期待
「千代、そなたの他に家中にて古典や和歌に造詣が深い者がおったとは知らなかったぞ」
唐突に我が夫の弾正左衛門が言った。はて、なんのことか検討もつきませぬが…
「殿、いきなりどうしたのですか?わらわにはなんのことかさっぱりわかりませぬ」
「すまぬな。いやなに、下男の与助が庭を清めていたら桜の木の下で何やら文字らしきものが書いてあるの見て気になったようで小物頭の金介に聞いてみたところ(唐衣着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ)と書かれてあったそうだ。それを沢玄和尚に聞いたところ伊勢物語にある在原業平公の和歌だったそうだ」
「まぁ、そんなことがございましたの…確かにそれはそれは…書いた者は風雅を知る者と見受けまする」
「そうであろう。太田道灌殿の山吹の例もある。我が家中に古典を知るものがいるならば誉れなれば教えを請うことは恥ではない」
「そうですね。ただ、私の知る範囲ではやはり検討もつきませぬが…ただ、今日は仙法師らをお松の子や平手の家の子らとともに庭で遊ばせていたのですが…そのような事をしている者はわらわの知る範囲では知りませぬ…」
「そうか…まさか子らが知る訳がないからのぉ…まぁ、ともかく家の者には誰か見当が付くものが居らぬか聞いておいてもらってみる。お主も一応聞いておいてくれ」
「わかりました…あと、古典本格的にお学びになさるのならわらわも実家より本などを取り寄せられぬか働きかけてみせまする。」
「すまぬな。忝ない」
しかし、不思議なこともあるものですね…子らが居なくなった後にでも書いたのだろうか…何がともあれ実家に文をやらねば…