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序章・その一

「よっしゃ終わったー!」

 久方ひさかたぶりに戻ってきた自室の引っ越し作業が終わり、早速釣りの準備を始めるのは、日暮坂歩ひぐれざかあゆむフォレーレ、満十一歳。

 五年前、小学五年生だった頃のお話です。

「今日はどこでなに釣ろうかなぁ? やっぱ磯かなぁ?」

 歩は母親が病気で入院していた半年間、田舎の親戚に預けられていました。

 群馬県には海がなく、近所には農業用水路くらいしかありません。

 しかも歩は転入先のクラスメイトたちと馴染なじめず、一人で釣りをしてきました。

「フナやコイやらブルーギルとかナマズも悪かねぇんだけど……やっぱ釣りは海だよな」

 それでも結構釣っていたようですが、川釣りと海釣りは違うジャンルの遊びです。

 ヘラブナとコイは元々食用に品種改良されているので、当然ながら食べられますが、それでも歩は海のにおいがする魚が好きでした。

「夏休み初日に帰ってこれたのは幸運だったぜ!」

 森林迷彩柄のタンクトップにカーキ色のホットパンツを穿き、モスグリーンのバンダナを海賊巻きにして、両手いっぱいに釣り道具を抱えます。

 釣り仲間たちとの再会に胸を躍らせ、すっかり小さくなった子供用のママチャリをガレージから引っ張り出して、いつもの堤防に向かいました。

「みんなまだ釣りやってるかなぁ?」

 子供用ケータイで仲間たちと連絡を取ろうとしましたが、応答はなし。

 どうやら何事かに熱中している様子。

 それが釣りであればよいのですが……。

 歩はなんだか心配になってきました。

 磯鶴いそづるの地元っ子は、大きくなると釣りをやめてしまう傾向が強いので、せっかく帰ってきたのに、また毎日一人ぼっちで釣り三昧ざんまい、なんて暗い想像が脳内を駆けめぐります。

「よっしゃいたぁ!」

 いつもの防波堤に到着すると、釣行中の仲間たちを発見しました。

「おーい!」

 数は三人、全員男子です。

「よかった……ちょいと減ってるけど、昔のまんまだぁ……」

 なんだか目尻めじりうるんできました。

「みんな久しぶり! ナニ釣ってんだぁ?」

 自転車を降りて三人に駆け寄ります。

 しかし、かつての仲間たちの反応は、歩の想像とはかけ離れたものでした。

「な…………歩っ⁉」

「うわあ……っ!」

「おいなんだよそれ⁉」

 みんなほおを真っ赤に染めています。

「????????」

 歩は顔にご飯粒はんつぶでもついているのかと思って、手でまさぐりますが、なにもついていません。

「い……いやなんでもない」

「うんいつも通りだだだよな」

 男子たちは必死になにかを隠そうとモジモジしています。

「それじゃわかんねぇよ。なにがあった? いってみろよ」

 近づくほど仲間たちの反応が顕著けんちょになっていきます。

「顔が赤いな。夏風邪か?」

 男子の一人に顔を近づけると……。

「乳オバケだーっ!」

「なっ……なにゃっ⁉」

 驚愕きょうがく呂律ろれつが回らなくなった歩を尻目に、持っていた釣り竿を放り出して逃げ出す男子。

「う……うわああああああああっ!」

「乳オバケー!」

 他の二人も駆け出します。

「お、おいっ⁉ ちょっと待てなんなんだよ一体⁉」

「乳オバケーっ!」

 釣り道具の散乱した堤防にポツンと一人とり残される歩。

 遠く離れてから、かつて歩と一番仲のよかった男子が振り向いて……。

「ブラジャーくらいつけろーっ!」

 恥じらいながらも教えてくれました。

「…………あっ!」

 去年の秋頃から急成長して、急成長しすぎて、タンクトップにギュウギュウと無理矢理()め込んだ双丘は、いまにもはち切れそうで、しかも夏場の暑さで布地がぱっつんぱっつん。

