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Recordless future  作者: 宮下龍美
第3章 未来を創る幻想の覇者
95/182

命儚い恋せよ少女 4

「遅いっすよ」

「悪い、これでも急いで来た方なんだ。被害状況は?」

「街は見ての通り。住人たちはなんとか北の方に転移させて、駅より南の辺りであの意味わからん攻撃はなんとか食い止めた。だから人的被害はほとんどない」


 淡々と、しかし後悔の滲んだ声で報告する織。ほとんどない、ということは。全くなかったわけじゃないのだ。僅かでもあった。死者が出た。ただしそれは、棗市の住人ではなく、その人たちを守るべき人間が、四人。


「クリスとナナは、クリスが咄嗟に転移して無事だそうだけど。小隊の四人は、ダメだった」

「……それでも、これを相手によくやった方だよ。四人で済んだんだからね」


 どこか冷たく、突き放すような物言いだ。しかし蒼は単なる事実を述べてるに過ぎない。そして織も、それが嫌でもわかってしまう。


 下手すれば全滅だった。この街にいる人間全てが殺されてもおかしくなかった。それは織や愛美たちも含めて、の話だ。


「あの……このドラゴンは一体なんなんですか? いきなり出てきて、翠ちゃんもこんな事になって……」


 この場の全員が薄々勘付いていながら、それでも確証の持てていない疑問を、葵が発した。彼女は膝に、気を失った翠を寝かせている。治療は行ったようだが、ダメージが大き過ぎたらしい。


「僕としては、どうして出灰翠がここにいるのかの方が疑問なんだけどね」

「どういうことだよ」

「まあ待てカゲロウ。順を追って説明させろ」


 苛立ちを隠せていないカゲロウを、龍が諌める。翠がこんな目に遭っていること、街に甚大な被害をもたらしたこと、救えなかった四人がいたこと。

 その全ての事実に対して、カゲロウは苛立っている。


 本当にいいやつだ。織は微苦笑を浮かべながら、自分の考えを口にした。


「位相の向こう側。有澄さんと同じ世界から来たのがこいつなんでしょ。そしてそんなことが出来る可能性があるのは、今のところネザーしかいない」

「えっ、でも翠ちゃんは……」

「切り捨てられた、と考えるべきでしょうね」

「切り捨てられた……?」


 愛美の発言が信じられないとばかりに、葵は目を丸くしている。

 だが、そうとしか考えられないだろう。織はこの少女のことを詳しく知っているわけじゃない。ただ、人伝に話を聞いていただけ。


 葵たちと何度も敵対し、自分のことをネザーの道具と言い、どこまでも徹底して自分というものを押し殺して来た。いや、そういったものがこの少女にはなかった。

 それがここ最近は、少しずつ変わって来ていたのだろう。


 愛美と行動を共にしていたことといい、織の知らないところで、色んなことがあったのかもしれない。

 身内の贔屓目抜きにして、愛美が他人に与える影響はとても大きなものだ。僅かな関わりでありながら、それでもなにか思うところがあったのだろう。


 そうやって変わっていく翠を、ネザーの代表とやらは不要と判断した。道具は道具としてあるべき。そこに翠の意思なんて必要ないから。


 と、そういったところか。


「使えなくなった道具は処分する。なんらおかしなことじゃない。捨てられたのが人でなければ、だけどな」


 ふつふつと、織の中にも怒りが湧いてくる。翠と関わりが薄い織ですら、なのだ。黒龍を強く睨め付ける葵の心情は幾許か。察してなお余りある。


「ネザーについては後で考えよう。今の問題はこいつだ」

「これ、倒せるんですか?」

「十六年前は一度倒した」

「十六年前って……前にもこんなのが出てたんですか⁉︎」


 そんなもの、どこにも記録されていないし、誰も語り継いでいない。織はともかくとして、愛美や葵はちゃんとした魔術師の家だ。口伝であれなんであれ、なにかしらの記録が残っていてもおかしくないはずなのに。


