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Recordless future  作者: 宮下龍美
第4章 まだどこにも記録されていない未来へ
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光を取り戻せ 2

 背中に広がった三対の黒い翼が、同じ色の稲妻へと変化する。葵を中心として周囲に広がり、魔物や蓮だけでなく、すぐ近くにいたカゲロウにまで迫っていた。


「危ねっ、オイ葵!」


 咄嗟に距離を取るが、黒雷の軌道は完全ランダム。なにかに狙いをつけているわけでもなく、ただばら撒かれているだけ。

 ジッと立っているわけにもいかず、体の痛みに耐えながら飛び回る。


 返事はない。明らかにおかしい。

 深紅に輝く瞳は真っ直ぐに蓮を見つめていて、その口元は三日月に裂けている。

 黒い稲妻と共に魔力の渦が撒き散らされ、近づくことすらままならない。


 地上を見下ろせば、稲妻がヒットした魔物の体はボロボロと崩れていた。その光景にギョッとする。

 見たことのある現象だ。

 あの日、日本支部が襲われた日に。灰色の吸血鬼、カゲロウたちの父親が見せた力と同じ。


 すなわち、位相の力の一端。

 崩壊。


「ああ、美味しい。喉が潤う。力が漲るよ。どうしてもっと早くからこうしなかったんだろう」


 まさか、あの黒雷を通じて魔物の血を吸収してるのか?

