表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Recordless future  作者: 宮下龍美
第4章 まだどこにも記録されていない未来へ
141/182

異世界転移……? 2

 龍と人が共存する世界で、最大規模を誇る国家。ドラグニア神聖王国。

 その第一王女様に連れられて、一行は城へ続く大通りを歩いていた。


「まさか有澄さんがそんな凄い人だったなんてな……」

「まあ、人類最強のお嫁さんだものね」

「前にお姫様って言ってたの、本当だったんだ……」


 道行く人々の全員から頭を下げられ手を振られ、前を歩く有澄はその全てに笑顔で返している。

 第一王女、国を治める王族の一人のはずなのに、随分と国民との距離が近い。有澄の人柄もあってのことだろうが。


 そんな織たちの周囲、人混みに溶け込む形ではあるが、一般人と変わらぬ服装の兵士が。護衛だろうか。有澄の強さがあれば逆に邪魔だとは思うが、だからこそ陰から見守っている、ということだろう。


「今日はとりあえず、お父様に謁見してもらうだけで終わりですね」

「早速修行を始めるわけじゃないのね」

「初めて世界を渡ってすぐに魔術は使えませんから。この世界の魔力に体が馴染むまで、短くても半日かかります」


 言われて軽く術式を構成してみようとしたが、たしかに魔力が動かない。体に不調があるわけでもなく、体内の魔力はたしかに感じられるのだが。

 異世界旅行もタダというわけにはいかない、ということか。


「それに、織くんと愛美ちゃんはバアルとの戦いの疲労が残ってるでしょう? そんな状態で師匠に付き合うと、秒で死にますよ」

「えぇ……」


 序列一位との戦闘によるダメージや疲労はたしかに残ってるとは言え、あれならそれなりに時間が経過している。完璧とは言わずとも、ある程度回復はしてるのだ。


 この期に及んで、自分が弱いだなんて思ってはいない。世界中の魔術師を見れば、織は上位に食い込む力を持っているし、その自覚と自負もある。

 そうであっても耐えられないレベルで、イブの修行はつらいということか。


 有澄の隣を歩く豪華な赤いドレスの貴婦人は、弟子の評価に不満なのかちろりと隣を睨んだ。


「死にませんよ。彼らが死んでしまったら本末転倒。その辺りの加減はします」

「だそうですけど、あまり本気に受け取らない方がいいですよ。死にはしなくても限界ギリギリまで追い込まれますからね」


 織も愛美も、蒼との修行で同じような目に遭っている。愛美は容赦なく半殺しにされたし、織は斬られる度に傷を癒やされの連続。超絶スパルタの脳筋訓練だった。

 まさかあれより酷いことはないだろうな。


 ただ一人嫌な予感の消えない織だが、そもそも今回修行を受けない朱音にはそんな心情知る由もなく。

 道に出ている様々な露店に目移りしていた。


「父さん父さん! あれ食べたい!」

「……なんだあれ?」

「文字は読めないのね」


 屋台の看板にはおそらく店の名前が書かれているのだろうが、織たちの知識にはない文字だ。言葉は通じても文字は分からないのか。

 フラーっと店先へ向かってしまった朱音を追えば、どうもなにかの肉を焼いて串に刺しているようだった。

 香ばしいソースの匂いは織も空腹を刺激される。そういえば、朝、まだ平和な日常が残っていたあの時間に朝食を食べたきりだ。


 朱音も愛美もそろそろ限界だったろう。買ってやろうと思い財布を取り出そうとして、はてと思い留まる。


「さすがにこっちの金は使えないよな……」


 有澄の方をチラと見やると、彼女も申し訳なさそうに苦笑した。


「わたしも今はこちらのお金を持ってないんですよ、ごめんなさい」

「そんな……」


 見るからに肩を落としてしまう朱音。王女様のお力でタダでもらえないかなとかちょっと期待していたが、むしろ王女様だからこそ、その辺りはちゃんとしているのか。


 しかし、あからさまにしょぼくれてた娘を見ていると、どうにかしたくなってしまうというもの。

 本当は我慢してもらうのが一番だし、なんでもかんでも甘やかすのは良くないとは織も分かっているが。


 試食みたいなのはないのかと他の露店や屋台を見回している時だった。


「そこの兄ちゃんたち! 一本持っていきなよ!」

「いいんすか?」