「位相が絡んでくるからね。学院本部が揉み消したんだよ。丁度有澄がこっちの世界に来た時くらいかな。有澄が来た時の門を通って、向こうの龍神が一匹入り込んだんだ」

「じゃあこいつも、有澄さんの世界の龍神ってこと?」

「違います」


 強く発した否定の言葉は、感情の伺えない瞳で黒龍を見つめている有澄。おそらくは誰よりも黒龍について詳しいであろう彼女は、視線もそのまま、どこかうわ言のように言う。


「エルドラドの力を持っているけど、本体ではない。その残滓、と言ったところでしょうか。力は半分以下に落ちてる。十六年前の置き土産が、まさかこんな形で出てくるなんて……」


 聞いても殆ど理解は出来ないが、蒼たちが十六年前に倒したと言う黒龍よりも力が落ちてる、らしい。

 それであれだけの力。レコードレス三人分と幻想魔眼、織たちが持てる全力を尽くして、ようやく抑え込めた相手が、それでも本来の力に満たない。

 どれだけ絶望的な相手なのか。


「前は、倒せたんですよね?」

「僕たち四人と、織の父親である凪さん、それから魔女と、後もう一人がいてようやくね。まあ、当時は僕たちもまだまだ未熟だったから、結構骨が折れたけど」


 それだけのメンツが揃って、ようやく。

 自分の父が関係していたことに驚きを隠せないが、それよりも黒龍の力の方が問題だ。


「安心してくれ。あの時のことを思えば、今回は楽なもんだ。ただ、トドメは位相の力がないとどうしようとないからね。そこは君たちに任せたいけど、出来るかい?」


 向けられた信頼の眼差しに、強く頷きを返す。できないなんて言えるわけない。己の師が、自分たちの力を認め、信じた上で託してくれるのだ。


 敵は強大。グレイや怪盗を始めとした、これまで相手にした誰よりも。それでも、不思議と高揚感が湧き上がってくる。


「私たちも、手伝います」


 決意を固めた織たちの前に、ツインテールの後輩が立った。その両隣には、聖剣の新たな担い手と半吸血鬼の少年も。


「俺たちにできることがあれば、なんでも」

「時間稼ぎでもなんでもやるぜ。蓮はともかく、オレとチビは不死身だしな。肉壁には使えるだろ」

「肉壁はさすがに嫌ですけど……私だって、位相の力は使えます。なら戦力になるはずです」


 どうしたものか、と。織だけでは考えあぐねる。気を失っている翠のこともあるのだ。それに、後輩たちを危険な目には合わせたくない。

 何度も繰り返すが、今回は今までの戦いとはわけが違うのだ。恐らくは織だけでなく、愛美や朱音だって経験したことのない次元の戦いになる。


 そんな中に、この三人を放り込んでいいものなのか。


「織。この子たちにも、戦ってもらいましょう」

「でも、いいのか?」

「三人の覚悟を無駄にするのは、間違ってると思うけど」

「それに、三人とも強いから大丈夫だよ、父さん」


 二人からこう言われてしまえば、織としてはそれに従うしかない。

