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 文明13年1481年 2月 山城国洛中 勧修寺邸


 「う〜ん寒いな、半蔵よ。しかし、こんなにぞろぞろと引き連れて来てよかったのか?」


 そう自分はめいいっぱい物品を乗せた大八車を曳く足軽衆に率いられながら早朝とも言える時間に白い息を揺らしながら武家伝奏の筆頭である勧修寺教秀卿の邸宅へと向かっていた。


 「先方は物品を露骨に所望したとの由。鼻薬にて早々に目通り叶い候」


 と、半蔵は事の顛末を完結に述べ問題ないと言った。


 勧修寺教秀卿は先にも書いた通り、武家伝奏という朝廷と武家とのやり取りを行う窓口の長官のような人物であり、現在権大納言という朝廷においてかなりの地位を有する有力公卿である。また、幕府とも関係が深くいみなの教の字はかの6代将軍 足利義教公より偏諱を受けたことからも幕府に少なくない影響力を保持し良好な関係を築き上げた政治感覚の優れた人物である。


 しかし公家というのは鎌倉より久しく実務としての国政より遠ざかりその権威のみを持って糧を得る公家はその身代を維持できずに年を重ねる毎に困窮し没落していったのである。何せ、領地や荘園を守らせるための組織だった武家に下克上にあい武力と経済力を奪われたからである。

 そして、この室町の時代においては目端が利く公家衆は競って幕府とりわけ将軍に取り入ろうしたのである。そして、優れた人物である勧修寺教秀卿の結果が足利義教公からの偏諱とその実績による朝廷よりの武家伝奏の任命という結果なのは言うまでもない。

 しかし、優れた人物とは言え勧修寺教秀卿もまた漏れ無く公家としての貧窮にあげく一人なのでもある。そんな、状況の人物に権威と橋渡しをしていただくために【多少】の挨拶・御礼の品(賄賂)を差し出したところこちらの予想以上に大変喜ばれ本交渉として今回赴く際には露骨に物品を所望(強請)されたのである。


 さて、そんなことを考えていると今回の目的地である勧修寺邸へと到着した。物品を足軽衆に勧修寺家人と共に適切に搬送するように命じた後、女中に案内され半蔵と共に書院へと案内された。

 中に入ると前回使者を送った後に献上した瀬戸焼の無骨な火鉢に手をかざしながら暖を取っている白髪の高年の男性がいた。


 「尾張守護代織田敏定が孫 仙法師にございます。この度は権大納言様に拝謁叶い祝着至極にございます」


 「よくきたでおじゃる。面をあげられよ。もそっと近う」


 そう言われたゆえ御免と述べ部屋へと入った。中は家具と言えるものは殆ど無く、かなり古びた円座に教秀卿が座りその横に文机と手元に火鉢があるのみで広々とした書院を一層寂しく肌寒く感じさせた。


 「外の音を聴くに此度も赤心の品まことありがたいでおじゃる。我らも清貧を旨としつつもこのような心のこもった品々に心打たれるものがあるでおじゃるのぉ〜。ほっほほ」


 清貧ねぇ…単に物がないだけだろうて…まぁモノは言い様と言うものなのだろうが、今回の品もきっちりリクエストまでしてきたのだからどっちの赤心だかわかったものではない…などと内心毒を吐きながら本題へと進めた。


 「左様なほど権大納言様の心に響いておられる様子でこちらとしては安堵致しました。つきましては帝への献上の件についてもおなしさせて頂きたくございます」


 「うむうむ、お上への勤皇の心掛け実に見事でおじゃる。この頃は武家といえど皆、お上よりも公方や御台所ばかり取り入り実に嘆かわしいものでおじゃった。されど其方のような者もまだ居るとは存外捨てたものではおじゃらんのぉ〜」


 そして胸元より目録を取り出し広げ差し出した。そして、それをおもむろに教秀卿が見ていくうちに顔が強ばり隙間風が通るというのにじわりと汗をかき出しこちらの目をじっと見口を開いた。


 「これは…どういう仕儀でおじゃるか?説明給う」


 目録には銭一万貫、金五斤、銀子百枚を始め数々の文物が列挙してあったのだ。この時代、朝廷への献上といえど銭百貫〜五百貫、金五分斤、銀子十枚などどれか一つでも献上すれば歴史に残る程であったがそんな中で一度に通例の100倍を献上するともあらば百戦錬磨の公卿といえど動揺せざる負えないのだろう。例えるならば今まで良くて数千万、通常数百万の予算でやりくりしてきた会社にいきなり10億を超える予算の献金のプロジェクトが持ち込まれたようなものである。

 

 「ただ一つ赤心にて…と申した所で信じては貰えますまい。ただ一つ誤解を受けたくないので申し上げますれば当方と致しましては官位・官職、家格などは…求めておりませぬ。ただ言うなれば帝より【忠勤に励め】との一言頂きたく存じます」


 そう口上し少し含みを持たせて、謹粛と拝して辞去を述べて行ったのであった。


 「これは…これは…ただの田舎侍におじゃらず…他の公卿とも諮る必要があるでおじゃろう…」

 火鉢の炭が時に爆ぜ静寂さを強調させる中、しっかりとした暖気が教秀を包む。暖気のせいかそれとも別の何かのせいなのかわからぬ汗が流れて行く…献上された火鉢と目録を虚ろに見ながら思案するのであった…




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