第6話:黒歴史
黒歴史。
人に知られたくない。思い出したくない。
そういう過去を、人間誰でも持ってると思う。
代表的な例が、中二病だ。
かくいう僕も、中学生の頃は、思い出したくないほど中二病を患っていた。
中二病全盛期。
僕はまず、剣にハマった。
百均のプラスチック剣をわざわざ買い、夜な夜な部屋で振っていた。
次いで、黒いロングコートにハマった。
幸い身長が低かったから、そのコートは今、サイズがぴったりだ。
想像してほしい。
深夜、家から出てくる1人の中学生。
ロングコートをボタンも止めずに着て、腰からはプラスチック剣の鞘を吊るし、帯刀。
人目のつかない河原で抜刀し、振り回していた。
ちなみに、この時は不審者とか警察なら撃退できると思ってた。
ある時、深夜まで起きておくのが面倒になり、想像で補完することにした。
ノートを一冊買い、そこに設定を書き込んでいた。
最終的には、自分が主人公の物語を書いた。
作文苦手だったのに。
そのノートは、中二病から完治した今も、怖くて封印している。
これが悲劇を生むとも思わずに。
いつしかそれは、記憶から掻き消えていた。
──現在──
それは、些細な事をきっかけに始まった。
「荘司ってさ」
静かだった部室に、紡の声が落ちる。
「作品が中二くさいよな」
その言葉は、みんなをその気にさせた。
「えー、それでは僭越ながら俺、皆川紡が音読したいと思います」
「「いえーい!」」
「うんやめよう!今すぐに!」
拍手は一人分しかない。
久美が僕を押さえているからだ。
今日ほど久美が邪魔だと思ったことはない。
こいつら全員バカにしながら読む気満々だ!
「はい一冊目〜!」
「タイトルは?」
「やめて!?」
こうして。
公開処刑が幕を上げた。
30分後。
「...........」
「消し炭になったわね」
殺すなら、一息にやってくれ......。
何も、作品全ページ読み切ることないだろ......。
しかもわざわざ駄作だけを。
「で、でももうそ...想像できるのはいい事だと思うよ?」
空原さんは言った。
なんで言い直したんだ。
だが、ただやられる僕じゃない。
僕は知っている。だから、
「そういう紡も中二病経験者だよな?」
告発してやった。
「何言ってんだお前、そんなわけないだろ」
手が若干震えたのを、僕たちは見逃さなかった。
ちなみにこの情報の源は、空原さんである。
「紡よ。こういう話は同じ中学出身の人がいないところでやるべきだったな!」
そんな僕を見て、
「急に口調が変わったわね、何があったのよ」
「吹っ切れたんじゃないかな?」
「あー、もう攻撃を食らい過ぎてるしね」
「きっと怖いものは何もないんだよ」
と、なかなか不本意な話をコソコソとする女子陣。
言ってろ。空原さんの言う通りもう怖いものは無いんだよ。
僕が目配せすると、空原さんはため息をつき、紡の方を向いた。
そして一瞬、とても悪い顔になった。
「!?おいちょい待て空原さ......ッ!」
僕は紡の肩を抑える。
「諦めろ。一緒に犠牲になれ」
「いやだぁぁぁ‼︎」
しかし、今日の空原さんは無慈悲だった。
正直僕も、話の全ては聞いたことがない。
知っているのは、紡の過去が黒いらしい、と言うことぐらいだ。
彼女は物語風に語りだす。
「私たちの学年には1人、ある意味伝説となった人がいました。
彼は授業中はとても普通で、先生がいればぱっと見、ただの静かな人でした。
しかし、先生のいないところでは、彼は変わります──」
こうして今日、紡の黒歴史が語られる。
──2年前:冬──
放課後になった。
彼の周りの、今まで温和だった空気が若干尖り、近付きがたい空気へと変貌する。
そして彼は、顔に手を当て、いつもより低めの声で呟いた。
「やれやれ、やっと去ったか......」
周りの人たちは、これを見ると昔はギョッとしていた。
でも今は、面白がって半笑いで彼を見る。
「待ち侘びたぞ、ここからは俺のターンだ」
正直何を言いたいのかはよくわからないけど、とにかく彼は言い放ち、カバンを変な手つきで肩に下げた。
そして、ニヤリと笑った。誰に向かってかは知らないけど。
「さあ、俺を楽しませろ。世界の支配者よ!」
そう言うと彼は帰宅していく。
彼のいなくなった教室では、一部始終を見ていた人たちが話し始める。
「今日もあんなだったな」
「飽きないのかしら」
「てかワールドマスターって誰だよ」
さて、いつもならこれで終わりだが、今日の私は部活が休みなので暇人。
今日私は、放課後の彼を尾行する。
理由は単純。
好奇心と暇つぶしだ。
彼は校門を出ると、ブレザーのボタンを丁寧に外した。
校則は学校内では守るらしい。
彼が向かったのは、近所の工業団地だった。
そこへ入ると、彼はおもむろに、
「誰だ」
と言い放った。
一瞬私のことかと思ったけど、全然違ったらしい。
「1人、いや3人か?どこの機関の回し者だ」
私はとりあえず、近くの角に隠れ、様子を見る。
「......だんまりか。だがすぐに白状させてやる!」
彼はブレザーの内ポケットから何かをなれた手つきで取り出した。
それは、3枚のトランプだった。
「!?」
私はびっくりしたけど、この驚きはまだ序章に過ぎなかった。
彼は、その3枚のジョーカーを振り向き際に勢いよく放ったのだ。
3枚のジョーカーは鋭く飛び、三方向に落ちた。
「......回避したか。だが俺から逃れられると思うなよ」
案の定誰に言っているのかわからないけど、彼は今度はカバンに手を突っ込んだ。
「我が暗黒の心、聖なる光に応えよ...。
黒より黒く、闇より暗い漆黒より。
来たれ、我が闇の聖剣よ!」
そう言い、カバンから抜き放たれたのは。
黒い折り畳み傘だった。
(光か闇かはっきりしろよ......)
