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Recordless future  作者: 宮下龍美
第1章 探偵と殺人姫
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願い、あるいは呪い 2

 青く澄んだ空に響き渡るのは、魔術師たちの喧騒。学院の敷地内には多くのテントが立ち並び、道行く人々を呼び止めようと声を張り上げ、魔術で芸を披露し、その結果隣のテントとトラブルを起こして乱闘に発展と、どんちゃん騒ぎ。


 つまり、待ちに待った学院祭が開幕した。


「魔術学院やべぇ……」


 風紀委員として校舎内の見回りをしていた織は、さすがに慣れたと思っていたその事実を改めて痛感した。

 何がやばいって、喧嘩っ早いやつが多すぎる。校舎内は比較的安全というか、屋内ということもあって大人しめなのだが、外は混沌の坩堝とかしているらしい。耳につけたインカムには、生徒会と思わしき生徒の声がひっきりなりに聞こえてくる。やれどこぞで乱闘だの、魔術が暴走しただの、可愛い子がいただの。

 未だ顔すら見たこともない生徒会長は、これら全てを纏めなければならないというのだから、少し可哀想に思えてくる。

 ていうか最後のやつ。可愛い子がいたじゃねぇよ仕事しろ。


 さすがに煩すぎてインカム外してやろうかとも考えたが、愛美や葵からの連絡もあるかもしれないので断念。無駄な情報は極力聞き流すようにして、織は担当である校舎三階を彷徨く。


「へいそこのお兄さん! うちの占い寄ってきなよ! ちょっとした手違いで変な呪いにかかるかもだけど、的中率は高いよ!」

「映画研究部のショートフィルム、第一回上映まであと十五分だよー! 迫力満載のアクションシーン盛りだくさん! ぜひ見てってねー!」

「おっ、そこの風紀委員! ちょびっとメイド喫茶に寄ってかないか⁉︎ 今ならサービスで目を見て混ぜ混ぜもつけるぞ!」


 と、このように。一般的な高校の文化祭と、大して変わらない出し物が割と多かったりする。しかしそれは見かけの上だけ。呼び込みの声を聞いていれば理解してくれると思うが、その実態はかなりヤバイものだらけだ。

 まず占いの手違いで呪いがかかるとか聞いたことないし、迫力満載のアクションシーンは割とシャレにならないし、目を見て混ぜ混ぜとか明らかに催眠術的なの使う気満々である。おまけに出店の約七割は生徒によるものではなく、日本支部を拠点に活動している若い魔術師たちのもの。魔術学院やばい。


 織が担当している三階は、下の階に比べると幾らかマシな方だ。というのも、そもそもの広さが違う。それぞれの階に各学年の教室があるが、一階には職員室や生徒会室、図書室に食堂などがあり、二階には魔術の講義で使われているそれなりに広めの講義室がいくつもある。一方で三階には、一年生の教室といくつかの多目的教室があるのみ。

 特に出店の多い一階を愛美が、想定外のトラブルが起きた際に駆けつけやすいよう真ん中の二階を葵が担当している。織は一番弱っちいので一番楽な三階だ。


 しかし織は、どうにもイマイチ学院祭のノリに乗れないでいた。それは恐らくだが、風紀委員の仕事として見回っている、延いてはこの学院祭を俯瞰的に見てしまっているせいだろう。

 学院祭か始まってまだ数十分。焦るような時間ではない。午後からは愛美や朱音と回る予定なのだ。その時に楽しめればそれでいい。


 特にこれといった問題もなく彷徨いていると、不意に校内放送が始まった。


『はいはーい! みんな学院祭楽しんでるかなー⁉︎ 生徒会長の小鳥遊栞です!』


 校内に響き渡ったのは、元気な女子生徒の声。顔も見たことのない、声も初めて聞いた生徒会長、小鳥遊栞のものだった。聞き覚えのある苗字だなぁ、なんて嫌な予感を覚える織を他所に、放送は続く。


『これより校庭で、人類最強にして私の愛すべき兄、小鳥遊蒼とのサバイバルデスマッチが始まります! 腕に実力のある命知らずはどしどし参加を! 死ぬことはないから安心してねー!』


 嫌な予感的中。生徒会長が師匠である蒼の妹というのにも驚きだが、以前軽く口にしていたことをマジで実現させやがったぞあの男。

 これで桃には頼みごとしてると言うのだから、参加して一発殴ってやろうか、なんて考える織だった。まあ、参加したところで指一本触れられる気もしないのだが。


 いやもしかしたら参加者全員分魔導収束で魔力集めればワンチャンあるか? とか思う織の周囲は、先ほどの放送で俄かに騒ぎ出している。蒼に挑もうと息巻く男の魔術師、人類最強の戦いを一目見ようとテンション爆上がりの生徒、勝てそうなやつを探そうと他力本願なやつまで。


 つーかサバイバルデスマッチとか言ってたけど、本当に誰も死なないよな?