 朱音が食べたいと言っていた串焼きの店員、やたらガタイのいいおっちゃんが焼き上がった串を五本差し出してきた。

 願ってもない申し出だが、こちらは払えるお金がない。


「店の前でそんなにガッカリされちゃ、食わしてやりたくなるのが人情ってもんさ! アリス様もいらっしゃるし、そのお客人から金を取るわけにもいかねえよ!」

「すんません、そういうことならいただきます」

「ありがとうございます!」


 朱音と一緒に頭を下げてお礼を言い、五本の串を受け取った。それぞれに渡して再び歩き出す。


「結構美味しいわね、これ」

「フタツウシのカルビですよ。この国の名物です」

「フタツウシ?」

「頭が二つある牛です」


 そんな牛がいるのか……まあ異世界だし、生態系もかなり違うだろうから、おかしなことではないのだろうけど。

 しかし頭が二つある牛って。なんかいまいち想像できないぞ。


 その後も美味しそうに串を食べている朱音を愛美と二人で微笑ましく見守りながら、城への道を歩く。

 街は平和そのもの。人々は明るく活気に満ちていて、穏やかな気候も相まって過ごしやすい国なのだろう。ちょくちょく見かけるドラゴンも暴れるようなやつはいなくて、中には荷物運びを手伝ったり、子供の遊び相手になってるやつまで。

 聞けば人の姿を取るドラゴンもいるらしいから、もしかしたら街にいる人間の何人かは実は、なんてこともあるかもしれない。


 こうして平和な光景を見ていると、織たちの世界で起きていることが悪い夢だったようにも思える。

 しかし現実だ。ここは異世界。織たちの世界とは違う。

 あるいは、この世界にも。織の目に見えないだけで、なにかしらの闇が蠢いているかもしれない。



 ◆



 城にたどり着き、ドキドキの王との謁見も済ませた織たちは、城の一室に通された。ベッドにソファにテーブルに、トイレに風呂にキッチン。冷蔵庫とか電子レンジとかもあって、普通にこの部屋だけで暮らせるものが揃っている。あとめちゃくちゃ広い。事務所の二階が十個近く入るほど広い。

 今日からしばらく、その部屋を三人で使ってくれとのことだ。


「しかし緊張したな、王様に挨拶するの」

「さすがにあんな体験、元の世界にいたらすることないものね」


 つい数十分前のことを思い返す。織の心臓は緊張の余韻が残っているのか、まだ落ち着かないままだ。


 この国の王、ルキウス・ドラグニアは、まさしく王に相応しい威容を兼ね備えていた。

 今まで感じたことのないタイプの圧。人の上に立ち、導く側の人間。その佇まいからは彼が王であると同時に武人でもあることを感じさせ、しかし堅苦しい挨拶が終わった後は表情の柔らかい好々爺と言った風で、ぞろぞろと並んでいた家臣たちも三人を歓迎してくれた。


 しかし、あの場にいた全身甲冑の騎士たちはピクリとも動かなかったが、本当に人間なのだろうか。ゴーレムと言われた方がしっくり来る。


 さて。この部屋に通されてすぐ、有澄はやることがあるとかでイブとともにどこかへ消えてしまった。用があれば備え付けの電話を使ってくれとのことだったが、織たちはとりあえずこの部屋で待機だ。

 魔術が使えないのであれば、修行なんてできるはずもない。

 今日一日は休息日。幸いにもこの世界と織たちの世界では、流れる時間が同じらしい。長居しすぎるわけにもいかないが、焦る必要もない。


 だがしばらくここで寝泊まりするに当たって、問題が一つ。


「そういやさ、俺らってドレス発動したままじゃないとダメなわけだけど、着替えどうするよ」


 織は燕尾服、愛美は振袖。

 最も普通の服に近い朱音でも、ロングコートを常に羽織っていなければならない。

 振袖姿の愛美は綺麗で美しいから目の保養になるけど。そんな格好では就寝はおろか、普段の生活のあらゆるところで不便だ。

 イブからは一週間滞在すると言われているし、その間ずっと同じく格好なんて無理がある。


「あれ、父さん知らないの? ドレスって形状変えれるんだよ」

「え、マジで?」


 言ってる間に、余裕で三人並んで寝れるほど広いベッドに寝転んでいた朱音のドレスが光に包まれた。

 一瞬後には完全に姿が変わっていて、赤と黒を基調とし、銀のラインが入ったメタリックな甲冑(アーマー)に。仮面もフルフェイスのヘルメットのようになっていて、オレンジの複眼が輝いている。腰にはなぜか謎のベルト。

