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Recordless future  作者: 宮下龍美
第4章 まだどこにも記録されていない未来へ
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クリスマスは今年もやって来る 1

「ふんふんふ〜ん」

「えらくご機嫌だな、有澄」


 戦場で、鼻歌混じりに杖を振るうのは、異世界からの来訪者である彼方有澄。

 上機嫌に目の前の魔物を蹂躙しながら、問いかけて来た兄弟子に視線を向ける。


「なんたって、明日はクリスマスイブですからね! 今年はこんなご時世になっちゃいましたけど、サンタさんからなにを貰えるのか楽しみなんですよ!」

「そうか……」


 同じく異世界からやって来たアダム・グレイスは、そんな有澄の言葉にため息を漏らしながら、襲いかかって来た巨大な人型のゴーレムに右手を翳す。

 ただそれだけで砕け散る巨体。

 アダムの破壊体質は、文字通りに全てを破壊し尽くす。


 いやはやしかし、どうしたものか。

 二人は今日、魔物との大規模戦闘が行われていたイギリスの平原で、撤退の殿を務めるためここにやって来た。

 本来ならどちらか一人で事足りるのだが、撤退戦となれば普段の戦いと勝手が違うし、ソロモンの悪魔が出てくる可能性も考慮した結果だ。


 さて、その撤退戦に関しては、特に問題も起きていない。悪魔も出ず、追撃に来る魔物たちをただひたすらに蹂躙するだけ。

 問題は、たった今有澄が発言したその内容である。


 彼方有澄、三十二歳。

 未だにサンタクロースの存在を信じて疑わない彼女に、果たして真実を告げるべきか否か。

 元はと言えば十六年前、有澄がこの世界に来た頃、アダムがサンタクロースの存在を曖昧に肯定してしまったのが原因だ。

 その後も蒼が、クリスマスの度に枕元にプレゼントを置いていて、真実を教えるタイミングを完全に見失っていたようだが。

 しかしそれにしたって、この歳になるまでに気づくものだろう、普通は。


「アダムさん? どうかしましたか?」

「いや……なあ有澄。お前、本物のサンタクロースを見たことがあるのか?」

「はい!」


 元気よく返事をして、平原に巨大な氷山が聳え立った。そこにいた魔物たちは容赦なく氷漬けにされ、次の瞬間に砕け散る。


 そうか……見たことがあるのか……。

 堪らずに再びのため息。どうせ夜に姿を見られそうになったあの馬鹿が、魔術か何かで誤魔化しただけだろう。


 ここは心を鬼にして、真実を教えてやらねばなるまい。


「いいか有澄、よく聞け。サンタクロースは、実在しない」

「……え?」


 動きが、完全に停止した。表情は笑顔のままで固まり、振るっていた杖はぴたりと止まる。

 チクチクと胸を刺す罪悪感。どうして俺がこんなことを……と思いつつも、アダムは残酷な言葉を続ける。


「いや、実在しないわけじゃないんだがな。グリーンランドには公認サンタクロースと呼ばれるやつらがいるし、由来となった人物も存在する。だが、世間一般に普及している、クリスマスイブの日に空飛ぶソリに乗ってプレゼントを届けるサンタクロースは、存在しないんだ」