 ◆



「うわぁ……」


 学院祭の行われている魔術学院日本支部へとやって来た桐生朱音の第一声は、苦み走った笑みと共に放たれた。

 こう言ったお祭りとやらは記憶にある限り初めて経験する朱音だが、これが世間一般と乖離しているのはさすがに分かる。


 あちこちで魔術が飛び交う乱闘が起こる傍で、それすらも見世物の一つとして楽しんでいる参加者たち。そしてその乱闘の対処に追われている運営スタッフと思しき人々。たしか両親も午前中はスタッフ側だと言っていたから、今もどこかで奔走しているのかも。


「二人には悪いけど、せっかく初めてのお祭りだしなぁ」


 一人呟き、朱音は喧騒の中へと足を踏み入れる。愛美からは色んな出店が開かれていると聞いているし、取り敢えず食べ物系コンプを目指そう。お腹は空かせてきたからいくらでも食べられる。

 まずは目の前にあった焼きそばの屋台に並ぼうとすれば、テントの下には見知った顔があった。


「おいアイク! お前マーマイト持ってくんな言うたやろが!」

「何故だ! それは我が祖国伝統の味! マーマイトさえあればどのような料理も最高の味に変化すると言うのに!」

「最高に最悪な味に変化するわボケ! 誰かこのアホつまみ出せ!」

「ほらアイク、この殺人兵器持って向こうでおとなしくしててね」


 鉄板の上で焼きそばを作っている安倍晴樹に、大量殺戮兵器(マーマイト)を大事そうに抱えて退場するアイザック・クリフォードと、そのアイクを魔力の鎖で縛り上げた三谷香織。

 晴樹と香織にはルーサーとして会ったことがあるし、アイクは元の時間で知り合いだった。しかし、今の朱音のことは誰も知らない。その上朱音の容姿は愛美と瓜二つなのだ。面倒な事態になる前にここは諦めようとした、その時。


「あれ、桐原さん?」


 目敏く朱音の姿を発見したのは、アイクを縛り上げた後に晴樹の手伝いに入った香織だ。

 思わず足を止めてしまったのが悪かった。香織は焼きそばを作る手も止め、テントの下から出てくる。

 だが近くで朱音の顔を見たことで、愛美ではないことに気づいたのだろう。香織は首を傾げ困惑している様子だ。


「桐原さんの、そっくりさん? いや、でもなんとなく桐生くんにも似てるような……?」

「……あなたの勘違いでは? そのような人たち、私は知りませんが」


 察しが良すぎる……! 母親に似ているとはよく言われていたし自覚もあるが、父親に似ているとは数えられるほどしか言われたことがない。顔立ちは完全に母親似の朱音だが、どうも雰囲気的なものが織に似ていたらしいのだ。さすがにそんなものは自覚できるはずもないので、朱音は織に似ていると言われる度に首を傾げたものだったが。


 閑話休題。

 ここで朱音は、一つのミスを犯した。本人も無意識であり、しかし香織と晴樹が気づいてしまう。


「今の口調、どこかで聞いたような……」

「まあ、忘れるわけあらんわな」


 いつの間にやら他の生徒に仕事を任せたらしい。晴樹もテントの下から出てきて、香織の隣に並んだ。

 その二人に見つめられることで、朱音はようやく自分のミスに気づく。

 口調、喋り方。こればかりはあの仮面の認識阻害でも誤魔化せなかったもの。そもそも、生来のそれを無理矢理変えようなんてのは難しい話だ。朱音にとって、最も重要だった両親に隠す必要がなくなった今、咄嗟に変えられるようなものでもない。


 さてどうするべきか。香織は命を助けられたという事実があるからか、そこまで警戒していなさそうだ。しかし、晴樹は懐に手を忍ばせている。なにかおかしな真似を見せれば容赦はしない、と言うことだろう。

