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これは、探偵と殺人姫が出会うよりも前の話。輝かしくも過酷な未来ではなく、ひとりの少女が殺人姫となり、魔女と友情を育んだ、過去の話だ。
◆
魔術学院日本支部には、近づいてはならない人物が二人いると言われていた。
ひとりは最近話題の一年生。関東でそれなりの力を持つ家、桐原家の一人娘である桐原愛美だ。
魔術学院に入学しておきながら、扱う魔術は基礎の強化のみ。あとは己が身ひとつで敵を屠り、進んで死地へと向かう狂戦士。
入学してから半年が過ぎた今では、同級生の誰もが恐れ、上級生ですら関わりを持とうとはしない少女。
「そいつの面倒を、俺が見ろと?」
「お前は話が早くて助かるなー」
もうひとりの近づいてはならない人物、黒霧緋桜は、目の前の教師から告げられた命令に対して、あからさまに肩を落とした。
放課後、職員室でのことだ。
毎年二年のクラスを担任している久井聡美は、緋桜も去年お世話になっていた。脱力感のある独特な話し方は、こちらの反論しようとする気を失せさせる。本人にその自覚があるのかはさておくが。
「あのね先生。混ぜるな危険、って知ってます?」
「知ってる知ってる。あれだろー、なんかしら化学反応が起こっちゃって、ドカン、ってやつ」
「分かってるなら良かった。んじゃさようなら」
「まー待て待て」
踵を返して帰ろうとした緋桜を、久井は尚も引き止める。緋桜にも用事、というより仕事があるので、あまり長居する余裕はないのだが。しかしここでゴネても、余計に時間を浪費するだけか。そう判断して、再び脱力系教師に向き直った。
「一年の教師たちも匙を投げててなー。もうどうしようもないんだと」
「で、先生にお鉢が回ってきたけど、めんどくさいから俺に丸投げしよう、ってことでしょ? 風紀委員はなんでも屋じゃないんですよ」
緋桜が周囲から近づいてはならないと言われる所以。それこそ彼が所属している風紀委員だ。去年までの三年生が軒並み引退してしまって、今では緋桜しかいないのだが。それでも、その先輩たちと共に学院内で暴れる生徒を圧倒的実力を持って取り押さえ、実質学院を支配していたのも事実。
その過去が消えてなくなったりしない以上、恐れられているのも当然だ。
「風紀って今、黒霧しかいないんだろ? 一人じゃつらいだろ? 寂しいだろ?」
「つらくもないし寂しくもない」
「桐原も腕は立つから、風紀委員としてやっていけると思うぞー」
「俺の話聞いてくれません?」
ダメだ。この教師は生徒の言葉に耳を傾けようとしてくれない。久井は魔術の腕が立つのは確かだが、教師には向いてないんじゃなかろうか。
とはいえ、日本支部は年中無休で人手不足だ。こんなんでも、国内一の錬金術師。使えるものはなんでも使う、ということだろう。
渋る緋桜と、粘る久井。膠着した状況に一石を投じたのは、第三者の声だった。
「面白そうな話してるね」
職員室の入り口から現れたのは、隻腕隻眼の男。魔術師ならば誰もが知る存在、人類最強として名を馳せる小鳥遊蒼だ。
「げ、小鳥遊……」
「同期に向かって随分な反応だな、久井」
「なにしに来たんだよー。有澄なら図書室にいるだろー」
「や、久しぶりだね緋桜。元気してた?」
「元気じゃないとやってらんないですよ」
緋桜も、蒼とは以前から知り合いだ。人類最強なんて肩書とは裏腹に、蒼自身はとても親しみやすい人物だった。ここを拠点に活動していることもあって、なにかと校内で見かけることが多かったのだ。
「蒼さんはどうしてここに?」
「学院長に用があってね。自室にいないからここかと思ったんだけど、ハズレみたいだ」
「学院長なら出払ってるぞー」
「それより、さっきの話、もうちょっと聞かせてくれよ。面白い一年生がいるんだろう?」
「無視するなー!」
うがーっと喚いて抗議を挙げる久井。その拍子に豊かな胸が揺れ、拝みたい気持ちを抑えてから蒼に事情を説明する。
どうにかして久井を一緒に説得してくれないか、あわよくば蒼が任されてくれないかと期待したのだが。
