フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
「おいらはマスターもバーテンさんも以前のお客さんたちも大好きだ。
いつか誰か、『わたしを月まで連れていって』って言ってくれる人のことなんか、今からでも好きなくらいさ。
でも、おいらを一番大切にできるのは、おいら以外のほかの人じゃない。
おいらを一番大切にできる人…それは、おいら自身なんだ。
おいらはこんなに冴えない男だけれど、それでも自分のこと、大好きだもの。
そして、それはこれからもずっと変わらないもの。
ずうっとずうっと、おいらが生きている限り、決して変わらないもの。
おいらはこれからも、いつだって、どんなときだって、おいらなんだ。
それはマスターだってバーテンさんだって同じなんだ。
ほかのお客さんたちだってそうだ。
あの店だって、本当はちっとも変わっちゃいないんだ。
だって、おいら、みんなのこともあの店のことも、今でも少しも変わらず大好きだもの。
これからだって、それが変わらないことは、わかるもの。
…だから、あの店が今は違う姿でも、ちっとも構わないんだ。
おいらがおいらでありさえすれば、きっとみんなも変わっちゃいないんだ。
…それでいいんだ。
何か自分を大切にしてくれるものを欲しがるより、誰かから愛されたいと思うより、何もなくても、誰からも愛されなくても、おいらにはおいらが必要だよ。
だからおいら、自分で自分を愛して、大切にしてあげるんだ」
とかげはそう思うと、とても元気になりました。
そうしてそれから、自分がいつでも気分よくいられるように、あれこれと工夫するようになりました。
家の掃除も丁寧に、部屋の隅っこの床も、雑巾を指に巻いてよく拭き取りました。
窓を全部開けて、風をまめに通して、家中をさっぱりさせました。
ささくれ立った木の壁や柱をやすりで滑らかにして、砥の粉を塗り、拭き取って乾かして、ニスを塗りました。
そのうち家はぴかぴかになりました。