 渋々ながらも頷けば、三人は早速なにやら打ち合わせを始めた。


「話は決まったかな?」

「はい」

「よし、なら早速始めよう。最初は僕たちに任せてくれ。合図したら、その後は任せる」


 蒼からの言葉を受け、織は改めて黒龍を見上げる。

 尊敬すべき父と魔女が、かつて戦ったと言う黒龍。

 その二人の背中に追いつくためにも、これは超えなければならない試練だ。織一人ではなく、家族と、仲間と、みんなで。



 ◆



 銀の炎が、ゆっくりと解かれていく。止まっていた時間が動き出す。

 檻の中の黒龍が咆哮を轟かせ、ただそれだけであたり一帯の大地を震わせた。


「さて、やるとするか」

「珍しくやる気だねぇ龍」

「当然だ。ここで出さないでいつ出すんだよ」

「ルークさんこそ、ちゃんとやる気出してくださいよ」

「もっちろん! 今日のボクは、いつも以上に張り切ってるよ! なんせ十六年ぶりだからね、本気で戦えるのは!」


 それを受けて物怖じ一つしないのは、人類最強が率いる転生者と異世界の巫女。

 それが気に障ったのか、黒い力が檻に侵食していく速度が上がる。


「来なよエルドラド、その力の残滓。僕たちが遊んでやるからさ」


 不敵な笑みを浮かべた隻腕隻眼の男。その言葉と同時に、檻が破られた。黒い波動が黒龍を中心に広がり始め、数刻前と同じ蹂躙が行われる。


 だが、悲劇は二度も起こらない。白い光が彼方有澄を中心に放たれ、黒い波動を相殺したのだ。


「ドラゴニック・オーバーロード!」


 力ある言葉を唱え、有澄の姿が光に包まれた。それが晴れて現れたのは、逞しい体を持った黒龍とは対照的な、細くしなやかな四肢。白く輝く全身は五メートルほどの巨体で、大きな翼を広げている。


 神秘的な美しさすら醸し出すそのドラゴンこそ、龍神の巫女と呼ばれる彼方有澄の、もう一つの姿だ。


 そして、巨大なドラゴン同士が激突した。

 巨体がぶつかり合い、互いの鋭い爪が振るわれる。黒龍の凶悪な爪はしかし、有澄のしなやかな肢体には傷ひとつさえ付けることが出来ない。

 一方の有澄の爪は、黒龍の鱗を容易く抉り、その傷口を凍結させていた。

 だがそれも、瞬時に再生してしまう。


 相手も同じ龍神。その力の残滓とは言え、神である以上は不死に近い再生力を有している。もちろん有澄にも同じことが言えるが、今の黒龍では傷つけることすら叶わないだろう。


「有澄、下がってろよ!」


 龍の掛け声に合わせて、有澄が大きな翼をはためかし空へ上がった。退がり際に氷のブレスを吐き黒龍の全身を凍結させるが、それも一瞬で砕かれ殆ど無傷の状態に再生する。


 有澄が離脱したと同時に、今度は大量の刀剣が弾丸のように黒龍へと襲いかかる。

 剣崎龍の異能により製造された、本物の聖剣や魔剣の類だ。それらを本来の使い方はせず、高純度の魔力を帯びた弾丸として使う。荒っぽい使い方ではあるが、理にかなってはいる。