 適当に転移して逃げてもいいのだが、二人は両親の友人だ。誤解されたまま、というのも気持ちのいい話ではないし、今後なにかしら困ることがあるかもしれない。


「とりあえず、そんなに警戒しないで欲しいのですが」

「わざわざ魔力隠してまで学院祭に来たんや。警戒解けって方が無理な話やと思わんか?」

「あれを隠さずに来たとして、まともに学院祭を楽しめるわけないですが。こうして素顔を晒してるんですから、もう少し信用してくれてもいいのでは?」


 ダメだ、どうしても喧嘩腰になってしまう。そりゃ相手の態度があんなだから仕方ないとは思えど、それは晴樹の視点からでも同じことが言えるわけで。


 この後の対応に逡巡する朱音の前で、晴樹がため息を一つ。懐に忍ばせていた手もブラリと垂れ下げ、観念したように言う。


「とりあえず、うちの焼きそば買ってけや。そしたら多少は信用したる」

「じゃあ五人前貰います」

「いやそれは買いすぎやろ」



 ◆



 学院の中は大盛況。今年も例年通り、いやそれ以上の盛り上がりを見せている学院祭。

 その喧騒を学院の外で聞きながら、魔女は嘆息した。今更、あの中に混じりたいなど。まさか自分に、そんな感情が残っているとは思わなかった。


 愛美や織、葵たちのことは大切な友人だと思っている。彼女らに情を寄せているのも自他共に認める事実だ。

 だからこそ、桃は一線を引いていた。本来なら、過去の妄執に取り憑かれた自分は、未来を見つめて今を生きる彼女らとは違う存在だ。自分と同じ過ちを犯さないために導くことは出来ても、隣に立ち寄り添うことは出来ない。

 同じ道を歩くことは出来ないのだ。


「後悔しておるか?」


 隣に立っている銀髪の吸血鬼が、感情の見えない声で問いかけてきた。

 彼女もまた、桃と同じ。永い時を生き、過去に縛られて今に至る。未来のことなど考えもしていない。


「してるわけない、って言ったら嘘になるかな。わたしだって、愛美ちゃんたちと学院祭楽しみたかったし」

「そういう意味ではない。分かっていてはぐらかすな」


 口から漏れるのはため息のみ。なぜ今更その様なことを聞いてくるのか。答えなど、聞かずとも分かるだろうに。


「するわけないでしょ。後悔なんて、そんなことしたらわたしの二百年が意味のないものになる。仲間の死から目をそらすことになる。それだけは、死んでもごめんだね」


 もしも。もしも、あの時生き残った自分が、復讐を考えずに生きていたら。賢者の石を放棄して、その場でのたれ死んでいたら。

 そんな可能性、考えただけで吐き気がする。

 今の自分を突き動かしているのは、グレイに対する怒りと憎しみ。ただそれだけだ。


 共に賢者の石の謎を解き明かそうと、志を同じくした仲間がいた。研究所のみならず、プライベートでも多くの時間を共にした親友がいた。自分を魔術の道に引き入れてくれた恩人がいた。平凡でなんの才能もない、研究にしか興味のないような自分を好いてくれる同僚がいた。


 それら全てを、桃瀬桃の人生を、一夜にして奪った吸血鬼がいた。


 だのに、後悔する? 他の可能性を考える?

 あり得ない。断じて許されるべき思考ではない。魔女と成り果てた己の存在は、ただ灰色の吸血鬼を殺すためだけに存在しているのだから。


「少し、貴様が羨ましいよ」


 青い空を見上げながら、陽の光に銀髪を煌めかせる吸血鬼が呟いた。

 言葉の真意は伺えず、桃は怪訝な目を向ける。


「貴様には、まだ人間らしさが残っている。全てを終えた後、やり直せる余地がある。人の身を捨てた我らには、終わりがないからな。その点貴様は人の身を捨てず、この時代でかけがえのない友を作った。貴様には、まだ未来があるということだ」

