官僚 前
1481年文明13年3月下旬 山城国 洛中 小川御所
「仙法師よ、再度打ち合わせなのだが…」
そう言い出したのは、仲良く馬上で相乗りをしている自分と隻眼で鋭い眼をしている祖父・敏定である。
傍から見れば身なりの立派な武士が物々しい伴を連れて柄に合わず子又は孫を可愛がっている風にみえる…
しかし、実際には幕府の重臣の重臣であり朝廷・幕府で話題沸騰中の人物らである。故に、ただこうして道を進んでいるだけで地下人・半家の家人であろう人や商人・職人、ひいては乞食にすら様々な意図の篭った眼でこちらを見られて口々に囁き合っている…
何せ、今進んでいる道は京人が怨霊・妖怪よりも時に恐れ時に取り入る魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿へと通じているのだから…
小川御所に着くと暫く待機した後に小姓に呼ばれ会所即ち表の事務所に呼ばれた。
そこには、端整に文書や巻物が棚に収められ静かなれど活発に各々が事務処理を行っている空間が広がっていた。
御免と祖父がこれまた静かにされど明瞭に一言発し、奥の一際事務処理をこなしている机の主の前に座った。
「お忙しい中失礼致す。織田大和守罷り越し候」
「大和守殿御苦労…して、くだんの件再度説明を…」
そう祖父の挨拶に手短に返し本題に入ったのは足利家家宰にして幕府政所執事・伊勢備中守貞宗らしい…
人となりは生真面目さと有能な人物特有の緊張感が滲み出ているがそれすらも整って感じる様な人であると思った。
貞宗公は昨今の幕府の行政と司法と財務を一手に引き受けこなしている幕府中枢の長官である。故に、幕府の運営に関わる懸案は大御所や公方だけでなく貞宗公にも諮らなければ実行が難しい上に揉め事の元となる。
故に今回決まった事を幕府の実務者の長と提案側(武衛家)の実務者の長が直接諮る為に会談する運びになったのだ。
「然らばこれを御免」と祖父が言い側仕が持ってきた資料を渡し自分が資料に書いてあるグラフを拡大化しためくり図を設営しカンペの巻物を祖父の前に広げた。
そして祖父がグラフそのものについて簡単に説明をして提案内容を発表し始めた。
貞宗公を含めて事務方一堂はグラフの説明を聞き目を見張り喰らい付くように説明を黙々と聞いてきた。一通り提案内容を説明し終え質問へと移行しようとしたところ
「あいやしばらく…この図はよくできておる。他にも違う種類の図の案があるならば使い方や書き方を教えて貰いたい」
そう貞宗公はやや興奮気味に早口で言った。
「分かり申した…が、この図を発案した者はここに居ります童でありまして拙者の孫にございます」
「ほう…その童が噂に聞く大和守殿の孫であったか…良い、新九郎聞いていたであろう。一つそこな童殿にご教授願え。ついでに我らの話は長くなる故に遊び相手にでもなってやれ」
そう言うと貞宗公の隣の机に座っていた気怠そうにしつつも張り詰めた弦の様な雰囲気を持つ切れ目の祖父の様な鋭い眼力を持つ中年にも見える老け顔の男であった。
「では場所を変えるといたそう…拙者、伊勢新九郎盛時にござる」
ほう…この漢が伊勢新九郎…後の北条早雲か…筋肉質でどっぷりとした貫禄と妙な安心感を与えるような雰囲気を出している。然し、官僚としてこの場にいるのが不自然な風貌だが不思議と違和感のなく溶け込んでいる。
「織田大和守が孫、仙法師にございます。どうかお見知りおき下さい!」
そう努め童らしく振る舞い会所を後にするのであった。