怪盗、再び 2
東京は秋葉原で開催されている、オリュンポス展覧会。
その名の通り、オリュンポス十二神に関する資料などの展覧会であり、魔術学院本部が資金集めの一環で行うイベントの一つでもある。
アンナから聞いた話では、こう行ったイベントは日本で行われるのが常らしい。
「日本は他の国よりも、サブカルチャーが発展してます。ファンタジーな漫画や小説には、こう言った神々が登場したりするのだとか。その手のコアなファン、オタク、と言うのですか? そう言った人たちが集まりやすいのです」
なるほど、だからアキバなのか、と。日本最大の電気街を歩きながら、織は納得していた。
秋葉原に来るのは初めてではない。この近くには、剣崎龍とルークが居を構えている、魔導具店があるのだ。二度ほどそこにお邪魔したことがあるし、愛美が漫画やラノベの新刊を買うのに付き合わされたことも何度か。
しかし、毎回来るたびに広告看板のアニメやらゲームやらが変わってるのは、さすがというかなんというか。
織はそちらの方面に明るくないから、際どい服装した少女キャラの際どいポーズとか見ても、特に興奮とかはしないのだが。
隣を歩く少女はそうでもないようで。
「え、あのアニメもう始まってたの……? くッ、私としたことが不覚だったわ……!」
コスプレチックな帯刀制服女子高生、桐原愛美は見たことないくらい悔しそうな顔をしていた。
そういえばこいつオタクだったな、とかなんとなく思う織。そもそもうちの事務所、テレビが一階にしかないし、まさか客が来てる時とかにも見たりはしないだろうな。
その辺りの常識は殺人姫様にもあると信じて、織は足を進める。
「そういや愛美。聞きそびれてたんだけど、お前その刀どうしたんだ?」
「お父さんから貰ったわ」
なんだかんだで聞くタイミングを見失っていたが、愛美は確か、刀は使いにくいとか言っていたはずなのに。
しかし一徹から貰ったというのであれば、愛美が外に出る時、肌身離さず持ち歩いてるのも納得できるか。
別にわざわざ持ち歩かなくとも、時空間魔術を使えば簡易的なロッカーのようなものが出来る。織も場合によっては、愛銃をそこへ収納していたりするし。
愛美の短剣は懐に仕舞えるものだったからいいものの、刀となれば普通に目立つし、持ち歩くのも面倒だろう。
だがそれも、大切な家族から譲り受けたものだと言うなら。
「言っとくけど、頼まれたって使わせてあげないわよ」
「頼むつもりもないから安心しろ。俺に刀は使えないしな」
宝物を取られまいとする子供みたいで、なんとも微笑ましい。
家族を大切に、とかなんとか言っているが、謂わばちょっと分かりにくいファザコンみたいなものだ。
その後もアンナと三人、毒にも薬にもならないような談笑をしながら歩いていると、程なくして目的地に辿り着いた。
展覧会の会場は、オフィスビルの二階だ。アンナが先導して中に入り、受付の人となにやら英語で会話している。
その人も学院の魔術師なのか、織と愛美の二人を見て目を丸くしていたが、どうやらそこはアンナが上手く取りなしてくれたようだ。
「中に入って大丈夫みたいです。行きましょう」
パンツスーツのメガネ美人さんは、完全に仕事モードのようだ。昼間に見た小動物感は消え失せて、魔術師としての顔を覗かせている。
スタッフ用の入場許可証を受け取り、会場へと足を踏み入れる。疎らに客も入っているようで、老若男女様々だ。
展示されているのは、オリュンポス十二神に関する資料や、当時の人間が扱っていた道具、あるいは当時の光景を絵にした絵画など。サラッと流す程度で眺めてみたが、中々どうして完成度が高い。