剣戟投射(ソードバレル)幻想崩壊(エクスプロージョン)!!」


 黒龍に突き刺さった全ての刀剣が、一斉に大爆発を引き起こした。

 苦痛の悲鳴を撒き散らす黒龍。片翼と四肢が吹き飛ぶものの、やはり瞬時に再生している。ただの攻撃では殺しきれない。だが、力を削ぐことはできる。


 だから攻撃の手を緩めない。

 間断なく放たれ続ける刀剣の弾丸と、氷の刃。その間を縫って、小さな影が躍り出た。


「さあ、さあ、さあ! 十六年前の続きだ! 今度もボクを満足させてくれよッ!!」


 味方の攻撃に晒されている中、危険も顧みずに肉薄する小柄な女性。狂気じみた笑顔すら浮かべたルークは黒龍の眼前まで跳躍すると、右手に持った西洋剣を徐に振るった。


 黒龍の巨体が、空間ごと斬り裂かれる。

 ルークの異能だ。愛美と似て非なるその力は、空間断裂。読んで字の如く、空間という時間と対になる絶対の概念を切断してしまう異能。

 たとえ黒龍が異世界の存在であり、どれだけの力を誇っていたとしても。今この世界、この空間に立っている限り、ルークの異能からは逃げられない。


「これで終わりなわけがないだろう! まだまだボクは満たされてない!」


 その叫び声に呼応するかのようにして、真っ二つに切れた黒龍の体が霧散した。

 その魔力はまた別の場所へと集まり、新たに黒龍の体を形成する。そんな光景を前にして、ルークは満足げな笑みを見せた。


「ソウルチェンジ・ルー」


 転生者の真価。前世の魂を現在の魂にインストールする業。


「魔女の使った魔術とは違う、本物ってやつを見せてあげるよ!」


 ケルト神話の太陽神と化した金髪ポニーテールは、その手に雷の槍を携えている。

 小さな体を弓のようにしならせ、槍を全力で投擲した。


殺戮せよ、雷鳴の絶槍(アラドヴァル)ッ!!!」


 一筋の稲妻が、黒龍の体を穿つ。胸に空いた大きな穴は、ただ槍が貫通して出来たものではない。体が融解している。

 太陽神ルーが持つ槍の一つ、アラドヴァル。都市ひとつを焼き尽くしてしまうと言われるその力は、黒龍の体を徐々に溶かし始めていた。


「これで終わるとは思えないけどね」


 更なる追い討ちが、なおも黒龍を襲う。刀剣の弾丸に氷の刃。そこに、蒼い炎が混じっていた。

 刀剣も氷も、もはや黒龍にとっては蚊が飛んでいるに等しい。突き刺さった剣は爆発を起こし、氷は傷口を凍結させるが、持ち前の再生力がある。その上、はやくもそれらの攻撃に対して耐性を身につけ始めていた。


