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Recordless future  作者: 宮下龍美
第0章 BlueFlame Encounter
124/182

 夜に小鳥遊家とだいぶ親睦を深めたアリス。父親もアリスのことは大歓迎、というか娘がもう一人増えたと大盛り上がりだった。一先ず受け入れられたようで、蒼としても一安心だ。


 しかし、心配事は他にもある。

 果たして彼女がこの世界で、魔術を上手く扱えるのかどうか。

 アリスの使う魔術がどういう原理なのか、まだしっかり聞いたわけではないが、もしも大気中の魔力を扱うのであれば、上手く使えないかもしれない。

 アリス自身が持っている魔力がそうであるように、彼女の世界とこの世界の魔力は、多少異なる。上手く順応出来ればいいのだけど、そう簡単に行くとは思わない方がいいだろう。念のため、この世界の魔術式も教えておいた方がいいかな。


 そう思いそろそろ寝ようかとした時、部屋の扉がノックされた。起き上がって扉を開けば、凛子から借りたスウェットに身を包んだアリスが立っていた。

 まさかこの時間に部屋まで訪ねてくるとは思わず、蒼はつい目を丸くする。


「すいません、今お時間いいですか?」

「いいけど、まさか君から部屋を訪ねてくるとはね。どうしたんだい?」

「他意はありません。ひとつ、聞き忘れていたことがあったので」


 中に通そうとしたが、アリスは首を横に振った。本当にひとつ聞きたいことがあるだけのようだ。

 あるいは、警戒して中に入らないのか。


「で、聞きたいことって?」

「アダム・グレイスについて」


 意外な名前が飛び出して、今度こそ本当に驚いた。


「あの人は、なんなんですか? あなたは規格外と言いましたが、そんな言葉ひとつで言い表せられるような存在には思えません」


 転生者のような事情があるわけでもなく、少なくとも五十年以上は昔からずっと同じ姿をした少年。

 そんな彼が、ただの人間であるはずもない。わざわざ聞くまでもなく、大きな力を持っているのは明白だ。


 しかし蒼は、アダムについて詳しく知っているわけでもないのだ。


「彼のことがそんなに気になるかい?」

「どちらかと言うと、あの人の近くにいる貴方達の気が知れません」

「それは、どう言う意味かな?」

「たしか、異能といいましたか? 破壊があの人の異能と。あれはそういう、力の類いじゃありませんよ。体質、と言った方が近い」


 アリスが何を言いたいのか、蒼にはイマイチ見えてこない。ただ、この白い少女があの黒い少年になにかを見出したのはたしかで。それはきっと、蒼がこれまで触れてこなかった親友の核心に近づくものなのだろう。


「明日、学院の依頼に行くだろう。その時アダムにも同行してもらうから、彼についてはその時にでも見極めてくれ」


 渋々と言った様子ではあったが、アリスは頷いて自分の部屋へと戻っていった。


 さて、考えることが増えた。

 アリスがアダムのことも警戒し始めるとは。彼は蒼の親友であるから、出来れば仲良くして欲しいのだけど。

 それも明日の依頼次第か。


 いい加減眠気が限界になり、蒼はベッドに倒れ込んだ。



 ◆



 翌日、アリスを伴い学院へやって来た蒼は、アダムと合流して掲示板前に来ていた。因みにアリスはあの豪華なドレスではなく、凛子から借りたジーパンとシャツの上からパーカーを羽織っただけの簡単な格好だ。


 どうやらアダムに対しては目に見えて警戒しているわけでもなく、アリスは二人の後ろについてくるだけ。


「龍とルークは?」

「黒龍の調査に向かった」

「なら今日は三人だけだね。さあアリス、どんな依頼がいいかな?」

「せっかくなので、お二人の実力を知れるものがいいですね。それから、わたしがこの世界でどれほど魔術を使えるのかも」


 ふむ、となれば魔物討伐系が一番か。しかしここに貼ってあるものとなれば、蒼とアダムの実力を正確には測れないだろう。

 なら蒼たちがいつも受けてるようなものにするかと考えるが、逆に難易度が高すぎる。アリスの身になにかあってからでは遅い。


 やはり適当な魔物討伐か。蒼は掲示板から、手近な依頼書を取ってアリスに見せてやった。


「これなんてどうかな。ガーゴイル二十体討伐。この世界だとガーゴイルはさほど強力な魔物でもないし、数も十分だろう」

「二十ですか……多いですね」

「まさしくそこが、学院に依頼されてる理由でね」

「ガーゴイルは一体一体ならなんの脅威にもならないが、群れを形成すると厄介だ。知性が高いからな。かなりの連携も取ってくる」


 あくまでも、この世界における一般的な魔術師の視点で語る二人。

 当然二人は一般的な魔術師などではないので、ガーゴイルごときが何匹群れようが関係ないのだが。


「群れ、集団っていうのは、個の集まりだ。完璧に統制された動きに見えても、どこかで綻びが出る。別々の存在が集まって一つになってるんだからね。それは魔物だろうが人間だろうが同じ」