 見る見るうちに魔力が増幅している彼女を見るに、そうとしか思えない。本当に美味しそうに、残虐な笑顔を見せて、黒い稲妻は周囲の魔物を捕食する。


「でもやっぱり、人間の血が飲みたいな」

「二本目は暴走、そんな話もしてたっけか。ざまぁないな。見境なく血を吸って、これじゃあただの化け物だ」

「そうだよ、私は化け物、吸血鬼だ! だからその血をもらうね!」


 理性のかけらも残っていない、野蛮な獣じみた動きで葵が駆ける。もはや蓮のことなど分かっていない。ただの食料にしか見えていないだろう。


 対する少年は聖剣も落としてしまっていて、持つのはもう一振りの蛇腹剣のみ。闇色の魔力を帯びたそれが、内部のワイヤーを作動させて鞭のように振われる。

 しかし、葵の動きを捉えられない。漆黒の軌跡を残し、瞬く間に懐へ潜り込んでいた。


 鋭く伸びた爪が袈裟に振り下ろされ、蓮の頬を掠める。本能と野生に支配された動きは凶暴で、蓮の体に無数の切り傷を刻む。


 隙を見て距離を取る少年は、あちこちから血を流していた。

 爪に付着した蓮の血を舐め取り、葵は笑顔を深くする。


「美味しい……でももっと、もっと寄越して! こんなのじゃまだ足りない! 私の渇きは満たせない!」


 僅かに血を取られた蓮の髪が、ほんの少しだけ。灰色から、元の茶色に戻る。髪の付け根の一部だけだ。けれどそれは、確実な変化であり彼を取り戻す光明。


 葵の暴走はどうにかするとして、それでも彼女が血を吸うことで、蓮を元に戻すことができる。


「チッ……! 目障りなんだよ、その光は……!」


 頭を押さえて苦しむ蓮は、誰かに対してというよりも自分へ向けて言葉を放っていた。彼の中でも変化が訪れている。


 その隙を見逃す葵ではなく、一筋の黒い稲妻となって砂の大地に迸る。カゲロウには到底視認できないその動きを、蓮は元の形に戻した蛇腹剣で辛うじて対処していた。


「もっと! もっともっともっと! その血を、力を頂戴!」

「鬱陶しいッ!」

「あははははははは!!」


 音が遅れて聞こえてくるほどに、激しく超高速の激突。凶悪な爪と闇色の剣が何度もぶつかり、その度に黒い稲妻が辺りへ伸びる。魔物や砂を崩壊させていく。


 このままじゃダメだ。

 仮に葵が蓮の血を吸えたとしても、死ぬまで吸血してしまう。そうなってしまえば本末転倒。最悪のバッドエンド。


 かと言って、あの戦闘には介入できない。シンプルに、カゲロウの実力が足りていないから。

 黒い稲妻の餌食となるか、蓮に斬り伏せられるか。そのどちらかの結末しか見えない。


 どうすればいい。今自由に動けるのはオレだけだ。

 翠もサーニャも、それぞれの相手をするのに忙しい。手が離せる状況じゃない。


 そうやって悩んでる間にも、状況は動く。

 葵の猛攻に耐えきれなくなり、ついに蓮の剣が手元から弾き飛ばされた。

 魔法陣が展開、か細い糸が射出されるが、今の葵が捕まるわけもなく。

 ゼロ距離で正面へ勢いよく踏み出した葵が、蓮の首に牙を突き立てた。


「がッ、アアアッ、アアアアアア!!」


 勢いそのままに砂の上へ二人で倒れ込み、それでも葵は牙を離さない。

 血を吸われ続ける蓮の悲鳴は苦痛に歪んでいる。やはり、死ぬまで血を吸い続けるつもりだ。


 だが灰色の髪は少しずつ、根本から毛先にかけて元の色を取り戻していた。

 息継ぎのために顔を上げた葵は、恍惚の笑みを見せている。


「このッ!」


 僅かに生まれた空隙で、蓮が葵の腹を蹴り飛ばした。互いの間に距離ができ、未だ闇色に染まった瞳と狂気に落ちた紅い瞳がぶつかる。


「俺はっ……葵を殺して……っ、光を断ち切る……! 眩しくて邪魔なお前をッ!」


 あともう一押しのはずだ。もう少しで、蓮は正気を取り戻すはず。しかしこれ以上血を吸わせるわけにはいかない。

 再びの激突。もはや互いに得物は持たず、爪が肉を裂き、拳が骨を折る。

 黒い雷と闇色の魔力がぶつかって、衝撃が砂を舞い上がらせた。


 こんなこと、辞めさせなければ。

 なにかないか。なにか、オレに出来ることは。なんでもいい。あいつらを助けられるなら、なんでも……!


 不意に、砂に埋もれかけた聖剣が視界に入った。考えている暇はない。少しでも可能性があるなら、それに賭けるしか。

 急いで地面に降り立ち、砂の中から聖剣を引き抜くカゲロウ。黄金の輝きも漆黒の闇も失われ、ただの鉄の塊と化している。


「オイ聖剣! お前には意思があるんだろ! 持ち主を選ぶ意思が! だったら今だけでいい、オレに力を貸せ! ダチと妹を助ける力を、オレにくれ!」


 側から見れば、剣に話しかける狂人にしか見えないかもしれない。けれどカゲロウにはもう、この可能性しか残されていないのだ。


 聖剣は反応しない。鈍色のままで何の力も発さず、そうしている間にもあの二人は命を削っている。


「頼む、オレに正しさなんてのがないのは百も承知だ! それでもあいつは、蓮は違うだろ!」


 諦めない。

 親友を、妹を救うためだ。

 本来の持ち主が言っていた通り、本当にこの剣が意思を持っていると言うのなら。


 こいつだって悔しいはずだ。

 黄金の輝きを闇に染められ、正しさとは真逆のことをさせられた。

 正義のヒーローを目指した持ち主が、守ると誓ったはずの少女に手をかけた。


 そんなことを、この剣が。

 聖剣と呼ばれた存在が、黙って見ているわけがない。


「あいつの正しさを、心を、取り戻すんだよ! だからオレに、力を貸せェェェェェ!!!」


 叫びに呼応して。

 黄金の輝きが、夜空の下を照らした。


 それは悪しきものを断罪する選定の剣。

 正しき者にしか使えず、使用者の心を黄金の魔力として放出する聖剣。


 正しさとは程遠い半吸血鬼の手元で、聖剣は元の輝きを取り戻した。


 殴り合っていた葵と蓮も、あまりの眩さに戦闘の手を止める。

 その輝きに、目を奪われている。


「やめろ……その光を、俺に見せるなッ……!」

「そうはいくかよ。お前は自分で決めたんだろ、蓮! 葵を守って、ヒーローってやつになるってよ! 男が一度決めたんなら、半端に投げ出すようなダサい真似すんじゃねぇ!」