 蒼たちが十六年前に戦った、龍神エルドラドと同じ力。あらゆる攻撃に対し、耐性を得ることができる能力。

 三人の攻撃を間断なく受け続け、それでもまだ立っていられるのはそれが理由の一つ。


 そんな黒龍でも、この蒼炎はマズイと本能で判断したのか。ここに来て初めて、回避行動を取る。

 空を舞い、小鳥遊蒼の放つ炎から逃げる黒龍。だがその行く手に、同族たる白い氷龍が立ち塞がった。


 氷のブレスが直撃し、黒龍の巨体が地に落ちる。衝撃の余波で砂埃が舞う中に、蒼炎が殺到した。

 逞しい四肢が、翼が、その巨体の全てが、蒼炎に焼かれている。


 小鳥遊蒼の持つ、転生者の炎。

 その力は焼失。

 存在そのものがこの世から消え失せるまで、相手を焼き続ける炎だ。


 だがそんな力も、異世界の龍神相手では十全に発揮されない。焼き尽くされた体は霧散し、先ほどと同じく無傷の状態で再構築される。

 それでも、確実に黒龍の力は削がれていってるはずだ。


「本物のエルドラドは余裕で耐えてたけど、君はどうかな?」


 右手を伸ばす蒼。その人差し指の先に、小さな魔法陣がひとつ。込められた魔力は絶大。黒龍の持つ力すらも上回り、大地が、空が、地球が震える。

 あまりにも規格外なその力に、星そのものが恐怖しているかのようだ。


「歌え、大地の精霊よ。刻め、悠久なる時を。現出せしは聖刻十字。地球(ほし)の命、始祖の元素を宿らせ、現出せよ!」


 詠唱が終わると同時に、魔法陣からか細い光が黒龍の胸に照射される。それを意にも介さず、龍の口から黒い燐光が漏れ出していた。

 街を壊滅させた、あの黒い波動をもう一度放つ気だ。


 黒龍が顎を開こうとした、その瞬間。

 七色に輝く十字架が黒龍の足元から聳え、巨体を飲み込んだ。


 他の三人が放った攻撃の、そのいずれよりもなお勝る威力。美しさすら感じる緻密な術式構成。

 これが、最強の一撃。


 再び再構成された黒龍は、目に見えて弱っている。

 人類最強の持つ魔術の極致。この世に存在する元素全てを一つに集約して放つ、広域殲滅用の禁術。

 その魔術の名を、グランドクロスという。


「そろそろだ。後は任せたよ!」


 ここまで弱らせれば十分だろう。自分たちの役目は終わった。

 後ろに控えていた若い魔術師たちに後を託し、蒼たちは戦線を離脱した。



 ◆



 低く唸り声を上げる黒龍には、現れた当初の力や存在感など見る影もない。そこまで力を削いでくれたのだ。

 それでも、やはり織たちにとっては強大すぎる相手で、自分たちに務まるのかと不安は残るけど。


「よし、やるぞ」


 静かな声を合図に、六人それぞれが黒龍へ向けて掛けた。


 翼を広げた葵とカゲロウが、魔力を解放する。迸る稲妻と、漂う水泡。込められた力は魔力だけにあらず。


「行くぞ蓮! 準備はいいな⁉︎」

「もちろん! カゲロウこそ、本当に出来るんだよな⁉︎」

「任せとけって! 行くぞチビ!」

「なんでカゲロウが指揮取るのよ!」

「文句言うな!」


 神の持つ力、神氣さえも宿した二人は、己が身に宿りし神の名を叫んだ。


帝釈天(インドラ)!」

「来い、水天(ヴァルナ)!」


 現れたのは、黒龍と変わらぬ巨体。雷の巨人と、水の巨人。それらが一つに溶け合い、地上の蓮も取り込んだ。


 そうして生まれたのは、体の中では電撃を迸らせ、外には稲妻を纏った水の巨人だ。右手には、刀身を黄金に輝かせた剣が握られている。

 三人の魔力と神氣をひとつにした、葵たちが今出せる全力。


 魔術や魔力の融合なんて、よほど息が合わないと不可能だ。織たち家族三人も即興で可能としていたが、あれは位相の力も多分に手伝ってのこと。


 葵にも同じ力が使えるとはいえ、こうも容易く出来てしまうとは。すなわち、この三人がそれだけ信頼しあっているということだ。


「よっしゃ行くぞ!」

「だから! なんでカゲロウが命令するわけ⁉︎ 私がいないと位相の力も発揮できないってこと、分かってるんでしょうね!」

「ここで喧嘩しないでくれ!」


 多分。恐らく。きっと。信頼しあってるのだろう……。

 巨人の内部で言い争う様を見て、織は不安になった。


「ほら、息を合わせて! じゃないとちゃんと動かないから!」

「蓮が言うなら仕方ねぇか」

「蓮くんに免じて今回は許してあげる」


 こんな時にも関わらず、蓮の立場を思うと涙がちょちょぎれそうになる織。あいつも苦労してるんだなぁ。


「つーか、息合わせるったって、具体的にはどうやってやるんだよ」

「そう言う時は魔術名を叫ぶんだよ。同時に叫べばタイミングもバッチリ合うだろ?」

「ナイスアイデア! で、これって魔術名なに?」

「即興でやってみたら出来たからな。んなもん誰も考えてないだろ」

「お前らいいから早く攻撃しろッ!!」


 さすがに我慢できなくて、織は思わず突っ込んでしまった。初撃は任せてくれと言われたから、愛美も朱音もまだ動けないでいるのだ。黒龍が弱って動けないでいるからいいが、漫才やってる場合じゃないんだぞ。


