幕間 選別
1480年文明12年10月中旬 海東郡・中島郡 塩畑城外
今日は、仙法師様より選別を監督し状況を報告書として纏めるようにこの私、平手監物めに命ぜられた。
募る際、形振り構わず大橋殿や蜂須賀殿に銭を渡し派手に吹聴して貰った結果、凡そ3000ほどの希望者が殺到した。
あまりの多さに我が殿と私は敵方だけではなく本家にも要らぬ刺激を与えるのではないかと申し上げたところ、「その為にの選別でもある」と毅然と言い選別を始めるように命じられた。
前金を3000名の候補者に配り士気が満ち活気に溢れた頃を見計らって始まってしまったのだ…その喧騒を破る大声で溝口金左衛門殿が整列の号令を掛けまごついていた近くの者を叩き、転がした。
その者を直ぐ様立たせ全員に直立不動を命じ、彼らを囲むように教官となる武士達が歩き回り威圧し、少しずつされど確実に恐怖を植え付けていった。
そうして、緊張が満ち、場が締まったところで金左衛門殿の号令で伍を作るよう命ぜられた。各々は一瞬、戸惑いはしたものの直ぐ様に誰ぞが声を掛け合い伍を作っていった。
暫くし、各々伍を組み終え、再度組ごとに固まらせ整列させた。それから、観察していた教官達が今までの様子から強引な理由を論い(あげつら)、伍に連帯し懲罰的姿勢(腕立て伏せや屈み跳躍)を申し付けた。
其々に肉体を酷使させ限界に達して来た者を罵倒し、その他の者には達した者を応援しないことに対して罵倒した。
殆どの者が限界に達したところで一斉に懲罰を止めさせ、再度直立不動を申し付けた。そこから彼らを褒め称え締めの言葉を述べたところで…再度懲罰姿勢をとらせた。
そうして懲罰姿勢を直ぐ様解かせ解散させた。その際、最後に姿勢を取る様に命じた言葉に直ぐに反応した者を教官が記録した。
そうして、以上の事から素養を見ることで選別をした結果の凡そ200名程の足軽を正式に採用することになった。
尚、残りの者たちは食い扶持を保証し給金を払っていく土木等の人夫人足とするとした。すると何故か正式採用を告げられた者は能面のような顔つきとなり悲嘆し苦悩している様子となり、逆に不採用とし人夫とすると告げると歓喜された…解せぬ!




