みたいなぁ」「ちょっと興味あるなぁ」って方は評価や感想いただけるとやる気に繋がりますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても面白かったです! 予想は外れましたが! ラバクーナ編と魔王編が読みたいです!
[一言] ラバクーナ編て最終的に対国兵器発動しただけやろもっとやれ
[一言] >>僕も毎日つき合わせていただいてますので 付き合うではなくて、ひらがなになってるとなんか意味深ですね(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