 日曜朝によく見るタイプのやつだった。


「おお! なにそれかっけぇ!」

「でしょでしょ! かっこいいでしょ!」

「たしかにかっこいいけど、チョイスが間違ってるわよ。寝る時にそれは無理があるでしょ」


 ロマンのわかっていない愛美から冷ややかな声が飛んだが、カッコよければいいのだ。

 織だって男の子であるからして、変身ヒーローには憧れを持っている。


 が、愛美の言い分は至極正論なので、朱音はすぐに別の姿へ変わった。黒と銀のラインと、他の二つと同じ色合いを持ったパジャマだ。当然仮面は外している。


「こんな感じ?」

「ええ、ばっちり可愛いわ」


 これには愛美もニッコリ。

 織に隠れているが、なんだかんだで愛美も相当な親バカだ。だって可愛いかどうかとか今は別にどうでもいいのだし。まあ朱音が可愛いのは織も全面的に同意するところではあるが。


 どうやらドレスを腕輪なんかのアクセサリーにしておくこともできるらしいので、お風呂も問題ないだろう。思ったより便利だなレコードレス。

 とはいえ、戦闘で全力全開となれば、アクセサリーのままというわけにもいかないようだが。

 下着類は後で有澄に頼んで事務所に取りに行って貰えばいいし、ひとまず着替えに関してはクリア。


「着替えはこれでいいとして、他になにかあるか?」

「ご飯ね」

「ご飯だね」


 この親娘どもは……いやたしかに今日は、さっきの串焼きしか食べてないけど。


「城の方で用意してくれるんじゃねぇの?」

「足りるかな?」

「高級レストランとかでよくあるじゃない。値段だけはやけに高いくせに一品あたりの量が少なすぎるやつ」

「高級レストランに行ったことがないからわかんねぇ」


 例えばクリフォード邸でお世話になっていた時は、織の方から事前に愛美の食べる量を教えていた。幸いにもクリフォード邸のお手伝いさんたちは喜んで大量の料理を作ってくれていたが、はてさて今回はどうなるか。


 有澄が話を通してくれていたらいいのだが、どうにも彼女は忙しそうだ。果たしてこの城の中で、第一王女である有澄に気軽に話しかけていいのかも微妙なところ。

 だったら下着の着替えもお願いできなさそうだなぁ。


 そしてなによりの問題は。


「お米があるかどうかよね」

「それな」


 ここは異世界。しかも織たちの世界と照らし合わせれば、西洋よりの文化をしている。

 もちろん異世界であるからして、織の持っている常識が全て通用するとは思えないが。食卓に炊き立てほかほかの白米が並ぶか否かは、日本人にとって死活問題だ。


 イギリスに住んでいた頃を思い出す。あの頃は日本の米がとても恋しかった。

 まあ、途中からそれも忘れてしまうくらいには忙しかったのだが。


 しかしどうやら、食の好みが雑どころか魔物であってもペロリと平らげちゃう系腹ペコ少女は、そんな二人の悩みを共有できないらしく。


「私はなくてもいいよ?」

「俺もないならないで仕方ないとは思うけどな。でもほら、やっぱり日本人として和食が恋しくなる時ってのはあるだろ?」

「味噌汁、納豆、お醤油、豆腐……全部大豆製品ね……」


 代表的な家庭の和食に思いを馳せていた愛美だったが、大豆だらけのことに気づいて僅かに眉を顰める。

 なぜ日本食には大豆製品が多いのか。織も分からない。


「んー、私は父さんと母さんと、みんなで楽しく食べれたらそれでいいけど」

「朱音……!」

「三人で仲良く食べましょうね……!」


 泣く勢いで朱音に抱きつく二人。

 親バカここに極まれり。

 朱音としては当然のことを口にしたまでだから、どうして両親がそんなに感動しているのか理解していないのだが。


 問題は、こんなお城の中で楽しい食事ができるかどうかなのだが。

 パーティとか呼ばれたら嫌だなぁ、なんて頭の片隅で考えていた。



 ◆



 呼ばれてしまった。

 なににって、パーティに。


 場所は城の大広間。天井から吊るされたシャンデリアが華やかに照らし、城に仕える老若男女はそれぞれのドレスやタキシードなどに身を包んでいる。食事はビュッフェ形式のようで、職人たちがその場で作った料理を提供していた。


