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フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン

閉店まで間もないのに、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」はたいそう賑わっていました。

 ジュークボックスの大きな音が外まで聞こえました。

 何人もの若い男女が、椅子に座り切れない者は、ある者は立ったまま、ある者は壁に寄りかかって、鮮やかな色の酒を飲んでいました。

 店には騒々しい音楽が大きな音で掛かっていましたから、客たちの話し声は、どうしてもそれに負けないように大きくなるのでした。


 たばこの煙がもうもうと立ち昇って、店の中は霞がかかったか靄の中を歩いているかのようでした。


 とかげがカウンターに近づくと、黙ってシェーカーを振っていたバーテンが、一瞬、目を大きく見開きました。

 しばらく見ないうちに、バーテンは随分くたびれて見えました。


 バーテンは静かな顔で首を傾けて、「いつもの?」と無言でとかげに訊きました。

 とかげもまた静かな顔で頷きました。


 そのうちどこかで怒鳴り声がして、グラスの割れる音がしました。

 悲鳴も聞こえました。

 バーテンは慣れた素振りでカウンターから出ていくと、割れたグラスのかけらを塵取りに乗せて戻ってきました。

 そしてまた、別のグラスを洗い出しました。


 

 ビールを少しずつ飲みながら、とかげは店が終わるのを待ちました。


 煌々としていた灯りが少しずつ落ちていき、客がひとり、ふたりと笑いながら店を出ていくと、バーテンは言いました。


「よく来てくださいました。お久し振りですね。

 でも、今日はもう閉店なんですよ」


「…うん、そうだね。

 …おいら、片付けるの、ちょっと手伝いたいんだよ。

 今日はそれで来たんだ。

 …どうだい?

 そうさせてくれないかね?」


 バーテンはちょっと考えて言いましたが、やがて言いました。


「ええ、そうしてくださると助かります。

 何しろたくさんのお客さまがお見えになるようになったもので」


 それで二人は黙って店を片付け始めました。



 店は一見きれいに見えましたが、よく見るとだいぶ傷んでいるのがわかりました。

 床の隅や窓の桟には埃が溜まっていましたし、椅子やテーブルにも傷が目立ちます。


 とかげは、バーテンがまだそんな年ではないのに、髪に白いものが増え、鼻の脇のしわが深くなったのに気づいていました。

 顔つきも、どことなく険しさを増しているようでした。

 シェーカーを振っていたときも今も、なんだか諦めきって機械的に、仕事ではなく作業をしているようでした。


 片付けがすっかり済むと、とかげは思い切って言いました。


「またしばらく通わせてもらうよ。

 そうしたら、お店の終わった後、こうして手伝わせてくれるかい?」


 バーテンの顔がぱっと明るくなったようでした。


「ええ、ぜひ、いらしてください。お待ちしております」


 その晩、マスターにはとうとう会えずじまいでした。


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