「いいじゃん。面倒見てあげなよ」
「あんたまで言うのか……」
「小鳥遊もそう言うなら決まりだなー。頼んだぞ、黒霧」
他に仕事あるから、と言ってそそくさと職員室を出て行く久井。残された緋桜は、既に疲れてしまってため息を一つ落とした。
「まあ頑張りなよ。人生一度は、可愛い後輩ってのを持ってみるもんだ」
「他人事だな……」
◆
職員室を出た緋桜は、とりあえず件の桐原愛美を見つけようと考えた。実は緋桜は、彼女の顔を知らない。名前は知ってはいても、この広大な敷地の中で、学年も違う相手と出会うことは中々なかったりする。敷地に反して生徒の数が少ないのだ。同じ部活や同じ委員でもない限りはそうそうないだろう。
そんなわけで顔も知らない相手の捜索となったわけだが、まあまずは一年の教室に向かうべきだろう。せめてクラスくらいは聞いておきたかったと後悔しながらも、一組から順番に尋ねていくことに。
「君、ちょっといいか?」
「はい? ……ひっ、ふ、風紀委員……⁉︎」
「待て待て、そんな怖がらなくていいから。ちょっと聞きたいことあるだけだ」
近くにいた男子生徒に声をかければ、露骨に怖がられた。ここまで気持ちいい反応をされれば、逆に何かやってるのではと疑いたくなってしまうが。それは置いておくとして。
「桐原愛美、って何組か知ってるか?」
「桐原は、うちのクラスですけど……」
「どの子?」
「も、もう教室にはいません……いつもすぐに出て行って、依頼に向かってるみたいなので……」
なるほど。となれば、行き先は掲示板か。男子生徒君に礼を言って、緋桜は掲示板へ向かうことにした。教室からそこまでは、然程距離が離れてるわけでもない。とは言えまた入れ違いになっても面倒なので、軽く詠唱してさっさと転移した。
やってきた掲示板の前。何名かフリーの魔術師が張り出された依頼書を検分しているが、生徒は殆ど見受けられない。
だがそんな中で、一人だけ。制服を着た長い黒髪の女子を発見した。周りの魔術師たちも奇異の視線で少女を見ているが、そんなものは一顧だにせず、彼女は依頼書を掲示板から剥ぎ取り歩き出した。
「それ、生徒向けの依頼じゃないぞ」
緋桜の声が、自分にかけられたものだと理解したのだろう。少女の無感情な目が、緋桜を射る。
「お前が桐原愛美だな?」
「そうだけど。それがなにか?」
その瞳と同じく、声音にも温度が感じられない。しかし目鼻立ちはかなり整っている。美人なのに勿体ないと思いながら、恐らく分かりきってるだろうことを口にした。
「生徒向けはこっち。それはプロ向けだ」
「だから、それがどうかしたの? 裏の魔術師を殺すのは依頼として出るほどに正しいことで、この学院は人手不足。できる人間ができることをやる。なにもおかしな話ではないでしょう?」
緋桜の忠告にも動じず、ただそう言って見つめ返すのみ。
たしかに愛美の言っていることは、ある意味では正しい。日本支部は人手不足で、裏の魔術師が起こす事件に対し後手に回りがちだ。
その点、こうして依頼に貼り出されてる相手は、既に居場所が割れている。つまりは先手を取ることのできる相手だ。今後の事件の芽を摘むことができる。
それでも、その依頼が全て遂行されるわけではない。人手不足もそうだが、魔術師の練度にも問題があるのだ。いくらプロの魔術師とは言っても、裏の魔術師相手に遅れをとることなんてざらにある。その点、愛美のような実力者がいるのはありがたいことではあるのだが。
「お前、人殺したいから、その依頼受けようとしてるだろ」
「……っ」
緋桜の低い声を受けて、僅かに。愛美の表情が揺らいだ。
言葉のチョイスに僅かな違和感を覚えた程度だったが、どうやら図星らしい。恐らくこれまで彼女が受けた依頼も、同じ理由からだろう。
まだ一年生だっていうのに、随分と奇特な趣味を持っているようだ。
「だったらなにか問題でもあるのかしら。誰に迷惑をかけるでもなく、学院から死ぬことを望まれてるやつを殺すのよ。それは、正しいことでしょう?」
