面接 前
文明13年 1481年 3月中旬 山城国洛中祇園
自分は物凄い既視感に囚われている…汚れ廃れた伽藍の境内の中で山賊やヤクザ者にしか見えぬ荒々しく薄汚い男達に囲まれながら業務を行おうとしている…
事の発端は、小太郎らと【お話】して彼らの人脈や伝手を以てして人材を募りたいと行ったのだ。希望としては、出身が高すぎない又は高くとも実家と絶縁している者という前提でとにかく有能な者か武辺者を求めた。
家柄が良すぎたり実家と絶縁していなかったりするとこの魑魅魍魎たる京に住んでいるとなるとどんな柵が来るかわからぬ。最悪我らの家に介入し乗っ取りやお家騒動の火種となりかねんからだ。
圧迫面接をしようにも自分は3歳児(数え年では4歳)なので凄んだとて圧迫感など皆無なのでその役割を能面系殺気忍者・半蔵と美微笑系毒舌神人・藤次に任せ質問してもらい(事前に質問テンプレートを用意した)自分は回答を雑記していた。何せこの時代には履歴書なんて文化はないのだから…
とりあえず一通り面接して自分の琴線に触れた者がいた…というか思いもよらぬ者が釣れて驚いている。
一人目は松波庄九郎基宗なる人物だ。知っている人は知っているかもしれぬがかの斎藤道三の祖父とも父とも言われる人物だ。何でも家族が病の為に借金をしていた所、取り立てが厳しくなり困っていたそうだ。
二人目は松永又六秀通なる人物だ。この人物も一説によれば爆死男で有名な松永久秀の曽祖父とも祖父とされる男だ。彼は元は守護大名・山名家に仕える武将であったらしいが先の大戦で家を出奔したらしく困窮していたらしい。
三人目は荒川易氏という人物だ。この人物は彼の徳川家の土木治水と徴税の指揮を執り現代も尚影響ある日本史上屈指の内政官・伊奈忠次の曽祖父となる人物だ。彼は先祖が石見守護を務めるなど名家であったらしいが没落したため一旗揚げる為に上洛したらしい…しかし、百年以上も前の伝手を頼ってきたが相手にされず困っていたようだ。
四人目は多喜八郎貞勝という人物だ。彼は小太郎から直接紹介された人物であり彼ら山の民と縁が深い者らしい。何でも武技絶倫でありながら医術にも通じ忍術をも修めるという多才な者らしい。確かに偉丈夫であり半蔵と手合わせをした後に是非にと勧められた。
他にも多くの武士を雇ったがとりあえずその四人以外は尾張に行き例の足軽訓練を受けることとなった。
それを告げると告げられた浪人衆は食い扶持が見つかり喜んでいたが聞いていた我が家の家人達は哀れそうな目で彼らを見ていた…
またもや遅れてすいません…




