Ⅱ-2
深夜0時──。
固い床の上で、悠理はまんじりとせず起きていた。隣のベットでは、鈴花が静かな寝息を立てている。もう紫苑の家も電気が消えていて、恐らくは眠ったのだろう。結局、夜刀は帰ってこなかった。どんなときでも連絡を欠かさない夜刀にしてはおかしなことだった。
「約束…」
ふいに口をついた言葉に、悠理は困惑した。呼吸二拍分ほど瞑目して、悠理は静かに起き上がった。鈴花が眠っていることを確かめ、悠理は音を立てぬよう、そっと外へ出た。
薄暗い廊下の突き当たり──夜刀の部屋から淡い光りが漏れている。まるで、灯りに誘われる蛾の様に、悠理は吸い寄せられていった。
主のいない部屋はひんやりと寒々しく、殺風景に資料が転がっている。不思議と悠理を誘った光も消えていた。月明り以外光明も無い部屋の中、悠理は床に座り込んだ。
「夜刀兄…」
悠理はひざを抱えたまま俯いた。不安だった。今まで慣れた自分の身体が、まるで偽りだったかのようにギクシャクとして、裡から湧き上がる巨大な力に悠理は翻弄されていた。
今までこんな感じは無かった。
いや、と悠理は思う。
何時だか、はっきりとは思い出せないがこれと同じことがあった。
あれは、一体…?
「立ち止まっている場合じゃない」
勢いよく立ち上がると、悠理は頬を力任せに二回叩いた。うじうじしているのは性には会わなかった。何であろうと、始めっから諦めて尻尾を捲くるのはごめんだった。
「もう一度、行ってみよう」
小さく呟き、悠理は部屋から出ようとして、ふいに壁の一部が光っていることに気がついた。
「なんだ、これ…?」
それは、夜刀が決して触らせない本棚にひっそりと置かれていた。
「これって、水晶?」
確信はなかったが、丸くてこぶし大の透明な石は、テレビで見た占い師が持っているものにそっくりだった。思わず手に乗せると、チカチカッ、と光が瞬いた。
「持っていこう。魔除けにくらいなるかもしれない」
悠理は水晶をポケットにしまうと、下へと降りた。素早く動き易い服に着替え、懐中電灯を持つ。いつも使い慣れた竹刀を握り締め、小さなリュックにライターや簡単な食料、水などの細かいものを入れて、悠理は外に出た。
夏だというのに、冷気が肌を刺す。曇りない空に不気味なほど冴え渡った星が輝く。今一度、竹刀の感触を確かめ、悠理は一歩踏み出した。
「どこへ行くんですの、ユーリ?」
静かな声に、悠理は表情を強張らせた。嘘をついて騙せる相手ではなかった。
「抜け駆けはいけませんわよ」
いつの間に着替えたのか、完全武装の鈴花が笑った。
「お前が、夜中抜け出すことはわかってたさ」
おどけるような声と共に、紫苑が姿を現す。
「一人より二人。二人より三人、ってな」
肩にバットをかつぎ、紫苑がウインクをした。
「今回は大丈夫ですわよ」
自信満々に鈴花が言い、肩から下げた袋から透明なビンを出した。
「セバスチャンに頼んで、ローマ直送の聖水を送っていただいたの。それから」
と、鈴花はボウガンを構えた。
「アーチェリーでは少し大きすぎますから」
弓道を習っている鈴花の腕前は折り紙つきだ。
「今度は油断してねぇからな。いつものように、ぶっ飛ばそうぜ!」
紫苑の言葉に、悠理は首を振った。
「ダメだ。危険すぎる。巻き込むわけにはいかない…!」
パチン!いきなり悠理の目の前で、紫苑が指を弾いた。
「何言ってんだ!今さらそれはないぜ。こんな面白そーなこと、独り占めする気かぁ!?」
「説得は無駄ですわ。スタンガンで気絶させてもいいんですのよ?」
完璧な脅迫に、だが悠理は笑い始めた。
「アハハハハ…!いい度胸だよ、二人とも!」
素早く、バレないように涙を拭うと、悠理は大きく叫んだ。
「行こう!!」