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終章 Преступление и наказание -罪と罰-




「――以上が、元《勇者》ネロスの、旅の顛末ってぇやつだ。ネロスを追い出したクソ野郎共のその後のことは《英雄》パーティーの叙事詩(サーガ)として今やこの国の連中は誰だって知ってるし、今さら言うまでもねぇだろうよ」

「ええ、そうですね」


 気遣うつもりなんぞまるでございませんってギオの返事は、むしろありがたかった。今さら同情の視線でも向けられようもんならそっちの方がよっぽど苛立つ。

 特にあのクソ野郎の、メルダートの目を思い出した日にゃあ……チッ! 酒の量がまた増えちまうじゃねぇか。


《勇者》ネロスが追放された後の《英雄》パーティーの話なんざ、今言った通りガキでも知ってる。

 三人目の《魔王四天王》で、《魔王》の婚約者でありながら人間に対する残忍な方針に反目していたらしい《鋼殻》のラバクーナと和議を結び、協力して最後の《四天王》、《暴虐》のヒドーを撃破。

 なにがムカつくって、このラバクーナが俺好みのボンッキュッボンなスケベボディをした絶世の美女だってことだ。挙げ句の果てにまたもやメルダートのクソに絆されたと聞いた時はどうにかしてヤツをブッ殺しに行けないかと本気で考えたぜ。


「では《勇者》ネロスのその後は、結局どうなったのですか?」

「……聖剣をルードリンに取り上げられたネロスは、すぐさま王都で取り調べを受ける羽目になった。なんせ色々とやらかしてたからな。クルギの奴は『共犯者である自分も一緒に』なんて言ってたが、《魔王》討伐にはあいつの力は必要だからってそのまま旅を続けたよ。ネロスだけが連行されてとんぼ返りだ」


 いっそ逃げ出してやろうかとも思ったんだがな。

 ルードリンめ、聖剣を取り上げた後にネロスの手に“《勇者》封じの腕輪”なんてものをはめてくれやがった。

 こいつには刻印による加護を打ち消す効果があって、《勇者》の力を失ったネロスはもうそれだけでアウト。王都までの護送の騎士をぶちのめして逃げるなんざ無理無理。


 まっ、そらそーだわな。

 田舎じゃ甘やかされるまま育てられて、鍛錬なんざ王都からの使者が様子を見に来た時以外にはろくに積んじゃいねぇんだ。

《勇者》の加護が無くなっちまったらただの人。クソムカつくがネロスはそこで無理をして命を縮めるほどバカじゃない。


「そんなわけであいつらがヒドーとやり合ってた頃、ネロスはと言えばカビ臭い城の地下牢に放り込まれて楽しい楽しい取り調べの真っ最中だったのさ」


 それがまた厳しいのなんの。

 仮にも《勇者》だぞ?

 あの時点じゃまだ完全に失格扱いじゃなかったはずだ。だってのに、拷問スレスレの取り調べしやがって。


 どうも後で聞いた話じゃ、取り調べを担当してた騎士は以前に恋人を《勇者》ネロスに摘まみ食いされてたらしい。名前言われても顔も思い出せなかったけどな。


 にしてもあの王家、《勇者》を支えるのが使命とかぬかしてたわりにその《勇者》が制御出来なくなった時のための奥の手みてぇなのがあるわあるわ。


“《勇者》封じの腕輪”なんて序の口も序の口、あいつら毒耐性が高い《勇者》を確実に殺せる“《勇者》殺し”の毒やら、防御力を無視して全身の肉を溶かす“《勇者》溶解液”やらろくでもないもん大量に用意してるんだと拷問騎士がペラペラ愉しそうに教えてくれやがったからな。マジ死ねよ。


「確か、当時の王宮からの発表では『《勇者》ネロスは《魔王四天王》との激戦の結果負傷し、これ以上の旅は不可能と判断され引退』とか、そんな感じでしたね。そしてそれっきり続報は無し。《英雄》パーティーが順調に旅を続けていることもあってあっという間に《勇者》ネロスは人々の記憶から風化していきました」

「……元々、一般人からの評判はよろしくなかったからなぁ」


 ついでに、ネロスの素行の悪さが徐々にバレ始めてからは国も情報規制であまり国民に《魔王》討伐の旅の進捗情報を知らせないようにしてたらしい。

 既にネロスを知ってる人間からは悪評、それ以外からはそもそも大して知られてもいない《勇者》だったわけだ。


「それからもしばらくは収監されてたというわけですか?」

「いや。……一応は戦死じゃなく怪我で引退ってことにしちまったからな。いつまでも閉じ込めておくのも問題があると思ったんだろう。《魔王四天王》を二人まで倒した功績と、ネロスと繋がってた反国王派が芋づる式にしょっ引かれたのもまぁ手柄ってことにされてな。それまで貯め込んだ財産は没収され、王都からは永久追放の上に監視付きでド田舎に放り出された」

