起立
今更ではあるが妙齢の女性は乳母であったようで、名はお松と言うらしい。また、幼けな女性はなんと自分の母親であった。普段はお方様と言われてはいるが父である弾正左衛門または単に左衛門(父はそう呼ばれている)からは千代と呼ばれていた。
さて、この頃は這うだけではなく物に掴まり立ち上がることができるようになったし、二三歩ならば歩ける。もっとも、二三歩歩けば必ず前から倒れてしまうのだが…また、喃語ではあるが声を言葉のように出せるようになってきた。
そんな様子を自分はお松や父母の前でアピールするように繰り返していた。すると、遂に外に(と言っても庭)出て他の子供達と交ざり保育されることになった。
開放感ある空の下で動き回れるという喜びがある反面、はっきり言って他の子供達と触れ合うということに困惑しているのが正直だ。しかも、自分と似たような年頃のほぼ乳児や大きくて3歳程度思われる子供達であるゆえに、これと言って面白いかと言うとそうでもない。
仕方がないので、落ちている木の枝で絵など書いていたが…どうやら自分には絵心がないのだと言うことに気が付き一層気が滅入ってしまった。偶に他の子供を適当にあしらいながら、ふと思い立って、覚えている古典や句を書いたり、句や和歌を詠んでみたりして夕方まで過ごしたのであった。
しかし、この時の行動がかなりの騒動を呼ぶこととなってしまった。