 呻く蓮に、強い言葉を返す。

 黄金を忌々しく睨む彼は今、どんな心境でいるのか。反転させられた魂と精神は、正義の象徴たる聖剣に何を思うのか。


 心の底に潜んでいた闇を表出させられたとか、そう言う話ではない。

 糸井蓮はただ、魂ごと精神を反転させられただけ。彼の行いは全て、本当の彼が望んだものじゃない。


 だからその闇を切り裂き、元の光を取り戻すために。

 親友として、カゲロウは聖剣を掲げる。


選定せよ(エクス)──」

「やめろ、やめろォォォォォォ!!」

黄金の聖剣(カリバー)ァァァァァ!!」


 振り下ろされた聖剣から、黄金の斬撃が放たれた。

 暴走していた葵ごと蓮の体を飲み込み、極光は夜空へと伸びていく。


 全魔力を使った。体が倦怠感に包まれて重い。これまであまり感じたことのない、喉の渇きがある。葵と同じで、血が足りなくなったか。

 白銀の翼は維持できず、どうやら朱音の血の効果が強制的に切れたらしい。


 重たい体をそれでも引きずるようにして、聖剣の一撃によって抉れた砂漠の先へ向かう。

 手応えはあった。しっかり二人分。魔力を全部使ったのだ。

 黄金の魔力は悪を断ち闇を切り裂く。血による暴走と闇に飲まれた心、それだけを消すための一撃だった。

 死ぬことはないだろうが、それでも肉体に大きなダメージは残るだろうと。そう思っていたのに。


 剣を杖代わり立ち上がろうとしている蓮は、未だその瞳を闇に染めていて。


「まだだ……まだ、俺は終わらない……お前にだけは、カゲロウにだけは、負けないッ……!」

「ううん。これで終わりだよ、蓮くん」


 背後からにじり寄っていた葵が、至る所から血を流した蓮の体を抱きしめて、その首筋に牙を突き立てた。


 瞳からは徐々に闇が消えていき、髪の色も完全に元の茶色へと戻る。

 葵が顔を離すとその場に頽れて、それでも抱擁が解かれることはない。


「ちょっと、荒療治すぎないかな……」


 苦笑混じりの言葉が漏れる。

 その声音に、表情に、彼が戻ってきたのだと理解させられた。

 不覚にも鼻の奥がツンとしてしまって、カゲロウは思わずそっぽを向く。


「バカ、自業自得だ」

「そうだよ、全部蓮くんが悪いんだから……」


 葵は我慢できなかったのか、堪えることもせず涙を流していた。


「でも、私も朱音ちゃんの言いつけ破って暴走したし、おあいこだね」

「お前らのケツ拭くオレの身にもなって欲しいけどな」

「ははっ、悪かったってカゲロウ」


 葵が抱擁を解いて、蓮の前に立つ。カゲロウも親友の顔を正面から見据え、二人で手を差し伸べた。


 なんでもない行動。ただ膝をついた友人の手を取るだけの行為。


 けれどこの兄妹にとって、その行為は大きな意味があるものだ。

 差し伸べた手が空を切った兄と、差し出された手を取れなかった妹。


 そんな二人が、親友に、あるいは恋人に、その手を差し伸べる。


「後で嫌ってほど文句言ってやる。んで一発殴らせろ」

「それからは、ずっと一緒にいてもらうから。蓮くんが嫌って言っても、私たちはもう絶対に、一度掴んだ手を離さない」

「……ああ、分かってる」


 二人の手を取り、立ち上がる。

 カゲロウから受け取った聖剣は、黄金の輝きを強く発していた。



 ◆



 三人が揃うのはいつぶりだろう。日にち的にはそう長いことはないのだけど、随分と久しぶりに感じてしまう。


 そんなことを思いながら、傷を癒やし制服も直した葵はカゲロウと蓮と共に、未だ戦っている翠の元へ急行した。


「翠ちゃん、お待たせ!」

「姉さん!」


 アウターネックの黒いドレスに三角帽子(ウィッチハット)の姿に変わっている翠は、なんと驚くべきことにソロモンの悪魔を圧倒していた。


 翠の体は無傷。一方の悪魔アモンは、見るも無惨なほどにボロボロとなっていた。あれだけ元気に怒り喚いていたのに、今ではその元気がないのか、ただ翠を睨むだけだ。


「おのれ……ダンタリオンめ、儂に不良品を渡しおったな……!」


 浮かべるのは憤怒の表情。並び立つ四人を忌々しげに睨め付け、しかしその魔力は健在だ。

 契約者からの魔力供給を断たない限り、死の概念を持たない悪魔は何度でも復活する。


 その絶対のルールを無視してここまで追い込んだ翠は、さすがという他ない。