彼はしばらく折り畳み傘を振っていたが、突然傘を止めた。
「ほう、逃げるか」
そろそろ飽きてきた私は、冷めた目で彼を見る。
「逃げられると思うなよ」
彼は内ポケットへ再び手を突っ込み、何かを取り出した。
それは、エアガンだった。
彼は学校を出てからここまで、ポケットに何もいれていない。
つまり彼は、学校でも内ポケットにエアガンを隠し持っていたことになる。
言うまでもなく不要物。校則違反だ。
(何やってるんだろう)
これにはさすがに驚いた。
「我が弾丸よ、悪しきものを穿て──執行者の鎌!」
そう言って発砲した。
弾は想像で補完してるのか、空撃ちだった。
だけど言いたい。
あんたも悪しきものなのでは、と。
さっき『暗黒の心』とか言ってたし。
何を想像したのか、彼はふっと笑い、
「俺に関わるからだ」
と言い、ブレザーをはためかせながら去って行った。
しかし、数歩歩くと、彼は上を向きながら言った。
「俺の名は紡。"暗黒のセイントジョーカー"皆川紡だ。覚えておけ」
(はい、覚えました)
彼は満足したのか、鼻で笑うと工業団地を去って行った。
あまりにイタかったから人には言わなかったが、私はこれをはっきりと覚えている。
これこそが、きっと私しか知らない彼の黒歴史だ。
──現在──
空原さんは、語り終わった。
その顔は満足そうで、半笑いだった。
「ね、黒いでしょ?」
「黒すぎるわね」
「黒ってか闇だろ」
話の途中から、紡は抜け殻だった。
時折「死にたい......」とか聞こえた。
けどまあ大丈夫だろう。
今日の収穫。
黒歴史を知った。
さて、その日の午後。
僕は部屋の掃除をしていた。
いらないプリントやらなんやらが出てくる出てくる。
それらを片っ端から片付け、掃除機をかける。
もちろん、換気も忘れない。
大掃除は、稀に面白い。
懐かしいものが出て来たり、無くしたと思っていたものが見つかったり。
今は本棚の掃除をしている。
特に本棚はゴッチャゴチャだ。
図鑑や漫画、ラノベや小説、新書から雑誌まで、色々なものがある。
普段掃除をしないのに買い込み続けるとこうなる。
こうして見ると、整理は本当に大事だ。
今度からはたまにするようにしよう。
外から名前を呼ばれてる気がする。
「いるんでしょー?遊ぼー」
なんだ。久美か。
久美を家にあげ、許可を取り掃除を続行。
久美は本を勝手に読み始めた。
ちなみに、久美は最近冒険小説にはまっている。
僕の部屋に冒険小説はあまりない。
それでも久美は、一瞥しただけで冒険小説を引き当て、読み始めた。
「これ初版版じゃん。いくらしたのよ?」
「210円」
「やっす」
こんな感じで、僕が掃除を終わる前に、久美はそれを読み終わった。
久美が2冊目を少し読んだ頃、僕は掃除をやっとこさ終わらせた。
「お茶いるか?」
「いる〜」
頷き、一度部屋から出てリビングへ。
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私──久美は荘司が部屋を出たのを確認し、本棚を少し動かす。
「あった」
今日の目的のブツがそこに隠されていた。
私はそれをこっそり抜き取り、カバンへ突っ込む。
そして、何食わぬ顔で荘司を待った。
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お茶を二人分ついで部屋へ戻る。
久美は飽きたのか、読書をやめていた。
目線の動きが不審だ。
「何もしてないよな?」
と、念を押してみる。
「何もしてないよ?どうかしたの?」
気のせいだったのだろうか?
