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Recordless future  作者: 宮下龍美
第4章 まだどこにも記録されていない未来へ
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破壊者の帰還 3

 見慣れた街の風景はもうない。

 道路のあちこちにひしゃげた車や折れた電柱、街灯が転がっていて、砕けたガラスが散っている。

 建物のコンクリートは無惨にも抉れ、地面には亀裂の走るところも。


 そんな有様になってしまった街を、大和丈瑠は駆け抜ける。先導する白い狼は襲いかかってくる魔物から守ってくれていたが、その魔物もすでに街から消えている。

 だったら、事務所まで急ぐだけだ。アーサーに告げられたことが本当なら、避難なんてしている場合じゃないのだから。


 必死に足を動かし大地を蹴る。

 けれど、丈瑠の体力は限界を迎え始めていた。大勢の魔物から逃げ、アーサーに助けられた後は事務所へ向かって走り、その道中で何度も何度も魔物に出くわして。

 戦いとは程遠い平凡な一般人の丈瑠は、自分で思っている以上に限界が早く訪れていたのだ。


 ゆえに、足をもつれさせて思いっきり転んでしまう。

 痛い。膝が、顔が、コンクリートで擦りむいて血が出ている。涙が出そうで、でもグッと堪えた。

 あの人たちは。街を守るために戦ってくれてる人たちは、もっと痛くて怖い目に遭ってるんだ。


『大丈夫か、丈瑠』


 足を止めた白い狼が、気遣わしげな声を向けた。自分以外の誰にも聞こえない声。

 生まれた時から備わっていた不思議な力、異能と呼ぶらしいそれが、丈瑠の持つ唯一無二の武器。


「ごめん、大丈夫だよアーサー」

『……背中に乗れ、あなたはもう限界だ。これ以上ボロボロな姿を、我が主たちに見せるわけにはいかない』

「そうだね、心配されちゃうか……ありがとう、乗せてもらうよ」


 自分とは二つしか違わない、けれど大切な友人の両親でもある二人の顔を思い浮かべて、丈瑠は苦笑を漏らした。


 アーサーは大型犬よりも更に大きな体をしているから、背中には難なく乗れた。振り落とされないようにしっかり、けれど優しく白い体毛を掴むと、淡い光が丈瑠を包んだ。

 穏やかで優しい、安心感をもたらす光。


『主の魔力を借りて、簡単な治療と風除けを施した』

「すごい、アーサーも魔術を使えるんだ」

『初歩程度だが、ないよりはマシだろう。さあ、しっかり掴まっててくれ』


 白狼が地を蹴り、風となって街中を駆け抜ける。自分の足で走るよりも余程速いスピードに振り落とされないよう気をつけるが、アーサーが気を遣ってくれているのか、はたまた風除けとやらの影響か、背中の上の丈瑠はほとんど体を揺らさない。


 この調子なら、もう五分と経たずに事務所へ辿り着く。

 だが狼の足は、唐突に止まった。

 さすがにつんのめって落ちそうになるが、なんとか耐える。どうしたのかと尋ねようとして、途端、とんでもない悪寒がした。


 気分が悪い。頭がクラクラして、吐き気がする。耐えきれず胃の中のものが逆流して、アーサーの上から降りて地面にそれを撒き散らした。


 狼の睨む先にいるのは、ヒトの姿をしたナニカ。それが人間でないことは、丈瑠にも理解できた。

 体は人間のそれだが、頭は鳥、フクロウのような形をしている。


「儂はハズレだったかな? まあいい、人間は皆殺しにせよと契約者から仰せつかっているし、やることは変わらぬか」


 その声を聞いて、全身が恐怖に支配される。体は小刻みに震えて、頭の中が真っ白になる。足は竦んで立ち上がれない。


 なんだこいつは。ヒトでも、動物でも、魔物でもない。もっと恐ろしいナニカ。相対してはいけない存在。


『丈瑠、逃げるんだ』

「アーサー?」

『数秒、いや一瞬くらいは足止めできる。その一瞬さえあれば、我が主が異常を感じ取って駆けつけてくれるはずだ』


 そんなこと、できるわけがない。

 いや、それ以前の問題として、丈瑠は足が動かない。完全に恐怖に飲まれてしまっている。


 そもそもアーサーは己の主人である愛美と、魔術的な通信が可能だ。主従の契約を結んだ恩恵。わざわざそのための術式を用意せずとも、魔力さえあれば愛美と連絡を取ることができる。