「は、ははは……またまたアダムさん、わたし、もうこの世界に十六年いるんですよ? さすがにそんな嘘には騙されませんよ」


 乾いた笑みが、虚しく響く。むしろ十六年もこの世界にいて、どうして気づかないんだ。

 ジッと真剣な目で見つめていると、それが嘘ではないと分かったのか。徐々に表情が沈んでいき、未だ大量に残っている魔物たちへ向き直った。


「つまり、アダムさんと蒼さんは、わたしを騙してたってことですか……」

「いや、騙してたつもりはない。お前のためを思ってだな……」

「ドラゴニック・オーバーロード」


 アダムの見苦しい言い訳を聞くこともなく、有澄は白く美しいドラゴンへと変貌した。

 こんな雑魚ども相手に使うものでもないだろうに。まあ、憂さ晴らしには丁度いいのだろう。


 やりすぎるなよ、と心の中でだけ呟いて、黒ずくめの少年は三度目のため息を吐き出した。



 ◆



 怪盗アルカディア、並びに亡裏の一族と協力関係を結べてから数日。

 ついに明日はクリスマスイブ。その日に合わせて蒼たち転生者たちが頑張ってくれたお陰で、ここ最近は魔物の活動も比較的収まって来たと言えるだろう。

 今日も有澄とアダムが、イギリスのとある平原で行われている大規模戦闘を終わらせに向かっているらしい。


 そんな中、定期報告ということで。織は一人で学院本部に訪れていた。


「日本支部は損害なし、今も西と東に分かれて魔物の対処中だよ。問題があるとすれば、久井先生が休み欲しいって煩いくらいだね」

「うん、久井は放っておいていいよ。ありがとう栞、さすが僕の妹だ」

「ロシア、中国の支部はそろそろ四割超えてくるぞ。軍も動いてるみたいだが、通常の兵器が通じない魔物もいる。今は膠着が続いてるし、壊滅状態ってほどでもねえが、どうにかした方がいいな」

「そっちは引き続き、龍が指揮を取っていてくれ。必要なら追加の人員も送るよ」

「アメリカはネザーの立て直しが成功してるから、それなりに被害を抑えられてるらしいです。緋桜さんから連絡がありました」

「裏の魔術師たちも、最近はおとなしくしてますよ。マスター曰く、そろそろ動きようがなくなってくるらしいです」


 蒼が執務室代わりに使っている部屋には、織と蒼を除いて四人の人物が。

 日本支部代表の小鳥遊栞、ロシアと中国の支部に出向いていた剣崎龍、ネザーで忙しくしている緋桜と翠の代役として来た糸井蓮、怪盗の片割れルミ・アルカディア。


 各々からの報告に次の指示を出した蒼は、ふぅ、と息を一つ吐く。


「ともあれ、全体的にかなり楽にはなって来てるかな。問題はロシアと中国だけど、ここはお国柄もあって介入しにくいからね」

「それにしたって、一時期に比べればマシになったもんだろ」

「まあね。一番酷いのはイギリスだし、本部の人員に被害が出てるのは痛いかな」


 再起不能、あるいは死んでしまった魔術師たちは、全世界の三割に及ぶ。今日この日までに、そこまで被害が広がってしまった。

 そのうちの殆どが、最も魔物との戦いが激しかったイギリス本部の魔術師だ。それでも数に余裕があるとは言え、決して無視できるものではない。


 だからこそ、怪盗や亡裏を仲間につけたのだが。


「とにかく、そろそろみんなには休んでもらいたい。丁度明日はクリスマスイブだしね」

「まさか、パーティーでもやりましょうとか言うんじゃないっすよね。そこまでの余裕はないと思いますけど」


 ニコニコと笑顔を浮かべた蒼に、胡乱げな目で尋ねてみる。しかしその笑顔を崩すことはなく、なにかとてつも無く嫌な予感がし始めた。


 こういう時の我が師は、大抵碌でもないことを言い出すのだ。


「そのまさかだよ。ここの地下七階に大ホールがあるだろう? そこで結構大きめのパーティーが催されるんだ」

「マジか……」

「本当は、身内だけで済ませておきたかったんだけどね」


 肩を竦めている辺り、蒼としても不本意なパーティなのだろう。


 曰く、最初は有澄が身内だけで、つまり旧日本支部のメンバーを始めとした十数人だけでのパーティを企画していたらしいのだが。どこかで誰かがそれを聞きつけたらしく、あれよあれよと話が大きくなったらしい。