「……吸血鬼だって変わらないでしょ。老いない体に不死身に等しい再生力。時間だけならいくらでもあるじゃん」

「時間だけがあっても、ただ虚しいだけだ」


 桃の更に倍は生きているこの吸血鬼は、その言葉にどんな想いを込めたのだろう。それは余人が理解できるほどに単純なものではない。それだけは確かだ。


『あー、テステス。聞こえてるかなー?』


 突然、頭の中に女の声が響いた。緊張感のあるこの場には似つかわしくない、どこか能天気とも取れる元気な声。

 桃とサーニャのいる正門前とは逆、学院の北側に配置している蒼の知り合いである転生者、ルークと名乗る女性のものだ。


『そろそろ時間だ。手筈通り、学院をボクの異能で隔離する。で、やって来た魔物をひたすらぶっ潰す。うん、シンプルで分かりやすい作戦だ』


 声が一瞬途切れると同時、桃たちの背後に半透明の壁のようなものが聳え立った。それは学院を囲むように出現している。

 ルークの異能、空間断裂。

 文字通り空間を斬ることのできる彼女の異能により、魔術学院日本支部は隔離された。中から外の景色を見渡しても、いつもとなにも変わらない空と樹海が広がっているだろう。


 桃自身、ルークとは数える程度しか会ったことがない。小柄な体型に金髪のポニーテール。しかし彼女の持つ力は絶大であり、単純な力比べならルークの方が上だと、あの人類最強が断言するほど。


『おいルーク、あんま派手にやり過ぎて街の方まで被害出すんじゃねぇぞ』

『街までは結構距離あるはずですけど、ルークさんならやりかねませんね……』


 続いて、学院の西にいる剣崎龍、東にいる彼方有澄の声が聞こえてくる。

 ここにいるのはたったの五人。されど一人一人か一騎当千の力を持った実力者だ。これだけの戦力があれば、なにが起きても対処出来る。今日を乗り越えられる。


「来たな」

「うん」


 膨大な数の魔力反応。一つ一つがとんでもない濃度で、悪い予想が的中した。やはり、賢者の石を魔物に埋め込んでいるらしい。

 だが関係ない。たとえ敵がなんであろうと、この場で殲滅することに変わりはないのだから。


「我が名を持って命を下す。現出せよ、其は滅びを齎す大地の嘆き」


 詠唱が響き渡り、大地がヒビ割れる。樹海の中から現れた夥しい数の魔物たちは、そこから噴き出す地脈のエネルギーに呑まれ、学院に近づくことすらできずに消滅した。


 賢者の石を埋め込まれたと言っても、所詮は魔物。オリジナルを持つ魔女に叶う道理などない。


「さて、始めようか」


 魔女の放った魔術を狼煙代わりとして、ついに戦争が始まった。



 ◆



「見れば見るほど桐原さんそっくりだねぇ」

「にしても、よう食うとこまで似んでもええやろうけどな」


 学院の中庭、そのベンチに座る朱音は、晴樹と香織の二人から視線を受けながら、ここに来る途中に買った屋台の食べ物を平らげていた。

 晴樹たちの焼きそばに、たこ焼きやフランクフルト、ベビーカステラにたい焼きと、祭りの定番どころは網羅している。しかもその全てが五人前。某掃除機もビックリな吸引力は、両親の友人たちを戦慄させていた。


「それもこれも、二人の子供だって言うなら納得なのかな?」

「するしかないやろ」

「……随分簡単に信じるんですね。普通、未来から来たなんて言われれば、まずは疑うと思うのですが」


 結局朱音は、この二人に自分の正体を白状した。とは言え、未来の世界については伏せたのだが。自分があの二人の娘で、諸事情により未来から来た、としか伝えていない。

 しかしそれでも、この二人はあっさりと信じてしまった。既存の魔術理論だと、時間遡行には多くの問題点がある。だから普通の魔術師なら疑うべきところを、晴樹と香織は完全スルー。


「ここでそないな嘘吐いても仕方ないやろ」

「うんうん。こっちは桐原さんたちにすぐ確認できるしね」


 まあ、たしかに。内心納得しながらも食事の手を止めない朱音。そんな彼女を見ながら、目の前の二人は勝手に盛り上がりだす。


「にしても、桐生と桐原の娘か……あいつら、ちゃっかりヤることヤっとんやな」

「なんか小ちゃい桐原さん見てるみたいで可愛いよねー。もっと食べさせてあげたくなっちゃう」

「やめとけ委員長。あいつらのことやから、どうせ重度の親バカしとんねやろ。あんま食わせすぎるとモンペが出て来るぞ」

「あー、なんとなく想像できちゃうかも。二人とも、朱音ちゃんのこと溺愛してそう」


 だいたいその通り過ぎて、朱音はちょっとドヤ顔になってしまう。

 そう、私はあの二人に愛されてるのだ。世界一素敵な両親に、溺愛なんてレベルじゃ足りないくらい可愛がられてるのだ。羨ましいだろう。

 なんて、誰に向けてかは分からないが自慢してみる。


 気分が良くなると、ご飯も美味しく感じる。今食べてるたこ焼きなんて、所詮は素人が作ったものの上にお祭り価格で割高な値段ではあるのだが、そもそも味に頓着のない上に金銭感覚は未だ養われていない朱音からすれば、些細な問題だ。