 それができない。この敵は通信の隙を突いて、まず丈瑠を殺しに来るから。


 当然丈瑠にはそんなこと知る由もなく、状況を冷静に把握することすらできていなかった。

 でも、これだけは理解できる。

 今目の前にいる、ここまで自分を守ってくれた友達の狼が、命を投げ出そうとしていることは。


 そんなこと許すわけにはいかないのに、かと言って丈瑠にできることなんてない。ただ恐怖に震えることしか。


「そこな魔物、後ろの人間を差し出せ。さすれば悪いようにはせん」


 フクロウの口が紡いだ言葉に、アーサーは威嚇の声を返すだけ。言葉を発せずとも、それがなによりの拒絶を示している。


 まさしく一触即発。

 ぶつかってしまえば、アーサーは命を落としてしまう。

 でも、丈瑠にできることはなにもない。


 そんな状況は、誰もが思いもよらぬ形で動きを見せる。


「一匹見逃してたか。あの二人もまだまだ修行が足りませんね。これは後でお仕置き確定、と」


 アーサーと敵の間に、孔が開いた。

 真っ黒で、先の見通せない孔が。


 そこから現れたのは、豪華な赤いドレスを纏った上品な女性。場にそぐわない軽い調子のハスキーボイスは、不思議と聞き心地のいい音色を奏でている。


 孔が消え、女性が場を眺める。

 誰も動かず喋らない。丈瑠はおろか、アーサーも、圧倒的な存在感を放つ敵も。

 ふむ、と頷きがひとつあった。敵を視界に収めた女性は、しかし直前の動作と反して眼前の存在に今気づいたような表情を見せている。


「なんだ、もう一匹いたんですね」

「……貴様、誰に向かってそのような口を利いておる?」


 まるで顔の近くを飛ぶ羽虫を認識したような。そんななんでもない調子の声を向けられ、敵は明らかな怒りを見せる。

 周囲の空気が一層濁った気がする。また胃の中のものを吐き出しそうになるけど、もう出すものはない。


 アーサーですらこの空間はキツいのか、人間味に溢れた狼は辛そうな表情をしている。

 それでも丈瑠を気遣い、敵が女性に気を取られている隙に隣に駆け寄ってきた。


「あちらは一手遅れてしまい間に合いませんでしたが、こちらは間一髪といったところですね。有澄ッ!!」

「はいっ! なんでございましょうか師匠!」


 突然女性が叫んだと思えば、そのすぐ後に今度は見覚えのある長い水色の髪を持った女性が、どこからともなく現れた。

 気のせいか、水色の女性は少し怯えているようにも見える。


「その子を安全な場所まで」

「はいっ、分かりました! ……って、アーサーじゃないですか。それと、丈瑠くん、でしたっけ?」


 以前、朱音の母親である桐原愛美の実家での宴会に呼ばれた時、この女性もその場にいた。一応織から軽く紹介してくれていたが、たしか名前は……。


「彼方有澄さん、ですか?」

「覚えてくれていたんですね。取り敢えず、ここから離れましょう」


 優しい笑みは、丈瑠の体を恐怖の支配から解放してくれる。薄い関わりとはいえ、見知った顔がひとりいるだけでとても安心できる。それはきっと、有澄の持つ魅力も一端を担っているのだろうけど。


「さきほどから、儂を差し置いてなにを言っている? ここから離れる? つまり、儂の前から逃げ果せると? 舐められたものだ、儂のはソロモン七十二柱の悪魔が一柱、七つの大罪に名を連ねしもの、序列七位の──」