「理解しています。敵陣の穴を突くのは、まず最初に考えられるものですから」


 昨日から思っていたのだが、アリスは戦争を経験したことがあるのだろうか。百年戦争たらいうものはかなり昔という話だが、小さな内紛や小競り合いが続いてるとか?

 気にはなるけど、そこを尋ねるのは後回し。今は依頼についてが最優先。


「教科書通りの連携を完璧にされたところで、さほど脅威ではありませんね」

「ま、そこは実際に現地に行ってからだね」


 依頼書片手に、職員室へ向かう。その中にいた教師に依頼の受理をお願いすれば、一瞬不思議そうな顔をされたが、アリスの顔を見て合点がいったようだった。


 蒼とアダムが揃ってガーゴイル程度の討伐に出るなんて、そりゃそんな顔もされる。しかしそこにアリスの存在があれば、学院の人間はすぐに事情を察するだろう。


 依頼の受理を終え、三人は転移で一息に現地へ向かった。

 ガーゴイルが棲家としているのは、山の奥にある洞窟だ。その入り口に立つ三人を待っていたのは、想定内の光景で。


「こりゃまた、盛大な歓迎だね」

「転移を察知されたか。さすがに展開が早いな」


 空中、あるいは地上で堂々と、はたまた木の上やその影に隠れ、黒く塗り潰された瞳がいくつも妖しく輝いている。

 二十体のガーゴイルは、その全てが三人を囲むように展開していた。


 想定内どころか好都合。わざわざ探す手間が省けた。


「アリス・ニライカナイ。お前の力、見せてもらうぞ」

「お任せください」


 杖を手元に出現させたアリスが、漆黒の体躯に悪魔の貌を持った魔物と相対する。

 蠢く魔力は、やはり蒼たちの持つものとは異なるもの。質や量なんて言葉にできるものではない。もっと、根本の成り立ちからして異なる魔力。


 杖先に収束する魔力が、アリスの足元に一つの魔法陣を形成する。それもまた、見たことのない術式だ。魔力展開から術式構成、魔法陣展開までのプロセスはこちらの世界と同じだが、やはり術式の作りが全く違う。


 そして辺りには、徐々に冷気が漂い始めていた。

 どういった類の魔術かをそれで察する。ガーゴイルたちも脅威に気付いたのか、凶悪な爪を煌めかせ、周囲の二十体が一斉に襲いかかってきた。

 迎え撃つは異世界の魔術。その力が発揮されようと魔法陣が光り輝き、


 パリンッ! と、音を立てて割れた。


「……あれ?」


 心底不思議そうな顔で首を傾げるアリス。

 だがまあ申し訳ないが、これも蒼にとっては想定の範囲内だ。


流星一迅(ミーティア )


 青白い光りが迸ったかと思えば、二十体のガーゴイル全てが斬り伏せられていた。後に残るのは赤黒い魔物の血と死体。刀にこびりついた血を払う蒼と困惑したままなアリス、ため息を溢すアダムだった。


「ガーゴイルごときに使う魔術じゃないだろう」

「可愛い子の前だからね。ちょっとカッコつけたかったのさ」

「い、いったいなにが……」


 アリスの困惑と疑問は、どうやら蒼の魔術へと移行してしまったらしい。というより、自分の魔術が発動せず、かと思えばガーゴイルが全滅している一連の出来事そのものに、といったところか。


「アリスの魔術が発動しなかったのは、やっぱりアリスが持つ魔力のせいかな」

「位相がまだ完全に作用していない、という可能性もある。その場合、使えるようになるのは時間の問題だろうが……」

「術式も微妙に違うしね。その辺りも影響してたり?」

「だとすれば、少々厄介だな。そいつが異世界でどれだけ強いやつだったとしても、この世界ではクソの役にも立たんぞ」

「言い方。女の子相手なんだから、もうちょっと言葉を選びなよ」


 クソの役にも、なんて汚い言い方をしていい子ではないだろう。もっとお上品な、とまでは言わないけど、オブラートに包むくらいしてあげて欲しい。


 だが一方で、アダムの言葉はなにも間違ってはいない。

 アリスの目的は、この世界にやってきた黒龍の討伐だ。そして蒼を始めとした学院側も、その討伐を協力するためにアリスと行動を共にしている。

 しかしそのアリスがこんな有様。落ち込んだように俯く彼女は、しかし次の瞬間には悔しそうに歯噛みしていた。


「説明を求めます」

「今したところだけど」

「そちらではなくて。わたしの魔術が発動しない理由、その可能性については、理解しました。なら、どうしてガーゴイルが全滅したんですか? あなたたちがなにかしたんでしょう?」