 迷彩柄のおかげで、汗でけたりはしませんが、二つの突起がハッキリと浮かび上がっていました。

 そんなものを目の前でブルンブルンされたら、小学生男児といえども前(かが)みはけられません。

 そしてふくれ上がった股間のテントを見られたが最期、男子は社会的に破滅します。

 戦術的撤退は、正当かつ妥当な判断といえるでしょう。

「忘れてた……」

 歩は逃げる男子たちを見て、自分は彼らと別世界の住人になってしまったと気づきます。

 そして群馬の学校でも男子たちが近づかいてこなかった理由が、いまわかりました。

「俺……女だったんだ」

 両のまなこに涙が浮かびます。

 きっと旧友たちは、もう二度と一緒に釣りをしてくれないでしょう。

 歩は女の子になってしまったのです。



「なんてうらやましい~っ!」

 オンボロ部室小屋で、歩の昔話を聞いていた稲庭風子いなばふっこが、嫉妬しっと羨望せんぼうと憎悪の眼差まなざしを巨大なエアバッグに向けていました。

 八尋やひろあきれ顔で歩の……さすがに胸は見ていません。

 渕沼小夜理ふちぬまさよりもいますが、何度も聞いた話だったので、ちょっと困ったような表情をしているだけです。

うらやましいか⁉ 俺はあの時、マブダチを三人も失ったんだぞ!」

「でもそれ男子にはちょっとキツいよね」

 そういいながらも、八尋は少しだけ歩に同情していました。

 小学生にとってエロは性別問わずデリケートな話題で、ウ〇コ〇ンチンといったお下劣げれつネタとは、かなり意味合いが異なります。

 胸がなくて友達を失う女児は(たぶん)いないでしょうが、早熟が原因で交友関係に亀裂が生じるのは日常茶飯事。

 歩もそれで群馬の友人を作れませんでした。

 男子小学生の間でも、チ〇毛が生えたり生えなかったりで同様の問題が発生するので、男の八尋にも感じ入るものがあります。

「友達を失ったのは歩さんだけじゃないよね。その釣り仲間たちも、歩さんという友達を失ったんだ……」

「でも男子の事だから~、どうせ中学になったらワラワラ寄ってくるんだよ~?」

 制服を着ると顔や体形の差が一目瞭然いちもくりょうぜんになります。

 そしてルックスのカースト制度が自然発生し、男子たちは女子のランクづけを始めたり優良物件を早い者勝ちで奪い合ったり……できる訳がありません。

 想像の中で、ひたすら悶々《もんもん》とする日々を送るのが、健全な思春期男子というものです。

「みんなビビッて近づいてこねぇんだよ! 身長差もあったし!」

 歩は成長が早く、男子に身長を抜かれたのは中学三年生になってからでした。

「話かけると小魚の群れみてぇに散り散りに逃げ出すんだ!」

「大きすぎて中学生には刺激が強すぎたんですよ」

 ナイーブすぎるだろ磯鶴男子。

「こんなに悲しいのなら苦しいのなら……」

 歩は変なスイッチが入ってしまったようです。

「乳などいらぬ‼」

 パカンッ!

「あいたっ⁉」

 小夜理のお玉が炸裂しました。

「この果報者め~! この贅沢者め~!」

 風子も手近にあったキッチンペーパーのロールを持って、歩の頭をポコポコ叩きます。

「痛い痛いいや痛くねぇけどいた……」

「いま板っていったでしょ~!」

「それは許せませんね!」

 幼児体形の風子はもちろん、小夜理(Bカップ)も、歩のアトラス山脈に比べれば鳥取砂丘も同然です。

「ぼく、女子でなくてよかった……」

 弥祖皇国やそみくにに召喚されると女の子になってしまう八尋ですが、さすがに巨乳にあこがれた事はありません。

 むしろ胸が小さくて得したような気がします。

 おまけに、おっぱいよりっぱいの方が好きだったりもします。

「うわそれちょっといてぇロッドケースはやめろって!」

「悲劇かと思って聞いてれば~、実は自慢話だなんてサイテ~!」

「でもこれマジ邪魔なんだぜぇ無茶苦茶重いし!」

「まだ抜かしますかこの口は!」

 パカパカポコポコパカパカポコポコ。

 カンカンポチャンポチャンテンテンポトン。

 音がいろいろ混ざっているのは雨のせいです。

 バラック同然のオンボロ部室小屋は、トタン屋根が穴だらけで、雨漏りが金属ボウルや金盥かなだらいを盛大に叩いているのでした。

「うわ風子なにんでんだぁ⁉」

「ホントだむっちゃ重い~!」

「アンコウみたいですね。吊るし切りにしましょう」

 釣りができないストレスと、天候不順による気圧変化で、みんなイライラしているのです。

「……………………」

 小夜理と風子に大きな二つのビーチボールをもてあそばれる歩

 さすがに見ていられなくなって、八尋は目をらします。

 釣り研究部謹製(きんせい)の煮干しをかじり、ほうじ茶をすすりました。

 普段は自分がセクハラされる側なので、ちょっといい気味だなと思ったのは内緒です。

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