「ああもう! エクスカリバーでいいだろ!」

「三人で撃つから、トリニティ的な感じで行こう! そっちの方がかっこいいじゃん!」

「じゃあそれで決まり! 行くぞ、二人とも!」


 巨人が剣を上段に構える。三人分の魔力が刀身へ集約され、稲妻と水、黄金の輝きが宿った。

 黒龍へ肉薄する巨人。聖剣の魔力が解放されると同時、袈裟懸けに黒龍の巨体が切り裂かれる。


「「「繋がり紡ぐ黄金の聖剣エクスカリバー・トリニティ!!」」」


 耳をつんざく甲高い悲鳴が、黒龍の口から漏れた。黄金の斬撃をその身に受け、体からは夥しい量の血を流している。

 それ自体が、これまでと違う点だ。血を流すよりも前に霧散していた体は、しかしまだ実体を保っている。


「桃さん、力を貸してください……!」


 ロングコートを翻す敗北者の少女が、黒龍の上に滞空していた。

 龍の頭上から、太陽の光がスポットライトのように当てられる。魔女が遺し、灰色の吸血鬼に二度も致命傷を与えた、空の元素魔術。


「術式解放、我は蒼穹を往く時の略奪者! 輝かしき空の光よ、その意思と力をここに示し、我らの明日を照らし導け!」


 太陽の力を凝縮した光が、天から降り注いだ。黒龍を呑み込んだ光は容赦なくその巨体を焼き、その力の絶大さを示すが如く、濃密な魔力と熱を振り撒いている。


 グレイに向けて放った時とは、規模が違うのだ。人の姿、大きさをした吸血鬼へ撃つよりも、更に広範囲への照射。

 限界以上に稼働させている朱音の石は、半ば悲鳴を上げ始めていた。


「ここら辺が、限界かなっ……母さん!」


 聳え立つ光が晴れれば、黒龍はまた体を霧散させる。再構成された龍には、もう殆ど力が残されていない。


 だから、だろうか。目の前で容赦なく撒き散らされる殺気に、怯んだように思えたのは。


「異世界の龍神様ね。殺し甲斐のある相手だわ」


 凄惨で残忍な笑みを浮かべた、振袖姿の殺人姫。その周囲に、巨大な魔力の刃が出現した。


「集え、我は星を繋ぐもの、万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者」


 以前ゴーレムとの戦いで見せた時より、更に磨きのかかった術式構成。空の元素魔術を既存の概念強化に落とし込んだ、桐原愛美が持つ現状最強の手札。


「行け、七連死剣星(グランシャリオ)!」


 意思を持ったかのように動く巨大な刃が、黒龍へと襲いかかった。音を超えて飛来するそれらが、巨体を粉微塵に切断する。

 そのまま霧散してしまい、次に現れた黒龍の体は、少し薄れて見えた。

 そろそろ限界らしい。次の一撃で決めれる。


「そんじゃ、美味しいとこは貰っていきますか!」


 ようやく出番のやって来た織の足元に、魔法陣が広がる。暴走なんて気にせず、瞳をオレンジの色に輝かせた。

 それは、この場にいる全員の魔力、これまでの戦闘によって空気中に溶け込んだ魔力、そして黒龍自身の魔力さえも吸収し。自分自身の魔力と、位相の向こう側から引っ張って来た魔力さえも上乗せして、織が持つグロックの銃口へと圧縮される。


 魔導収束。その基礎を突き詰めた先にある、ひとつの究極。


超絶時空破壊魔砲エーテライトブラスター!!!」


 引き金を引く。

 極光が、空へ伸びた。


 射線上の悉くを抉る光の軌跡。

 それが収まった頃には、黒龍の体はやはり魔力となって霧散していた。しかし、新たに実体を得ることはない。


「これで終わり、か……?」


 そうでなければ困る。

 エーテライトブラスターは、その場に存在する魔力を全て吸収してしまうのだ。それは人類最強とて例外ではなく、即ちこの場にはもう、戦える魔術師がいないのだから。


「織くん、まだです!」


 元の人間体に戻った有澄から、鋭い声が届く。同時に、もうないと思っていた黒龍の再構成が遂げられた。


「■■■■■■ーーーー!!!!」


 怒りのこもった咆哮。最後の残りカスによる悪あがきだろうが、今の織たちを相手にするならそれだけで十分だ。


「おいおい、マジかよ……」

「父さん! エーテライトは考えて使わないとダメでしょ!」

「お前がそれ言うのかよ、仮面女」

「一番考えないで使ってたの、朱音ちゃんなのにね」

「そこ、煩いですが! 私はもう反省してますので!」


 どうやら朱音にも前科があるらしい。

 とはいえ、考えて使えと言われても、まさかあの一撃で終わらないとは思ってもみなかったのだ。


 なにせ十人分である。その全員が、ただの魔術師ではない。魔導収束の特性上、織の撃った一撃は星さえ砕けるほどの威力だったはずなのに。


 慌てる織だが、なぜか他の全員は落ち着いた様子だ。

 どうしてそんなに、と周りを見渡したところで、一人足りないことに気づいた。


斬撃(アサルト)二之項(フルストライク)