 瞳には好奇心の光を宿らせ、蒼へと詰め寄ってくる。不意の接近に年甲斐(?)もなく心臓を高鳴らせるが、アダムの視線がなんか痛いので、至極冷静を努めるようにした。


「僕の魔術だよ。流星一迅。誰にも視認することができない速さで動く魔術だ」

「速度の具体的な数字は?」

「便宜上は光速の三十倍を謳ってるけどね」


 驚愕に目を丸めるアリスだが、正直なところ蒼も把握できていない。

 そもそも、蒼の流星一迅は単にスピードを上げるというだけではないのだ。どちらかと言えば概念干渉系の魔術に分類される。

 通常の強化のみで蒼が到達できる最高速度は、音の五倍程度が関の山。それでは叶わない敵なんて、これまで大量に見てきた。

 誰にも追いつけない、視認することすら出来ないスピードを追い求めて、ならその文字通りの効果を持った魔術を作ればいいと思い至ったのだ。

 言葉そのままに「追いつけず、視認できない速度」という概念を付与する魔術。

 それが流星一迅。

 概念という目に見えない曖昧なものに作用しているのだ。具体的な速度を把握していない理由はそこにある。


「流星。この馬鹿が前世で呼ばれていた名だ。速さしか取り柄のない馬鹿だったからな」

「これでも、この魔術を作るのはかなり苦労したんだぜ? 簡単に真似できるようにも作ってないし、そもそも概念干渉系の魔術自体が使える人間少ないからね」


 ここ最近では、この魔術は蒼の中で一番の自慢なのだ。誰にでも真似できるようにはできていない。


 まあ、十六年後に独力で同系統の魔術を開発した少女が弟子になるのだが、それはまだ先の未来の話だ。



 ◆



 ガーゴイル討伐の依頼も終わり、さてこの後は帰るだけとなったのだが。三人は学院に戻らず、山の中に留まったままだ。

 新たに発生した問題、アリスの魔術について話し合うため。


「……やっぱりダメみたいです」

「他の術式とかは?」

「いや、やるまでもないだろう。こいつの世界の魔術に関するもの、全てにロックがかけられてる状態。そう思った方が良さそうだ」


 再び杖に魔力を収束し、魔術を使おうとしていたアリスだが、やはり呆気なく霧散してしまっていた。

 それを見たアダムの考察だが、やはり位相のフィルターがまだ適応していないのだろうか。そうであれば時間の問題だと思うのだけど、楽観視するわけにもいかない。


「ようは、アリスがこの世界の魔力で、この世界の術式を構成して、この世界の魔術を使えばいいって話でしょ?」

「それができれば苦労しないですよ」

「いや、それがそうでもないんだ」


 ひとつだけ、手がないことはない。

 つまり、作ってしまえばいいのだ。新たな魔術を、一から。


「ソウルチェンジ・オーディン」


 力を解放する蒼。

 ただの一言。されど転生者には、その一言があれば十分。

 魂を変貌させる、転生者にのみ許された業。それがソウルチェンジ。


 これまで生きてきた魂を、今の魂に上書きする。その結果、ソウルチェンジ発動中に限り、蒼はオーディンそのものとなっているのだ。


 右手につばの広い帽子を、左手に槍を持った蒼は、その帽子を被り、槍をなにもない真正面へ突き出した。


「これでもかつては、魔術の神と呼ばれた男だ。新しい魔術を一から作るくらい造作もないよ」


 槍の穂先で、徐々に幾何学模様が広がっていく。カチ、カチ、と音を立てながら、紋様はあっという間に蒼の背丈を超える大きさまで広がった。


「さて、とりあえず試しに使ってみるかな。アダム、実験台をお願い」

「せめてどんな魔術かを教えろ、馬鹿」


 なんて言いつつ、アダムなら既にある程度の察しはついているだろう。

 穂先に広がる紋様、まだこの世界のどこにもない術式が、光を発した。その瞬間、アダムの表情に僅かばかり苦しげな色が。


「相手の魔力を吸い取り、自分のものにする魔術か……たしかにこれなら、アリスも使えるだろうが……」

「あー、ちょっと失敗だね。これ、僕の魔力消費も激しい」


 今までの歴史で、どうして開発されなかったのか不思議なほどに有能な魔術だ。

 相手の魔力を吸い取るということは、魔術師相手ならば絶対的な優位性を確保することができる。魔物なんて殆どは魔力によって体が構成されているから、この魔術ひとつだけで倒せてしまう。