「だとしても、だ。ルールは守れ。学生は学生向けの依頼を受けろ。俺は風紀委員だからな。ルールを破ってるやつには、お仕置きって決まってるんだ」
「鬱陶しいわね……」
明らかな敵意を滲ませながらも、襲いかかってくるような気配はない。愛美も、この学院で最も遵守されるべきルールは弁えているのだろう。
敷地内での私闘禁止。
ほぼ毎日のようにそれを破るバカが現れてはいるが、どうやらこの少女はバカではないらしい。
「依頼に関しては、教師から許可も取ってるわ。風紀委員だかなんだか知らないけど、一介の生徒でしかないあなたが教師の決め事に逆らうの? それこそ、ルール違反だと思うけど」
ああ言えばこう言う。面倒なやつの典型的なタイプじゃないか。
さて、ここでおさらいしておこう。
緋桜が久井から頼まれたのは、この桐原愛美の面倒を見てくれ、というものだ。
あの教師は風紀委員に入れる線で話をしていたが、緋桜としてはどちらでもいい。一人のままでも人手が足りないことはないし、だが面倒を見ろ、という抽象的な目的に対しては、監視という意味で風紀に入れるのもありだろう。
それを踏まえた上でどうするか。
「よし決めた。俺もその依頼、一緒に行かせてもらおうか」
「は? なに言ってんのあんた。学生は学生向けのって、あんたがさっき言ったんでしょ」
「おいおい。まさか許可が出てるのは、自分一人だけだとでも思ってるのか? 思い上がりもその辺にしておいたほうがいいぞ、新入生」
「チッ……」
小さく舌打ちがひとつ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「死んでも知らないから」
それを答えとして受け取り、緋桜はこの日の仕事を全て明日に回すことにした。
思えば、この時から見えていたのだ。
桐原愛美という少女の、どうしようもなく揺るがない根幹の部分。その甘さと優しさが。
◆
依頼を受理してもらい、二人で向かった先は地図にも載ってないような無人島。港もあり民家も点在しているが、完全なゴーストタウンと化している。
裏の魔術師が潜むには、これ以上ないほど好条件だろう。
「さて、と。しかし無人島と言っても、見た感じは結構広いな。標的の魔術師は?」
「知らない。出てきたやつ全員殺せばそれでいいでしょ」
すげなくそう言われ、緋桜は肩を竦める。
普通、対魔術師戦になると事前に分かっているのなら、相手がどのような魔術を使うのか、何人いるのか、くらいは把握しておくべきだ。それはあくまで最低限。得られる情報があるのなら、可能な限り集めたい。
今も昔も、戦いや戦争というものは情報が左右するから。
今は家にいるであろう妹の顔がチラついたが、余計な思考はすぐに霧散させる。自分たちに突き刺さる敵意を感じ取ったから。
「ま、バレてるよな。普通に結界張ってあったし」
愛美が懐からダガーナイフを抜く。それを合図とするように、民家の中からゾロゾロと魔術師が出てきた。どうやら組織が相手らしい。これなら自分で依頼内容を確認しておくんだった、と後悔するも、既に遅い。
なにより、愛美の言った通り、出てきたやつを全員殺せばいいだけだ。
「お前、この数一人で相手しようとしてたのか? 命知らずのバカなのか、よほど腕に自信があるのか」
「黙ってなさい」
短く答えて、愛美が駆け出した。
速い。シンプルな強化魔術のみであのスピード。並の魔術師なら、その目で捉えることすら不可能だろう。やつらとの距離はそれなりに開いていたが、瞬く間に肉薄してしまうはず。
だが残念なことに、ここは敵地のど真ん中。ならばそこら中に罠が仕掛けてあっても、おかしなことではない。
風を切り髪を靡かせる愛美の足元に、魔法陣が広がった。途端、地面が勢いよく隆起し、愛美の華奢な体を宙に突き上げる。
「今だ、やれ!」
敵のリーダー格の一声により、愛美へと攻撃魔術が殺到した。空中にいては自由に身動きができず、回避する術がない。浮遊魔術を使えるなら話は違うだろうが、あれはかなりの高等魔術だ。彼女には使えないだろう。
防護壁で凌ぐしかないが、果たしてそれも間に合うかどうか。
