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Recordless future  作者: 宮下龍美
第1章 探偵と殺人姫
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遺したモノと残されたモノ 3

 一ヶ月ぶりの我が家に足を踏み入れると、目の前が真っ白に染まった。


「うおぉ⁉︎」

「あら」


 もう一人、いや、もう一匹の家族である白い狼が、織目掛けて飛びかかってきたのだ。最後に見た時よりも少しだけ大きくなった身体に、織はあえなく地面に背中をぶつけた。


「痛っ! 痛い痛い! アーサー痛い! 腕噛むな!」

「なんだかんだで、アーサーも織のことが心配だったんでしょ」

「いやこれ絶対違うぞ!」


 だってめっちゃグルグル言ってるし。目が怒ってるし。若干電気漏れ出てピリピリするし。思いっきり腕噛まれてるし。

 恐らくは加減した甘噛みの範疇だろうが、それでも痛いものは痛い。本気で噛まれてしまえば、人間の腕など容易く捥げてしまうだろうし。


 アーサー、と織にじゃれつく狼を愛美が呼べば、アーサーは一転してしおらしい態度になった。クゥン、と声を鳴らし、差し出された愛美の手に顔を擦り付けた。


「一ヶ月も放ったらかしにして、ごめんなさい。あなたにも、心配かけたわね」


 しゃがみ込んで、家族の一員である狼を抱きしめる愛美。

 この魔物は、愛美に対する忠誠心がやけに高い。人と変わらぬ知能を持ったアーサーは、きっと後悔していたはずだ。自分がその場にいれば、と。その命を投げ打ってでも、主人を助けたのに、と。

 けれどアーサーはあの場にいなくて、仮にいたとしても、そんなことを愛美が望んでないことも分かっていて。

 己の弱さに苛まされていたのは、織だけではない。アーサーも、愛美や朱音だって同じ。


「あ、二人ともおかえり」


 事務所の奥から聞こえた声に顔を向ければ、朱音が二階から降りてきていた。

 何気なくかけられたその言葉も、朱音にとってはこれ以上ない価値を持つ。今日は、これまでよりもずっと。


「ただいま」

「ただいま、朱音。先に帰ってたのね」


 だから二人も、そこに万感の想いを込めて。けれど、いつもの日常と変わらぬように。


 駆け寄ってきた朱音が、織に抱きついた。ぎゅーっと強く、力を込めて。それから隣の愛美にも、同じように抱きついて。えへへ、と顔を綻ばせる。

 三人と一匹。一ヶ月ぶりに、ようやく家族が揃った。


「父さん、それどうしたの?」

「ん? ああ、この帽子か」


 不意に織の頭へ視線をやった朱音が、そこに乗ってる見慣れない帽子を発見した。学院で一度別れてからはまだ数時間ほどしか経っていないから、その変化になにかを察したのだろう。