 気がつけば織たちには理解できないような、大人の事情まで絡んできて、あちこちの名家にまで招待状が渡されて、開催しないわけにはいかなくなったと。


「探偵賢者と殺人姫に是非ともお目通り願いたい、とか言ってる人もいるし、織と愛美は強制参加で頼むよ。もちろん正装でね」


 これでもかと嫌な顔をしてみせたのだが、残念ながら蒼には効いていない。

 そもそも織は、今日これからだってちょっとした用事があるのだ。その次の日に堅苦しいパーティーに出ろとか、めちゃくちゃ嫌なのだが。


「あの、学院長。俺とか葵たちは出ない方がいいですよね?」


 尋ねたのは蓮。つい先日まで敵になっていた蓮や、グレイの遺伝子を継いでいるプロジェクトカゲロウの三人などは、そういう場に出ない方がいいだろう。

 理解を示してくれる人たちならまだしも、大人の権力者なんてのは面倒なやつらしかいない。


 その辺りも考慮してくれているのか、蒼はその問いには頷いた。


「そうだね。蓮や葵たちは出ない方がいい。僕らがある程度庇えているとは言っても、君たちをよく思っていない連中はいるだろうから」

「ならわたしとマスターも出れませんね。無駄に顔が売れちゃってますし」

「うん、ジュナスとルミも来なくて大丈夫だよ。あとは、ネザーの代表ってことで緋桜と、アダムとイブくらいかな」

「兄さん、私も出ないとダメかな?」

「当然。栞は日本支部代表なんだし」


 うげ、と言いたげに表情を歪める栞。日本支部の生徒会長として、これまで似たようなパーティなんかには参加したことがあるのだろう。心なしか、頭頂部のアホ毛も垂れている気がする。


「まあそういうことだから、明日の二十時からはよろしく頼むよ。大丈夫、僕の目が黒いうちは、余計なことはさせないからさ」


 余計なことをしようとするようなやつがいるのか……。

 その事実に辟易としながら、織は泣く泣く頷いたのだった。



 ◆



 魔術学院本部は、大英博物館の地下に広がっている。さすがに本部というだけあってかなり大きく、最下層は地下十五階。

 明日のパーティーが行われる地下七階は、大ホールに加えて更衣室やシャワールーム、厨房などなど、完全にパーティ専用のような階になっていた。


 下層へ行くにつれて面積も大きくなり、地下十階以下は殆どが実戦演習場だ。恐らくは大英博物館の敷地よりも更に広く、また本部自体がアリの巣のように複雑な構造となっているため、ロンドンの半分ほどの面積はあるだろう。

 更に地下十五階よりも下には、人類未踏破の迷宮が広がっているのだ。とてもレアで優れた魔術触媒や鉱石があるらしいのだが、その分出現する魔物は地上の比にならないほど強力だとか。あの小鳥遊蒼ですら、最奥にたどり着けていない。

