もっちゃらふ・リート教
近頃わが国では、「もっちゃらふ・リート教」の信者というのが静かに増えつつあるらしい。私は興味を持ち、ちょっと話を聞きにいくことにした。
会ってみると、とりたてて変わったところのない、ごく普通の人だった。
「こんにちは。私が教団の支部長です」
「どうも。早速ですが、『もっちゃらふ・リート教』というのは何をするところなんですか」
「自由です」
「は? と、言いますと?」
「ですから、自由です。つまり、何をやってもいいんです。ただし、その結果を受け入れる必要はありますけどね」
私は首をかしげた。
「えーと、イマイチ分かりづらいんですが、どういうことですか?」
「そうですねえ。例えば、人の物を盗むとします。ええ、もちろんいけないことです。ですが、いけないことだから盗まないという考え方ではなく、盗んでもいいが、それによって警察に追われたり、捕まったりするリスクも考えてから盗めよ、と、そう言っているわけです」
「うーん、なかなか面白い考え方ですけど、私はちょっと……。それに、何をやってもいい、と言われると、かえって、何をしたらいいのか分からなくなってしまうもので……」
「ええ、そういう方もたくさんいらっしゃいます。ですから、規律に縛られてもいいんです」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
支部長はうなずいた。
「なんたって、『もっちゃらふ・リート教』ですから。何を信じるもよし、信じないもよし。入信自由で脱退自由。他の宗教と同時に信仰するのも自由です。もっとも、これは他宗教側の戒律の問題もありますが、当方に関しては一切問題ありません」
「あの、入ったら多額の寄付をせまられたり、変なツボを買わされたりとかいうことは……?」
「一切ありません。無論、寄付をするのは自由ですが、強要したりはしません。全て自由です」
「えーと、じゃ、入信したい場合は、どうすればいいんですか?」
「『入信する』と思ったら、そのときすでに入信しております」
「ええっ? そんな簡単なものでいいんですか? 入信手続きとかは一切ないんですか?」
「ありません。逆に、『脱退する』と思ったら、そのとき脱退しております。そのため、信者の正確な数を把握できないのが難点ですが、まあ、こればかりは仕方ありませんね」
支部長は苦笑した。
「というか、私も支部長と名乗っておりますが、ただの平信者ですし」
「えっ、そうだったんですか?」
「はい。この教団、みんな平信者です。ただ、『教祖』や『最高指導者』と名乗っても一向に構いません。何せ……」
「自由だから?」
「そうです」
支部長こと平信者は笑った。
「実は、気付いていないだけで、万物は全て『もっちゃらふ・リート教』の信者なのではないかと思うことがあるんです。気付くのも自由、気付かないのも自由、ということでね」
「奥が……深いですね」
「なに、難しく考える必要はありません。私が勝手に思ってるだけで、難しく考えるのも自由、簡単に考えるのも自由です」
「そうですか」
私はそろそろおいとますることにした。とくに渋られることもなく、あっさりと帰ることができた。
「『もっちゃらふ・リート教』、か……」
家に帰った私は、ごろりと横になった。
すごい宗教だ。いや、宗教として存在するのかさえ疑わしい。
そんなとき、チャイムが鳴った。
「どちらさまですか?」
「はい。実はわたくし、こういう活動をしておりまして……」
何のことは無い、宗教の勧誘であった。
そのとき、私はふと閃いた。
「すみません、私、『もっちゃらふ・リート教』に入ってますから」
そう言って、私は勧誘員を追い返した。他の宗教に入っていると知ると、勧誘員はあっさりと引き下がった。
なるほど、「もっちゃらふ・リート教」の信者が増えるはずである。私は当分、「もっちゃらふ・リート教」の信者でいることにした。