「ちょっと、実家に顔出しててな。朱音にも、聞いてほしい話があるんだ」

「それ、ご飯食べてからじゃダメ? 私もうお腹ぺこぺこなんだけど」

「私も! 久しぶりに父さんのご飯食べたい!」

「了解。つっても、食材なんか残ってんのか?」

「その辺は大丈夫だよ! 毎日サーニャさんが来てご飯作ってくれてたから!」

「あの吸血鬼、料理とか出来るのね……」


 悔しそうにそう呟いた愛美を見て、織と朱音は同時に吹き出した。



 ◆



 昨日は三人で食卓を囲み、愛美と朱音が織の作った料理を大量に平らげてくれた。相変わらず見ていて気持ちいい食べっぷりだった。作り甲斐があるというものだ。

 その後朱音には、旧桐生探偵事務所で聞いた話を、余すことなく全て伝えた。あの話は、朱音にも知る権利があるから。


 そうして三人並んで川の字で眠り、明くる日の今日。蒼に昨日の話を、延いてはいつ出発するのかを報告しようと思っていたのだが。


「桐生!」


 愛美と二人で学院長室へ向かう途中、大声で呼び止められた。思わず立ち止まって振り返れば、そこには特に仲の良かった友人三人がいて。


「おお、お前ら。久しぶりだ、な……?」


 なんか、その内の一人が物凄い勢いで走って来てる。その勢いは止まることなく、織の一歩手前でようやく止まったかと思えば。


「ふん!」

「いだぁ⁉︎」


 思いっきり殴られた。


「このどアホ! 自分の娘にどんだけ心配かけたと思っとんねん!」


 織の顔面に容赦なく拳を振り抜いた安倍晴樹は、殴るだけに飽き足らず説教まで始めてしまう。慌てて追いついた香織とアイクが宥めるが、それでも怒りは収まらないらしい。


「無茶なことしよって……! ほんまに死んどったらどないするつもりやったんや!」

「悪い、朱音の面倒、見ててくれてたんだってな」


 昨日、本人から聞いたことだ。あの話の後に、この一ヶ月のことを朱音から聞いて。その中で、晴樹と香織、アイクの三人がなにかと気にかけてくれていたと。

 織としてはその礼のつもりだったのだが、しかし晴樹はむしろ、余計に怒りがこみ上げている様子だ。


「お前はこの期に及んでも……!」

「落ち着きなって、安倍君」

「委員長の言う通りだ。少し取り乱しすぎだぞ。らしくもない」


 二人からそう言われ、愛美も織を庇うように立ったことでようやく晴樹は落ち着いた。しかし殴られた上に説教された織本人としては、晴樹がここまで怒っている理由に見当がつかない。

 そりゃ一ヶ月も目を覚まさなかったのだ。一歩間違えれば、晴樹の言う通り死んでいた。ここまで怒られるのも覚悟していたけれど、どうにも晴樹が怒っている理由はそこになさそうで。


「ともあれ、無事でよかったよ。Mr.桐生、Ms.桐原。友人として、力になれなかったことは詫びたい」

「よせよアイク。俺と愛美だって、あの日なにか出来たわけじゃないんだ」


 差し出されたアイクの手を掴み立ち上がる。以前までの愛美信者なアイクは鳴りを潜め、ここにいるのは、ただ友人を気にかける一人の好青年だ。ずっとこうしてたらいいのにな、と思わずにいられない。