 参加しているのはこの国の人たちばかりらしいけど、織からすれば誰も彼もが見知らぬ人間。

 愛美と朱音は食べ物を求めて早々にどこかへ去ってしまったし、織は受け取ったノンアルコールのカクテル片手に肩身の狭い思いをしていた。


 遠くには振袖姿やら黒いロングコートやら水色の髪やらが見えるが、それぞれが食事なり挨拶回りなりで忙しく、誰も織のところに戻ってきてくれない。

 悲しい。


 ていうか、こっちは一応客人だぞ。しかも異世界の。もっとこう、色んな人が詰め寄ってきたりするもんじゃないのか。

 いや、そうされても困るけどね。


「失礼、あながキリュウシキですね?」


 そんな織に話しかけてきたのは、紫のドレスに身を包み、白い髪をセミロングに伸ばしている若い女性。愛美には負けるけど、かなり美人。肩口のあたりが露出していて、豊かな谷間に嫌でも視線が吸い寄せられそうになる。視線の行き場に困る格好だ。

 織は男の子なので。大きなお山があれば感情とは裏腹に見ちゃうものなのだ。


 遠くから殺気が届いた気がしたけど、気のせいということにしておこう。


「そうですけど、あなたは?」

「宮廷魔導師のシルヴィア・シュトゥルムと申します。以後お見知り置きを」


 丁寧にお辞儀をされ、釣られて織も頭を低くする。

 宮廷魔導師。言葉からして、城に仕える魔術師ということか。はてさてそんな彼女が、誰からも放置された織なんかになんの用があるのか。


 クスリと微笑んで、シルヴィアは砕けた口調で話しかけてきた。


「そう身構えないで? 異世界からの客人はアオイ様で慣れているから。なにも取って食おうなんて思っていないわ」

「お、おう……いや、別にそんなこと思ってたわけじゃないけど」

「それでも、珍しいことには変わりないから。ほんの少しお近づきになりたかっただけよ。まあ、あまり近づきすぎると、あなたのお嫁さんが怖いけれど」


 シルヴィアが視線を向けた先を、織も見てみると。

 めっちゃ睨まれてた。振袖姿の美人さんが、ステーキを食べながらこっちをめっちゃ睨んでた。唯一止めてくれそうな朱音はこの世界の料理に夢中で気づいてないし。

 それはそうと、美味しそうに料理を食べる朱音が可愛い。


「いや悪い……あいつも悪気があるわけじゃないんだ……」

「分かっているわ。人の男を盗ろうだなんて思わないし、ましてや異世界人だって言うなら尚更ね」

「だったらなんで俺なんかに話しかけてきたんだ? これなら愛美の方に行ったらよかったと思うぞ」


 今は近づき難いオーラを、というかあからさまに殺気を振り撒いていて、城の人たちはみんな遠巻きに怖がっているだけだが。

 ああ見えて、愛美は常識人だ。来るもの拒まず。普通に会話するだけならちゃんと受け入れてくれるし、彼女も魔術師の端くれ。宮廷魔導師とやらとは魔術の話で盛り上がると思うのだが。


「マナミではなくシキに話しかけたのは、彼女の様子を見ていれば分かると思うけれど」

「殺気ぶんぶんに振りまいてるから?」

「そうではなくて。この国自慢の料理を、あんなにも美味しそうに食べてくれているのだもの。邪魔をするのは無粋でしょう?」

「たしかに」


 愛美も朱音も、本当美味しそうに幸せそうに食べるのだ。

 彼女たちが先ほどまで誰からも話しかけられなかったのは、そんな様子をみんなが微笑ましく見守っていたからか。

 分かる、微笑ましいよね。そして可愛いから見守りたいよね、分かる。


 内心で首がもげるほどうんうんと頷いていれば、目の前のシルヴィアがポッと頬を染めた。なになに、どしたの?


