フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
とかげは家に帰る道すがら、何度もハーモニカを吹いてみました。
嬉しくて嬉しくて、着くまで待ちきれなかったのです。
そして、それから毎日、地主さんの家への行き帰りも、家にいるときも、一人のときには一日中ハーモニカを吹き続けておりました。
「ドレミファソラシドー」
「ドレミファソラシドー」
そう繰り返すだけでしたが、その頭の中には、いつのまにか「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」が鳴っていました。
ハーモニカを吹きながら、いつしかとかげは、あの大好きな曲を自分で吹けるようになりたいと夢見るようになっていたのです。
そんなある日、
「ドー・レ・ミ・ファ・ソー・ラ・シ・ド」
「ドー・シ・ラ・ソ・ファー・ミ・レ・ド」
と、ゆっくり節をつけるように吹いていたとかげの頭の中に、雷に撃たれたような衝撃が走りました。
「これ、『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』だ!」
「ドー・シ・ラ・ソ…」
そうです。
これは間違いなく、とかげが生まれて初めて好きになった、忘れられない曲の、始まりの部分ではありませんか。
「ドー・シ・ラ・ソ」
「ドー・シ・ラ・ソ」
とかげは嬉しくなって、同じ節を何度も繰り返しました。
それから、自分で歌ってみました。
「ラー・ラ・ラ・ラ」
「ラー・ラ・ラ・ラ」
そうです。同じです。
確かにそれは、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」でした。
「ええと、それから先は…」
とかげはその後も続けて歌ってみました。
「ラー・ラ・ラ・ラ、ラー・ラ・ラ・ラ」
気をつけながら、もう一度、歌ってみます。
「ラー・ラ・ラ・ラ、ラー・ラ・ラ・ラ。
…なんだか、下から上へ、上がっているみたい」
とかげは、最初の部分に続けて、色々な小さな窓を、下から上に注意深く吹いてみました。
「ドー・シ・ラ・ソ、ソー・ラ・シ・ド、…違うなあ…」
「ドー・シ・ラ・ソ、ラー・シ・ド・レ、…これも違う…」
「ドー・シ・ラ・ソ、ファー・ソ・ラ・シ、あっ! 途中までは一緒だよ、これ」
「ドー・シ・ラ・ソ、ファー・ソ・ラ…
この次が、さっきの音より、もう少し上がっていたような…。
…だったら、もう一音上を吹いてみようか」
「ドー・シ・ラ・ソ、ファー・ソ・ラ・ド…」
「これだ! これだよ! 間違いない!」
とかげはますます嬉しくなって、吹けるようになったところまで、何度も何度も繰り返して吹きました。




