第5話:夏野菜カレー
──小学5年生:野外活動──
野外活動。
まあ林間学校みたいなものだ。
一泊二日で青少年センターに泊まり、子供だけである程度過ごす。
そういう学校行事だ。
基本的に男女混合の6人班で行動する。
僕の年は、先生がテキトーで、班は男女3人ずつという縛りはあったが、自由に組ませてくれた。
一クラスしかなかったので、班はすぐに組まれていき、僕と久美は偶然同じ班になった。
さて、夕飯は各班でカレーを作らないといけない。
ど定番である。
僕は料理は調理実習ぐらいでしかしたことがない。
正直、上手くできるか不安だった。
ご飯は飯盒で炊く。
これは比較的簡単だったから、なんとかなった。
でも、野菜を切るのは、少し苦手だ。
早くは切れない。
僕の班には、料理が得意な人はほぼいなかった。
ただ、やっぱりというかなんというか。
女子は男子より上手かった。
久美も例外ではない。
トントンと単調に切る音が途切れず聞こえるのは、素直にすごいと思った。
僕も、少しだけニンジンを切った。
ザックザックと切っていると、みんなから言われた。
「猫の手やれよ」
と。
それでもなんとか切り終わった。
カレーは、目立った失敗はなく(危なげはあったが)完成した。
水分が多い気がしたし、ニンジンはいびつな形をしていたが、それでも僕は満足だった。
──現在──
今日は珍しく、目覚まし時計を設定し忘れていた。
布団から起き上がる。
カーテンを開けると、ちょうど朝日が昇った頃だった。
時刻は、午前5時。
目覚まし時計なしでこの時間に起きれたことに、僕は習慣の偉大さを感じた。
「......まだいるかな?」
着替えを済ませ、ポケットにスマートフォンを突っ込む。
そしていつものように、僕は公園に繰り出した。
公園の手前、小さな十字路がある。
いつもはまだ静かだが、今日は少し遅いからか、足音がした。
「あら」
「お、おはよ」
時間が遅れたせいか、今日は久美といいタイミングで会った。
「もう探した?」
「いや、今来たとこだ」
2人で連れ立って公園に入る。
滑り台にとまっていたカラスに若干びびったが、僕は地面を凝視する。
「......なんだ、クロコガネか」
今日は、幸先が悪い。
カブトムシもクワガタも、一匹たりともいない。
「つまんないね〜」
「まあ、こんな日もあるさ」
諦め、場所を変えることにする。
とはいえ、近くに虫が撮れる場所は他にない。
一番近い場所は、ここから徒歩20分だ。
現在、五時三十分。
「なあ久美。この後時間ある?」
「あるよ」
「じゃあさ」
その場所は、ズバリ小学校横の公園だ。
少し遠いが、確実に獲れることで有名な場所だ。
小学校に行くのには、僕の家の前を通る。
その時に、家からロールパン(6個入り)を持ち出す。
「ほら」
「ありがと」
パンを食べつつ、小学校に向かう。
「ところで荘司」
「ん?」
ちょうどパンをくわえた頃、久美が口を開いた。
「誰が好きなの?」
「ウ ゙ッ!?」
僕は、パンをポーンと吹き出した。
空中に飛んだパンを、なんとかキャッチ。
「きゃっ、汚いわね」
「うるせぇ!」
誰のせいだと思ってる?
