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破妖の鬼  作者: 至音
3/16

Ⅰ-2

一話の長さが違うのは、仕様です(汗)

 私立朝比奈高校は、少々変わったところに位置する。背後に季由山がそびえ、東には、清涼な流れをたたえる伎那(きな)川が沿う小高い丘の上。かつては深遠な森だったというそこをわざわざ拓いて学校を作り上げた精神はすごいものがあるが、もう少し通う生徒のことも考えて欲しいと悠理は思う。

「キャー、晃間(こうま)くーん!がんばってぇ!!」

 朝のすがすがしい陽気をさえぎって、黄色い歓声が校門前で上がる。

 数メートル先を先行している紫苑の背中を睨みつけ、悠理はからまる脚を早めようとする。自転車でさえ途中で投げ出す坂に、心臓が破裂しそうだったが、毎日負けるなんて嫌だった。

「波遥(はよう)、がんばれー!!」

 また別の箇所から響き渡る野太い応援に、悠理は笑みを深くした。不思議と力が湧いてくるようだった。

「紫―苑!ズボン破けてるよっ!!」

「マジっ!?」

 前に向かって叫ぶと、紫苑の驚愕の声よりもピンク色の歓声が空気を震撼させた。そのわずかな隙をついて、悠理は先頭に踊り出る。

「てめっ、ユーリ!卑怯だぞ!」

「嘘もまた作戦なり~」

 瞬時にだまされたことを悟り、追いかけてくる紫苑に、悠理の笑いが弾ける。

「負けてたまっかよ!!」

 眼前に見えた校門(ゴール)に、二人の息が上がった。

 


「ゴール!!」

 颯爽と、この難所を駆け上がって、先にゴールを決めたのは紫苑だった。遅ればせながら、駆けて来て、

「くぅー、くやしい!!!」

 校門に寄りかかって、悠理が地団太を踏む。それに合わせて、自慢のポニー・テールが揺れた。

「また、負けたぁ」

「当ったり前だ!男が女より速く走れなくてどうする!!」

 大見得を切る、紫苑の肩が激しく上下する。だが、全力を出したなんて、運動神経万能・次期サッカー部エースとしては沽券に関わるから認められない。

「ふんだ。昔は、僕のほうが早かったんだ」

「昔は、昔だ」

 と、朝も早くから疲れきっている二人の目の前に、黒光りするBMWが止まる。恭しく運転手が降りてきて、後部座席を開けた。

「おはようございます、ユーリ、紫苑」

 端麗な微笑で周囲の人々を魅了させながら、流れるような動作で車から降り立つ。ぴんと張られた姿勢のせいか、清廉なの白百合を思わせる。

「お嬢様、お帰りは……?」

「今日はユーリとの用事があるので、後で連絡しますわ」

 楚々とした少女はそう言って車を返すと、悠理たちに向き直った。

「おはよ、鈴花(すずか)」

「おうっ!」

 二人の簡潔な物言いに、鈴花は笑った。烏帽子(えぼし) 鈴花。この学校の理事長の一人娘は、石膏のような色白の肌といい、サラリと腰までの長い黒髪が光沢を放つ様といい、まさしく佳人といった佇まいをしている。