「でも安倍君の言う通りだよ。桐生君さ、もうちょっと自分のこと大切にしなよ?」

「そうしてるつもりなんだけどな」


 香織に言われて、晴樹が怒っていた理由に察しがついた。

 朱音がどうこうと言ってはいたが、やはり晴樹だって織のことが心配だったのだ。だと言うのに、織の口から出るのは自分のことではなく、娘のこと。

 織があの場で発するべき言葉は、朱音のことに対する礼ではなかった。心配をかけてしまった友人に対する礼と謝罪だ。


「悪い、ごめんな三人とも。心配かけちまったのは謝る。でも、またしばらく朱音のこと、お願いしてもいいか?」

「……どういうことやねん」

「先生、学院長から頼まれごとされてるのよ。だから、しばらく学院を留守にするわ」


 答えたのは愛美だ。織が答えれば、また晴樹が激昂すると思ったのだろう。その予想は間違っておらず、晴樹は舌打ちをひとつ。怒りを隠せていない。

 それも全部、織と愛美を案じてのことだ。


「勝手にせえや。俺はもう知らん」

「あっ、ちょっと安倍君⁉︎」


 吐き捨てるように言って、晴樹はこの場を去っていった。それを慌てて追いかける香織。


「すまない。Mr.安倍も、本当は君たちのことが心配で仕方ないんだ。二人が目を覚まさないと知った時、俺たちの中で一番取り乱したのが彼だった」

「そうなのか……」

「俺もだが、やはり悔しかったのさ。あの時、現学院長の結界の中で見ていることしかできなかったことがね」


 その時の気持ちを思い出したのか、アイクは力強く拳を握っている。おそらく、この一ヶ月の間にも己の無力さを知る機会はあったはずだ。

 やつの眷属や、石持ちの魔物が現れた時に。とてもじゃないが、アイクたち三年生でも敵う相手ではない。それは以前、晴樹と香織の三人で向かった依頼でも分かっていた。

 ただの眷属相手ですらあの様。ならば石持ちの相手など務まるはずがないのだ。


「そう思えるなら、十分じゃないかしら」


 悔しそうに俯いていたアイクに、愛美が声をかけた。いつもアイクに対してはつっけんどんな態度の愛美には珍しく、比較的柔らかな声音で。


「自分の無力さを知って、悔しいと思えるのなら、あんたはまだ強くなれるってことよ。安倍にしても、委員長にしてもそう。私たちがいない間の学院を任せるんだから、むしろもっと強くなってもらわないと困るわ」

「Ms.桐原……」


 織が知ってる中では、初めてのことだった。愛美が、普段鬱陶しがっていたアイクに、こんな激励の言葉を送るのは。


 それがアイクの中で、どう捉えられて咀嚼されたのかは分からない。だが目の前の金髪残念イケメンは、感極まったように涙を流し。


「よもやついに! 俺の愛を受け取っ──」

「煩い」


 最後まで言わせてくれることもなく、愛美によって強制転移させられた。

 なんで最後の最後に締まらないかなぁあいつは……。


 友人の残念さに呆れてため息を吐き、二人は学院長室へと向かった。



 ◆



「そうか、凪さんがそんなものを……」


 学院長室に到着して挨拶もそこそこに、織と愛美は待っていた蒼と有澄に、昨日の話を全て説明した。

 これ以上、他の誰かに言うつもりはない。サーニャや緋桜、葵にも。もしかしたら、黒霧兄妹には聞く資格があるのかもしれないが。しかしあまり言いふらすような話ではないのも事実だ。


「凪さんが遺したんなら、その話は全て真実だろうね」

「先生って、俺の両親と知り合いなんですよね?」

「ああ。僕がまだ学院の生徒だった頃は、凪さんも事務所を持ってなかったからね。二人でここを拠点にしてたんだ。その時に知り合った」


 兼ねてより気になっていたことを聞いてみたが、特に劇的ななにかしらがあったわけでもないらしい。しかし、開発した魔導収束を伝え教えるほどだ。互いの信頼関係はかなりのものだったのだろう。


「それで、どうせ君たちのことだから、今日にでも出発したいとか言うんだろう?」

「よく分かってるじゃない」


 短く肯定を示した愛美だったが、蒼は難しい顔をするのみ。そんな夫の心情を、側に立つ有澄が代弁した。


「もう少し、ゆっくりしててもいいんですよ? 織くんも愛美ちゃんも、まだ病み上がりなんですから。それに、桐原組の皆さんや、朱音ちゃんとの時間だって」

「だからですよ。あんまりここで平和な時間ってのを過ごしすぎると、後ろ髪引かれて中々行けなくなるでしょ」

「朱音とは、昨日のうちに話もしてる。今日家を出る時にお別れも済ませたわ。私の実家にも、ここを出た後に寄るつもりよ」


 行ってきますと言って、行ってらっしゃいと言われた。それだけで十分だ。だって、絶対に帰ってくるのだから。

 朱音のことは色々と心配だが、葵もアーサーも、晴樹たち友人もいる。なにより、本人が親よりも強いのだから、大丈夫だ。


「ちゃんと話して決めたことなら、僕からはなにも言わない。有澄、二人にあれを」

「……はい」


 有澄はまだなにか言いたげだったが、蒼がそう言い、二人が決めた以上、自分が口出しするべきではないと思ったのだろう。

 懐からA4ほどのサイズの紙を取り出し、それを手渡してくる。


 紙面は真っ白。なにも書いていない。しかし、これが魔導具であることは織も愛美も理解できた。


「周辺の地図と、賢者の石の位置を示してくれる魔導具だ。龍に頼んで作ってもらったから、精度は完璧だよ」


 ほんの少し魔力を流し込めば、紙の上に地図が現れる。学院と、近辺の樹海。そして二つの反応は、織と愛美のものだろう。


「これは助かるわね」

「だな。なんのアテもなく旅する羽目にはならなそうだ」


 言って魔法陣を開き、地図をその中へ突っ込んだ。時空間魔術だ。どこかに転移させてるわけではなく、言わばロッカーのような場所へと保管できる魔術。蒼がいつも刀を取り出したりしているのも、この魔術によるものだ。