それでも手を出さずに見守る緋桜の視界が、とんてもない光景を捉えた。
身体を無理矢理動かした愛美が、迫る魔術の全てを斬った。なんの魔力も帯びていない、ただのダガーナイフで。
いや、仮に魔力を帯びさせていたとしても、魔術を術式ごと切断するなんて芸当は不可能だ。結果として斬るという現象が起きたとしても、そこに込められた術式は残る。
だからこれでは、敵の魔術師は同じ魔術を連続して使えない。使うにしても、術式の構成からやり直さなければならない。
それは術者である本人たちがよく分かっているだろう。敵の集団が俄かにざわつき始める。たった今起こった現象に、脳の処理が追いついていない。
空中に魔法陣で足場をつくった愛美が、弾丸のように突っ込んだ。降り立つのは敵のど真ん中。その綺麗な顔は凄惨な笑顔で歪められていて。
「ひ、怯むな! 距離を取って囲んで──」
指示の声が最後まで飛ぶことはなかった。一瞬で距離を詰めた愛美が、男の首を飛ばしていたから。
返り血が白い肌を汚す。そんなものに一切構わず、少女は次の標的へと踏み込んでいた。
「ははっ、こいつはヤバイな」
目の前で繰り広げられる蹂躙を見ながら、緋桜は引きつった笑いが出ていた。
彼女の腕が立つのは事実だろうと思っていたが、まさかこれ程までとは。あんなもの、魔術師とは言えない。戦士でもない。ただの殺人鬼だ。
ただ人を殺すためだけに洗練された、独特な体術。その動きは野性味に溢れている癖して、舞うような美しさすら伴っている。
せっかくついてきたのに、緋桜の出る幕はなさそうだ。
そう思った矢先、更に信じられないことが。
愛美の死角から、魔力の槍が迫っていた。一対多の状況においてはよくあることだ。だからこれは特別驚くことでもない。
問題は、その対処法。
直前でそれに気づいた愛美は、しかし回避動作に入ることもなく。空いた左手を魔力も纏わせずに素手のまま、槍の切っ先に向けて突き出した。
槍は当然のごとく愛美の腕を、掌から肩にかけて貫く。だが痛みに表情を歪めることもなく、少女はナイフを振るい続けていた。
「おいおい、嘘だろ……」
たしかに、躱すのは難しかったかもしれない。だが他にも防ぐ術はあったはずだ。だというのに、なぜ平気な顔してあんな判断が下せるのか。
腕一本を犠牲にしても、愛美の動きは衰えることなく敵を屠り続ける。優位どころか圧倒的なことに変わりはないが、危なっかしくて見ていられない。
それから数分もしないうちに、敵は呆気なく全滅してしまった。真っ赤に染まった地面には、人だったものの肉塊が大量に転がっている。その中心に立つ、返り血塗れの少女。
自分の妹とそう変わらない歳の女の子が。あんなにも凄惨な笑顔で。
改めて理解した。これはたしかに、誰かが見ていてやらないとダメだ。こんな戦い方を続けていれば、いつかどこかで壊れてしまう。
もしくは、もう既に壊れてしまっているのかもしれないが。
「腕、治してやるよ」
血の海を出て、緋桜の元へと戻ってきた愛美に提案する。かなりの重傷だが、自分であれば問題なく治せる。
意外にもすんなり差し出してきた腕に、治療のための復元魔術をかけてやれば、礼の代わりにナイフを向けられた。
「どういうつもりだ?」
「あんた、強いんでしょう? なら殺し合いましょうよ」
「理由がないな」
どうやら最初からそのつもりで、緋桜の同行を許可したらしい。
学院内での私闘は禁止されてるが、学生同士の私闘は禁止されていない。つまり、この場で緋桜と愛美が戦ったとしても、仮にどちらかが命を落としたとしても、ルールを破ったことにはならないのだ。
「あんた、聞いたわよね。人を殺したいから依頼を受けてるのかって。まさしくその通りよ。私はただ、この衝動を、欲求を満たしたいためだけに依頼を受けてる」
「それが、俺たちがやり合う理由になるか?」
「ならないわね。でも私の方にそんなものは必要ない」
「だろうな」
愛美の言葉を、そのまま受け取ることはしない。嘘は言っていないのだろうが、今語ったのが全てではないだろう。
本当にその衝動や欲求を満たしたいだけなら、わざわざ学院に所属する必要なんてないのだ。どこぞで勝手に生きて、勝手に殺していればいい。