「ったく。脈絡もなくビビることを聞くな」
「そんなにビビらなくてもいいじゃん」
「......まあそれは」
落ち着け。落ち着くんだ麻山荘司。
よし、落ち着くためにまず深呼吸。
大きく吸って〜
「ゴホッゲホッ!」
いかんいかん。
パンが気管に行く。
なんとか飲み込み、再び深呼吸。
「......動揺し過ぎよ」
久美がとても面白そうな顔をして、ため息をついた。
2年生になった頃から、久美は僕にしつこく質問してくるようになった。
曰く、「誰が好きなの?」
その目は好奇心に輝き、そこに空原さんが加わると、さらに面倒なことになる。
正直、半年間ごまかしている自分を褒めたいぐらいだ。
きっかけは確か───。
......そう、「好きな人いる?」と言う質問に、ついうっかり頷いてしまったことだ。
もしタイムトリップする能力があるのなら、僕はあの日に戻って絶対に頷かないようにするだろう。
それぐらいの失態だ。
「荘司、こっちでしょ?」
「...ああ、悪い」
考え事をしていると、どうやら小学校前についてしまったらしい。
公園は、そこまで広くない。
しかし、公園の端に柵がなく、ある一面が雑木林に接している。
公園内に生えているのは、8本のドングリの木。
公園の中心では、電灯がまだ光っている。
スズメがいるから、きっと電灯の下にはいないだろう。
僕と久美は木に向かった。
どしん、と、木が音を立てる。
スズメが驚き、飛び去っていった。
そして木からは、三匹のクワガタが落ちてきた。
驚いたことに、全てオスだ。
「これは...すごいね」
久美も、開いた口が塞がらない、といった様子だ。
もう帰ってもいいや。
その後、木を蹴りまくった。
メスばかり取れるこの地域で、オスとメスの比率が2:1と言う、とても珍しい光景を見た。
そして、蹴っていない木は、ラスト一本となった。
「行くぞ〜」
「いつでもいいよ」
久美の返事の後、僕は蹴った。
すると。
「うわぁぁぁ!?」
「きゃぁぁッ!?」
大量の蛾が、降った。
たしか、ヤママユガとかいう蛾が。
僕達は、慌てて飛び退く。
「きゃっ、頭に乗ったぁぁッ!」「落ち着けよ、どけれねーだろ!」
困ったことに、蛾と一緒にクワガタが振ったのも、また事実。
「ちょっと荘司、あれどけてよ」
「えぇ......」
放置でもいいじゃん。
......ああ、どけたよ。どけてやったよ!
僕は蛾が嫌いだ。
最後まで追い払い続けた僕を褒めて欲しい。
その間、久美は虫を拾い集めていた。
そしてその結果、ここだけで13匹取れた。
そのうち、珍しくないものとメスだけを逃し、僕たちは帰った。
「二度と行かん」
「お疲れ〜」
「...何笑ってんのさ」
ため息をついた。
今日は部活の日だ。
カバンに、前に雑貨屋で買ったフィギュアをカバンに放り込み、いつも通りに家を出た。
部室にて。
「.........なんだこれ」
紡がげんなりと声を上げる。
その目線の先にあるのはもちろん...
「何って、フィギュアだよ?」
例のフィギュアだ。
「うんうん。並べてみるとほんとそっくりね」
「栢山さん?」
「ほんとうそっくり」
「空原さんんん?」
紡が助けて欲しそうな目でこちらを見ている。
............。
「いや、まじそっくり」
「お前もか!」
「買ったの僕だし」
何を怒ってるんだこいつは。
事実じゃないか。
「俺は認めない!こんなフィギュアと一緒なんて、絶対に認めない!」
「現実を見よう?」
「視線は暖かいのに言葉は冷たい!」
紡の叫びは、空原さんにすら届かなかった。
「落ち着きなさいよ紡」
「これが落ち着いてられるか」
僕は一言余計なことを言うことにする。
「紡」
「なんだよ」
「このフィギュアの名前、『head screw loster』って言うらしい」
裏面のシールを見せながら言う。
「......直訳すると、『頭のネジを無くした人』ってとこかしら」
空原さんが、フヒッと吹き出した。
「お前ら馬鹿にしてんだろ!?」
そう言う紡も半笑いで、勢いが少なかった。
結局、フィギュアはうちの部のマスコットとなった。
とりあえず、と本棚の上に置いておいたら、たまたま通りかかった紡の担任の先生がかなりびっくりしたらしいが、それはまた別の話。
さて、今日も活動内容はラブコメを書くことだ。遊ぶことではない。決して。
そして今更気付く。
ラブコメにも恋愛とは関係ない部分があっていいということに。