 そんな魔術、試そうとした魔術師がいないわけがない。作られていないということは、つまり作れなかったということだ。

 あるいは、今の蒼と同じ結論に至ったか。


「こっちの消費が激しいんじゃ、吸収する意味もあまりないね」

「改良が必要だな。もう少しよく見せろ」

「僕的には、第八から二十三あたりまでが怪しいと思うけど」

「いや、そこはそのままにしておけ。変えてしまうと吸収量も減る。それより、問題は五十番台だな。ここを変えれば、術式への魔力伝導率が跳ね上がるはずだ」

「でも、術式の構成速度は落ちるし、吸収した後の術式まで考えると、ここは変えない方がいいよ」

「なら三十番台はどうだ?」

「……うん、変えるならそのあたりかな」


 男二人であーでもないこーでもないと話し合う様を、アリスは後ろから不思議そうに眺めていた。

 この世界に来て、まだ二日目。謎は増えるばかりだし、自分の力は使えないし、早く元の世界に帰りたいというのが本音だ。

 一番の問題は、アリスの保護者代わりというか、お目付役のような男。小鳥遊蒼。


 不思議な魅力を持った男だ。

 いけ好かない言動が目立つが、しかしその性根にある優しさは伝わってくる。まだ深く知り合っているわけでもないが、信頼できる男だと、妙な確信がある。


「よし、こんなもんかな。アダム、もう一回行くよ」

「……まあ、悪くないんじゃないか。吸収量は減ってるが、それ以上にお前の魔力消費も激減してるだろ」

「うん。これに合わせていくつか術式を組み合わせれば、いくらでも応用が効くしね。とりあえず実戦レベルかな」

「だが、この魔術はあまり広めない方がいいぞ。使い勝手がよすぎる」

「裏のやつらにまで広がったら大変だし、その辺は弁えてるよ。信頼できる相手にしか教えないさ」


 そんなアリスの心情を知らない蒼は、背後の少女に振り返り、槍の穂先をそちらへ向けた。まさかそのまま突かれるわけもないだろうし、一体何なのかと首を傾げるアリス。


「じゃあアリス、この魔術使ってみようか」

「わたしが、ですか?」

「そう、君が」


 言って、アリスをちょいちょいと手招きする。なんの疑いもなく近づいてきた彼女。多少は警戒も解けたのか。


「よし。じゃああっち向いて。そうそう、んでこの槍を持つといい」


 てくてく歩み寄って来たアリスを回れ右させて、右手に槍を持たせた。その右手に自分の右手を添えてやれば、案の定飛びのこうとするので左手で肩に手をやりそれを止める。


「おっとストップ」

「な、なにするんですか!」

「なにって、この世界の術式は初めて扱うだろ? だったら僕のガイドが必要かと思って」

「だからって手に触れることはないでしょう⁉︎」


 俄かに頬を染めて叫ぶ様は可愛らしいが、そんなに嫌がらなくても。

 添えた右手と押さえた肩とでバッチリ固定されていて動けないアリスは、顔だけで振り返り恨みがましそうな視線を送ってくる。しかしめっちゃ綺麗だなこの子の顔。


 まあまあと宥めながら、蒼は槍を通して術式の制御権をアリスへ渡した。

 途端、アリスが目を瞠って驚愕を露わにする。


「これ……」

「どうかした?」

「……根幹の部分は全く違いますが、表面上だけを見ればわたしの世界の魔術と酷似しています。それがこの術式だけなのか、他の術式もそうなのかは分かりませんけど」


 ふむ、と考えながら、傍観に徹していたアダムに視線をやる。こちらの考えを汲み取ってくれた彼は、適当な術式をアリスに見えるように展開した。


「あれはどう?」

「違いますね」

「となると、この魔術だけか」


 新しく作り上げた魔術が、たまたまアリスの世界のものと酷似していただけ。

 それだけで片付けられるようなものではないと思うけれど、ひとまずは先送りにしておいていい問題だ。本当にたまたま、という可能性もある。


「それは一旦置いといて、とりあえずこいつを使ってみなよ」

「いえ、少し待ってください。この術式ですけど」


 その後、アリスからの指示に従って、蒼はさらに術式に変更を加えていく。アダムと二人でどうにかこうにか実戦レベルにした術式が、ものの一瞬で更なる改良を見せたのだ。


