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Recordless future  作者: 宮下龍美
第0章 BlueFlame Encounter
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「おい、起きろ馬鹿ども」


 誰かに体を蹴られて、蒼は目を覚ました。全身に鈍い痛みが残っており、再生の余韻である蒼炎がまだ体の至るところで揺れていた。


 周囲を見渡し、記憶を確認してハッとなる。


「アリスは……?」

「俺が来た頃には、お前らがここで倒れてるだけだった」


 答えるのはアダム。なにかしらの異常を感じ取って駆けつけてくれたのだろう。

 あの規模の魔力を使っていたのだ。アダムだけでなく、この場にいない龍も気付いているかもしれない。


「見事にしてやられたね、蒼。どうする? 相手はあの魔女だけど」

「まー、選択肢なんて限られてるけどなー」


 起き上がったルークと聡美が、苛立ち混じりの声で言う。

 相手が誰だろうが関係ない。やることは決まっている。


「アダム、状況は把握してるね?」

「大方は。龍が魔力の残滓を元に追跡している。日本国内からは出てないみたいだな」


 学院本部のあるイギリスに連れて行っていない? 魔女は本部からの刺客じゃなかったのか?

 疑問が浮かんでくるが、それは後回しだ。魔女にどのような思惑があろうと、アリスを拐った事実は変わらない。


 だが問題は、魔女の使ったあの力だ。

 魔術も異能も、あらゆる力がやつに制御権を奪われた。そこを攻略しないことには、魔女に勝てない。


 ここで考えていてもラチがあかないか。いざとなれば、奥の手を使ってでもアリスを取り返す。


「それじゃあ行こうか。魔女だかなんだか知らないけど、借りはきっちり返さないとね」



 ◆



 目を覚ました時、そこは見たことのない、知らない廃墟の中だった。

 柱を背もたれにする形で座らされ、しかし手足を縛るものはなにもない。

 気を失う前の、最後の記憶を遡る。


 倒れた二人の転生者と、目の前で腹を穿たれた錬金術師。


「みんなは……⁉︎」

「殺してないから、安心していいよ」


 そんな疑問に答えたのは、暗闇から姿を現した少女。お下げに結った黒髪が幼く見せる、華奢な体をした魔女だ。


 突然襲い掛かり、アリスをこの場へ拉致した張本人。


「改めて。はじめまして、アリス・ニライカナイ。わたしは魔女。名前なんて特にないけど、周りからはそう呼ばれてる」


 自嘲混じりの笑みを浮かべ、魔女と名乗った少女はアリスの眼前に立つ。

 この世界のことなんてまだなにも知らないアリスではあるが、この少女がとてつもない力を秘めているのは、嫌でも理解できた。


 蒼たち三人を簡単にあしらった実力もしかり、その時に見せたあの力もしかり。

 今のアリスでは、なにをどうしたって敵わない相手だ。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。わたしは別に、あなたをどうこうしようなんてつもりもないし、学院本部に引き渡すつもりもないからね」