「帰郷しようとは考えなかったんですか?」

「……どのツラ下げて帰れるもんかよ」


《勇者》の資格を剥奪されて以来、故郷の街には一度も帰っていない。

 どのツラ下げてってのも嘘じゃないが、加護を失ったネロスに対してロルテみてぇに恨みを抱いてる連中が何するかわからなかったからだ。

 それに何年か前に伝え聞いた話じゃ、ネロスの実家は最初の頃こそ『志半ばで無念の引退を遂げた悲劇の《勇者》の家族』として同情を集めてたらしいんだが、次第にネロスの悪評が届き始めると周囲の視線と圧力に耐えかねてさっさと逃げ出したとよ。


 ロルテの家も似たようなもんだ。

 ネロスの悪評が広まってからは『エセ《勇者》に騙され娘を辱められた!』と喧伝して被害者アピールを継続したまではよかったものの、《魔王》討伐から暫く経って、帰ってきた実の娘からこれまでの所業を暴露された上に恨み辛みをこれでもかってくらいぶつけられズバッとざまぁされこっちも雲隠れしちまったんだとか。


 俺が言えた義理じゃねぇがろくな親じゃなかったからな。

 しかし思い返すとつくづくクソみたいな街だな、俺達の故郷……


「それからは仕事を求めて各地を転々と……って感じだな。魔物との戦いが長引いてあの頃は国中が不況だったし、日雇いの仕事すらろくに無かったからな」

「ええ、そうですね。酷い時代でした。風向きが明確に変わったのは、《魔王》討伐から五年後のことでしたか」

「……おう。クッソムカつくことにな」


 五年間。

 最低の、最悪だったぜ。

 監視の目がある以上は犯罪行為は当然ながら不可能。

 加護がないから冒険者や賞金稼ぎとして稼ぐなんてのも無理。

 仕事がない以上、出来ることと言えば物乞いと……

 まぁ、顔は良かったからな。身体を売るくらいしかなかった。


 それでも商人や貴族のヒモに、なんて企むと牢屋に逆戻り。かと言って一般人の財力じゃ、贅沢に慣れすぎた俺を養うなんて土台無理な話だ。

 三日飲まず食わずで死にかけた後は吹っ切れたぜ。

 結局は小金持ってるババアの一晩限りの恋人だったり、おっさんにケツを貸したり、そんな屈辱に耐えながら泥水啜って生き延びたよ。


《勇者》としてこれでもかってくらい甘やかされて育ち、一時は次期国王とまで目されてた男が、ドン底のさらにド底辺だった。

 けどなぁ、そこまで惨めな生活でもよ、人間ってのはいつの間にか慣れてくるもんだ。


 そんな中で、聞こえてくるのはかつての《勇者》の女共と、ただの《村人》から一躍《英雄》になったメルダートの話ばかりだった。


 俺がゴミ以下の生活を送ってるってのに、あのクソ偽善者は相変わらず誰が相手でもお優しい顔して評判稼ぎだ。

 中でも《魔王》に替わって魔物共を取り仕切ることになったラバクーナとも良好な関係を築き、これまでにはなかった魔の国との貿易を開始させたってのがアイツの最大の功績だろうな。

 あれが国の内外にアイツの実績を認めさせ、立場を確立させやがった。


「五年前のことは、今でもよく覚えていますよ。先王が以前よりの持病を理由に退位し、ルードリン王女と結婚されてメルダート様が新王に即位――今や《平民王》として民からの支持も確固たるものにしている。まさしく立志伝ですねぇ」


 そう、今から五年前――《魔王》討伐からは五年後。

 それまではルードリンと恋仲とは言え、《勇者》でもないただの《村人》が王になるなんざ認められるか、と有力な貴族共も反発してたんだが、先王の下で『戦により疲弊した国を立て直すには、まず国民の生活から』をモットーに人気取りに走りやがったあのクソ野郎は五年かけてまんまと周りを納得させやがった。


「我が国は昔からミスリルの採掘量が豊富でしたが戦が終わってしまうと周辺各国含め需要は一気に減ってしまった。そこで今まで取引がなくミスリルを欲しがっていた魔の国へ大量に輸出し、反対にあちらさんで産出される希少な魔石を輸入。同時に魔石を動力源とする新型の農作業具の開発を推し進め、完成したそれを農村地帯に安価で貸し出したのは流石の一言でした」


 戦の後、一時的に激減してたミスリル鉱山の採掘員募集があれで全盛時並に急増した。

 今俺がこうしてミスリル掘って暮らしてられるのもあのクソのおかげってのがまた腹立たしい。

 戦の影響で働き手が減って困窮してた農村地帯も新型農作業具の導入で大助かり。

 日雇いの労働者が一日三食まともに食えるくらい食糧事情が回復したのも《平民王》様のおかげとか。畜生が。


 ……ああ、そうだよ。

 アイツに全てを奪われた俺がまがりなりにもこうして生きてられるのは、アイツのおかげなんだ。

 この皮肉、笑っちまうだろう?