「それに、ほら、あたしって城に仲のいい人がいないから……」

「いや知らねえよ……」


 そういうことを初対面の相手にカミングアウトしないで欲しい。反応に困るし、無碍に扱うわけにもいかなくなっちゃうだろうが。


「あたしは自分の研究に対して真摯に向き合ってるだけなのに、周りが引いていくのよ! 酷いと思わない⁉︎」

「ちなみにどんな研究?」

「拷問」

「……」

「あ、あー! ほら、そんな顔! みんなもそんな顔するのよ!」


 しまった、顔に出てしまったか。

 いやでも仕方ない。だって予想の斜め上だったのだから。

 もちろん織は拷問の研究をしてるからと言って偏見を持ったりはしない。なにせ恋人は殺人姫だ。人を殺すことに快楽を見出すような狂ったやつだ。

 それに比べれば拷問程度。ちょっと予想外だったからびっくりしただけ。


「言っておくけれど、拷問とは言っても変な研究というわけでもないのよ? 医学に通ずるところもあるし、人間を殺さないギリギリの力加減を学ぶには丁度いいのよ」

「物騒だなオイ。なんだよ殺さない力加減って」


 さてはこの女あれだな? 愛美と同類だな? 織は賢いので即座に看破できた。


「とまあ、これまでの話は半分冗談として」

「半分は本気なのな」

「実はイブ様からの命令で、あたしもシキ達の修行の手伝いをすることになったのよ。あなたに話しかけたのは、その挨拶をしようと思ったから」

「なんだ、そうだったのか」


 医学に通じるものがある、と言っていたことから、恐らくは救護要員だろう。

 織たちの世界における歴史に名を残した処刑人なども、医者として知られる人物はいる。この辺りは異世界も同じらしい。


「じゃあ明日はよろしくな」

「ええ。イブ様の修行は王女が涙目で逃げ出すほどだけれど、頑張ってね。友達として応援してるわ!」


 いつの間にか友達にさせられていた。いやまあ悪い気はしないからいいんだけどさ。

 差し出してきた手を取り握手に応じようとして、しかし。


 その直前、どこかから爆発音が聞こえてきた。


「なんだ⁉︎」


 パーティ会場が喧騒に包まれる。

 それは慌てふためき戸惑うものではなく、事態に対処するためその場の全員が動き出したからだ。


 ややあって、この国の王が声を上げた。


「第二十七地区でドラゴンの暴走だ! 付近の民を避難させろ! アリスは部隊を編成してドラゴンの鎮圧へ向かえ!」

「かしこまりました」


 王命を受け、家臣たちが次々に姿を消していく。どうやら全員が転移でどこかへ向かっているようだ。こちらの世界ではそれなりに高度な魔術なのだが、この世界では一兵卒から高官に至るまでが使えてしまうのか。


 いや、今はそこに興味を持っている場合ではない。


「ドラゴンの暴走? この国はドラゴンと共存してるんじゃなかったのか?」

「してますよ。だからこそ、これは人為的なものと見るべきです」


 答えたのは、たった今王からの命令を受けた第一王女。

 彼方有澄、いやアリス・ニライカナイはその手に愛用の杖を持ち、王女らしい豪華なドレスに身を包みながらもすでに臨戦態勢となっていた。


 愛美と朱音もさすがに食事を止め、織たちの元へ駆け寄ってくる。


「有澄さん、私たちにできることは?」

「ここでジッとしていてください。蒼さんならともかく、愛美ちゃんたちはお客さんですから。この世界の問題は、この世界のわたしたちが解決します。それに、魔術を使えないなら戦えないでしょう?」