「それを信じるとでも?」

「まさか」


 だが実際、アリスが拘束されていないことを見ても嘘ではないのだろう。学院本部に連れて行くというのなら、こんなところで油を売ったりはしないはず。

 魔女の仄暗い瞳からは、その感情も、目的も、なにも読み取れない。


「どうして、わたしを拐ったんですか。本部とやらに連れて行かないなら、あなたの個人的な理由があるんでしょう?」

「どうして、か」


 ジッと、その仄暗い瞳に見つめられる。奥に大きな闇を秘めた瞳に。

 元いた世界で、何度か見たことのある類の目だ。そのどれよりも大きな闇を抱えてはいるけど、なんとなく察しがついた。


「わたしはね、ある吸血鬼に復讐するため、今日まで生きてきた」


 ああ、やっぱり。

 この長くない人生の中で、色んな敵からアリス本人が向けられてきたから。

 だから、それがどれだけ虚しいものなのかも、知っている。


「そのために、あなたの力は有益かもしれないと思った。だから確かめに来たんだよ。ついでに転生者とか言う連中の力もね」


 期待外れだったけど。と、失望を隠しもしない声。勝手に期待されて勝手に失望されるなんて、蒼たちにとっていい迷惑だろう。


「復讐なんて、なにも残らない虚しいものです……」

「それが?」

「あなたの事情なんて、わたしはなにも知りません。でも、それを辞めるべきだと言うことだけは言えます」

「どうして?」

「誰も救われないから。あなたも、あなたが失った人たちも」

「救いなんて、最初から求めてないよ」


 手遅れだ。

 この魔女に言葉は届かない。それだけ、抱える闇は大きくなっている。

 相応の出来事があったのだろう。アリスはそれを知らない。だからアリスの言葉は魔女に届かず、上滑りするばかり。


「色んな人に、何度も同じことを言われた。復讐なんて無意味だ。死んだ人間はそんなこと望んでいない。だからどうしたの? そんなどこにでもあるつまらない言葉を真に受けて、あいつを、グレイを許せって? 冗談じゃないッ!! 許せるわけがないんだ! わたしの全てを奪った。代わりにこんな力を手に入れてしまった! なら、わたしがやることなんて一つしかないんだよ!」


 憎悪の炎が、瞳の奥で激しく燃える。

 魔女の怒りに呼応して、廃墟全体が揺れ始めた。

 それもほんの数秒で収まり、深呼吸を一つして落ち着く魔女。けれど、瞳に宿る炎だけは消えない。


「ごめん、こんなことあなたに言っても仕方ないよね。でもわたしは、やめるつもりなんてない。誰が望んでなくても、わたし自身が望んでるんだから。理由なんてそれだけで十分でしょ」