 現在は許可を貰ったものしか立ち入ることが出来ず、基本的には封印措置とされている。


 さて。蒼の執務室があるのは地下三階。そこからもう一つ下の地下四階にある食堂へ移り、織は腰を落ち着かせたテーブルに突っ伏していた。


「パーティーとか行きたくねぇ……」

「私も嫌だよ、あんな堅苦しい集まりは……」


 織の対面では、日本支部生徒会長の小鳥遊栞が、同じようにして卓に突っ伏している。そんな二人を苦笑で見つめる蓮は、そう言えばと織に尋ねた。


「桐生先輩、この後用事があるんじゃなかったんですか?」

「あー、それな。愛美に贈るクリスマスプレゼントを用意しないとなんだよ」

「なにを贈るんです?」


 今度はルミに尋ねられ、答えるべきかどうか悩む。いや、別にここにいるメンバーなら言ったところで構わないし、愛美に漏らすこともないだろうが。

 なんというか、小っ恥ずかしくて教えるのも憚れるのだ。


「どうせあれだろう。指輪とかそんなのだろう。あれでロマンチストな桐原さんは喜びそうだしね」


 正面の栞に言い当てられ、織はつい顔を逸らしてしまう。白状したのも同然だ。


「おお! いいじゃないですか指輪! 朱音ちゃんもいますし、これで晴れて正式な夫婦ってわけですね!」

「違う! そういうつもりで贈るわけじゃない!」

「でも、桐原先輩はそういうつもりで受け取るんじゃないですか?」

「……だよなぁ」


 栞の言う通り、愛美はあれでかなりのロマンチストだ。家には大量の少女漫画やらラブコメのライトノベルやらが置いてあるし、そういうのにかなりの憧れを持っている。

 そんな彼女に、クリスマスプレゼントで指輪を贈る。


 当然向こうは、そういうつもりで受け取るだろう。

 嫌なわけではないが、織の方に覚悟が足りていない。


「でも、プレゼントの指輪はもう用意してるんですよね?」

「いや、それを今から用意しに行くんだよ」

「まさかとは思うけど、桐生くん。この下で、かい?」


 恐る恐る尋ねて来た栞に頷きを返せば、呆れたため息が。予想通りの反応だ。


「やめておいた方がいいと思うけどね。迷宮に潜って帰ってこなかった魔術師の話なんて、嫌と言うほど聞いてるし」

「そこまで深くは潜らねえよ。必要な鉱石は浅いところにあるらしいし、いざとなったら魔眼でどうにかする」

「あの、桐生先輩。下の迷宮って?」


 どうやら蓮は知らないらしい。まあ、元々は日本支部の生徒。本部とはあまり縁がなかったからだろう。


魔王の心臓(ラビリンス)。学院本部の更に地下深くには、とてつもなく広大で複雑な迷宮が広がってるんですよ」

「人類最強ですらその最奥には辿り着けてない、と聞けば、糸井くんも理解できるかな?」

「ヤバいやつってことは分かりました」


 そう、ヤバいのである。色々な噂話が飛び交っているが、それらひとつひとつがかなりヤバいのばかりなのである。


 そもそも学院本部が大英博物館の地下に位置しているのも、その迷宮があったからだという話だ。

 まず最初に魔王の心臓(ラビリンス)が発見され、その上に学院本部が作られ、更にカモフラージュのための博物館が作られた。


 何百年も前の話だから、真偽の程は定かじゃないが。火のないところに煙は立たないとも言う。とにかくそれだけヤバい迷宮なのだろう。


「地上には古今東西、人工的にも天然のものでも、色んな迷宮が発見されるだろう? あれらは全て、魔王の心臓(ラビリンス)の贋作に過ぎないんだよ。まあ、天然のものがどうやって発生してるのかは、専門家の間でも意見が割れているのだけれど」

「私もマスターと一緒に、よく迷宮を攻略したものですよ。いいお宝が眠ってるんですよねぇ」

「まさか桐生先輩、一人でその迷宮に行くんですか?」

「その予定だったな」


 元々、愛美に指輪をプレゼントしようなんて、誰にも言っていなかった。唯一相談した蒼以外には。

 その蒼から、指輪をプレゼントするなら自作すればいいと唆され、魔王の心臓(ラビリンス)の存在を教えてもらい、今日に至るというわけだ。


「先生にも、一人で挑むのはやめとけって言われてたけどな。丁度ここに、暇そうなやつらが三人いるだろ?」


 ニヤリと笑って言えば、栞とルミには目を逸らされた。蓮は苦笑いを浮かべている。


「俺はいいですよ。葵はイブさんと修行中ですし、カゲロウもサーニャさんと一緒に魔物の駆除に向かってますから」

「さすが蓮。持つべきものは優しい後輩だな。で、そっちの二人は?」

「……はぁ、仕方ないね。君になにかあったら、桐原さんに嫌われてしまう。それだけは勘弁したい」

「ですねー。後から愛美さんに怒られるのも嫌ですし、私もお供しますよ」

「そう来なくっちゃな」


 決まりだ。

 少々変則的な四人組ではあるが、このメンバーなら余程の相手じゃない限りは遅れを取らない。安心して背中を任せられる。


「せっかくだし、蓮も葵に指輪贈れば?」

「俺は遠慮しときます」

「私はマスターに贈りますよ!」

「はいはい、聞いてない聞いてない」

「扱い雑じゃないですか⁉︎」

「桐生くん、私は戦力に数えないでね。悪魔相手なら異能で立ち回れるけど、普通に強い魔物は無理だから」

「うっそだろオイ」


 唐突に不安が襲って来たが、まあ、大丈夫なはずだ……多分……。



 ◆



 事務所でのんびりテレビを見ていた愛美は、織から届いたラインを見てげんなりとしていた。


 どうやら明日、それなりに大きなパーティーがあるらしい。蒼からそれに参加しろと言われた、しかも名前も顔も知らないお偉方に挨拶しなければならない可能性大。


「行きたくないわね……」


 思わず本音が漏れてしまい、足元で寝ていた白狼が気遣わしげに見上げてくる。笑みを一つ落として頭を撫でてやると、アーサーは気持ち良さげに目を細めた。


 堅苦しいパーティとかは、別に苦手というわけでもない。桐原家は魔術世界でそれなりに大きな家だ。これまでも機会がなかったわけじゃないし、そういった社交場での立ち振る舞いは心得ているけど。

 好んで行きたいかと問われれば、首を横に振る。


 しかも今回は織も一緒に。

 以前、異世界に行った時。ドラグニア神聖王国での歓迎パーティーの際、彼がああ言った場でのマナーや振る舞い方を何も知らないせいで、主に愛美が王様とのやり取りを引き受けた。