 亡裏の体術を駆使する二人からすればその限りではないのだが、相手は異世界のドラゴンだ。迂闊に戦場へ飛び出しても、なにが起こるか分からない。

 ここは有澄の言う通りにした方がいいと判断したのか、素直に頷いている。


「シルヴィア、あなたにも来てもらいます。鎮圧した後に保護、あなたの力が必要です」

「ニライカナイ様の命とあらば」


 豊かな胸に手を当て、軽く腰を折るシルヴィア。人為的な暴走ということは、そのドラゴンの本意ではない。

 もっと言えば、街にいる限りはパートナーである人間もいる。鎮圧してそこで終わり、と言えわけにもいかないのだ。


「そう言うことだから、ごめんなさいねシキ。少し行ってくるわ」

「ああ、気をつけろよ」

「マナミ、アカネ、あなた達とも後でゆっくりお話しましょう」


 バチコーン☆ とウインクを一つして、ぼっち系拷問魔導師は有澄と共に姿を消した。

 パーティ会場に残っているのは織たち三人以外に、国王のルキウスと数名の騎士だ。


 その王がゆっくりとこちらに歩み寄ってきて頭を下げた。


「すまない。せっかくこの世界に来たばかりだと言うのに、こんな事が起こってしまうとは」

「お気になさらないでください。私たちも厄介ごとには慣れていますから」


 応答したのは愛美だ。織や朱音と違ってかしこまった場に慣れているからか、謁見の時も基本的には愛美が王と言葉を交わしていた。


「ドラゴンが暴走するというのは、以前からあったのですか?」

「うむ。暴走と一口に言っても、実際には様々な例があってな。普段は温厚な種が繁殖期に人里を襲うこともあれば、飢えで理性を失うこともある。しかし、この国にいるドラゴンはみな、暴走の条件を満たしておらん」


 繁殖期に人里を襲うというのは、逆に言えば普段は人里から離れた場所で暮らしていると言うことだ。人間と共に暮らしている以上、飢えるわけもない。

 本来であれば、この壁の内側で暴走など起こりようもないのに。


 だからこそ、有澄は人為的なものだと即座に判断したのか。


「人為的な暴走についても、国内ではいくつか報告が上がっている。そのほとんどが魔導の研究、その実験にされたものだ」

「どこの世界でも、悪用するやつはいるわけか……」


 織たちの世界でいえば、魔物はよく魔術実験に利用されている。

 強力な種は殆どが理性を持った個体だ。しかし強力であるが故に裏の魔術師から目をつけられ、実験の影響で理性を失い暴れ出す。


 今回の事件、形式としてはそれと同種のものだと見たほうがいいだろう。

 この壁の内側、ドラグニアの城都に裏の魔術師、この世界風に言えば魔導師が潜んでいて、そいつの仕業でドラゴンが暴走した。


 その手のやつらがどのような行動に移るかは、ある程度推測できる。

 もしもドラゴンの暴走によって引き起こされるなにかしらが目的の場合、犯人はそう遠くない位置からことの成り行きを見守っているだろう。

 だが暴走が意図的でない場合、あるいは暴走させた時点で目的が達成される場合。すぐにその場から逃げ出す。


「陛下、ご報告です!」

「どうした」

「アリス王女が暴走したドラゴンを鎮圧。魔導師シルヴィアを始めとした何名かが治療を施し、命に別状はないとのこと」

「そのドラゴンのパートナーは」

「確保しています」

「うむ。その者たちは城で保護しろ、牢には入れるなよ。して、アリスは?」

「それが……魔力の動きを感知したらしく、お一人でどこかへ……」

「あのお転婆娘が……アリスの報告を待ち、あいつが戻り次第今後の動きを決める。城下の警備はネイ将軍に指揮を取らせろ」

「ハッ!」


 パーティ会場に音もなく転移してきた魔導師が、ルキウスの前に跪き報告する。

 事態の収束が早い。さすがは有澄というべきところだが、独断専行は旦那の影響か。


 ともあれ、織たちにできることはなさそうだ。元々修行のために来たのだし、手伝わせてはくれないだろうが。


 しかし、あまりにも狙い澄ましたようなタイミングだった。

 織たちがこの世界に来た初日。その歓迎パーティの最中。

 ただの偶然であればいいのだが、これまでの経験が偶然なわけないと言っている。


「とりあえず、俺たちは部屋に戻らせてもらおう」

「そうね。ルキウス王、申し訳ありませんが、私たちは失礼します。ここにいても力になれることはありそうにないので」

「え、ご飯……」


 朱音の悲しそうな呟きに、織も愛美も声を詰まらせた。

 思えば朱音は、ほんの数時間前に目を覚ましたばかり。おまけにその前まではグレイと、目を覚ましてからはバアルと立て続けに戦闘を行なっていた。

 できれば心行くまで食べさせてあげたいとこではあるが。


 呟きは王にも聞こえていたのか、ルキウスは優しい笑みを朱音に向ける。


「料理は部屋に届けよう。どれもこの国自慢の名物だ。君たちは沢山食べるようだから、城の料理人も作りがいがあるだろう。こちらは気にせず、存分に堪能してくれ」

「やった! ありがとうございます王様!」


 多少無礼な物言いになっていたが、無邪気な朱音の笑顔を前にしては、王もそんなことは気にしない。

 代わりに織と愛美がめちゃくちゃ頭を下げたのだが、親としてはそれくらい当然の行いだ。


 あとはこの事件が、早々に決着してくれることを祈るのみ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