来訪 前
1481年文明13年4月初旬 勘解由小路 武衛家屋敷
朝夕は未だ自ずと震える寒さがあるものの、昼頃ともなれば心地よい春日を感じる様になった。故にこそ、峠や街道の雪も解け始めて荒れた都といえど少しずつ往来が増えゆく様を肌に感じ故郷・尾張へと思いを馳せるこの頃、自分は御屋形様の屋敷に祖父と居た。
「では御屋形、先代様今後の流れはこのように取り計ります」
祖父 大和守敏定が毅然と言うと先代様も御屋形様も頷いた。
「いよいよであるな〜、孫三郎よ。尾張が国衆は彼奴らのように一癖も二癖もあるが頼りになる。励めよ」
「はい!父上。しっかりと尾張に地力を養いたくございます。国衆が折、よく支えてくれ大和守よ」
「ははっ、精一杯勤めさせていただきまする。のぉ仙法師よ」
そう祖父は鋭い眼差しで自分を見てきた…帰れるという気持ちで漫然としていた故に少したじろいてしまった…祖父には油断していたのが筒抜けであったか…
「はっ、はいぃ。勿論にございます!」
その様なやり取りをしていると御屋形様の小者が我が家の家人から急ぎの要件があると伝えてきたらしい。自分と祖父は顔を見合わせ先代様と御屋形様に辞去して帰路へと就いた。
道すがら半蔵に事情を聞いたところ自分の母 千代の実家である京極の家の者が突然訪ねて来たらしい…確に母は一緒に京に来たのではあるが自分も忙しくあったのだが母も何かと柵があるのか留守にし何かにつけて外出していた。
そうこうしていると大和守家屋敷に着いたのであった。祖父と自分は手早く足を洗うと足早に京極の家の者を表の間へと呼んだ。
表の間にて母 千代と祖父と自分で待ち暫くすると、服装はくたびれているが立派な立ち振舞から確かな教養と気品を感じさせる翁がやってきた。
「貴殿であったか…面を上げられよ豊前守殿」
「突然の押しかけ、誠に申し訳ございませぬ…お久しぶりございます大和守殿…息災のご様子で何よりにございます」
そう言ったのは多賀豊前守高忠という人物であり母方の祖父 京極持清公の従兄であり腹心であった人物だ。
「そちらの居られますのが千代様のご子息である仙法師様でございますかな?」
「弾正忠良信が子 仙法師にございます。こちら方挨拶がなき此度の無礼平にご容赦いただければ幸いと存じます」
「いやいや、こちらも恥ずかしながらこのように無礼仕ってございます。非など毛頭感じ入りませぬ。にしても、我が先代の御屋形に似ておいでだ…」
「是非も無し、豊前守殿何ぞ用があって参ったのであろう。この際無礼如何は問わぬ故に本題を申さぬか」
少々苛立った祖父 敏定がいつも以上の鋭い眼力で豊前守を射抜き迫った。
「いやはや失礼仕った。此度の用向きは単刀直入に申し上げますれば恥ずかしながら我が京極家の家督争いにご助力願いたく存じます」
そう言うと祖父は予め予想していたかのように苦虫を潰した顔をした。
「豊前殿…我が実家京極家が荒れていることは存じては申しますが何度も何度も説明し申した通りに無理にございます…お義父上…この儀、わらわの力不足にて止めきれませんでした…申し訳ございませぬ」
母 千代は顔を赤くして半ば叫ぶ様に言い放った。すると庭の木の枝に止まっていた番のメジロが驚いた様に飛んでいき、春の日頃とは裏腹に重苦しい雰囲気がこの間を支配したのであった。