面倒を見ろ、と頼まれた。なら、その辺りを見極めることも必要か。
「分かった、相手をしてやる。ただし、一つ条件がある。腕を治してやったんだ、呑んでくれるだろ?」
「……言ってみなさい」
「俺が勝ったら、お前には風紀委員に入ってもらう。で、俺が卒業するまでは俺の部下だ。それで良かったら、実力の差ってやつを分からせてやるよ」
挑発の一言を最後に添えた瞬間、愛美がナイフを振りかぶった。元より彼女の射程範囲内。原理は分からないが、あの絶死の一撃が届く距離にいる。
的確に首を狙った一振りは、しかし空振りに終わる。緋桜の姿がない。困惑する愛美の周囲を、いつの間にか黒い霧が覆っていた。
「俺の勝ちだな」
宣言と同時に、愛美の体が緋色の桜に飲み込まれた。
霧へと変えていた体を戻し、鋭い刃となった桜を消せば、制服ごとズタボロになって倒れた愛美が。気を失ったようだ。
「やりすぎたか」
まあ、これで愛美の風紀委員入りは決まったのだ。当面は自分が見ていてやれる。
とりあえず学院に戻るために愛美を背におぶり、転移の術式を構成した。
「これでもうちょい性格直して、胸があれば嬉しかったんだが」
◆
「ぅ……」
「お、目が覚めたか」
ソファの上から微かな声が聞こえて、委員長専用のデスクに腰掛ける緋桜は声をかける。
ムクリと起き上がる少女は、ここがどこか分かっていなさそうだ。
「ここは風紀委員室。文字通り、俺の所属してる風紀委員の城だ」
「……そう、負けたのね、私」
「言ったろ? 実力の差ってやつを分からせてやる、って。ああそれと、そんな格好なんだから、ちょっとは恥じらった方がいいと思うぞ」
言われて自分の服を見下ろした愛美が、顔を赤くした。
怪我は緋桜自身が治してやったが、服は直していない。つまり今の愛美の制服は、ブレザーもブラウスもズタボロのままで、所々肌や下着が見えたままなのだ。
「やっぱり殺す……!」
「残念、お前のナイフは没収済みだ。つか、そんな貧相な体で欲情するわけないだろ。あと3カップは上げて出直してこい」
羞恥と怒りで真っ赤に染まる愛美。ソファから立ち上がろうとして、ここが学院内であることを思い出したのだろう。思い留まりソファに座り直した。
変なところで律儀なやつだ。
諦めたようにため息を吐き、背もたれに体を預けた愛美が口を開く。
「あんた、なにが目的なのよ。私なんかに構う理由はなに?」
「教師にお前の面倒を見ろって押し付けられたってのが理由だ。んで、お前を変えさせるのが目的」
フッ、と鼻で笑う愛美。そこには明らかな侮蔑と、少しの諦念が込められていた。
「無駄よ。私は変わらない。今の在り方を変えるつもりはない。あんたが私になにをしようと、なにを言おうと、私は今日みたいに依頼を受けて敵を殺すだけ」
「ま、人間そう簡単に変わらないからな。その答えは予想通りだが、一つ質問だ」
キッと睨んでくる瞳には、未だ敵意が滲んでいる。まずはそれを取り除くところから始めたいものだ。
「なぜ、学院に入った? お前の言葉を真に受けるとしよう。本当に人を殺したいだけなら、学院に入って依頼を受ける、なんて遠回りなことはしなくていいだろ」
「……正しいことを成すためよ」
これまた意外にも、素直に答えてくれた。案外、根は真っ直ぐなのかもしれない。
「どうして正しいことを成したい?」
「そこまで答える義理はないわ」
「そりゃ残念」
まるで猫みたいだな、と思う。ほんの少し隙を見せてくれたと思えば、すぐに警戒して距離を取られるのだから。
この猫を手懐けるのは苦労しそうだが、野良のままで放っておくには、あまりにも美しい。それを曇らせるのは勿体ない。
どうせ時間はまだある。緋桜が卒業するまで、残り半年。ゆっくりとこの少女のことを知っていくとしよう。
「ともあれ、ようこそ風紀委員へ。改めて自己紹介といこうか。委員長の黒霧緋桜だ。よろしく」
「桐原愛美よ。どうでもいいけど、さっさと服直して」
仏頂面に苦笑しつつ、緋桜は愛美のブレザーに復元魔術をかけてやった。