 なぁ、笑えるじゃねぇか。


 毎日毎日最悪の気分だぜ。

 最初の頃はな、まだ『俺がアイツの立場だったらもっと上手くやってる』なんて考えて自分を慰めたりもしてたさ。

 無聊を託って、嫉妬と憎悪を誤魔化して。


 だがよぉ、無理だった。

 認めるしかねぇんだよ。

 あのクソが、ただの《村人》だったアイツが、《勇者》として選ばれた俺なんかより遙かにスゲぇ男なんだと、初めて認めた瞬間のあの絶望感と、虚無感と、……解放感が、わかるか?

 本気で死にたくなったのは、後にも先にもあの時だけだ。






 ……アイツが即位して少し経った頃だったなぁ。

 気付けば監視の目を感じなくなってた。

 完全にいなくなったわけじゃないんだろうが、随分と緩くなっててなぁ。


 監視がないのを幸いに、一度こっそり王都に戻ってみたことがある。

《魔王》討伐の七周年式典の時だったか。

 今や国家の中枢を担っているかつての俺の女共の姿もあったぜ。


 近衛騎士団の隊長服を着たランが、部下にキビキビと指示を出してやがった。部下の騎士共は憧れと尊敬の眼差しを向けてたなぁ。あの鈍臭ぇランに。


 クルギは筆頭外交官なんだったか。パリッとしたスーツで着飾って、出自も定かじゃねぇ元《盗賊》が各国のお偉方と世界の未来を話し合ってやがるんだからとんだ笑いぐさだ。


 ロルテに至っては宮廷魔術師長だぞ? ガキの頃から俺の命令に唯々諾々と従うだけだったマグロ女が仰々しい黄金の祭杖を翳して颯爽と式典を取り仕切ってた。


 三人とも、それぞれの役割を果たしつつ側室じゃなくちゃんとした妃ってところがメルダートらしくて反吐が出る。ルードリンも納得の上で序列すら設けてないんだとさ。

 全員等しく、《平民王》のお妃様だ。


 当のルードリンは、新《魔王》のラバクーナと仲良く談笑してた。

 そして二人の間に挟まるように……メルダートが、あの頃と同じクッソ雑魚くせぇ平和ボケした笑顔を浮かべてやがった。


 民衆の歓声は、心から《平民王》とその妃達を讃えてた。

 それを聴きながらいつの間にか俺は膝を突いてたよ。


 ……突くしかねぇじゃねぇか。




 俺は、《勇者》だった。

 輝かしい未来を約束された、最高の男。

 女共はそんな俺に悦んで尻を振り、媚びへつらって愛を囁く。


 やがて王になった俺はこの国を支配し、《勇者王》として永劫に語り継がれていくはずだった。

 そんな俺が、こんな場末の酒場で毎晩仕事終わりの一杯をささやかな楽しみにしてひっそりと生きている。


 何が罪で、何が罰なのか。

 考える暇もなく毎日毎日狭っ苦しい穴蔵で、ミスリル掘って。




「……《勇者》ネロスは、後悔していると思いますか?」




 ギオの問いに、俺は何も答えなかった。

 黙って空のコップを虚しく弄んだ。


 後悔してるのかどうかなんてわかりゃしねぇよ。

 考えたくもねぇ。


 どっちにしたって俺の人生はこの先もまだ続いていくんだ。

 アイツが作るご立派な国で、ただの《平民》として。

 金も無く、力も無く、女も無く。

 孤独に、惨めに。




   ■■■




「今夜はどうもありがとうございました」


 ギオから差し出された封筒を受け取ると、中身は思ってた額よりも多かった。


「……大した話じゃなかったろうがな」

「いえいえ。おかげで良い記事が書けそうですよ。掲載号が刷り上がったら送りたいんですが、何処に送ればいいですか?」

「さて、なぁ。その頃には別の鉱山に行ってるかもしれねぇし。……金があったら、自分で買うさ」


 飲み代で消えてなかったらな。






 ギオを見送った俺は、臨時収入も入ったことだし安酒をもう一杯注文した。

 ……折角なんだから少しくらい高い酒を注文したらどうかって?

 高い酒の味なんざ今さらわかりゃしねぇよ。

 俺にはこの安酒くらいが丁度良いんだ。


 メルダートは、毎晩どんな酒を飲んでやがるんだろうなぁ。

 考えてみりゃ、俺の人生を破滅させたあの最低最悪の下劣極まりないクソ野郎とは一度も一緒に飲んだことがなかった。

 そのことを素直に後悔だと言えるようなら、俺ももうほんのちょっとだけ、マシな人生を歩めたのかも知れねぇなぁ……


 なんとなくそんなことを考えながら覗き込んだコップの中で、酒に映り込んだ男の顔が実年齢より二回りは上に見えて、俺はおもしろくもないのに笑みを浮かべていた。






次回最終回。エピローグのメル君編になります。

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― 新着の感想 ―
最高にはネロスも敗けを認めたのがとても良い! これ次の話でメルダートが転生したネロスとかありそうな気がしてる…
[良い点] 機会を尽く潰したのは自分ながらお辛い… それはそれとして魔王も婚約者寝取られてて草
[一言] メル君まじで王位に就いてて草
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