もっと強く 2
学院祭の準備が始まっているとはいえ、クラスメイトの中には依頼へと向かう者も何人かいた。
そもそも織のクラスは焼きそばの屋台だから、事前に準備するものは少ない。どのような焼きそばを出すのかも決まったみたいだし、今では殆どのクラスメイトが放課後はいつものように好き勝手過ごしている。
依頼に向かう者だけではなく、講義を受けに行く者や部活に向かう者も。
「桐原さん、ちょっといいかな。手伝ってもらいたい依頼があるんだけど」
織の前の席に座る愛美。彼女に声をかけた三谷香織も、そんな一人のようだ。
「魔物討伐?」
「うん。でも、近くに裏の魔術師がいるかもしれない、って話もあってさ」
「分かったわ。……そういうことだから、帰るの遅くなると思う」
「オーケー。晩飯までには帰ってこいよ」
くるりと振り返って話しかけてきた愛美に、手をひらひらとさせつつ答える。
話しかけて来るまでに若干の間があった気がしたのは、やはり未だに元の調子を取り戻せていないから。
龍のところへ短剣を取りに行った日から、もう三日は経っている。その間もずっとこんな調子。いい加減心配になってくる織だが、本人に聞いたところで、なんともないとしか帰ってこない。朱音に聞いても、ため息とともに大丈夫だよ、と言われるだけ。
とりあえず朱音の反抗期疑惑は薄れてきているからいいものの、もしも今の状態のままでなにかが起これば。それこそ、グレイ達が攻めて来たら。
愛美とまともな連携が取れず、最悪二人とも即死だ。
愛美が香織と二人で教室を出て行ったのを見送り、織も荷物をまとめて席を立つ。晴樹やアイクたち友人に挨拶をしてから向かう先は、この学院の図書室。
彼方有澄が司書を務めているそこには、膨大な量の魔導書が置いてある。
魔導書とは、いわば魔術の教科書のようなものだ。術式の構成などのその魔術に必要な知識が記されている。
中には、術式そのものが一冊の魔導書に封印されているケースもあるのだが、その場合は余程強力な魔術ということになる。先日安倍家から盗まれた巻物が、それに該当するものだ。
日本支部は、そんな魔導書の蔵書量が学院の中でも最も多い。さすがに禁術のようなものは本部で管理してあるが、この日本支部だけで古今東西あらゆる魔術を網羅している、といっても過言ではないのだ。
なにせ総数は一千万冊近くにも及ぶ。日本の国立国会図書館よりも多い。つまり、一般的な図書館を合わせても世界で十本の指に入ることになる。
その数を収めるのに、図書室内の空間を拡張させているというのだから、恐らくは図書室だけでも学院の敷地と同じくらいの広さはあるだろう。
「あ、桐生先輩だ」
そんな図書室へと向かう道中。背後から聞き慣れた声に呼び止められれば、ツインテールの小さな後輩が、タタッと軽快な足取りで隣に並んだ。
「おう、碧か。どうした?」
「図書室行くとこ。先輩は? 桐原先輩一緒じゃないんだ」
「俺も図書室。愛美は依頼だよ」
「ふーん」
ニタニタと笑っている碧。何故だろう、同じ顔のはずなのに、葵と違ってやけにイラっとくるのは。
「別に、いつも一緒ってわけじゃねぇよ」
「それくらい知ってるけど。でも、ねぇ?」
「いや、ねぇ、って言われても……」
「まともに会話できるようになった?」
「……黙秘権を行使する」
「それ、わざわざノーって答えてるのと同じだから」
仰る通りだ。何故わざわざそんなことを言ってしまったのか。ここは適当にはぐらかしておけば、それで良かったのに。
特にこの後輩は、隙あらばこちらを揶揄おうとするのだし。愛美と違うのは、碧自身が当事者ではないこと。愛美はある意味で自分の身を削ってでもこちらを揶揄うのだが、碧の場合は完全に第三者の俯瞰した位置にいるからタチが悪い。
「まあ、見てるこっちからしたら面白いからいいんだけど」
「当事者からしたら全く面白くないんだけどな……」
「どうせしょーもないことで悩んでるだけだから、そこまで気にしなくてもいいと思うわよ?」
「だといいんだが……」
碧の言う通り、本当にくだらない事で悩んでるだけならいいのだが。あの愛美がこうも引きずっているのだ。余程のことがあったに違いない。
やっぱり、あの布団での件かなぁ、と唯一心当たりに想いを馳せて間も無く、図書室に辿り着いた。
