出仕 前
1481年文明13年 2月初旬 山城国 洛中 小川御所
うーん…遂にここに来ることになったか…と複雑な心境を胸に門前を臨んでいたのは、先日大御所 足利義政公より御所へ出仕せよと【御成】の際に命じられたからである。しかし、元々はなんとしてでも幕府に繋ぎを持とうとは考えていたがまさかこんな形になるとは思いもしなかった。
ともあれ、大御所といえど実質の将軍直々に繋ぎを持てたのは重畳であると思い直し挨拶の品と共に門を潜ったのであった。
奉行衆又は奉公人と呼ばれる幕府直属の文官に用向きを伝えたところ何故か俗に奥と呼ばれる居住区に通されそこから女官に案内された。その際に護衛として連れてきた半蔵は奥の手前で止められ挨拶の品々を女官らに手渡していた。
さて、小綺麗な書院に通され暫くすると一人の美青年とこれまた美しい中年女性がやってきた。一応平伏した後に面をあげよとの声に従っていると女官より挨拶の品の目録を中年女性に手渡しており中年女性が食い入るように見ていた…
「この度大御所様より出仕を命ぜられました、武衛家家臣 織田大和守敏定が孫 仙法師にございます」
そう言うと美青年はその隣に居た女性に呆れた顔をしつつ口を開いた。
「うむ、出仕大儀である。父より其方のことを聞き我が母と共にこうして会うてみることにしたのだ」
お、おう…つまり目の前にいるイケメンは現将軍 足利義尚公でその隣の目録に頬ずりしてやがるのが日本三大悪女とも呼ばれる日野富子か…
そんなことを思っているとハッとした表情となりその後にキリッとしたキツい顔つきになった日野富子が口を開いた。
「あんはんが仙法師はんか。今回はとてもええものを貰いました。おおきに、特に銭ってのがええな…よぉわかってはる。しかし、何で鐚銭なん?」
おお、守銭奴と悪名高いのもあるが公家出身だからだろうか武家と違ってはっきり言上に銭にうるさいな…
ちなみに、鐚銭とは古くなってすり減った物や個人が勝手に作った上に出来の悪い銭のことだ。当然正規の硬貨と違って信用が低い故に価値が低く扱われ嫌われる。しかし応仁の乱より常に金欠の幕府になら喜ばれるだろうと思って即物的に銭を用意しようとしたが取引量が増えるに連れ地元の商人達も鐚銭の扱いに困っているのを目につけて大量の鐚銭を正規の硬貨と交換する際にレートを散々足元をみて買い叩いてやったのだ。
「はは、それにつきましては失礼ながら上様の御母堂であらされる御台様は田舎者の自分の耳にも聞こえるほど銭に関して一家言あるお方であると存じております。それ故に、数多の方々との取引をなさり帝の御所の修繕や催事の際にも献上なさっておられると聞き及びます。更に申せば取引によって多くの商人ともやり取りをなさっておいでです。取引とは元来信用があるからこそ成り立つもののはずです。そして、御台様はその信用においてはこの日本随一であると自分は思います。そのお方が管理される銭はそんやそこらの銭とは【信用】が違います。故に鐚銭をこの日本おいて最も遣いこなせるのは御台様であると思い持参した次第にございます」
そう言い切ると日野富子はまたもやハッとした顔つきとなりながら納得した表情となり満足そうに頷くのであった。
「そうやの、よおわかったわ…そやけども、どうやってああみたいにあれほどの銭を用意しはったん?」
その様に尋ねられたので一応献上の品の中から蝋版や清酒、香油や石鹸などを持って来させた。そして、その品々を説明しながら文物によって銭の取引を盛んにし銭を集まるようにして集めたと説明したところ将軍 足利義尚公には
「ほう!清酒とな!良いな良いな!!後でじっくりと味合うとしよう…しかし、そなたその様な知恵が浮かぶならば他にも酒について浮かぶのではないか?余は将軍として其方に命ずる!新たな酒を作り出し献上せよ!」
と言われてしまった。くぅ…このアル中将軍になる酒好きの男に拍車をかけてしまった…
しかも、それだけでなく日野富子からは…
「あんはん、先の銭についての説明はほんにわかりようやわあ〜。そんで、銭を集める為の具体的な方法もほんに興味深いわ〜。あんはん、これからは定期的に銭について【お話】しようやないか。それに銭だけやのうて、古典にも詳しいんやろ?それも含めて【お話】してもらうわ〜、そうに決まりやわぁ」
と言われてしまった…なんだかますます幕臣(爆心)へと引きずり込まれようとしている気がしてならん…
早いこと用事を済ませて帰りたい…大御所様!早く来てくれ〜とここで思いながらこの親子に戸惑うのであった…