「ならわたしは、あなたに力をお貸しするわけにはいきません」


 魔女の片眉が釣り上がる。断られるなんて思ってもいなかったのか。あるいは、そう答えるアリス自身に興味を抱いたのか。


 消えない炎の燻る瞳に、敵意を以って睨み返す。


「龍神様のお力は、世界を守るためのもの。決して復讐などに使われていいものではありません」


 立ち上がり、手元に杖を出現させた。

 必ず守ると、あの人は言ってくれたけど。わたしは守られるだけのお姫様じゃない。

 龍の巫女は、世界を守る側の人間だ。


 だったらこんな状況、自分一人で切り抜けないと。


「オーバーロード、限定解除」

「……ッ!」


 突然アリスを中心として力が渦巻き、魔女が咄嗟に距離を取る。

 この世界の、あるいはアリスの世界の魔力とも違う。全く異なる別種の力。


 位相を操る魔女ですら理解不能のそれは、アリスがその身に宿す龍神のものだ。


 力は巫女の右腕へと収束する。人間の肌が、本来なら有り得ない変化を遂げていた。


 白い鱗と、鋭い爪。

 まさしくドラゴンの持つそれへと。


「我が名を以って命を下す、其は虚無を飲み干す重力の檻!」


 脅威を認めた魔女が早口に詠唱を唱える。

 魔法陣から生み出されるのは、真っ黒の球体。そこへ廃墟の中にあるあらゆるものが飲み込まれていく。落ちているゴミも、コンクリートの床や天井も、支柱ですら。

 重力の塊。ブラックホール。


 飲み込まれれば最後、その存在を保つことすら不可能。

 あろうことかアリスは、自らの意思で持って床を蹴り、球体へと肉薄した。


「この程度なら!」


 変化した右腕を、球体へ突き出す。

 ただそれだけで、重力の塊は真っ白に凍りついた。

 右腕を引き抜き、魔女へ向ける。その先に魔法陣が展開された。


「絡み取れ、白薔薇(ブランシュローズ)!」

「ちっ……」


 放たれるのは真っ白な氷の茨。波のよう迫る物量を前に、魔女は廃墟の外へ飛んで逃げた。しかし茨は逃がさない。廃墟の壁を破壊しながらも華奢な体を追う。


術式接続(コネクト)君臨せし魔の探求者レコードレス・ウィッチ


 ただの魔術では対処できないと判断したのか、魔女はあの時に見た姿へと変わった。

 アウターネックの黒いドレスに三角帽子(ウィッチハット)。一体どのような力なのかは理解できないが、アリスが行使するのは異世界における最強の力だ。

 そう簡単に突破できるわけがない。


 廃墟から飛び出したアリスの見た光景は、そんな期待とは裏腹のもので。魔女の放った魔力砲撃は茨とぶつかり、全てを蒸発せしめた。


「そんな……」

「いや、今のは危なかったよ。なるほど、それが龍神の力か。でも、使い手がこの程度じゃあまだまだ本領ってわけでもなさそうだね」


 魔女の言う通りだ。本来はこの程度の力じゃない。アリスがまだ、龍神の力を100%発揮できていないからだ。

 それは異世界の魔力にまだ馴染みきっていなかったり、宿した龍神がなぜか眠ってしまっているからだったりするのだが。


 悔しさに歯噛みするアリスは、全て自分の力不足だと自分を責める。


 誰からも褒められず、出来て当たり前だと自分に言い聞かせ、血反吐を吐くほどの努力や研鑽を積み重ねてきた。

 龍の巫女としてそれが当然で、そうあるべきで、なのにこの世界では、その全てが無に帰してしまう。


「どうする? そろそろ降参をオススメするけど」


 諦めるわけにはいかない。この力を、こんな人に使わせるわけには。


 左手の杖を構え直す。変貌した竜の右腕を強く握りしめた。

 目の前の魔女からは、失望の滲んだため息が。無謀だと思うならそれでいい。蛮勇だと笑うなら好きなだけ笑え。


 この身に帯びた使命を果たすまで、わたしは決して折れないから。


「終わりだね。ちょっと痛い目見てもらうけど、我慢してよ」

「痛い目見るのは君の方だぜ、魔女」


 この場にいない男の声が、夜空の下に響き渡った。

 遅れて、アリスと魔女の間に槍が降ってくる。空中にも関わらず、空間に刺さったかの如く静止した槍。そこを起点に広がる巨大な魔法陣。


「魔力が吸い取られる……?」


 魔法陣の外へ退避した魔女へ、上空から魔力砲撃が雨のように降り注ぐ。

 小さな体は光に飲まれ、アリスの前に現れたのは砲撃を放った本人。小鳥遊蒼。


「ごめんアリス。僕らが来るまで、よく頑張ったね」


 柔らかい笑顔と優しい声の蒼に頭を撫でられて、アリスの目には涙が滲んだ。



 ◆



「数だけ増やして、また負けに来たの?」


 この場に来たのは蒼だけじゃない。

 ルークと聡美も、アダムも、龍もいる。合計五人。正真正銘、日本支部が持つ最大戦力。

 その五人を前にして、魔女はカケラも怯んだ様子を見せない。

 それどころか、挨拶代わりの砲撃を受けても無傷だ。


「まさか。今回は全力で勝ちに来たよ。そのドレスがどういう力かは知らないけど、まさか無条件に使えるってわけでもないだろう?」


 魔女の表情が僅かに歪んだ。

 希望的観測のもとにおける予測でしかなかったが、どうやら当たっているようだ。


 先の戦闘の際、魔女が初手からあの力を使っていれば、蒼たちはなす術もなく一瞬で制圧されていた。しかしそうしなかったということは、それ相応の理由が存在していることになる。

