お悩み相談
クリスとの食事を終え,自分の部屋に戻って,明日以降の準備をしていたところに,来客がやってきた。
ドアを開けると,そこには一番の年長者であるルークが立っていた。「おやっ?」と栄太は疑問を感じながら,ルークを部屋に招き入れた。
部屋に入ってもルークは俯いたまま話を切り出そうをしてなかったが,その様子を気にせず,栄太は教材の準備やこれからのスケジュールを見直していた。
(何か悩みがあるみたいだが,こちら聞いてしまうと委縮してしまうかもしれないな。ここは様子を見ながら,向こうが話を切り出すのを待ったほうが良さそうだ。)
ルークは一番年齢が上ということもあるが,非常に勉強に対しての姿勢もよく,理解力もある子だ。
また,いつもみんなの様子を冷静に観察して,何か問題が起きたときは当事者の言い分を聞いて,正しく判断できる『みんなのお兄さん』的な存在。この教会には5歳からいるみたいで,今いる子どもたちの中でも古株になる。ただ,教会に入れるのは今年までで,来年からは職に就いて新たな生活を始めないといけない状況だった。
二十分ほど経ったときに,「来年が不安だ……。」とポツリとルークが呟いたのが聞こえた。
「どうした?」とルークの方を正面に捉えて栄太が訊くと,少しずつ話し始めた。
話を聞くと,今年で教会を去らないといけないのが不安であることと,自分がどんな仕事をしたいのか分からない。という2点の不安があって相談に来たらしい。長く教会に居る分クリスやヘレナさんに相談するのは気恥ずかしかったらしく,新参者である栄太に話を聞いてもらいたくて来たが,相談相手として妥当かも分からずに,そのまま黙っていたのだった。
「自分のしたことねぇ~。難しい相談だな……。」
「……。」
「俺も同じようにしたいことが見つからずに悩んでいた時期があるな…。」
「エイタ先生も悩んでた時期があったんですか?」
「そりゃ,悩んで,挫折をして,後悔して今の俺が出来上がったからな。覚えている限りでは,最初は警察官,この世界で言えば警備隊になりたかったけど,腕っぷしが弱くて泣き虫だったからすぐに諦めたな。」
「泣き虫?」
「そう泣き虫。今は違うけど昔はかなり肥えていてそれを周りから言われるだけで悔しくて,すぐに泣いて逃げ出していた。そんな自分がみんなを守ることが出来るわけないと思ってすぐに無理って思ったんだよな。」
「意外です。そんな風には全く見ないですよ。体型もシュッとしてますし。」
「昔はかなりの肥満体よ。あだ名は思い出すだけでも嫌な気分になる…。」と体をブルっと震わせる演技をすると,ハハハとルークが笑う。
「今は教える仕事をしているけど,俺はかなりの人見知りだからな。」
「嘘!?それは流石に嘘でしょ?」
「大マジ!初めて顔合わせしたときにはかなり無理してた。」
今までの行動や思い描いていた夢や失敗談などを面白可笑しくルークに話す。ルークはときに笑い,ときには真剣な表情で栄太の話を聞く。そして,ルークが本当にしたいことを聞き出していく。
「エイタ先生。俺本当は教会でみんなのお世話をしたい。クリスさんの仕事の手伝いがしたい。この教会は俺の育った家当然で,クリスさんは本当の母親みたいに感じている。だから,負担が減らせるように何でもいいから手伝う仕事がしたい。」ルークは真剣な表情で真っすぐに話す。栄太もその熱のこもった視線を正面から受け止め,話を聞く。
「でも,俺ができる仕事は本当に小さいことしかできない。もしかしたら,俺がいることでみんなに迷惑を掛けるかもしれない。そう考えると教会から出て仕事をしたほうが良いのかなって感じるときもあるけど……」と言葉に詰まる。
「そうやって,色々と考えなくても良いのかもしれないぞ。」
「えっ!?」と驚いた表情で栄太を見る。
「ルークは今から一人前の大人へと成長するのだから,沢山失敗をする。その失敗は非難されるものではなくて,みんなの役に立つ為の大事な一歩だ。失敗をしたことない人間なんていない。でも失敗をしてそれから次の一歩を踏み出せる人は少ない。ルークは失敗を恐れているのが大きい気がする。年齢も一番上だし,責任感が強いから,みんな迷惑にならないようにと考えているけど,ルークの人生はルークが決めるものだ。俺もそうやって決めてきたし,クリスさんやヘレナさんも決めてきた。だれもルークが決めたことに文句は言わないから,自信をもって選んでもいいんじゃないかな?」と優しく栄太は話す。
「もっと自分の気持ちに正直になって生きていいんだぞ。」と励ます。
「………」
「……」
「…そうですね。俺みんなの迷惑になるから,一番上だから見本にならなきゃって思ってたけど,それだけじゃダメなんだ。エイタ先生ありがとう。俺教会で仕事できるようになるためにもっと頑張ってみる。クリスさんにどうやったら教会の仕事に就けるか聞いてみるよ!」と力強く返事をした。
もう大丈夫そうだなと強い意志がこもった眼をみて栄太は頷く。
「先生ありがとう!」と感謝の言葉を残してルークは部屋へと戻っていった。
「若いってのは良いねぇ。」と呟きながら,自分の青春時代を思い出す。正直いい思い出はあまり思い出せなかったが気持ちを持ち直す。
「さて,おじさんは未来ある若人のためにもうひと踏ん張りしますか。」と言って,机に向かい残っていた仕事を片付けていった。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつ子どもたちとの個別のエピソードを入れていこうと思います。
なかなか子どもの心情を表現するのが下手ですが,温かい応援よろしくお願いします。