ていうか、展示されてる道具からは魔力が感じられるから、下手すればあれも本物という可能性だってある。
「冷静に考えたら、神様が使ってた盾の本物があるって、結構ヤバいよな」
「それがそうでもないのですよ」
織の言葉に否定を入れたのは、前を歩くアンナだ。同時に、会場の最奥へと辿り着いた。
そこに展示されているのは、錆びていてなお神聖さを微塵も失わない、一つの盾。
都市の守護神アテナが持ったと言われる、アイギスの盾だ。
「現代に残されている神の遺物、あるいは伝説にある聖剣などは、意外と多いのです。糸井蓮さんが持っているエクスカリバーもそうですが、同じ聖剣で言えば、デュランダルなどは今もなお、岩に突き刺さったまま。北欧の雷神トールの槌を保存している魔術師も、かつてはいたと聞きます」
「詳しいんだな」
「キャンベル家の魔術は、神話の再現です。この程度は必須知識ですよ」
昼間にラーメン屋で言っていたことを思い出す。研究内容のお陰で、アンナは様々な魔術に精通している。本人がそう言った。
神話の再現。
それは織やかつて桃が使っていた魔術のように、名前だけを借りるものではないのだろう。神話にある武具、あるいは伝説そのものを、現代で再現する。
考えるだけで果てしないものなのだと、織程度でも理解できる。
だが、魔術師というのはそういうものだ。大抵成し遂げられないと思われがちな夢や理想を、何世代にも渡って成し遂げようとする。
「さて、まずは警備状況の確認からしましょうか」
「ん、そうだな」
「とは言っても、殆ど完璧じゃないかしら?」
愛美が会場内を見渡すが、警備員は入り口に二人と、中を回っているのが一人。これから怪盗が来るというには、あまりに心許ないだろう。
だが、目に見えないところの警備は万全だ。
「まずアイギスの周りには、三重の結界。会場そのものにも張り巡らせているし、トラップもいくつか用意してるでしょう?」
「それでも完璧とは言えないだろ」
「そうかしら。だって、私と織がいるのよ? これ以上の戦力がある?」
絶対の自信と信頼に基づいた言葉。
なんだかむず痒くなるが、ある意味においては正しい。
織には未来視がある。怪盗がやってくるタイミングを予測することなんて朝飯前だ。
問題は、その後の話になる。
こんなところじゃ戦闘は出来ないし、向こうがどんな搦め手を使ってくるのかにもよる。未来を予測出来たとしても、それにこちらが対応出来なければ意味がないのだから。
「最悪の場合、ドレス出してゴリ押すしかないか」
「最初からそれでいいじゃない」
「あとは、どこで戦うかだよなぁ……」
織も会場を見渡すが、そんなスペースはない。ただでさえ一般人の出入りもあるのだから、派手に立ち回ることは不可能だ。
と、思考しながら尚も会場へ視線をやっていれば、見知った姿が目に映った。
「おやおや、これは奇遇だね。おまけに珍しい組み合わせだ」
「ルークさん?」
成人してるとは思えないほど小柄な金髪ポニテのボクっ娘転生者、ルーク。
実は個人的な関わりが薄い織であるが、当然互いの間に面識はある。
「どうしたんすか、こんなところに。まさか先生から話を聞いたとか?」
「いや、蒼からはなにも。ただ、そいつを見に来たくてね」
ニコニコと、感情の読めない笑顔でルークが指し示したのは、アイギスの盾。
そんな転生者の様子を見て、愛美がなるほど、と呟いた。
「いつも太陽神ばかり使うから忘れてたけど、そう言えば本人だったわね……」
「え? は? この人が?」
愛美の言葉を瞬時に理解できて、織は頭の上ではてなマークを踊らせる。ここで言う本人とは、それ以上の意味をなにも含めていないのだ。