 だから、学院祭で使えと一徹からお小遣いに五万円ポンと渡されたのも、朱音にとってはなんの疑問も浮かばなかった。織が見ていたら全力で拒絶していたところだろう。その後なんだかんだで言いくるめられて受け取るのだろうが。


 うまうまとたこ焼きを頬張っていた朱音だったが、不意にその手を止めて抜剣した。

 突然のことにギョッとする晴樹と香織。その二人の間を縫うようにして、魔力の鎖が襲いかかって来る。


「なんのつもりですか?」


 鎖を斬り捨てた朱音の視線は、晴樹と香織の背後。校舎の扉へと向けられていた。そこには三人の魔術師が立っている。服装を見るに生徒ではなさそうだ。


「クソッ! 素直に捕まって連行されてくれよ!」

「おいどうすんだ、殺人姫じゃないとあれには勝てないぞ!」

「もう頭下げるしかないんじゃないのか?」


 話は見えないが、朱音を愛美と勘違いしていることは分かった。そして愛美をどこかに連れて行きたい、ということも。


「なんやなんや、えらい物騒やんけ。後輩縛ってどこに連れてこう言うんや?」

「この子を拉致するのはあんまりオススメ出来ないなぁ。過保護な両親に殺されちゃうよ?」


 朱音を庇うようにして前に立つ晴樹と香織。対する名も知れぬ魔術師の三人は、なにやら内緒話をした後に朱音たちへと歩み寄って、あろうことか頭を下げた。


「頼むっ! 蒼のやつを倒してくれ!」

「あいつと同期の俺らはもう全員やられちまったんだ!」

「しかもチャレンジャーが少ないとか言い出してるんだ! 彼方もいないし、止めれるやつがいないんだよ!」


 そういえば、そんな放送が少し前にあったか。人類最強に挑むサバイバルデスマッチ。校庭で行われているらしいが、朱音がここに来るのと入れ替わりで始まったらしい。


 ふむ、と少し考えてみる。この三人は未だに朱音と愛美を間違えているようだが、愛美は只今風紀委員の仕事中だし、仮に愛美本人が蒼に挑んだところで、軽くあしらわれるだけだろう。


「いいですよ。祭りと喧嘩は江戸の花ともいいますし」

「火事と喧嘩は江戸の華、やぞ。あとここは江戸とちゃう」

「細かいことはいいんですよ。私がたまには暴れたいだけですから。せっかくですし、二人も見に来ます? 私、こう見えても母さんより強いので」


 ふふん、とドヤ顔を披露して、礼を言う三人の魔術師に伴われて校庭へと移動した。


 校庭には大きな結界が張り巡らされている。おそらくは蒼本人によるものだろう。それはいかなる魔術師の攻撃を持ってしても崩せない、堅固な檻となっている。

 その結界の中から外に、続々と転移させられる怪我人たち。中には学院の生徒すら混ざっていた。命知らずなのか、怖いもの見たさだったのか。

 そして結界の中心に立っているのは、人類最強の男その人。


 視線がこちらに向く。朱音に気づいた途端、不敵に口角を上げた。

 挑みに来い、というわけか。朱音としても退くつもりはなかったが、そうも挑戦的な笑みを向けられてしまえば、俄然やる気が出てくる。


「おい、お前ほんまに大丈夫なんか?」

「朱音ちゃんになにかあったら、あたしたちが桐原さんたちに顔向けできないね」

「心配しすぎですが。絶対に勝てるとは言えませんけど、まあ、他のチャレンジャーよりは善戦できる自信はありますので」


 これ持っててください、と二人に食べ切れていない食べ物を渡し、朱音は結界の中へと転移した。その無詠唱での転移だけでも二人にとっては驚嘆すべきものなのだが、朱音がそれに気づくこともなく。