「これなら、効果範囲がさらに広がって、吸収量も増えているはずです」

「凄いな、この手の魔術を使ったことがあるのか?」

「言いましたよね、術式の表面だけは酷似していると」


 もしかしたらアリスの世界では、他者から魔力を吸い取るのはメジャーな技術だったりするかもしれない。

 そして今のやり取りで十分分かった。アリス・ニライカナイは魔術師として、かなりの腕前を持っているのだと。

 彼女の世界では魔導師と言うらしいが、その魔導師の中でもトップクラスなのではなかろうか。


 アリスの世界の魔術や魔導師に対する興味は尽きないが、その好奇心はまだ抑えておこう。


「よし、じゃあこれで使ってみてくれ。魔力は僕が流すから、制御は君に預ける」

「分かりました」


 ゆっくりと術式へ魔力を流し込む。それが自分の手ではない、他の誰かに動かされる感覚があった。何度か経験のあることだが、やはり慣れない。自分の手足を他人に使われているのと同じなのだから当然だ。


 展開した魔法陣が光を放ち、アダムから吸収した魔力がそこへ収束する。

 それだけでなく、周囲の大気に霧散している魔力すら、問答無用に吸収していくのだ。魔法陣を通し、アリスの体へと。


「予想以上に凄いな……アリス、大丈夫かい?」

「んっ……少し違和感はありますが、なんとか……」


 熱っぽい吐息を漏らす少女には、妙な色気が感じられる。頭を振って煩悩を追いやり、蒼は術式の起動を中断した。


「とりあえずこんなものにしておこう。今吸収した魔力で、魔術を使えるかな」

「試してみます」


 再び杖を取り出したアリスが、その先に魔力を収束する。やがて目の前の地面に魔法陣が展開され、氷の薔薇が一輪咲いた。


 青く透き通った、美しい薔薇。

 けれど寂しげに見えるのは、ポツリと一輪しか咲いていないからだろうか。


「おぉ、綺麗じゃないか。これが君の魔術?」

「本当はこのあたり一帯薔薇まみれにするつもりだったんですけど。だめですね、慣れるまで時間がかかりそうです」

「いやいや、十分大きな一歩さ。魔力はそのうち体に馴染むだろうし、そうなれば君自身の魔力でも魔術を使えるんじゃないかな」


 全く使えない状態からだったのだ。魔力行使、術式起動、魔法陣展開と一連の流れを完全にできている。それだけでも完璧と言っていい。


「いやしかし、綺麗な薔薇だね。こう言うのが得意なのかい?」

「わたしが宿す龍神様の力があってこそです。これくらいはできて当然ですよ」

「そうかな。たしかに力そのものは龍神のものかもしれないけど、それを扱う技術は君の研鑽があってこそだろう? 当然なんてことはないと思うけど」


 ただ大きな力を持っているだけの人間は、本当に強くなれない。その力と向き合い、制御し、使い方を考えなければ弱いままだ。

 アリスはそれが出来ている。龍の巫女とは、きっと蒼が思っているよりもっと重い役割なのだと思う。それでも彼女は、まだ若いその身に力の責任を負っているのだ。


「努力っていうのは誇るべきものさ。決して卑下していいものじゃない」

「そんなこと、初めて言われました」


 美しい顔に浮かぶのは驚きの表情。本当に言われたことがなかったのだろうか。

 いや、なんとなく察しがついた。力や才能を持つものが周りからどう見られるかなんて、蒼自身がよく知っている。


 きっと、どうしようもなく独りで、寂しくて、つらくて。頑張る理由がなければ、すぐに折れてしまう。

 蒼のような転生者ならいざ知らず、まだ十六そこらの少女だ。


 だから蒼は、戯けた調子でこう言うのだ。


「なら喜んでくれ。これからは僕が、好きなだけ君を褒めてあげるよ。君の魔術の腕も、努力も。綺麗な髪や美しい表情、優しい性格まで全部」

「……あなたに褒められたところで、あまり嬉しくはありませんけど」


 拗ねたようにそっぽを向いてしまったが、僅かに見える頬は赤くなっている。それだけで満足して、蒼の顔には微笑が漏れていた。

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