扉を開けて中に入れば、すぐそこにあるカウンターには有澄が座って、パソコンでなにやら作業をしていた。しかしすぐ来客に気づいたのか、顔を上げて織と碧の二人に微笑みかける。
「こんにちは、織くんも来たんですね」
「愛美が依頼に行って、手が空いたんで。なんか使えそうな魔術でも探そうかと」
有澄からも助言をもらおうと思っていたのだ。彼女の具体的な実力はどうか知らないが、人類最強のパートナーでありここの司書を任されるほどだ。どうせまた馬鹿みたいに強いのだろう。
とりあえずは自分一人で図書室内を回ってみるか。そう考えていたのだが、隣の後輩から一つ提案があった。
「それなら先輩も一緒に来る?」
「どこに」
「あたしの特訓」
「特訓? お前が?」
「正確には葵が。纒いの練習してるのよ。ついでにあの子にも、戦闘に慣れてもらわないと困るし」
へー、と気の抜けた返事をする織。先日の怪盗との戦いを見る限り、碧たちは十分強いと言える。しかしそれでも鍛錬を怠らない。
恐らく、あの戦闘の最中でのことも影響しているのだろう。本来なら完全に発動することは出来ない纒いを発動できていて、しかし本人たちにその記憶はない。
おまけに、兄の名前まで聞いてしまったのだ。なにかしら意識の改革があってもおかしなことではないだろう。
「それ、有澄さんに見て貰ってんのか?」
「はい。わたしが見てあげてます。あの纒いという魔術は、少々特殊ですから、独学だと限界があるんですよ」
「んじゃ、お邪魔させてもらおうかな。俺もその纒いって言うの気になるし」
怪盗との戦いがきっかけになったのは、織も同じだ。
より強く。もっと力を。
今までだって欲していたそれを、今はさらに強く願うようになった。
両親の死について知るために。グレイを打倒するために。
なにより、家族を守るために。
◆
「ねえ、委員長」
「なに?」
「ちょっと相談があるんだけど……」
香織に手伝ってくれと頼まれた依頼、魔物討伐を終わらせた二人は、愛美のそんな言葉に目を輝かせた香織の提案で、帰りに寄った街の喫茶店にいた。
依頼の方は難なく片付いた。魔物もそこまで強い個体ではなかったし、付近に潜んでいた魔術師もザコ。愛美の動きに全く対応することも出来ず、一瞬でその命を散らしてしまった。
閑散とした店内で愛美は紅茶を、香織はイマドキっぽいタピオカミルクティーを頼み、窓際の席に座っている。
「桐原さんから相談なんて珍しいね。あたしになんだって任せてよ!」
愛美はこれまで、どちらかと言えば頼りにされる側の人間だった。その実力は言わずもがな、彼女の纏う雰囲気や肩書きもあるのだろう。
学院の治安を守る風紀委員のトップであり、殺人姫と呼ばれる愛美だ。そんな彼女が誰かに頼る、ましてや改まった様子で相談なんて、クラスメイトとしては想像できないかもしれない。
「その、これは友達の話なんだけど……」
「うんうん、友達の話ね」
「その子には一緒に暮らしてる男がいるのよ。血は繋がってないんだけど、家族で、その子の妹も含めた三人暮らしなの。そいつのこと今までなんとも思ってなかったのに、ある日いきなり好きだって自覚したみたいで……そしたらそいつと普通に会話することが出来なくなって、どうしたらいいのかな、って……」
我ながら無駄な前置きをしてしまったと思う愛美だが、語った内容は割と深刻なものだ。
織とどう接していいのかが分からない。前までと同じように、と心がけても、前まではどのように接していたのかすら分からなくなってきた。
彼と沢山話したいし、出来る限り近くにいたい。でも話せば話すほど、近ければ近いほど、どうしていいのか分からなくなって。
家に朱音がいてくれて本当に助かったと思う。あの子がいなければ、愛美は今頃屋敷に戻っていたかもしれないから。
とてもじゃないが、二人暮らしなんて耐えれない。
このままじゃダメだとは思っている。だって、こんな状況がいつまでも続いてしまったら、いつか。
「いつか、嫌われちゃうんじゃないかって、不安で……」
自分の元から彼が去ってしまいそうで、怖くて。
そんなことはあり得ないと、自信を持って言い切ることが出来ない。あるいは、好意を自覚する前の愛美なら、家族として一緒にいた愛美なら、言えていたのかもしれないけれど。今はただの家族というだけじゃなくなってしまった。