 刀を持った隻腕隻眼の人類最強と対峙する。


「この結界、強度はどんな感じです?」

「僕が本気出しても壊れない程度には」

「なるほど。ところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「よく気づいたね」

「ルークさんの異能は未来で何度も見たことがあるので。温存しておいた方がいいです?」

「その心配はいらない、と言いたいところなんだけどね。君もご存知の通り、なにが起きるのか分からないのが戦いってやつだ」

「まあ、私とあなたが本気で戦ったら、この程度の結界はすぐに壊れますしね」

「ごもっともだ」


 言葉を交わすのをやめにして、朱音は自らの魔力にかけていた封印を解く。学院に来るときは魔力を隠した方がいいと、他の誰でもない目の前の男に言われたわけだが。まさかその男と戦うために封印を解くとは。


 懐から短剣を取り出し、ホルスターから銃を抜く。両の瞳を橙色に輝かせ、体内の賢者の石を全力一歩手前くらいに稼働。無詠唱で概念強化を発動させた。


「それじゃあ、やろうか。君は僕を楽しませてくれよ?」

「お手柔らかにお願いします」



 ◆



 特に大きな問題も起こらず、織はのんびりと三階の見回りを続けていた。そんな折に、スマホが着信を鳴らした。友人の晴樹から電話だ。クラスの方でなにかあったのだろうかと思いつつ電話を取る。


「ういうい、どうかしたか?」

『桐生、お前今おるとこから校庭見えるか?』

「見えるけど、それがどうかしたのか?」

『ええから見てみい』


 突然電話して来たと思えばなんなのか。窓際に寄った織は、そこから校庭を見下ろす。さっきもチラッと覗いてみたのだが、その時と変わらず巨大な結界が張り巡らされており、その中で蒼が暴れてるだけ。

 ではなかった。


「は?」


 ついそんな声を出してしまったのは、予想外の光景が広がっていたからだ。視力を強化してもっとよく見てみるが、残念なことに見間違いではないらしい。

 校庭の結界内では、己の師である小鳥遊蒼と、娘である桐生朱音の戦いが繰り広げられていた。


『お前らの娘を保護したんやが、あのサバイバルデスマッチ言うやつに出てくれって頼まれてな』

「いや、待て待て待て、色々聞きたいことができたぞ。お前、なんで朱音のこと知ってるんだよ」


 たしかに晴樹は朱音と面識はあるが、それはルーサーとしての朱音だ。素顔を晒したあの子とは会ったことがないはず。おまけに娘ということまでも知っているとは。

 自分の知らない間になにがあったのか。


『本人から聞いたわ。あっさり教えてくれよったで。未来から来たお前らの娘やってな』

「それでよく信じたな……で、なんで朱音が頼まれて先生と戦ってるんだよ」

『なんや桐原と勘違いしとったみたいやぞ。見てくれだけはよう似とるし、委員長も最初は勘違いしとったしな』


 委員長までいるのか……いや、委員長もルーサーとしての朱音は知っているし、当然といえば当然なのか?


 視線の先、校庭では壮絶な戦いが尚も続いている。朱音が短剣を振るい、銃の引き金を引き、銀の炎が煌めいている。未来視も常に使っているのだろう。その瞳は自分と同じ橙色に輝いていた。

 しかし蒼に決定打を与えることは出来ず、どうにも攻めあぐねている様子だ。


『とりあえず、報告はしたからな。後で娘が傷だらけになっとりますって俺らに苦情言われても知らんぞ』

「いや、んなことしねぇけどさ……」

『精々モンペにだけはなんなよ』


 その言葉を最後に、通話が切れた。モンペにだけはなるなよ、とは人聞きの悪い。言われなくてもそんなものになるつもりはない。

 まあ、朱音がボロボロになってあの結界から出てきたら、幻想魔眼でもなんでも使って蒼に殴り込みに行くが。


 どうせこれ以上見回りをしてもつまらないし、ここで観戦と洒落込むか。ああでも、一応未来視で問題がないことは確認しておこう。さすがに引き寄せることは出来ないが、織自身の主観でのみ予測することは出来るから。


 瞳を橙色に輝かせる。校内の喧騒が徐々に遠くなり、織の視界は未来を写す。そのはずだったのに。


「……ッ、なんだ、今の……」


 未来は見えず。ただ視界が黒く塗りつぶされただけだった。

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