 そんな自慢の妹が、チロリと蓮に視線を送り、ちょっと怒ったような声が漏れた。


「糸井蓮。あなたが姉さんを傷つけたことを、わたしは許しません」

「分かってる。俺だって、俺を許すつもりはないから」

「分かっているならいいです。一生を掛けて、姉さんに償ってください」

「そのつもりだよ」


 短く言葉を交わし、蓮と翠は悪魔へ向き直る。

 場違いかもしれないけど。二人の想いが、葵にはとても嬉しかった。翠はあんな風な言い方をしていたが、葵だけでなく、蓮のことも気遣っての発言だったろう。

 蓮の言葉も、自分が大事にされてるんだって、気持ちを通じ合わせた大好きな彼が、本当に戻ってきたんだって。改めて分からされる。


 それはそれとしても、一生をかけてっていうのはちょっと、気が早いと思うけど……。


「年貢の納め時です、ソロモンの悪魔。あなたにはここで退場してもらう」

「はっ! ここまで戦ってまだ理解できぬか! 儂を殺すことなど貴様らには不可能だ! 三匹増えたところでそれは変わらん、儂の餌が増えただけだ!」

「さて、それはどうでしょうね。姉さん、あの黒い雷は今も使えますか?」


 唐突に尋ねられ、葵は眉に皺を寄せる。


「使えるのは使える、と思う、けど……」


 上手く制御できる自信がない。

 朱音の血を注射器二本分に、蓮の血をあわや殺してしまうまで吸った後だ。カゲロウのおかげで暴走は収まったし、力だけは無駄に漲っている。


 ただ、あの力を。灰色の吸血鬼と同じ崩壊の力を、私が扱いきれるのだろうか。


 そんな不安が拭えない。

 暴走してしまうのではないか。あるいは制御しきれず、仲間に矛先を向けてしまうのではないか。

 大丈夫だと思いたいけど、さっきまでの自分を思い返せば自信なんて持てるわけもなく。


「葵なら大丈夫」


 けれど、隣に立つ彼のそんな一言で。全ての不安は消し飛んだ。


「きっとやれるよ。自分を信じられないなら、俺たちみんなが葵を信じるから」


 信頼と親愛に満ちた声が、胸の奥に温かく浸透する。

 蓮だけじゃない。カゲロウも翠も、みんなが葵を信じてくれる。


 だったら大丈夫だ。

 この力の由来がどこにあったとしても。今ここでそれを振るうのは、他の誰でもない私、黒霧葵だ。


「うん。ありがとう、蓮くん」


 短く深呼吸して、覚悟を決める。

 手に黒い刀を取り出し構えて、キッと強く悪魔を睨んだ。


 ここで倒せれば、グレイ打倒に大きく近づける。罪のない人たちの犠牲を減らせる。

 ならば選択肢なんて最初から一つしか存在していない。この悪魔を倒すためなら、手段を選んでいる暇なんてないんだ。


「どこまでも儂を見くびりおって……! 混ざり物三匹とただの人間一匹程度に、この序列七位を殺せるわけないだろうッ!!」


 傲慢は怒りを叫び、アモンは無数の炎を撃ち出した。

 直感する。あの炎は当たるとマズイ。


「あの炎には太陽神の力が込められています! 姉さんとカゲロウは注意を!」

「だったら、俺が前に出る!」


 四人それぞれ別の方向に散開して、蓮が最前線に立った。聖剣から送られてくる黄金の魔力のおかげで、満身創痍の体を無理矢理にでも動かしている。

 迫る炎を紙一重で躱しながら、悪魔の懐へ肉薄した。


「大人しく儂らの軍門に降っていればいいものを!」

「そんなわけに行くか! 俺はヒーローになりたいんだ、お前たちの下になんて二度と行かない!」

「戯言を!」


 炎を纏った腕と聖剣が激突し、甲高い音が何度も鳴り響く。

 何度目かの交錯でアモンの口から炎が吐き出され、蓮は素早く距離を取った。掠ったブレザーの端は灰も残らず焼け落ちている。

 半吸血鬼の三人でなくとも、こんなものをまともに食らってしまえばそれまでだ。


 退がりながら振り抜かれる聖剣。黄金の斬撃を飛ばし、アモンは俊敏なサイドステップで躱す。

 だがその先にはすでに、白銀の影が。


「おらぁ!」

「チィっ!」


 大剣を力任せに振り下ろしたカゲロウ。悪魔は苦しげな表情を浮かべ、両手を交差することで防ぐ。

 衝撃の余波で巻き起こる風が砂を舞い上げ、すぐに離脱したカゲロウが砂の中へと消える。入れ替わるように灰色の翼がはためき、ハルバードの刺突がアモンの体を大きく吹き飛ばした。