本名、ルージュ・クラウン。ケルトの太陽神ルーの転生者である彼女には、しかしまた別の側面、別の生もあったのだ。
「ああ、愛美は知ってたっけ。ボクのアイギスに異能が通用するか、昔試したことがあったね」
つまり、である。
ルークはアテナの転生者でもある、ということだ。
太陽神ルーと守護神アテナ。
その両者が生きた時代なんて織は知らないが、二つの神としてかつて生きていたなんて、そんなことがあり得てしまうのか。
織の隣では、顎が外れそうになるくらい口を開けたままのアンナが。織だって同じ顔をしたいが、二人ともそんな間抜けな真似をするわけにもいくまい。
驚愕からなんとか立ち直り、取り敢えず問いを投げてみる。
「そん時はどうだったんだ?」
「ボクの勝ちだったよ。さすがの愛美でも、アイギスは斬れなかった」
「今だったらどうか分からないわよ」
拗ねたように言う愛美を見るあたり、恐らく完璧に防がれたのだろう。
愛美の異能は、亡裏の力である拒絶の力が、異能として発現したものだ。すなわち、位相に繋がる力。
当時は今に比べると未熟だったのだろうが、それでも防いでしまうとは。果たして怪盗どもに奪われてしまった場合、どれだけの脅威になってしまうのか。
戦慄している織を余所に、ルークは笑みを消して、しかし飄々と、こんなことを言い放った。
「でも、ここに来たのは徒労だったかな。それ、本物のアイギスじゃないよ。似せて作られただけの偽物だ」
「偽物……?」
とても信じられないが、本来の持ち主がこう言っている。しかし、この盾からは間違いなく神氣を感じられるし、相応の魔力だって宿っているのだ。
「あ、あり得ません! この盾は学院が厳重に保存していたものです! 偽物にすり替えられる暇なんて……!」
「うん。だからさ、最初から偽物を持たされてたんだよ、本部のお偉方は」
アンナの抗議も、それだけの言葉に封殺される。この際だ、偽物というのは信じよう。というより、信じるしかない。アテナ神本人であるルークが言うのだから。
だったら、本物は一体どこに。
「織、これ」
愛美が指をさした先は、宙空。そこに、魔力で文字が描かれていた。
『見事踊らせれたようでなにより。ざまあないな、探偵。今日の夕飯は、お前が悔しがる姿をオカズにさせてもらうよ』
「ふざけんなあのクソ怪盗見つけ出して取っ捕まえてやるッ!!!」
◆
青森県の山奥へやって来た葵たち一行。
しかし、討伐対象である巨大な亀は、どこにも姿を見せなかった。
「いねえじゃねえか!」
「おかしいな……相当大きいって聞いてるから、大体の場所が分かれば一発だと思ったんだけど」
「どこかに隠れている、としか考えられませんが。しかし、巨大な体を隠すほどの場所も、ここにはありませんので」
「……地面の下、とか?」
適当に言ってみて、自分でも思わず納得してしまう葵。
聞く話によれば、先日の黒龍よりもさらに巨大だと言う。となれば、五メートル以上。下手すれば十メートルとか。
そんな相手が身を隠すとなれば、地面の下くらいしか考えられない。
「仮に地面の下にいたとして、どうやって掘り起こすんだよ。つーか、亀って土に潜るのか?」
「私だってそこまで知らないけど、それしか考えられないじゃん」
しゃがみ込んで、地面に触れるカゲロウ。少し湿った土の上には、葉っぱが多く落ちている。見上げると、木には殆ど葉が残っていなくて、こんな時だけど季節の変わり目なんだと感じさせられる。
異能は常にオンにしている葵だが、未だなんの情報を映さない。魔力濃度はたしかに普通じゃないから、この近辺にはいるのだろうけど。
「皆さん、あそこ」
不意に、朱音がなにかに気づいたようで、その先を指差す。三人がそちらに視線を向ければ、金髪の男女二人組が。