どうしてそんなことを考えなければならないのだろう。
恋っていうのは、もっと綺麗なものだと思っていたのに。相手を想うだけで幸せになれるようなものだと思っていたのに。漫画や小説で読んでいたものと全く違う。
相手を想えば思うほどに、嫌われやしないかと不安になって、なにも言えなくなって。でも、ふとした仕草に目を奪われたりしてしまって。
「いっそ素直に告白できれば楽なんでしょうけど、今の家族としてのあり方が心地よくて、それも出来ないの……」
重いため息を落として、紅茶で喉を潤した。
ずっと笑顔で聞いてくれていた香織は、その表情のままに問いかける。
「これ、桐原さんの友達の話、だよね?」
「えっ、ええ。そうね。友達の話ね」
そっかそっか、とニコニコしている香織は、恐らくそんな嘘見抜いてしまっているだろう。だが一度そう言った手前、今取り消すのも憚れる。
「じゃあさ、きりゅ──その男の子は、友達のことをどう想ってるのかな」
「多分、家族としてしか見られてないわよ。多少は意識してくれてるとは思うけど」
織はきっと、愛美のことを家族として大切に想ってくれている。そこに恋愛感情が含まれているとは思えない。
だって、冷静に考えてもこんな女は無理だろう。家事は壊滅的になにも出来ず、高飛車で、平気な顔して人を殺すような女は。
「でもそれ、その男の子から直接聞いたわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうね……」
「だったらちゃんと確かめなきゃ。もしかしたら桐原さんがそう思ってるだけで、向こうはちゃんと好きかもしれないし」
「あの、委員長? これ、私の友達の話よ? 私の話じゃないから」
「あ、そうだったね」
やっぱりバレてる。いや、まあ、別に今更隠すこともないのだろうけど。最初からバレてるっぽいし、なんならクラス内では織とセットでというか、夫婦みたいな扱いになってるし。今となっては、その扱いも少し複雑なのだけれど。
「とにかく、ちゃんとその男の子の気持ちを確かめること! 恋って結局、相手の気持ちがあってこそだからね。自分一人じゃどう足掻いても成立しないもん」
「確かめるって言っても、どうやって……?」
「それは自分で考えてもらわなきゃ」
それもそうか。そこまで香織に聞いてしまっては意味がない。これは愛美の問題で、ならば解決すべきは愛美自身でないとダメだ。
むしろ、こんな相談に乗ってくれているだけでも、十分すぎるのだから。
「そうね……ありがとう。助かったわ」
「うん、その友達に、頑張れって伝えといてね」
どうやって確かめるか。そんなの、ひとつしかない。
ただ真っ直ぐに。
今までだってそうして来たのだ。怖くないといえば嘘になるけれど、怖がっているだけじゃなにも始まらないから。
いやでもやっぱり心の準備が必要だし、明日以降にしようかな……。
◆
葵の使う纒いには、三つのバリエーションがある。織が以前にも見た雷纒と、炎を纏う炎纒、氷を纏う氷纒だ。
どうやら葵にとっては雷纒が最も使いやすいらしく、特訓を始めてまだ数日だと言うのに、既に全身に雷を纏うことが出来ていた。
青く染まったツインテール、帯電した全身と鎌、そして背中から吹き出す雷の翼。
改めて見てみると、なんというか。
「めちゃくちゃカッケェな……」
「そ、そうですか?」
「おう。なんかこう、少年心を擽られる。特にその翼な。やばい。かっこいい」
べた褒めする織の言葉に、葵は照れたように可愛らしく笑う。ギャップが凄い。でもこれで碧のほうが使えば、かっこよさに磨きがかかるのだろう。
自分も使ってみたいなぁ、と思う織だが、さっきチラと見た複雑すぎる術式を思い出し、早々に諦めた。
「雷纒は問題ないですね。今日は後の二つを練習してみて、その後実戦で雷纒を使ってみましょうか」
ニコリとして言った有澄の視線は、織の方へと向いてる。
「え、俺が戦うの?」
「はい、もちろん。織くんも強くなりたいんですよね? だったら他に選択肢ないですよ」
まさかと思い聞いてみれば、予想通りの答えが返ってきた。
いや、たしかに有澄の言う通りではあるのだが、俺だったら葵の特訓にならないんじゃ……?