 本来なら制限時間のあるものなのだろう。そんな力を連続で使っている。そろそろ限界が近いはずだ。


「だからどうした、って感じだけどね。このドレスさえあれば、あなたたちを倒すのに一瞬もいらない」


 魔女が力を解放しようとしたその時、何もない空中から銀色の槍が襲い掛かった。咄嗟に身を翻し避ける魔女だが、休む暇も与えずルークと龍が斬りかかる。


「そう簡単にやらせるかよ」

「さっきの借りは返す!」


 剣術だと二人の方が上手だ。作り出した魔力剣を手に迎撃する魔女だが、隙を縫って迫る聡美の槍もあり、防戦一方を強いられている。あの力を使う暇もないほどに。


 しかし技術の差を魔力量でゴリ押し二人を弾き飛ばした魔女は、新たに魔法陣を展開。極大の砲撃を繰り出した。

 それに身を晒すルークと龍の前に、黒い少年が躍り出る。


「なるほど、位相の力を使ってるのか。道理でこちらの魔術や異能を支配できるわけだ」


 興味深そうに呟いたアダムに砲撃が当たる寸前。魔法陣ごと、光が砕け散った。


 これにはさしもの魔女も、驚きを隠せないでいる。口を開け、ただ呆然とアダムを見つめるのみ。


「悪いな、俺のこいつはただの異能じゃないもんで」

「アダム・グレイス……聞いていた噂以上だね」

「なにを聞いてるかは知らんが、そこの馬鹿どもとは違って失望はさせんぞ?」

「……いや、あなたとは戦いたくないかな。ドレスの力も通用しなさそうだし」


 言って、魔女がドレスを解いた。元の服装に戻り、こちらに向ける敵意すら失せている。


「そこの転生者の言う通り、時間切れ。これ以上戦っても、わたしが得られるものはなにもなさそうだし」

「みすみす逃すとでも?」

「別にいいけど、どうなるか分かってるでしょ? そっちはそっちで、倒すべき敵っていうのがいるんじゃないの」


 魔女の言う通りだ。ここでまだ戦いを続ければ、互いに無傷では終われない。相当な痛手を被ることになるだろう。

 そうなると、今後控えているあの黒龍との戦いにも支障をきたす恐れがある。


 あくまでも今の敵は黒龍エルドラドだ。魔女を相手に泥仕合を繰り広げる理由がない。

 ここに来た目的だって、アリスを取り返すためだったのだから。


「そう言うことだからわたしは帰るよ。アリス・ニライカナイの身柄は、日本支部に任せる。本部の老害はこっちで説得してあげる」

「えらく気前がいいじゃないか。どういうつもりだ?」

「別に。その子の力は見れたし、ドレスが通用することも確認した。わたしの個人的な目的は半分くらい達成できたから」


 蒼たちに背を向けた魔女は、でも、とこちらも見ずに言葉を続ける。


「そこの転生者、一応名前は聞いておこうかな」

「小鳥遊蒼だ。君は次に会う時まで、その体に見合った名前を考えておいてくれ。呼びづらい」

「気が向いたらね」


 転移でどこかへ消えた魔女。張り詰めていた緊張の糸が切れ、蒼はドッとため息を吐き出す。

 疲労と、それ以上の安心感。


「あの……」


 服に僅かな重みを感じた。

 振り返れば、アリスが服の裾を引っ張っている。伏せた視線は泳いで、口はモニョモニョと言葉を吐き出さないけど。


 アリスはここにいる。

 今度は、失わずに済んだ。


 その実感が湧き上がり、蒼は思わず、小さな体を抱きしめていた。


「ちょ、ちょっと! なにするんですかいきなり!」

「よかった……本当に、無事でよかった……」


 重く吐き出した言葉に、アリスもなにか感じるものがあったのか。それ以上文句は言わず、ただされるがままに蒼の抱擁を受け入れた。



 ◆



 魔女からの襲撃は早速学院長の南雲に報告した。おかけで彼は本部のお偉方への対応に追われているが、蒼の知ったことではない。


 疲労の蓄積した身体を引き摺るように帰宅して、夕飯もそこそこに部屋に引きこもっていると、控えめなノックが。


「疲れているのにすみません。すこしいいですか?」


 やってきたのはアリスだ。疲れているのは彼女も同じだろうに、いや、もしかしたら蒼以上に疲労があってもおかしくないのに。

 それでも訪ねてきたということは、どうしても聞きたいことがあったのだろう。


 部屋の中へ促せば、いつかと違い素直に入ってくる。出会った当初と比べれば、心を許してくれている証拠だろうか。


「それで、どうかしたのかな?」

「お礼をちゃんと言えていなかったので」


 律儀な子だ。

 礼をされるようなことはしていない、とは言わないまでも、解散前に蒼も含めた五人に対して頭を下げていたのに。