 朱音からの助言で、織も愛美も昨日のうちにこれは使えるようにしておいた。旅の荷物も、この中に入れてある。便利すぎるので今後も重宝するだろう。


「本当なら、僕が石の調子を見てあげようと思ってたんだけどね。その感じだと大丈夫そうだ」

「まだ慣れないですけどね。この魔力、全部完全に操作できるわけでもないですし」

「レコードレスだって、本当に発動するのかも分からないわよ。織は魔眼があるから大丈夫だろうけど」

「そこは俺の父さんを信じるしかないな」


 あとは実戦あるのみ。それこそ一度くらいは、蒼に相手をしてもらいたかったが。

 しかし、蒼が学院長に納まってしまった以上、それがいつになるのかも分からない。その間ずっと待っているなんてこともできない。ならばぶっつけ本番しかないだろう。


「とりあえず、まずはイギリスの本部に向かうといいよ。そこまではちゃんと表のルートで行くように」

「初っ端から不正入国する度胸はありませんよ」


 向かったはいいものの、それで捕まって強制送還、なんてオチは真っ平御免だ。大恥かくこと間違いなし。


「なら良かった。イギリス本部についたら、ロイ・クリフォードという人を訪ねるといい。君たちも知ってる、アイザック・クリフォードの父親だ」

「そういえば、父親が本部のお偉いさんって言ってたわね」

「魔術学院のトップである首席議会、その中でも、彼は一番の人格者でね。僕も懇意にさせてもらってるから、こっちからも連絡しておく」

「基本は本部を拠点に、って感じですか」

「場合によっては、各支部にも出向いてもらうけどね。ただ、日本は心配しなくていい。僕たちに任せてくれ」


 頼もしい限りだ。賢者の石の力を使う魔術師に対抗できるのは、蒼一人ではない。朱音にサーニャ、龍とルークもいる。緋桜と葵の兄妹も戦えるだろう。

 そういう意味では、現在の日本支部は戦力過剰なのだ。ただ、人手が少ないというだけで。

 それでも織と愛美の二人だけが出向くことになったのは、元凶であるグレイが、未だ日本にいると思われているから。


「まあ、こんなところかな。今の時代、その気になれば地球の裏側にいても連絡が取れるんだ。なにかあれば、またこっちから連絡するよ」

「分かったわ」

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、気をつけて。絶対、生きて帰ってきてくれ」


 蒼の言葉に二人で頷きを返し、学院長室を出た。残されたのは、人類最強の男とその伴侶のみ。


「行っちゃいましたね」

「出来るなら、行かせたくはなかったけどね。本部の老人どもを黙らせるには、これしか方法がなかった」

「賢者の石を欲しがってる輩が、学院にもいるんですよね」

「石の研究のためには、たかが二人程度の命は損失にならない。そんなことを平気で宣うやつらだ。殺してやりたいのが本音だけど」

「ダメですよ。今の蒼さんは、一応ここの学院長、生徒の命を預かる身なんですから」

「わかってるさ。織と愛美もそんなことは望まない。それでも、だよ」

「……無事に、帰ってきてくれるといいですね」

「こればかりは、そう願うしかないな」



 ◆



 学院長室を出た二人は、その足で校舎裏に足を運んでいた。

 そこはこの学院の広大な敷地、その三割を占めている場所。墓地だ。


「来るのが遅くなってごめんなさい。長いこと寝ちゃってたみたいだから」


 語りかける墓石には、親友の名前が刻まれている。この学院で出来た、唯一無二の親友が、ここで眠っている。


 この場へ一緒に来た織は、今は両親の墓に行っているだろう。ここで両親が眠っていることを知らされてはいたものの、彼は一度も立ち寄ろうとしなかった。

 その理由を問うたことはない。きっと、織にしか理解できない感情や理屈があるだろうから。


「こんなに花添えられて。あんた、周りから愛されてるような人間でもなかったでしょうに」