記憶にある以前の戦闘だと、雷纒を発動させた碧は光化したルミと張り合っていた。つまり、同じスピードが出せると言うことで。
「いやいやいやいや! そんなことしたら織さん死んじゃいますよ!」
織が口を開く前に、葵が全力で首を横に振った。その通りなんだけど、なんか後輩の女子にそう言われると色々傷つく。本人に悪意がなさそうだから、余計に。
「殺さないように戦うのも、練習の一環ですよ。出力調整さえちゃんとできてたら大丈夫です」
「ならせめて、スピードだけはこのままとかでいいですか……? 雷ってようは光と同じですよね? さすがにそれはヤバイと思うんですけど……」
「雷纒の一番の特徴を殺してどうするんですか。安心してください、その辺りはわたしに任せてくれたらいいので」
どうやら、さすがの有澄も織を生身のままで戦わせようとは思っていないらしい。よかった、旦那と同じで脳筋教育じゃなくて、本当によかった。
その後葵が炎纒、氷纒の二つを、片腕と鎌にのみ発動させては術式を見直し、また発動させて、というのを繰り返していた。
その間、織は特にやることもなく、葵の特訓を見守っているだけ。
やがてそれらの特訓も終わり、ついに雷纒を発動させた葵との実戦に入るわけだが。
「織くん、未来視は常に発動させていてください。出来れば引き寄せる方じゃなくて、予測の方を」
「まあ、俺も最初からそのつもりでしたけど、それで大丈夫ですかね?」
「雷と同じとはいっても、つまりは光と同じ。時間を超えることは出来ないので、織くんの未来視なら対処可能ですよ。葵ちゃんの雷纒も完全ではないですし、あとはどう戦うか次第です」
それじゃあ始めましょうか。有澄の言葉を受けて、織は少し離れた位置にいる葵と向き合う。銃をホルスターから抜き、葵も既に得物を構えていた。
死にそうになったら有澄が止めてくれることを願って、織は右目に橙の輝きを宿らせる。
葵も雷纒を発動させたのを見て、織は容赦なく銃の引き金を引いた。
だが当然、当たるわけがない。
青白い尾を引きながらも肉薄した葵は、しかし織の眼前で一瞬動きを止めた。なるほど、不完全というのはこういうことか。攻撃動作に移る際のこの隙はデカイ。
なにより、織は未来視を発動させている。いくら葵の動きが光速と同じで、その動きに織の体がついていけないとしても、魔術に関しては別だ。
あらかじめ、攻撃が来るところに罠を張っていたらいいだけなのだから。
振るわれた鎌は展開した防護壁にぶつかり、甲高い音を響かせる。
光と同じスピードが出せるということは、その運動量、つまりは攻撃の威力も相当なものだ。全力で防護壁を張ったが、たった一度の激突で既にひび割れている。
おまけに葵が使っているのは鎌。それなりに珍しい武器だから、織としてもやりづらくて仕方ない。
未来視で動きを予測しながらも、眼前の葵に銃弾を放つ。それで一度距離を取ってくれたと同時、はためかせた翼から雷撃が放たれた。
「魔力放出は苦手って話じゃなかったのかよ……!」
だが好都合。右手を前に突き出して魔導収束の魔法陣を展開。それと同時に左手は背後に伸ばし防護壁を張る。雷撃を吸収し終えるよりも前に、背後の防護壁へ衝撃が襲った。
吸収した雷撃の魔力は、そのまま防護壁へと回す。でなければ今すぐにでも破られてしまいそうだ。
「普通この速さについてきますか……⁉︎」
「こっちだってギリギリなんだよ!」
鎌を引いた葵が、もう一度振りかぶる。その先の未来を右目に映している織は、短く一言。
「まずっ……」
再び防護壁に衝撃が。しかし、葵がそこにぶつけたのは鎌の刃ではなく、柄の部分。つまり刃は今、織の背後に位置している。
一切の情け容赦なく、葵は鎌を手前に引いた。予測は出来ていても全く予想していなかったその一撃に、織は防護壁の展開も間に合わず。