 別に織を責めるわけではないけど、また自分に負担が全部来るのだと思えば気が滅入る。


 身内の参加者は緋桜と栞がいるみたいだし、ドラグニアの時のように完全にアウェーというわけでもなさそうだけど。


「母さん、どうかしたの?」


 ため息を漏らしていれば、二階から朱音が降りて来た。たしか上で漫画を読んでいたはずだが、ひと段落ついたのだろうか。


「明日、本部の方でクリスマスパーティーがあるらしいのよ」

「え、本当⁉︎」

「残念ながら、朱音が思っているようなものじゃないわよ。どこの誰かも知らない人たちの顔色伺いながら、硬っ苦しい雰囲気で色んなところに挨拶回り。あんなのじゃご飯も喉を通らないわ」

「そっかぁ……」


 キラキラと目を輝かせていた朱音だったが、その説明を聞いた瞬間に苦笑いへ変わる。

 あの健啖家な愛美がご飯も喉を通らないと言うのだ。朱音にも、その大変さが伝わったのだろう。


「それ、私も行かないとダメ?」

「先生からは特になにも聞かされてないわね。葵たちも来ないみたいだし、朱音も来ない方がいいと思うわよ。変な目で見られるのは確定だと思うから」

「じゃあ遠慮しておこうかな」


 未来から来た転生者。敗北者(ルーサー)のことは、当然話が広まっているだろう。あわよくば一目見ておきたい、自分たちの都合がいいように利用したいと思う輩はいるはずだ。

 そういうやつらの相手は、自分たちがすればいい。朱音にはクリスマスを楽しんでもらいたいから。


「せっかくだし、丈瑠でも誘って遊んでなさい。あの子なら喜んで来てくれるでしょ」

「うーん、でもなぁ……」


 腕を組んで悩む朱音。予想外な娘の反応に、愛美は首を傾げる。いつもの朱音なら、喜び勇んで友人である丈瑠を誘いそうなものなのに。

 果たして娘に、どのような心境の変化があったのか。


「さっき読んでた漫画にあったんだけど、男女でクリスマスを過ごすのって、特別なんでしょ?」

「あぁ、そういうこと」


 なるほど。ついにこの子も、そういうのを意識してしまうようになったか。

 親としてはちょっと複雑だが、丈瑠にとっては喜ばしいことだろう。


「じゃあ朱音はどう思う? 明日、クリスマスイブに、丈瑠と一緒にいたい?」

「それはそうだけど……もしかしたら、丈瑠さんが嫌かなって……」


 これまた思いもしなかった返事に、思わず吹き出しそうになってしまった。

 まさかまさか、丈瑠が嫌と言うわけがない。愛美自身があの少年と交わした言葉は少ないが、それでも分かるくらいに分かりやすい。恋愛偏差値クソ雑魚ナメクジの愛美で分かるのだから、他の人から見たら明らかだろう。


 まあ、そんな愛美から見事にポンコツっぷりを受け継いでしまった朱音は、なにも気づいていないみたいだが。


「本人に直接聞いてみたらいいじゃない」

「気を遣わせたりしないかな?」

「しないわよ。そう考えるのは、逆に丈瑠に失礼だと思うわよ?」

「それもそっか」


 早速ポケットからスマホを取り出して、慣れた手つきで文字を打ち込んでいる。買ってからそんなに日も経っていないのに、随分と操作がスムーズだ。

 やがて暫くもしないうちに返事が来たのか、朱音の表情が華やいだ。


「丈瑠さん、オッケーだって!」

「よかったじゃない。それじゃあちゃんと、おめかしして行かないとダメね」

「うんっ!」


 丈瑠とのやり取りは続いているのか、それからまたスマホを操作しだす。服は愛美のお下がりになってしまうけど、選ぶのを手伝ってあげないと。化粧を試してみてもいいかもしれない。


 ふと、聞いておかなければならないことを思い出して、愛美は再び朱音に向き直る。


「そういえば、朱音はサンタさんになにをお願いしたの?」

「なに言ってるの母さん。サンタさんなんて実在しないでしょ?」


 おお……我が娘ながらなんとも夢のない……この様子だと、クリスマスプレゼントは普通に手渡した方が良さそうだ。

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