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フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン

 それから何度この店を訪ねたことでしょう。


 初めはお酒を飲むお金なんてなかったので、とかげは朝はこれまでよりずっと早く起きて、夜は少し遅く眠るようにして、その時間で布や毛糸を染め、それらを織ったり編んだりしたものを、地主さんのところに通う途中の家々で売って歩きました。

 そうしてわずかなお金を大切に貯めて、最初は月に一遍、それから週に一遍、というふうに、少しずつ「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」に通えるようになったのです。


 マスターもバーテンも、いつも喜んでとかげを迎えてくれました。

 誰も客がいなくてジュークボックスもかかっていないとき、マスターやバーテンが控えめに言葉をかけてくるときがあって、ふだん忙しく働いて喋る暇もないとかげも、そんなときはのんびり耳を傾けるのでした。


 ふたりはとかげの知らないことをたくさん知っていて、いつも丁寧にわかりやすく教えてくれましたし、笑ったり馬鹿にしたりなんて決してしませんでしたから、とかげは安心して話をすることができたのです。


 けれど、いつの頃からか、店を訪れる客は少しずつまばらになり、とかげが店でほかの客を見かけることは次第に減っていきました。



 そんなある日、待ちに待った日曜日に店を訪ねたとかげは、「あれっ?」と思いました。

 店の様子がなんだかおかしいのです。

 いつもと違う、耳に触る騒々しい音楽が店の中から流れてくるような気がしたのです。

 そろそろと扉を開けると、その音は急に大きくなりました。

 あっけに取られてそのまま突っ立っているうちに、どうやらそれは、若い女の人の甲高い声のようだとわかりました。

 まるで、歌っているというより叫んでいるみたいで、とても落ち着いて聞いてはいられません。

 誰かの口が何かを言うように動いたのに気づくと、バーテンが、「いらっしゃいませ」と言ったようでした。

 いつものにこやかな顔ではない、何かを押し殺した表情に、無理やり笑顔が張り付いています。

 とかげは吸い寄せられるように止まり木に座りました。


 ビールを注文して飲もうとしましたが、なんだかつっかえてしまってうまく飲めません。

 きめ細かい泡が、上手に注がれて立っているのではなく、驚いて動転して吹いているように思えました。

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