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官僚 後

 新九郎に対して【同志】としたいと告白すると空気が張り詰めた。しかしそれが気のせいだったかの様な振る舞いで肘をつきながら一層気怠そうそうにしつつ切れ目が鋭くなり射抜く様に見つめられた


「世を経め(おさめ)民を済う…これが政を行うべき者の基本的な心得と思います。然し、今の世は己の益のみを求め民を済うどころか虐げております。事実、この都の民草ですら困窮し苦しんでおります。況や田舎の民草なんぞ守護・地頭に虐げられ寺社に翻弄され近隣の惣村どうして争う始末です」


「然り、それ即ちお上等が公平さが欠け、徳政の志を忘れ場当たり的な政を為さる故に世は乱れ都は没落致した。それでも尚、お上等の側に侍る者共は己が栄達のみに固執し、やれ土地だ!やれ借財だ!やれ役職だ!と更に世を乱す因果を創り出しておる」


「全くその通りですな…然し、聡い貴殿なら理解ってくれると思いまするが今のお上ひいてはこの幕府自体先の幕府たる鎌倉幕府と何も変わってはおりませぬ…それが世を乱す原因となっていると思います」


そう言うと怪訝そうな顔つきとなり続きを促された。


「まず、我が国の一番の失政は【墾田永年私財法】であると思いまする」


「ほう…しかし、田畑が切り開いた者の物とならねば誰もそれら田畑を耕そうとも思わぬし況してや管理しようとも思わぬだろう…それこそ我ら侍の存在意義自体なくなってしまうと思うが…」


「然に非ず、墾田永年私財法の欠点は百姓が自力開墾した物に限らずに寺社や豪族など財力がある者が開墾した土地をそのままそれ等の物とした点にあります」


「うむ…だがそうした財力あるものでないと開墾が進まぬのもまた自明ではないか?」


「これは単に朝廷の数々の失政と管理する事…即ち田舎への下向を嫌う傾向からくる失態に他なりません。そうして現地有力者に管理させその有力者が自立し我ら侍へとなりました…少なくとも当時の公家衆から見れば自立した者共は【悪党】にございましょう」


そう言うと新九郎はハッとした顔となり頷いた。


「貴殿の言うことは最もである。しかしながら詰まると人の欲…今の話題からすると土地争いへの解決する術などないのではないか?」


「新九郎様、そう考えるには早うございます。自分なりに如何して少なくとも土地争いを無くすべきかを考えた際、賢き先人は答えを出しておりました」


「ほう?答えとな。その様な答えが到底思えぬ…拙者は常々公平で公正な政と民への思い遣りを旨として励んでおる。目指すべきは北条泰時公の様な徳政であると思っておる。されど彼のお方ほどの治世であっても土地争いは尽きず訴訟争論を行っていた…ならば今の世など尚の事であると思うのだが…」


「自分が思う答えとは至極単純にございまする…初代鎌倉殿こと源頼朝公が作りし【御恩】と【奉公】にございます」


そう言うと新九郎は呆れた顔付となりやれやれという仕草をした。


「はぁ…しかしそれは今も当たり前な事であろう。しかし人はより良い土地をより広い土地をと争っている…結局解決していないではないか」


「新九郎様、土地と権力争いはどちらが苛烈でどちらが解決し難いと思われますか?」


そう言うとまたもや呆れられながら一度考えてから新九郎は答えた。


「それは権力争いの方が余程苛烈で解決し難いであろう。そのような事は少なくとも貴殿ならばこの都にいる限りはよくわかるであろう…逆に言えば権力争いが苛烈故に都や世は荒れ乱れているのであろう…」


「しかし、我が国は唐土とは違い民が天を戴かんとして国を乱し国を滅ぼすようなことはしておりませぬ…それは単に帝が権威は誇れども統治せず天下の大権を臣下に委任し失政あり世が乱れれば委任すべき臣下を革めているからに他なりません」


「う〜ん…されど帝が自ずから革めるというよりも不遜ながら我ら侍の武力を背景に認めさせていると言ったほうが正しいではないか?」


「しかしどうでしょう?帝の新任なく将軍宣下なく公方様は公方足りえますかな?」


「そう言われれば確に足り得ることは能わぬだろう…」


「大切なのは権力を委任したり革めたりすることは前例としては機能しているという点にございます。これを土地問題に代用するということです」


「うん?それは即ち土地を永年永代認めるのではなくその者一代に認めるということか?そのような事をしてはより争いが深まるのではないか?」


「そうですな…しかし全国の土地を管理し安堵または没収するという制度【御恩】を源頼朝公は作られ尚且つ権力を帝や公家衆から委任されるという仕組みをお作りなった上に今の侍による政は成り立っておりまする。しかし、元寇により先の戦により土地の開墾だけでは人々の欲は満たしきれておらぬのもまた現実にございます。故にこそ【銭】にございます」


そう言うと新九郎は能面の様な表情となり深い思考に落ちた。


「田畑に関しては耕している者の物としつつそれを村落単位で管理させながら代官とともに統治を浸透させるここまでは今も行われている事にございます。しかし更に進んで代官や大名といったお上側の者共の欲満たすのにそれに付け加えて銭を支給します。すると限りある土地以上に欲は満たすことができます。また銭は人の血のように世の隅々まで巡り周れば周るほど世に活気をもたらし人の欲を満たすこととなります」


そう言うと新九郎はぎゅっと目をつぶり下をうつむいた


「目指すべきは土地という限りあるものに縛られず正しく公正公平に治める代官・大名を適時適切に配置しその結果如何に対して年貢より扶持を与えるだけでなく銭を支給し贅沢または治める土地に投資させ銭を回す世の中にするべきと存じます」


「相わかった…理解はした…今一納得がいかぬ。銭とは斯様に集め与えられるものであろうか?拙者には目先の数文一、二貫が精々である…そもそも士たれば銭を求むるは如何なものか…」


「この仙法師…欲がございます…それこそ目先の銭などというものではないものが…それこそが赤心たる【志】にございます…」


そう言うと新九郎は一層難しい顔つきとっなったが自分の温めてきた【志】…いや【野望】である大風呂敷を話した。すると、みるみる顔を真っ赤にし目を血走らせ終ると食い気味に言った。


「相わかった!拙者、貴殿仙法師殿の【同志】となろうぞ!!」


そうして自分と新九郎は同志として政の具体的な政策や銭対策、【遠江】を含めた将来の展望などを話し合った。ただ帰り際に一つだけ新九郎にお願いをした。


「今日話した内容は上様等はもちろんあなた様に新任寄せている【あの方】にはどうか漏らさないで頂きたい…察するに新九郎様の為になりませぬ故…」


「上様等はわかるが【あの方】もか?どちらかといえば仙法師殿は【こちら方】だと思ったのだが」


「いやいや、どちら側でもございませぬ。しかし、いつかは【おはなし】せねばならぬやもしれませぬが少なくともそれは今ではございませぬ」


そう言うと納得はしないものの理解はしてくれたようで承知と短く言い帰路へと着いた。


当たりはすっかり暗くなり新月の夜が都独特のおどろおどろしい闇夜が支配していた。しかし爛々と燃える松明の光が一層神聖さを帯び新九郎の存在を示しているのであった…




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