「助けてくれたこともそうですけど……」

「他になにかあったっけ?」

「……わたしのこと、ずっと褒めてくれてるじゃないですか。今日、助けに来てくれた時も」


 なんだそんなことか。それこそ、わざわざ礼を言われるようなことではないのだけど。

 しかしアリスにとっては違うようで、訥々と、白い少女は内心を吐露し始めた。


「わたし、誰かに褒められたことって、全然ないんです」

「一度も?」

「まだ小さな頃、お母様やお父様には褒めてもらえてましたけど。お母様から龍神様を受け継いで龍の巫女になってからは、二人ともあまり会わなくなってしまったので」


 察していたことではあった。だから蒼は、必要以上にこの少女のことを褒めちぎった。

 本人が望んでいなくても、それは必要なことだと思ったから。こんなに頑張ってる子が認められないなんて、間違っていると思ったから。


「周りの魔導師からも、魔導を教えてくれる先生からも、できて当たり前だからと、一度も褒めてもらったことがないんです。わたし自身、龍の巫女である限りはそれが当然なんだと思ってました」


 世界の平和を守る。

 なにも大袈裟な言い方ではなく、龍の巫女とはそんな使命を持っている。

 そのためには強くなくてはいけなくて、それが当たり前で、だから褒められるようなことではなくて。


「でもやっぱり、ダメですね……あなたに一度褒めてもらってから、わたしの魔術が綺麗だと言われてから。もっと褒められたいって、そう思っちゃいます。多分今までも、心のどこかでそんな気持ちがあったんです」

「それはなにも、おかしなことじゃないと思うよ。誰かに褒められたいって言うのは、人間誰しもが持つ感情さ。龍の巫女だろうが転生者だろうが、普通の人間だろうが変わらない」


 強く、真っ直ぐに育ったのだろう。それはアリスを見ているとよく分かる。

 決して力に傲ることなく、優しさを損なうこともなく、誰よりも強く、真っ直ぐに。


 けれど、あまりにも真っ直ぐすぎると、折れる時も一瞬だ。

 どこかで休息しなければ、いつか遠くない未来に取り返しがつかなくなる。その時になっては遅い。


 美しいその心を、失って欲しくはなかったから。そんな蒼のワガママも少しだけ含まれていた。


「ありがとうございます。わたしはきっと、あなたに褒められていなかったら、あの人の前で心が折れてました。だから……」


 そこまで言って、アリスは目を伏せ頬を赤く染める。続く言葉は紡がれず、けれど蒼は黙ってその先を待った。


 やがて顔を上げた少女は、小さな笑みを浮かべていて。


「これからも、わたしのことを褒めてくれると、嬉しいです……」


 その表情が、いつかの記憶と重なった。


『凄いでしょ先生! わたしのこと、もっと褒めてもいいんだよ!』


 違う。目の前にいる少女は、あの子じゃない。似ても似つかない別人だ。

 なのにどうして、今、あの子の笑顔が重なるんだ。

 ただ名前が同じというだけなのに。


「あの、なにか言ってくれないと、恥ずかしいんですけど……」


 聞こえた声にハッと我に帰る。顔を真っ赤にしたアリスが、羞恥に耐えられなかったのか俯いてしまっていた。

 チラリと上目遣いでこちらの様子を伺って、途端、その瞳には心配そうな色が覗く。


「どうかしましたか?」

「……いや、ごめんごめん。まさか君からそんなことを言われるとは思ってなくてね。呆気に取られてた」

「わ、わたしだって恥ずかしかったんですから!」


 真っ赤な顔で唇を尖らせる様はひどく可愛らしい。年相応の幼さに、思わず笑みが漏れてしまう。

 そこに、あの子の影は重ならない。


「いいよ、僕で良ければお安い御用だ。君が望む限り、僕は何度だって君を褒めるさ」


 頬を膨らませて不機嫌を表す様が可愛すぎたので、とりあえず頭を撫でておいた。チロリと睨まれたけど、なにも言ってこない辺り嫌ではないらしい。


 撫でる手を止めれば、少し名残惜しそうな顔を向けられる。もう少し頭を撫でてやりたい衝動を抑え、至極真面目なトーンで切り出した。


「でも、僕は君に謝っておかないとね。守るだなんて言っておきながらあの様だ」

「助けに来てくれたじゃないですか」

「それでもだよ。まさか魔女が来るなんて思わなかったけど、そんなもの言い訳にならない。今度は絶対、君を守る」


 もう失うのはたくさんだ。

 心の中でそう付け足して、蒼は決意を新たにした。

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