「そこまで、ですね」
直前で有澄が葵を転移させ、織の首が飛ぶことはなかった。
突然転移させられた葵は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに状況を理解して雷纒を解き、ため息とともに地面に座り込んだ織へと駆け寄る。
「織さん、大丈夫でしたか?」
「ああ、悪い」
差し出された手を取って立ち上がる。
相手が尋常ではないスピードだったとはいえ、未来視を発動してこの醜態。勝てるとは思っていなかったが、まさかこんなにも早く決着がついてしまうとは。
織の敗因は、鎌という武器を正しく理解していなかったことだ。この武器は剣や槍とは違い、引くことで対象を斬る。剣のような斬りはらいとも、槍のような刺突とも違った攻撃は変則的すぎて、その未来を見ていたとしても反応が遅れてしまった。
そんな珍しい武器を持つ相手と戦う経験を積めたことを、今は喜ぶべきか。ここはポジティブに考えよう。
「お疲れ様です、二人とも。どうしでしたか織くん。あの速さでの未来視と魔術の併用は」
「忙しすぎて頭おかしくなりそうですよ。愛美みたいに、脳を強化できたら多少はマシになるんでしょうけど」
あまりにも目まぐるしく変わる戦況。織の情報処理能力では、あの場を切り抜けたとしてもそう長くは持たなかっただろう。
引き寄せる方の未来視ならばまだしも、予測を使いながらの魔術行使は結構疲れる。
なにせ未来視で相手の行動を先読みし、織がそれに合わせたアクションを取ったとしても、そこから先の未来はまた変わってしまうのだ。
当然といえば当然の話。織のアクション一つで、敵のその後の行動は何通りにも分岐する。その先読みこそが戦闘においては重要視されるのだが、織には未来視の異能がある。
経験から来る勘で先読みしている愛美などとは違い異能を使う織は、たしかに有利に戦いを進められるかもしれないが。異能を使うとなると、当然多少なりともタイムラグや隙は生まれてしまうだろう。
そこをどう埋めるかが問題だ。
更にそこへ魔術を使うための術式構成や魔力を練り上げたりなど、本当にやることが多い。
ただ、これを普通に出来るようにならなければ、強くはなれない。
「光の速さに追いつけてるだけでも十分ですよ。普通なら対処なんて全くできませんから」
「でしょうね」
実際に体感した織にはわかる。光というのは、人間が想像できるスピードを遥かに超えている。とにかく速い、なんて言葉では言い表せられないほどに。
これが実戦となれば、未来視を発動していようがいなかろうが、織には全く対処できなかっただろう。
「葵ちゃんも、雷纒に関してはもう問題なさそうですね。あの状態であれば、対応する元素に限り放出も問題なさそうですし、出力も安定してました。明日からは他の二つを本格的にやっていきましょうか」
「はい! やったね碧、褒められちゃったよ」
もう一人の自分へと嬉しそうに語りかける葵を微笑ましく見ながら、有澄は織に視線を戻す。
「ということで、明日もわたし達は特訓を続けますけど、よければ織くんもどうですか?」
「いいんすか?」
「もちろんですよ。蒼さんほどではないですけど、わたしもそれなりに魔術の腕は立ちますから。魔導収束も使えますし、色々と教えてあげますよ」
そういうことなら、断る理由はない。どうせ師である蒼はいつも織を見てくれるわけでもないし、放課後は基本的に風紀委員室でのんびりしてるだけだ。
愛美も、事情を話せば許可をくれるだろう。
「んじゃ、明日からもお願いします」
「お願いされました。頑張りましょうね」
柔らかく笑む有澄には、愛美にはない大人の魅力があって。
どうでもいいけど、美人なお姉さんから色々教えてあげるとか言われると、思春期男子的には色々と考えちゃう織だった。