 墓前に添えられた多くの花を、愛美は苦笑しながら見渡す。

 魔女は学院において畏怖される存在だった。彼女が助けた生徒や魔術師もいたが、それ以上にその強大な力を恐れて、誰も近づこうとはしなかった。


 それは、殺人姫として恐れられる愛美と同じだった。そのはずだったのに、気がつけばバカな先輩に絆されて、少しずつだけど周りに人が増えて、互いに認め合い、親友と呼べる仲になって。

 それから、桐生織と出会って。


 たったの二年だ。魔女の二百年に比べれば、とても短い時間。だけどそんな時間が、かけがえのないものになった。


「あんたに貰ったこの力、遠慮なく使わせてもらうわ。あんたの仇を討つためじゃない。私の家族を守るために」


 力を受け継いでも、その意思まで受け継いだわけではない。あの憎悪は、執念は、魔女だけのものだ。余人が下手な同情をするべきものでは、決してない。

 だから、愛美はこの力を手前勝手な目的のために使う。


 家族を守るために。

 いつだって、桐原愛美という少女の理念はそこにある。


「愛美」


 両親への挨拶を済ませたのだろう。まだ馴染まないシルクハットを被った恋人が、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「もういいの?」

「ああ。お前のことと、朱音のこと。それから、これからのことを報告して、それで十分だろ。また戻ってきたら、時間は好きなだけあるんだしな」


 桐生織はいつだって、未来を見つめている。不確定で不安定な未来を、それでもその手に掴み取るのだと。


 二人が無事に戻ってこれる保証なんてどこにもない。賢者の石を持った魔術師が相手だ。もしかしたら、グレイや南雲のように複数を取り込んだ相手もいるかもしれない。

 そうなれば、いくらオリジナルを保有しているとは言っても、厳しい戦いになるだろう。


 それでも、織は信じて疑わないのだ。

 いつかここに戻ってきて、また両親や友人の墓参りをして。愛美や朱音、アーサーたち家族と過ごす、平和な未来を。


 その強さが、羨ましい。

 弱さを必死に隠して押し殺す自分とは違って、織は己の弱さを抱えたままに歩ける強さがある。

 愛美にはそれが出来ない。弱い自分を許せない。正しさを成すために、それは必要のないものだと思っていたから。

 けれど、織と出会って、その在り方に触れて。いつまでも隠さなくてもいいんだと、彼の前では隠す必要がないんだと分かって。


「ねえ、織」

「ん?」

「あなたのこと、好きよ」

「……どうしたよ、いきなり。墓の前でイチャつくなって桃に怒られるぞ」

「それもそうね」


 そんな姿が安易に想像出来てしまって、愛美は肩を揺らす。帰って家でやれ、と呆れられそうだ。

 隣に立つ織は顔が赤くなっていて、やっぱりこういう言葉はまだ慣れていない様子。クスクスと喉を鳴らしていると、機嫌を損ねたようにしかめっ面へと変わった。本当、可愛くて揶揄い甲斐がある。

 まあ、今となっては。揶揄ってるだけじゃなくて、ちゃんと本心で口にしてるけど。


「そろそろ行くか」

「ええ。まずはお父さんのとこに顔を出して、それから空港ね」


 魔女の墓に背中を向けて、けれど歩き出す前に、織は首だけで振り返った。

 力を託して逝ってしまった友人に、織が今なにを思っているのか。愛美には分からない。分からないままでもいいと思う。

 だけど、その瞳に強い光が宿っているのだけは、分かる。

 一瞬見惚れて、すぐに我に返ってから、愛美も親友に別れの挨拶をした。


 次に帰ってきた時は、あんたよりも強くなってるから。楽しみにしときなさい。



 第一章 完

これにて一章終わりです。桐生織と桐原愛美の物語も一旦幕を閉じ、二章からは主人公を変えてお送りします。三章ではまた帰ってくるので、それまで待っててね。

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