 誰よりも耳に馴染んだ声。何度も聞いた魔術名。

 黒龍の背後。その全長よりも、なお長い魔力の刀身が伸びている。


 そういえば、と。愛美のあの魔術について思い出す。死兆星。アルコル。その名の意味は()()()()()

 姿を消すだけかと思っていたが、まさか魔導収束の対象からも外れるとは。


 結局また、いつも通り。愛美に助けられてしまった。

 内心で嘆息しながら、黒龍が両断される様を眺めた。



 ◆



 あけて翌日。

 棗市の街並みは、何事もなかったかのように元に戻っている。

 破壊され尽くした街の南側には、いつも通り人々が道を行き交い、店は十月最終日にあるハロウィンに向けてセールなんかもやっていた。

 学校終わりの学生が立ち寄ったり、仕事に疲れたサラリーマンが、家族のためにお土産を買って帰ったり。


 葵と蓮の目の前には、いつもの日常が広がっている。


「昨日あんなことがあったなんて、信じられないね」

「信じられないと言ったら、学院長の記憶改竄の方もだけど」

「あはは、あれはさすがにね……」


 街の修復は朱音の銀炎で行われた。南側一帯をあの炎で包み、黒龍が現れるよりも前の時間まで復元したのだ。かなり大規模な異能の行使だったためか、朱音はかなり疲弊していたけど。今頃事務所で、両親から存分に労ってもらっているだろう。


 一方で、昨日は街の北側に一斉転移で避難させていた住人の方々。住人たちから死者は出なかったが、さすがに被害が大きすぎるということで、全員の記憶を改竄することとなった。