というわけで。
僕は日常パートを書くことにした。
しばらく、部室にはキーボードを叩く音とシャーペンが紙を走る音だけが響いた。
...ただし、3人分。
早くもノルマを達成したらしい紡は、フィギュアと睨み合っている。
(何やってんだこいつ)
と、この場の全員が思ったかどうかは定かではないが、少なくとも僕は思った。
そして突然、
「イラっとする」
と言い、フィギュアから目を離した。
僕は思った。
これが同族嫌悪ってやつか〜、と。
昼になり、この日の部活は終了した。
帰り道。
僕は何気なく道端の掲示板を見る。
テレビで言っていた花火大会のポスターはもう貼ってあった。
今月末にあるらしい。
それだけ覚えて、別のポスターを見る。
「福引だってさ」
久美の言葉通り、近所の商店街で、今日から福引があるらしい。
商店街で千円買い物したら一回引けるらしい。
「ほんとだな。どれ、一等は......北海道旅行ペアチケット、二等は最新式のテレビ、か」
ペアチケット...ね。
「二等の方が良いな」
「えー、私北海道行きたいよ」
「ペアじゃん。誰といくんだよ」
「それもそっか」
久美も僕も3人家族。
1人分は払わないといけなくなる。
そりゃ行けるんなら好きな人と2人で行きたいけどさ。
ちらっと視線を久美に向けると、目が合ってしまった。
とりあえず目をそらす。
「あー、そういや夕飯の材料買わねーとなー」
...我ながら白々しい。
けどまあ事実だ。嘘は言ってない。
「久美、午後行くか?」
久美は、
「素直じゃないわね」
と言いつつも、頷いた。
商店街には、スーパーのように物がまとめて売ってある場所はない。
だから、買うときはいくつかの店を回って買わないといけない。
この方法は、昔っぽくて僕は好きだ。
さて、1日ぶりにここへきた僕たちは、通りを歩き、店に向かっていた。
「何買うの?」
「えーっと、かぼちゃとトマト、ジャガイモに玉ねぎ。あとは豚肉だな」
そういうわけで。
僕たちは、八百屋に入った。
野菜の青っぽい匂いのする店内で、カゴに買うものを入れて行く。
「トマトってプチトマト?」
「どっちでも良いぞ」
「じゃあ安いからプチトマトで」
ついでに安い野菜を幾らか入れて、会計する。
「はいよ、768円」
千円には届かなかった。
だが、まだ肉がある。
肉は、安いものを買った。
正直、肉の良し悪しは僕にはまだわからない。
しかし、そうすると千円まであと50円となった。
「どうするかな」
と、僕が悩んでいると、久美の携帯が鳴った。
久美は画面を見て、ちょっと待ってとジェスチャーで僕に伝え、電話に出る。どうやら母親らしい。
電話の間に、僕は次にどこへ行くかを考える。
「50円......本屋で漫画を買うか、駄菓子屋行くか......」
少し考え、駄菓子屋に行くことにする。
チョコでも買うか。
しばらくして、久美が電話を切った。
「電話、なんだって?」
「帰り遅くなるから、夕飯適当に済ましといてって」
「そうか。で、なんか買うのか?」
「どうしようかな」
しばらく考えるらしいので、時間つぶしに駄菓子屋に行くことにする。
商店街の端の方に、その店はある。
移動する時間はそこそこあるから、その間に考えてもらう。
さて、僕はどうするべきか。
うちは両親共昼から夜の間に働いているから、夕飯は大概1人だ。
だから、1人増えても問題ない。むしろ大歓迎だ。
ただ、誘いにくい。
(よし、駄菓子屋に着くまでに決まらなかったら誘おう。そうしよう)
やはり僕はチキンなのだろうか?
着いてしまった。
駄菓子屋に。
僕はチョコレート(100円)一個と、せっかくなので当たり付き10円駄菓子を六個購入し、店の外で開封する。
「.........」
外れ。
ラーメン状の菓子を口に流し込む。
意外と辛いな。
久美はまだ選んでいる。
心の準備をする。
深呼吸をし、二つ目の菓子を開封。
「............」
外れ。
そりゃそうだ。そう簡単に当たってたまるか。
駄菓子業界が衰退するわ。
あ、久美が会計済ませた。
......まだ大丈夫だ。きっと久美も食べるはず。
三つ目も案の定外れだった。
グミを口に含んだところで、久美が店外へ出てきた。
「何個買った?」
「六個」
僕と同じか。
そろそろいうか。
そう思いつつ、最後の駄菓子を開ける。
「...おっ、10円」
「荘司当てたの?」
「うん。交換してもらってくる」
....やった、時間稼ぎ!
