塩畑城攻防 前
1480年文明12年12月末 早朝 塩畑城
早朝の澄んだ空気と日が昇り心地よい陽の暖かさを肌で感じながらも吐く息は白くそこらで忙しく昇っている。そんな中、夜中より左衛門(簗田政則)からの報を受け仙法師が出陣する際の千代を宥めるのに気が疲れてしまった…今から戦だというのに…そもそも仙法師も仙法師なのだ。私のような年頃でさえ多少なりとも心配されるというのに三歳程度の童子が戦に出るなんぞ母親でなくとも心配するものだ。
しかし、我が子なれど未だになんとも言えぬ心持ちではある。一人の人間で一人の武士として見れば寧ろ敬愛に値するような人間であるはずなのだが我が【子】として見ようとしても見れないという点が不思議で妙なのである。最も、母親である千代が随分と気に病んでいる様子なのだが…
「蔵人(小六)よ、どうやら敵方の御出ましのようだな」
「へい、どうやらそのようで。奴さん、相当浪人や陣借を集めたようで。何せ財貨がこの塩畑城に集まってると宣伝し褒美は銭で望み次第と煽ったらしいですぜ」
「はぁ…あれ程派手に儲ければ負け戦で欲に貪欲な伊勢守が釣られるのも無理もない。されど我が倅はその事を考えていたのだろうか…すべからく敵を刺激し和を乱すことは必定だというのに」
「弾正左衛門様よ、俺の大将は寧ろ敵味方を割出し炙り出したかったんだと思うぜ。何せ津島や佐治、俺達蜂須賀党に早くから銭や手立を以ってして粉をかけて来たんですぜ」
「う〜ん。もしそうならば俺には想像もつかぬ深慮を秘めているのかもしれぬな…まるで我が父上のようじゃ」
そうこうしている内に敵方は雑兵を指揮し着々と陣を構えていっている。予想通り城から見て南西に有る勝幡町と塩畑城を睨めるコメフリ村から萩原川にかけて陣を敷くようだ。
「まずは予想通りといったところだな。人数が多いゆえに力押しで来るだろうか?」
「どうでじょう。これで勝幡町がなければ西方一帯に陣を敷いて西より一気に寄せ来たんでしょうが何せ西に出城化した勝幡町に東に出丸、間に川ときちゃ一度に多くは寄せられねぇでしょうよ。まずは勝幡町から攻めるんでは?」
「だろうな…我々も予定次第、勝幡町に寄せて来る備に矢を射掛け蹴散らそうぞ」
そう言い二人は物見櫓から降り事後の段取りを再度通達し確認しながら敵へと備えた。
午の刻頃となった。ようやく寄せ手も陣を敷き終え一人の武者が我らの非を並べ降伏を呼びかけるなどし口上を述べて来た。我々も負け時と反論し煽り貶した。こうして言葉合戦を終えると攻め寄せてきた。予想通り勝幡町を北と西より囲み攻め寄せて来た。我々もそれに合わせ西の出丸より打って出て矢を射掛け援護した。敵もそれを受けながら北より陣を推して来て備を以てこちらに盛んに矢を射掛けて来た。
川を対しては両者は一進一退を繰り返し両者は順繰りに備を入れ替えながら戦った末日が暮れ始め見切った上で自陣へと退いたのであった。
書き留めってどれぐらい保持したほうがいいんでしょう?
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