 葵とカゲロウの異能を使うのかとも思ったが、人類最強の学院長様が魔術でちょちょいと終わらせてしまったのだ。

 棗市はそこまで大きな街じゃないと言っても、総人口は十万人近く。それだけの数を一度に、である。


 戦闘中に見せた魔術といい、異能の炎といい、つくづく人間離れしている。


 それでも、救えなかった人が、死んでしまった人がいる。


「クリスさんとナナ、大丈夫かな?」

「部隊の人が四人とも死んじゃったもんね……特にナナは心配かな……」


 街の人たちを守るのに手一杯で、織たちはハウンド小隊にまで手が回らなかった。結果、四人の仲間が命を散らしてしまった。


 こういう世界で生きてる以上、葵も蓮も人が死ぬことには慣れている。でも、あの幼い少女は違うだろう。

 緋桜が手を回して、新しく住む場所を見繕うとは言っていたが、やはり心配だ。


 それだけじゃない。もう一つ、葵には気がかりなことが。


 戦闘が終わった時。出灰翠は、姿を消していた。

 巻き込まれた、ということはあり得ない。葵が異能で完全に守っていたし、外からの攻撃は全て遮断されるはずだから。

 逆にそこから出れるのは、翠本人の異能によらないといけない。つまり、彼女は彼女自身の意思で、葵たちの前から姿を消した。


 どこへ行ったのかは分からない。ネザーへ帰ったのか、あるいは別の場所に姿を隠しているのか。

 それでも、死んでいないことは確かなはずだ。そうであるなら、またいつか会える。


 と、過去のことをこれ以上拘泥しても仕方ない。大事なのはこれからの未来。そしてなにより、今だ。


 まあつまりは、端的に言うと。

 今現在、蓮とはどう言う関係になっちゃってるのか、ということである。


 ちゃんと伝えたし、蓮からも伝えられた。

 だからどうする、どうなる、という話にまで発展していない。これでは以前までとなにも変わらないじゃないか。


 でも、あの時のことを思い出すと、胸が満たされそうになる。家に帰って思い出しては悶えていた。

 だって蓮が、ずっと一緒にいたいと、一緒にいて欲しいと言ってくれた。今も鼓膜に焼き付いて離れないその声と言葉は、気を抜けば頬が緩んでしまいそうなほど。


 だからといってどうしたらいいのか、やっぱり結局分からないのだけど。


「ところで、さ」


 脳内で悶え苦しみながら悩んでいる葵に、蓮から声がかけられた。ほんの少し震えた、けれどそこには、決意のようなものが見て取れる声。

 自然、葵も身構えてしまう。


「俺たち、その、そ、そういう仲になった、ってことで、いい、のかな……?」


 肝心なところをぼかしているけど、十分に伝わった。そっぽを向いてしまっている蓮の表情は窺えない。けれど、耳が真っ赤になっているのはバレバレだ。

 多分、葵も今は蓮の顔をまともに見れない。自分の真っ赤な顔を見られたくない。


「うん……うんっ」


 それでも、ちゃんと。力強く頷きを返した。

 そしたらなんだか嬉しさがこみ上げてきて、我ながらどうかと思うくらい浮ついた気持ちになって、蓮の腕を抱き取る。


「あ、葵……?」

「えへへ……彼女になったんだし、これくらいはいいよね?」

「……っ、そういう言い方、セコイよ」


 昨日の戦いで思い知った。

 自分たちだけではどうしようもない、どうあがいても勝てない相手というのは、存在している。そういう相手からすれば、自分なんて吹けば飛んでしまうような儚い命に過ぎないのだと。


 ならばその儚い命の中で、今できることを。ここにあるものを、大切にしたい。

 過去の後悔も未来の不安も、全部まとめてクソ喰らえだ。


 黒霧葵は、今を生きているのだから。



 ◆



「よく無事に戻ったね、翠。心配したよ」


 ボロボロの体を引きずるようにして帰還した出灰翠は、己が主のそんな言葉に出迎えられ、ネザー本部の高層ビル、その最上階へと足を踏み入れた。


 任務に失敗した。それどころか、主人であるこの男の意に背くようなことまで。

 どんな仕打ちを受けるのかと、内心恐怖で満たされていたのだ。それだけに、いつものように優しい言葉をかけてくれた男を前にして、翠は完全に安心しきってしまった。


「運悪く、実験に巻き込まれてしまったらしいけど。怪我はないかい?」

「はい。ご心配、痛み入ります」

「それはよかった。いや、あれを前に生き残れるとは、さすが翠だ」


 実験、といった。ということは、やはり。あの黒龍は、ネザー代表であるミハイル・ノーレッジの仕業だったのだ。


 自分はなにも聞かされていない。それこそ、あの場で殺人姫たちに助けられなかったら、あるいは、彼女らが負けていれば、容易く命を落としていた。

 もちろんミハイルもそんなことは分かっているだろう。分かった上で、彼は話の焦点を決してそこへは持っていかない。


「しかし、この実験は大成功だったよ。狭間で燻っていただけの残滓とはいえ、まさか異世界の龍神、その力を召喚できるなんてね」


 位相の向こう側への到達。そのために、レコードレスと同等の力を行使する。

 実験が行われているのは知っていたが、まさかここまで進んでいるとは。本当に、なにも報告を受けていなかった。


 見捨てられた、切り捨てられたのでは、と。

 胸中に渦巻いていた不安は、けれどミハイルの優しい笑みに掻き消される。


「もう少しだよ、翠。もう少しで、私の悲願に到達する。この知的好奇心を満たすことができる。それまで、私に付き合ってくれるかい?」

「全ては、あなた様のために」


 不安は消えても。

 殺人姫にかけられた言葉は、シラヌイに助けられた記憶は、どうしても消えない。


 だから、迷いが生じる。

 これでいいのか、と。

黒龍くん、かつてない強敵のはずだったんですけどね。

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