こんなところにいるのだ、一般人な訳がない。アイコンタクトでそれぞれ身を隠しながら、少しずつ接近する。
顔がまともに見える距離になって、葵は思わず声が出そうになった。
何故って、見覚えのある顔だから。
「今頃二人は、見事に騙されてる頃ですかねぇ」
「そうじゃないと困るな。せっかくネザーと学院を利用したんだ。今のうちに僕らは、ゆっくりお宝を掘り出すとしよう」
数ヶ月前、京都の安倍家で遭遇した怪盗が、そこにいた。
「怪盗アルカディア……どうしてここに……?」
「え、あの二人がそうなんですか⁉︎」
驚愕の声を上げたのは朱音。それがあちらにも聞こえてしまったのか、怪盗の片割れ、ルミ・アルカディアが抜剣して合図もなく斬りかかってくる。
前に躍り出て対峙するのは蓮だ。腰の鞘から剣を抜き、ルミの細剣を受け止めた。単純な力押しでは部が悪いと踏んだのか、ルミは大きく後退する。
しかし、内部の糸を作動させた蓮の蛇腹剣は、それを許さない。
「面白い剣を持ってますね、欲しくなっちゃいますよ!」
不可視の衝撃が蛇腹剣を横殴りにして、軌道が逸れた。
その隙に、それぞれが戦闘態勢に入る。
朱音は短剣と銃を抜き、カゲロウは注射器を腕に刺して白い翼を、葵は黒い翼を広げた。
「怪盗アルカディア……父さんと母さんに、予告状を出したんじゃないんですか?」
「父さんと母さん、ね……ということは、君が噂のルーサーか。初めまして、僕はジュナス・アルカディア。探偵には嘘の予告状を送りつけただけだよ」
不敵な笑みを顔に貼り付け、慇懃な態度でお辞儀をするジュナス。
その足元に、魔法陣が広がった。
「それと悪いんだけど、君たちとゆっくり話してる暇はないんだ。お宝を貰うためにも、こいつにはさっさと起きて貰わないとだし」
「させない!」
「蓮、合わせろ!」
右から白銀の大剣を持ったカゲロウが、左からは聖剣に持ち替えた蓮が斬りかかる。
しかし、一手遅かった。
二人が剣を振りかぶるよりも早く、地面が揺れる。立っていられないほどに大きな地震。怪盗の二人は直前で空に飛び上がっている。しかし四人は、突然の地震による動揺と、あまりにも大きすぎる揺れに足を取られ、まともに立つことすらままならない。
「やっぱり、地面の下にいたんだ……!」
「葵さん、上空に転移お願いします!」
朱音に言われ、演算を開始する。だが、それすら中断せざるを得なかった。
「うわっ!」
「おいおい嘘だろッ⁉︎」
木々が倒壊してくる。いや、違う。
地面が、大地が、ひっくり返っている。
あちこちが隆起して、かと思えば地割れを引き起こしているところもあり、まるで津波のように、めくれ上がった大地が葵たちへ襲いかかる。
「どうなってるのよ!」
叫びながら、中断していた演算を再開、瞬時に空中へと全員を転移させる。
空から見た光景に、絶句した。
「山が、動いてる……?」
「嘘でしょ……」
視界に映される情報。まるで信じられないそれも、ギョロリと動いた眼球を見てしまえば、信じるしかなくなる。
「この山自体が、玄武そのものだったということですか⁉︎」
「ご名答。ま、ここまで見せられたらさすがに分かるか」
朱音の悲鳴じみた叫び。再び目の前に現れた怪盗から、拍手とともに肯定の言葉が。
「ついでに言えば、こいつは玄武なんかじゃない。ただの魔物さ。神氣を持っているのは、僕たちが狙ってるお宝の力でね」
「アイギスの盾……」
オリュンポスの神であるアテナの盾。それがなぜ、こんな日本の山奥にあるのか。怪盗の言葉から推察するに、どうせネザーが絡んでいるのだろうけど。