「今です、姉さん!」

「葵!」

「ぶちかませ!」


 三人の声を受け、空中で待機していた葵は力を解放する。

 全身に漲る魔力を練り上げ、背中の翼は黒い稲妻になり、あの時と同じように周囲へ容赦なく無軌道に降り注ぐ。


「くっ……やっぱり、制御が……!」


 魔力が言うことを聞かない。黒雷は蓮たちのところにも落ちる。

 それはダメだ。崩壊の力が込められたこの雷は、掠っただけでも命を奪ってしまう。


 けれど葵の持つ力はそれだけじゃない。

 黒霧に継承されたキリの力がある。

 想いの大きさを、心の強さを具現化する力が。


 みんなが私を信じてくれた。だったら、私も私を信じる。みんなが信じてくれた私を!


「いい加減にっ、言うことを、聞けぇ!」


 黒い雷が、空に向かって落ちた。

 天地を逆転させたような現象に、その場にいた全員が、敵の悪魔ですら驚き、一瞬動きを止めてしまう。


雷纒・帝釈天(インドラ)ッ!!」


 その一瞬が命取りだ。

 急いで魔法陣を展開し火球を生み出すが、遅い。黒い雷の羽衣を纏った葵は、その隙にも既に悪魔の腕を、魔法陣を、刀で斬り裂いている。


「なっ、再生できない⁉︎ まさか貴様、この力は契約者と同じッ……!」

「遅い!」


 切断面から崩壊が始まる悪魔を宙へ蹴り上げ、足元に魔法陣を展開させる。

 右腕に顕現するのは黒い稲妻で形成された金剛杵。インド神話における雷神が振るった最強の力。


「我が血に応えろ! 天空から生まれし雷霆、悉くを引き裂く雷光! この身に宿りしは世界を統べる帝釈天!」


 詠唱が紡がれる度、金剛杵の黒い光は強くなる。ただそこにあるだけで空気を焼き、雷電の迸る音が鳴り止まない。


 無防備な姿を空中で晒すフクロウ頭は、どうにかこの場を離脱しようとしているみたいだけど。


 逃すわけがない。


「剛力無双の雷神よ! 終焉と崩壊の力を今ここに解き放て! 天帝・壊黒崩雷(ヴァジュラ)ッッ!!」


 黒い閃光が瞬き、音が消える。

 あらゆるものを崩壊せしめる黒い稲妻が、ソロモンの悪魔へと撃ち出された。

 遅れて響く轟音。舞い上がった砂は黒雷に焼かれて消える。


 同じ末路を辿るアモンは、体どころか結んだ契約も、魔力も、その存在すらもボロボロと崩れ落としながら、怨嗟の声を叫んでいた。


「儂は……儂はソロモンの悪魔、序列七位のアモンだぞ……貴様のような混ざり物の小娘にやられるような存在では……!」

「知るか! お前は私の未来を、私たちの現在(いま)を守るために邪魔だ! だからここで、潔く消えろォォォ!!」


 一際強く大きくなる稲妻。音と熱を撒き散らし空へ伸びる一撃は、葵が今持てる全てを費やしたもの。


 やがてその攻撃が止むと、ソロモンの悪魔は完全に消えていた。やつを構成する全てを崩壊させ、完全に倒し切った。

 地上の魔物はいつの間にか殲滅されていて、これで戦いは終わったのだ。


 それが分かると急に力が抜けて、インドラも翼も維持できずに地面へとまっすぐ墜落してしまう。

 まあ、下は砂漠だし。砂がクッションになってくれるから、別にいいかな。


 そんな風に考えていたのだけど、砂に追突する前に空中で誰かに受け止められて。


「お疲れ様、葵。それと、ただいま」


 元の優しい笑顔を浮かべた蓮が、葵の体を抱きかかえていた。

 張り詰めていた気も完全に切れて、いよいよ本当に我慢できなくて、目尻から溢れる涙を拭うこともなく蓮に抱きついた。


「うん、うんっ……おかえり、蓮くん」

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