2人とも食べ終わる。
そろそろいうか。いや、言わなければならない。
いうべき言葉は脳内で何度も読んだ
『夕飯、うちで食べてくか?』
という言葉だ。完璧。行ける。自然。
よし、言うぞ!
「久美」
「なに?」
「あのさ──」
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この時、僕の脳内は、さながら白のインクをかけたのかのようにホワイトアウトした......!
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「──えっっと......」
(あれ、なんて言うんだったっけ?)
口をパクパクさせる僕を、久美は不思議な物を見る目で見ていた。
その目は疑問とかの色ではなく、笑の色だった。
1秒を10秒とも1分とも感じた。
そして、僕が絞り出した言葉は──
「夕飯、多く作る予定だけどいるか?」
といったような、まるで多忙な主婦のようなセリフだった。
それでも幸い、久美は疑問を口や態度に出すことなく、
「じゃあもらおっかな」
と言ってくれた。
こうして、僕はなんとか久美を呼ぶことに成功した。
そんなこんなで、麻山家。
いつもこの時間は僕1人だが、今日は久美もいる。
買ったものを袋から出し、鍋を出す。
まな板を出し、野菜を洗う。
「手伝おっか?」
「あ〜、じゃあ頼む」
まな板を出し、洗った野菜を置いていく。
「野菜うまい具合に切っといてくれ」
「うまい具合にって」
久美は笑ったものの、ニンジンを危なげなく切っていく。
一口サイズだから大丈夫だ。
その間に僕は別のまな板で安めの豚肉を切り、切ったそばから鍋に入れていく。
「何作ってるの?」
「カレー」
久美の手元を見るとニンジンは切り終わっていた。
久美はかぼちゃを切り始めている。
「じゃがいもの皮剥いとく」
「うん」
しばらく、野菜を必要量切った。
野菜があらかた切れたから、僕は切り終わっていた肉を中火で炒める。
肉の焼けるいい音がする。
そろそろかな。
「野菜切り終わってる?」
「うん」
そりゃそうか。
野菜を、火の通りにくいかぼちゃから入れていく。
全ての野菜を入れたら、野菜が焼けるのを待つ。
さて、いい具合に火は通ったな。
ここで水を入れる。
量は、具材がギリギリ浸かりきるぐらい。
これで、具材が煮えるまで待つ。
「荘司、さっき買ってたチョコって隠し味にするつもり?」
「ああ。まあオーソドックスだし」
久美は少し首をひねる。
「荘司ってそんなに料理できたっけ?」
失礼な。
たかがカレーだぞ?
「調理実習かなんかでもやっただろーが」
まあ確かに、高校生になってから、料理をすることが増えたのは事実だ。
上手くはないけど。
例えば、野菜──特にカボチャなどの固めのものを切るのは、久美ほど手際よくはできない。
具材が煮えたので、一度火を止め、ルウを溶かす。
ルウは中辛。
ある程度煮たら、チョコレートを一欠片投下。
甘い?知らんな。
出来上がる前に、もう一仕事。
冷蔵庫から、3日前に買ったレタスをだし、適当にちぎる。
小皿に盛って、その上にプチトマトをトッピング。
適当サラダの完成だ。
「できたぞ。夏野菜カレー」
「おー、美味しそう」
我ながら上出来。
いつかルウから作ってみたい。
皿に盛ろうとしてから、ふと思いとどまって久美に聞く。
「持って帰るか?」
今度はしっかり自然に言えたはずだ。
久美は考えずに、
「ここで食べて言ってもいい?」
と言った。
もちろん頷く。
いつもは1人の夕食は、結果として2人で食べることになった。
いろいろあったけど、最終的には最初の目的通り2人でたべれた。
僕はそれだけで今日は満足だ。
ちなみに夏野菜カレーは、水っぽくもルウっぽくもない、ちょうどいい味だった。