「アイギスの盾は、その中心に蛇の魔物、メドゥーサの首がはめ込まれている、とされていた。一方で、中国の神話に伝わる玄武は、蛇であるとの説もある。殆ど無理矢理のこじつけだけど、その親和性故に、山一つが亀へと変貌した」
「こじつけにも程があると思うのですが!」
いや全くもってその通りだよ。
蛇ではなく亀に変貌したのは、恐らく日本だからだろう。この国は、中国の影響を多分に受けている。漢字などがその代表例だ。
だからと言って、山一つが亀になるとか、もはや神話もビックリ仰天だろうけど。
「さて、僕たちは優雅に観戦と洒落込むかな」
「その亀どうにかしないことには、中にあるアイギスを取り出せないんですよねー。頑張ってくださいね!」
「しかも他人事ですか! 噂以上にろくでもない!」
朱音が必死に抗議するも、怪盗二人は取り合わず。これ以上文句を言っても仕方ないと判断したのか、改めて亀に向き直った。
「幸いなのは、動きを止めてることですが。この山、標高いくつでしたっけ……」
「百は超えてたと思うけど」
つまり、この亀の全高はそれ以上。全長なんてその情報が視えた途端に目眩がしそうになったので、取り敢えず無視。
どれだけデカかろうが、倒さないといけないことには変わりないのだ。
「どうする、蓮。取り敢えず一発殴ってみるか?」
「そうしたいところだけど……」
蓮が悩むのも分かる。今は動きを止めているが、もしもこちらの攻撃で動き始め、この超がいくつあっても足りないほどの巨体が、人のいるところに向かったら。
恐らく、先ほどの揺れは近くの街にまで届いているだろう。それどころか隣県、海峡を隔てた北海道まで。騒ぎになるのは時間の問題だ。
なら、怖気付いてる暇はない。
「やろう、蓮くん。このままジッとしてても、どうにもならないんだから」
「……そうだな。葵、カゲロウ、初手から全力で行こう。朱音はドレス使って、出来る限りあいつから力を奪ってくれ」
「よっしゃ!」
「分かりました!」
朱音が宙を駆け、亀の直上へ向かう。ドレスを顕現させた光を見て、葵も準備に取り掛かった。
「じゃあ、蓮くん」
「うん」
互いの間に、多くの言葉はいらなかった。
もはやそれが当然のように。葵は、蓮の首筋に舌を這わせ、牙を突き立てる。
美味しい。喉を流れる血液は、甘美な毒にも似ていて。どれだけ吸っても、より多くを求めてしまう。渇きが加速して、満たされることはない。
「葵、そろそろ……」
トントン、と背中を叩かれて、牙を離した。でも体を離すのは名残惜しくて、ちょっとだけ抱きついたまま。
「よし……ありがと、蓮くん」
「どういたしまして。でも出来れば、もうちょっと時間のある時に、な」
最後に抱きついたことを言われているのだろう。さすがに恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。
取り敢えずそれは今後の楽しみに取っておくとして。
「行くよ、二人とも。帝釈天!」
「来い、水天!」
先日の黒龍戦と同じ、聖剣を右手に携え、体内で稲妻が迸る水の巨人が現れた。
黒霧葵、糸井蓮、カゲロウ。三人の力と心を一つにした、持ちうる限り最強の手札。
「朱音ちゃん!」
「任せてください!」
黒いロングコートを纏った朱音が、亀の直上から力を解放する。
彼女のレコードレスは、奪うことに特化した力だ。真価はそこにないと言われてはいるが、現状ではそれ以外の使い方を出来ないけど。
それでも、位相の力には変わりない。
例え巨大な敵だろうが、朱音のドレスは問答無用で敵の力を奪う。
「……おい仮面女! あんま弱ってねえぞ!」
「これでもかなり奪ってるのですが……!」
いかんせん、今回は敵が巨大すぎた。