「うるさい」


 最後まで名乗らせてもらえることもなく。

 フクロウの頭を持った敵は、全身を氷の荊に包まれた。一瞬で氷像と化した。


「朱音ちゃんのことが心配なんですよね。事務所まで転移させます」

「お、お願いします……」


 ニコリと美しい笑みを最後に、丈瑠の視界が映す景色は全く違うものになっていた。アーサーと共に、桐生探偵事務所の前へと転移したのだ。

 事務所の周囲は魔物による破壊の痕跡が見受けられない。また魔術でなにかしたのだろうと適当に結論づけて、丈瑠は事務所の中へと足を踏み入れた。


 果たしてその中にいた大切な友人は。

 銀髪の吸血鬼と灰色の髪をした少女に見守られ、銀色の炎に身を包んで眠っていた。



 ◆



「師匠、こいつはわたしに任せてもらいます」

「おや珍しい、有澄がわたしにそんなことを言うとは」


 少年と狼を逃した有澄は、目の前で氷像と化した悪魔に向き合う。

 少し煩かったから黙ってもらったが、この程度で死ぬはずがない。いや、悪魔にはそもそも死の概念が存在しない。


「き、貴様ら……どれほど儂をコケにするつもりだ!」


 氷が割れ、囚われていた悪魔が解放される。

 フクロウの頭を持った、七つの大罪にも数えられたほどの存在。


 すなわち、ソロモン七十二柱の悪魔が一柱。

 序列七位、アモン。


「たかだか人間が、このアモンと戦うだと? どこまでも巫山戯ておるな! 儂と貴様らでは戦いにすらならん。一方的な殺戮だ! そも儂は、儂の欲を満たすためだけに契約したのだから! 貴様らにはその糧となってもらおう!」