「今日、何か約束してたっけ?」

「いいえ」花が綻ぶ様に鈴花は笑った。「いちいち束縛されるのが嫌なだけですわ」

 しれっ、と言う鈴花に二人は苦笑を隠しきれない。

「あー、いたいた」

 坂の向こうから、女の子が手を振っている。先日、バスケ部の先輩の好みがボーイッシュな女の子、と聞いて以来、短くした髪がそれに合わせて揺れる。

「いつもながら、よく走るわねぇ~」

「メイっ」

 それは先ほどテレビに出ていた質屋の娘だった

「見ましたわよ、テレビ」

 鈴花の言葉に、芽衣はげんなりとした。

「どーしたんだよ。お前、テレビに出たいっていってたじゃんか」

 不思議そうに紫苑が尋ねる。だが、悠理にはピンときたようだった。

「わかった!タダだったんだっ」

「そーよ!そーなのよ!!」

 怒りに全身を震わせながら、芽衣は思いっきり叫んだ。

「あんっなに、しゃべってやったのに、金一封もなし!損したわよ!!」

「そおか?」

「あんなに店の宣伝をしたら」

「十分じゃありませんこと?」

 紫苑の言葉を引き継ぐように、悠理と鈴花が言う。

「何いってんのよ!こぉんな美少女が出演してやったんだから、お礼くらい当然でしょうが!!」

「美少女、ねぇ」

 三人は顔を見合わせた。自称・美少女は、何か文句あんの!とばかりに、そばかすが浮いた鼻腔を膨らませた。

「この殺伐とした世の中に、一服の清涼剤となろうと思ったのにぃ」

「さー、行こうぜ。日が暮れちまう」

「メイじゃ、モルヒネ並の毒薬だよ」

「それは、モルヒネに失礼ですわ」

うるうると瞳を潤ませてひたっている芽衣をほっといて、三人は玄関へと歩いていく。

「ちょっと、待ちなさいよ!人の話を聞きなさい!!」

「メイ〜。下駄箱に何か入ってるぞぉ」

 悠理の言葉が終らないうちに、シュビィーンと芽衣がやってくる。

「どいてどいてっ!」

 紫苑を突き飛ばし、自分の下駄箱に近づくと、芽衣は瞳を閉じた。

「苦節十六年……やっとやっとあたしにも春がぁ〜」

 じーんと再びひたり始める芽衣。残る三人は早く見ようと手を伸ばす。

「こ、こら!これはあたしのよ!!」

 素早く奪い返すと、芽衣は期待に溢れた瞳で四つ折にされた紙を開いた。その背後から、三人が顔を出す。

「一年A組 阿代(おもねだい) 芽衣……三十点!?」

「ねぇ、これって昨日返された期末試験じゃない?」

「そのようですけど、三十点では赤点じゃありませんこと?」

「アーッハッハッ!俺の古典より悪りぃ」

「うっさい!!」

 背後でやかましく騒ぐ背後霊たちに喝を入れると、芽衣はズンズンと歩き出した。

「メイちゃ〜ん、愛してるよぉ」

「ラブレターじゃなくってヤブレターってか」

「サムイですわよ、紫苑」

 各自勝手なことをしゃべると、下駄箱のふたを開ける。ざぁ、と音がして大量の封筒が三人の靴箱から溢れる。

「今日は何通ですこと?ちなみに八通ですわ」

「俺、七」

「八の二」

 悠理が答えると、脇から覗き込んだ紫苑がぷっと噴き出す。

「八通が女子で、二通が男か。しかも、男子は果たし状じゃねーか」

「みんな、毎日ご苦労様だよねぇ」

 のほほんと色事にあまり興味がない悠理がつぶやくと、その脇で鈴花が瞳をきらめかせる。

「ふふっ。紫苑、悠理に負けるなんて、情けないんじゃありません?」

「こいつの無駄な男前の良さは、女子に受けがいいんだよ」

「あら。戦う前から敗北宣言ですこと?」

「あっ、この手紙にお菓子入ってる!」

「ちょっと!ビック・ニュースよ!!」

 玄関先でワイワイ騒いでる三人の目の前に、早くも落ち込みから復活した芽衣がふさがる。


「あっ、メイ。また怒られたの?」

「どーした、またフォーリン・ラブか?」

「何なら、差し上げますわよ」

「シャァーラップ!!」

 三人の戯言を封じると、芽衣は叫んだ。

「Z組に転入生だって!」

「転入生……?」

思わず、悠理は紫苑と顔を見合わせた。

「お前、んなくだらん嘘に引っかかると思ってるのか?」

「そうですわ。そんな話、私、聞いていませんもの」

「嘘じゃないって!もう教室ではもちきりよっ」

 必死で嘘じゃないことを力説する芽衣の肩を、悠理がポンと叩いた。

「メイは、嘘は言ってない。行ってみよう」

 悠理の言葉に、紫苑と鈴花は顔を見合わせたが、

「まぁ、そろそろ時間だしな」

「そうですわね」

 二人は悠理たちの後を追った。


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