まあいいや。
「ゲームしない?」
「やる」
という会話があって、この後二、三時間ゲームで戦った。
その後の掃除で、なんだか本棚の後ろに隙間ができていた。
ついでに掃除しておくと、埃がすごかった。
翌日。
部室にて。
「ちーっす」
「よ、セイントジョーカー」
紡はコケた。
ふと。
久美はカバンからノートを一冊取り出した。
B5サイズの、表紙の黒い大学ノート。
いや、僕からすればそれは、中身まで真っ黒のノートだ。
早い話、黒歴史時代に僕によって書かれた、設定&物語ノート。
「なっ──!」
何故それを久美が持っている?
そう聞く前に、
「今から、荘司の真の黒歴史ノートを開帳しまーす!」
二人ぶんの拍手。
1日ぶりに、地獄が再来した。
だが僕は、絶句するしかなかった。
「タイトルは、『黒の...』これなんて読むの?」
「それを僕に聞くか!?」
「くーちゃん、ここに書いてあるよ」
「あら、本当ね。これが読み仮名とは思えなかったわ」
こういう細かいところも意外と心に突き刺さる。
こんなタイトル読めるわけないもんな...。
「じゃあ改めて。タイトルは『黒の虚剣帝』」
「「タイトル長っ!」」
今の僕もそう思います。はい。
「じゃあまず一章から......」
なんだ。昨日と同じパターンか。
もういいや。意識をどこか遠くへ...
「ちょっと荘司、これどう読むのよ」
「またかよ...」
内容が意味不明だったため、最後までは読まれなかった。
それでも地獄だった。
だがまだ序盤しか読まれていない。
中盤以降を読まれたら死んでいたな。
なぜならそこには、僕が当時好きだった人の名前がほぼ実名で出ているからだ。
その前に回収できて本当に良かった。
何はともあれ、これで文芸部男子の黒歴史は明かされた。
久美が言うには、
「二人とも中二病ってバリエーション無くて面白くないわね」
とのこと。
そう言う久美はどうなのかと言うと、ここまで大きな黒歴史は確かなかったはずだ。
であれば次は......
「空原さんの黒歴史ないのか?」
僕は女子二人がトイレに行った隙に紡に聞いた。
「.........ど、どうだったかな」
「............」
怪しい。
目が泳ぎまくっている。
何かをごまかしているのかのようだ。
「ほんとか?」
「悪いがこれは言えない」
認めやがったな。
だがそこまで隠すのなら聞かないことにしよう。
ちょうどその時、二人が帰って来た。
「あー涼しい」
「エアコンあって良かったね」
そう言って入って来た二人。
さて、久美がドアに手をかけたその時。
廊下を横切った人影が足を止め、こちらに向かって来た。
「「!?」」
そして驚く間も無く、この部屋に入って来た。
「えっ!?」
「誰だ?」
女子だ。
ロングの茶髪を振りまいている。
パッチリとした目で、部員全員のいるこちら側を向いている。
見覚えがない。
唐突に、彼女は、
「やっと見つけたわ」
と、それはそれは嬉しそうな笑顔で言った。
「「...?」」
紡が、あちゃー、と言った顔で頭を抑えていた。
この様子を見るに。
「紡の彼女?」
「違う」
即答だった。
でもそうなると誰だ?
その時。
彼女がすごい速さで動いた。
足音もほぼ聞こえなかったが、一体どうやったのだろう...?
彼女はその勢いで抱きついた。
「会いたかったわ〜梨乃〜!」
どう言うことだろうか?
空原さんがすごく抱きつかれている。
当の空原さんは、嫌そうに引き剥がそうとしている。
だが、彼女は離れない。
襟に指をかけ、片足を絡めて、全力でひっついている。
.........なんだこれ。
..................なんだこれ。
僕と久美の唖然とした顔を見て、空原さんはため息をついた。
とても長い、重いため息だった。
「あの女子の名前は河百合加奈子だ。確か1組。同級生だぞ」
見兼ねた紡が説明を始めた。
「彼女は──河百合はあれだ。いわゆるレズってやつだ」
なんとなく察したが、一応説明を促す。
「河百合は空原の──元カノなんだよ」
「......はぁっ!?」
「......えぇぇっ!?」
元カノ。
つまり前までは空原さんの彼女だったと?
事は思ったより大事だった。
予想の斜め上を行く発言に僕は、とりあえず、お茶をがぶ飲みした。