 この世に遍く欲をどこまでも強く求める悪魔は、下卑た笑いを響かせる。

 対して、異世界からの来訪者である二人の美女は。悪魔の笑みに反応するでもなく、日常の延長にあるような軽い調子のやり取りを交わしていた。


「こうして直接あなたの力を見れるのは十六年ぶりでしたね。ところで、不死性を有する相手への対処法は覚えていますか?」

「はい。四肢を斬り落とし切断面を凍らせて再生の妨害をする、ですよね」

「もうひとつは?」

「相手が死を懇願するようになるまで痛めつける」

「大正解です」


 ニコリと笑った美しい笑顔がふたつ、悪魔の姿を捉える。

 ソロモン七十二柱において序列七位に位置する強欲の悪魔が、恐怖に震えている。彼女らの発言と、それを可能とできるだけの力を理解してしまったから。


 冷気が、空間を満たす。


 こう見えて、彼方有澄は怒っているのだ。

 自分の目が届かないところで、朱音があのような目に遭わされた。

 それだけならまだいい。いや、よくはないのだが、朱音とて覚悟の上で戦い、捨て身の選択肢を取った。


 けれど、あの少年は違う。

 なんの罪もない、ただの一般人。

 強欲だかなんだか知らないが、たかが悪魔程度が気まぐれに殺していい存在ではない。


「さて。せっかくですし、ドラグニアから持ってきた力を試させてもらいますね」


 どこからともなく取り出したのは愛用の杖、ではない。

 白銀に輝き冷気を纏った細身の剣だ。豪奢な装飾は儀礼用にも見えるが、違う。異世界の龍神ニライカナイとこの世界における人類最強、両者の力が宿った無二の剣。

 この世界に来てからの十六年間で有澄が得た、新しい力の一つ。


「嘶け、スレイプニル」


 白刃が煌めく。

 視認できないほどの速度で肉薄し振るわれた剣は、悪魔の四肢を綺麗に斬り落とした。切断面は瞬時に凍結させられ、トドメとばかりに剣の切っ先が胸を穿つ。

 パキッ、と音を立てて、剣の突き刺さったそこからも凍結が広がった。


「オ、ォァアアアッ⁉︎ なんだ、なんだこの力は……⁉︎ こんな、得体の知れない魔力、儂は知らぬぞ!」

「知ってたら困りますよ。こっちの世界で使うのは初めてなんですから」


 剣へさらに魔力を注ぎ込もうとすれば、寸前でアモンの体が霧のように消えた。

 有澄とイブから離れた位置で体が再構成される。不死性を有しているのではなく、そもそも死という概念が存在しない。ゆえに悪魔は体を大きく欠損した場合、この様に新しい体を作るのだ。


 ある種の概念的存在であるからこそ為せる所業。現実に存在するための魔力さえあれば、器である肉体はいくらでも替えがきく。


「痛みはあるみたいですし、問題ないですね」

「小娘が……!」


 フクロウの頭は苦虫を噛み潰したような表情をして、再び姿を消した。

 しばらく警戒していた有澄だが、完全にその気配が消え逃げたのを確認すると、剣をどこかへ消す。


 けれど、有澄にとっての修羅場はここからだ。


「逃しましたね」

「え、師匠?」

「ここで仕留めきれないとは、やはり修行が足りない。お仕置きです」

「待って! 待ってください師匠! わたしももういい歳ですから鎖で縛られるのはさすがに……!」


 ジャラ、と音が鳴る。恐怖の象徴でしかないそれを聞いて、有澄の顔は青ざめた。



 ◆



 ここに来るまでのことを、全て話した。

 自分が生まれた未来のこと。幼い頃に両親が亡くなったこと。復讐を誓いグレイに挑み、呆気なく殺されたこと。転生者になり、織と愛美としても生きたこと。それでも歴史は変わらなくて、桐生朱音として再び生まれても、両親は殺されてしまい、グレイには何度挑んでも勝てなくて。

 やがて時間遡行を行い、二十年の時間を遡ったこと。


 訪れた過去でまず凪と冴子の死を防ごうとして、サーニャと出会い両親とは敵対し、正体を打ち明けたあとは二人からとても愛されて、幸せな時間を過ごせたこと。


 けれど、大切な友人を守れずに失った。

 あわや両親まで、今度は自分の目の前で失うところだった。


 未来を変えたくて、両親の力になりたくてあの時代にやって来たのに。朱音は結局、なにもできないまま。

 それでも。あの時代の織と愛美から受けた愛情は、共に過ごした時間は、たしかに幸せな思い出として存在している。


 辛いことも苦しいことも、楽しいことも嬉しいことも。

 その全てを、向かいに座る探偵に語って聞かせた。


「頑張ったんだな」


 全てを聞き終えた凪は、とても優しい顔をしていた。魔術師でも探偵でもない、ひとりの親としての顔。

 朱音にとっては祖父にあたる彼だけど。自分の家族の頑張りを、まるで自分のことのように喜び、労う。立ち上がって、朱音の頭を撫でてくれる。


「撫で方が、父さんと似てます……」

「そりゃそうだ。自分で言うのもなんだが、俺は息子のことが大好きだからな。今の歳からもうめちゃくちゃ撫でてやってるんだよ」

「それも、父さんと同じです」


 朱音も生まれた時から、何度も何度も父の大きな手に撫でられてきた。未来でも過去でも、それは変わらない。


「朱音はこれから、どういう未来が欲しい?」

「私が欲しい未来、ですか?」


 撫でる手を止めた凪が、唐突に尋ねてくる。

 そんなもの、この身が転生者となった時から決まっていた。


 平和で幸せな世界が欲しいと。

 大好きな両親と、平穏な日常を過ごしたいと、何度も願った。


 けれど今では、少し違う。


「みんなと一緒にいられる未来が欲しいです。父さんと母さん、サーニャさんや葵さんや師匠にカゲロウ、翠や明子、丈瑠さんも。それだけじゃない。蒼さんや有澄さんたちも、桃さんだっている。私に優しくしてくれた大好きなみんなと、一緒にいられる未来が」


