フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
「ああ、これはハーモニカだね。口で吹いて鳴らす楽器だよ」
地主さんの言葉にとかげは驚きました。
「楽器なんて大切なもの、なんで錆びつかせちゃったんだろう。
…いいや、きっと誰かが落として気がつかなかったんだ。
探しても見つけられなかったのかもしれない。
何しろおいらだって、あの時ちょうど朝日がさしてこなけりゃ、通り過ぎてしまっていたもの。
…ハーモニカを失くした人、がっかりしているだろうな…」
とかげはその日の帰り、ハーモニカ交番へ届けました。
「ハーモニカかい。なつかしいな。…口の中に埃が入っているな」
お巡りさんは、早速、救急箱からガーゼを取り出すと、ハーモニカの口をつけるところを拭いて、口を当てて息を吹き込んでみました。
小さな楽器はうんともすんともいいません。
そのまま口を滑らせて吹くと、ぷーとかぴーとか、ところどころは鳴るのです。
「…どうも壊れているみたいだよ。
もしかしたら、落としたのではなくて捨てたのかもしれない。
まあ、一応は預かっておくけれど…」
お巡りさんは、ハーモニカを机の引き出しにそっとしまいました。
交番からの帰り道、とかげはつらつらと考えました。
「…あのハーモニカ、あんなに錆びつくまでひとりぼっちだったなんて、淋しかったろうなあ。
持ち主のところへ帰れるかしら。
捨てられたんだとしたら、可哀想に。
おいらなら、そんなこと絶対にしないのに…」
とかげはその日から、働いている間、ハーモニカのことをよく思い出しました。
「…どうしたかなあ…。…どうしているかなあ…」
一週間ほどたって、やはりどうしても気になったとかげが交番へ寄ってみると、
「あ、きみ、ハーモニカ、まだあるよ」
いつかのお巡りさんが、ハーモニカを奥から出してきてくれました。
小さな楽器は、磨かれて銀色に光っていました。
「外側だけはガーゼで拭いてみたんだがね。
中までは手が出せなくてね。
楽器だから、素人が下手に触らないほうがいいと思ったものだから。
…表に貼り紙も出してみたんだが、持ち主は現れないねえ…」
「あのう…、このまま持ち主が名乗り出なかったら、そのハーモニカ、どうなるんでしょうか…?」
「うーん、処分するしかないだろうなあ…」
「処分って、つまり、その…、捨てちまうんですか?」
「あ、ああ…、そういうことになるね」
「そんな……、可哀想だ」
「それなら、きみ、このまま落とし主が現れなかったら、これ、引き取るかい?」
「本当ですか!」
とかげの顔が、ぱっと明るくなりました。
「ああ、そのほうが、ハーモニカだって嬉しいだろう。
じゃ、今から書類を書くからね。
三ヶ月経ったら、またここへ来てみるといい」
…そうしてその三ヶ月後、壊れたハーモニカはとかげのところへやって来ました。