無尽蔵にも思える魔力と神氣。どれだけ朱音がその力を奪おうとしたところで、尽きることはない。果たして奪い尽くすのに、いくら時間を使えばいいのか。
葵とカゲロウが異能でごり押しをしないのも、その辺りが原因だ。
なにせ敵がでかい。その分演算も複雑になるから、葵とカゲロウの二人が協力したとしても、情報操作はろくに機能しないだろう。
「これ以上はこっちが保ちませんので!」
「仕方ない、やろう!」
奪うというからには、朱音の方にも許容量というものがある。賢者の石を持ち、普段から膨大な魔力を扱っている朱音ですら、持て余すほどの量。
それでも、多少は弱っているはずだ。
そう信じることにして、三人は同時に魔力を解放させた。
聖剣の刀身に、力が集まる。水と稲妻、黄金の輝きを宿らせ、巨人は上段に構えた。
「「「繋がり紡ぐ黄金の聖剣!!」」」
膨大な力の奔流が、超巨大な敵へ向けて一直線に放たれる。
異世界の龍神にすら通用した一撃は、的確に亀の頭を呑み込んだ。確かな手応えがある。なにより、この一撃には絶対の自信がある。
葵の持つ位相の力まで動員させているのだ。全高百メートルを超える巨体であろうが、無傷ではいられないはず!
しかし、光が晴れかけた先に、不気味に動く眼球が見えて。
そんな期待は、儚く散ったのだと思い知らされる。
「嘘でしょ……」
「まさか、無傷ってか……?」
「しかも気に留める様子すらない。完全に眼中になさそうだ。さすがに自信なくすよ」
傷ひとつない。
どころか、反撃が来る様子すらない。
まるで、顔にそよ風が吹きかけた程度の、そんな反応しかないのだ。こちらに一瞥くれただけで、攻撃する意味すらない、と判断された。
しかし、最悪の状況は、なおも更新され続ける。
山が、亀の巨体が、ついに動き出した。
「ちょ、あれはマズい! カゲロウ演算手伝って!」
「わかってる!」
一度巨人を消し、葵とカゲロウは異能の演算に集中する。だが異能が発動するよりも前に、二人は弾かれたように頭を押さえた。
「どうした⁉︎」
「異能の干渉が弾かれたッ……」
「アイギスの盾だよ、多分……頭いたい……」
二人の異常を見て取ったのか、朱音も合流する。
打つ手がない。
先日の黒龍の時は、まだなんとかなった。それは勿論、葵たち以外の助力もあったからで、なにより人類最強の力が大きかったからではあるのだけど。
それでも、自分たちの力は通用した。
それが今回はどうだ。
ただただ図体がデカいだけの相手。当然相応に魔力量や神氣は異常だが、言ってしまえばそれだけだ。そう思っていたのに。
まず、デカいというのはシンプルに、そのまま強さと直結している。体力や魔力、防御力なんかも桁外れだ。
おまけに、体内にあるというアイギスの盾。あれのせいで、異能の干渉すら弾かれる始末。
「どうしよう、このままだと街の方に……」
「大丈夫ですよ、葵さん」
力強い声が、耳に届いた。
そちらへ顔を向ければ、朱音はこんな状況でもなぜか、勝ちを確信しているかのような笑みを見せていて。
「怪盗がこの場にいるなら、後から探偵が駆け付けるのは、物語の定石ですので」
次は、げっ、という声が聞こえた。葵たちよりも更に遥か上空にいる、怪盗の片割れが発したものだ。
見上げると、既にテールコートに身を包んだシルクハットの探偵と、振袖姿の殺人姫が。
「ようやく見つけたぞ怪盗! テメェ人をおちょくりやがってクソがッ!」
「言葉遣いがなってないな、探偵。親に行儀を教えてもらわなかったのか?」
「うるせえ! 取っ捕まえて色々後悔させてやるよ!」
額に青筋浮かべた先輩は、巨大な亀には見向きもせずに、怪盗へと襲いかかった。