 それは叶わない。

 大切な友人だった魔女は死んでしまった。有澄はそもそも異世界の住人だ。朱音以外の転生者は、己の後悔を果たすために各々がバラバラに動く。

 みんな一緒になんて、到底叶わぬ無茶な願い。あり得るはずもない未来。


 だって、そう願う朱音自身が。

 あの時代の住人じゃないのだから。


「私はきっと、全てが終わったら元の時代に帰らないといけない……帰れなかったとしても、あの時代で生き続けることはできないと思いますので……」


 確証はないが、確信があった。

 魔術や異能と言った超常の力を消す。そこがゴールだとして、ならばその力の恩恵で時間遡行した朱音はどうなるのか。

 これはなにも朱音だけに言えた話ではなく、それこそ異世界出身の有澄や、存在が魔術という概念そのものに変質した蒼にも言えることだ。


 両親と一緒に探偵の仕事をして、翠や明子と普通に学校に通ってみたりして、たまにはサーニャに甘えたり、葵と蓮の仲をからかったり、カゲロウと今みたいに他愛無い口喧嘩をしたり。

 桃に色んなことを教えてもらったり。

 そう言う未来が欲しい。


「お前が望むなら、例え不可能でも叶うさ」

「無理ですよ……」

「いや、できる。織と愛美ちゃんの娘で、その名前をもらった朱音なら」


 言われたことの意味を理解しかねて首を傾げたが、すぐに思い至った。


 キリの力。

 桐生、桐原、黒霧、亡裏の四家がそれぞれ受け継いだ、絶対の力。

 朱音はそれを、全て扱うことができると。以前学院長室で話したばかりだった。


「どうして、朱音がこの時代に来れたと思う?」

「それは、私の銀炎が……」

「二十年の時間遡行はなんのデメリットもなしにはできないんだろ? しかもそれが実体を伴わないと来た。それに、その紅茶」


 指さした先には、テーブルの上に置かれたカップが。半分ほどしか残っていない紅茶は、朱音が飲んでいたもの。飲めるはずないと、そう思っていたもの。

 ならばなぜ、朱音は紅茶を飲めたのか。


 凪が幻想魔眼を持っていたからだと思っていたけど、それは違う。彼はその力を、朱音を視認することに対して使っている。

 織が魔眼を行使する際も、殆どが一度につき対象は一つだった。複数の対象をとる場合、彼はかなり無理している様子だった。

 でも、凪にそんな様子は見られないし、この魔眼は借り物で偽物だと本人が言った。


 ならば、残された答えはひとつ。


「いや、でもどうして……この魔眼は……」

「それが、キリの人間ってやつだからだよ」


 未来を求め、未来へ繋ぎ、未来を作る。

 キリの人間とはそういう一族だ。凪から織へ、そして未来の織から朱音へ、その力はたしかに受け継がれていた。


「朱音には力がある。誰も知らない、どこにも記録されていない未来を作る力が。きっと織一人じゃ足りないだろうから、その時は朱音が、あいつのことを助けてやるんだ。きっとそのために、お前は二十年の時を遡ったんだろうさ」


 事務所のガラスを見つめる。鏡のようにそこへ映る朱音の顔、その瞳は、たしかにオレンジの輝きを放っていた。


 この力があれば、今度こそ本当に。

 父さんと母さんの力になれる。あの二人助けてあげられる。

 叶わないと思っていた未来が、現実味を帯びる。


「きっと織も愛美ちゃんも、朱音と同じ未来が欲しいんだろ? だったら、家族みんなで立ち向かえ。そうすれば誰にも負けない」

「はいっ……!」


 朱音の強い返事を聞いて満足げに微笑む凪が、また頭を撫でてくれた。

 いつまでここにいられるのかは分からない。でも、この感触は覚えておこう。今は亡きもうひとりの祖父。自分の父親ののルーツとなった探偵の、優しい手つきを。

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