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夏への約束  作者: 直帰
4/21

第4話:贈り物

 ──小学四年生:6月のある土曜日──

 わたしたちの町には、子供会がまだ存在する。

 子供の数自体が少ないため、お金はそこそこあったらしい。

 だからなのかは知らないが、子供会に所属する家族が集まり、どこかに出かけるイベントが定期的にあった。


 この日の子供会では、隣町にできた小さな遊園地に遊びに行った。

 まだできたばかりで、機械も全てピカピカだった。

 そこではその日、オープン記念イベントをやっていた。

 内容はいろいろあったはずだが、わたしはあまり見なかったので覚えていない。

 ただ、 イベントの一環でやっていたビンゴ大会だけは参加したから覚えてる。

 ビンゴした人から前でクジを引き、景品を渡されるのだ。

「くみちゃんどれ狙うの?」

 一緒に来ていた幼馴染に聞かれ、わたしは

「四等かな」

 と答えた。

 それは、ユルい顔をした猫のぬいぐるみだ。

 理由は、単純にカワイイから。

 その幼馴染は、三等の時計を狙うらしい。

 とにかく、わたしはビンゴ大会に参加した。


 渡されたビンゴカードが悪かった。

 ほとんど開かない。

 わたしがやっとこさリーチになった頃、幼馴染はビンゴした。

 彼はドヤ顔しながら前に出て行き、クジを引く。


『おめでとうございます!四等です!』


 司会者のその言葉に、わたしはこっそりため息をついた。

 結局、わたしのビンゴカードは穴の列を作らなかった。


 帰り道。

 わたしは手ぶらで帰っていた。

 楽しかったけど、前を歩く幼馴染の手元を見ると思い出す。

 その手のビニールには、例のぬいぐるみが入っている。

 欲しかったな、ぬいぐるみ。

「ため息つくなって」

 ため息をついたことに、彼に言われてから気づく。

 わたしは、なんでもないと言って、彼の先を歩いた。


「まって」

 後ろから呼び止められ、振り向くと彼がぬいぐるみを持っていた。

 彼は目をそらしながら言った。

「その...さ。ぼくはぬいぐるみはいらないんだよ」

「へぇ〜」

 ケンカを売られた気がした。

「あげるよ」

「え?」

「だからあげるって」

 そう言ってぬいぐるみをずいっと差し出してきた。

 わたしはそれを受け取る。

 嬉しかったから、自然と笑顔になった。

「ありがとっ。大事にするね」

 そう言うと彼は笑顔で頷いた。



 ──現在──

 ヒグラシの鳴き声を最初にカナカナと表現したのは誰なんだろう。

 窓の外で響き渡るヒグラシの大合唱を聞き、僕──荘司は考える。

 今の僕には、カナカナと言うよりはキリキリと聞こえる。

 まだ明るくなっていない空。

 にも関わらずヒグラシは騒がしい。

 日が暮れる頃に鳴くからヒグラシと名付けられたらしいが、改名した方がいいんじゃないか?

 窓を全開にして寝たら、たまにヒグラシに起こされる。

 普段は気にならないんだが。


 着替えを済ませ、スマホをポケットに入れた頃、目覚まし時計が本日の使命を果たすべく、電子音を奏でた。

 ヒグラシが少し大人しくなった気がした。


 公園には、まだ鳥も来ていなかった。

 足元には、数多の羽蟻がいる。

 羽蟻はオスだそうで、この時期以外は巣に引きこもる。

 かといって、ニート生活を終えたら、巣には帰らない。夜、外に出た後は巣に帰らずそのまま繁殖して死ぬらしい。

 つまり、ここにいる羽蟻は、夜の間にどんなことがあろうとなかろうともう死ぬ。

 まあ要するに、『家から出た?なら死ね』と言うことだ。

 蟻界は男に厳しいのか、優しいのか。


 ......と、こんな風に、昔読んだ図鑑の内容を思い出しながら羽蟻達に哀れみの視線を送っていると、足音が聞こえて来た。

 久美だ。


「宿題やってる?」

 久美の第一声はそれだった。

 僕は動きを一瞬止めたが、気にせず久美に向き直る。

「まだ7月だろ。そんなに神経質にならんでもいいんじゃないか?」

「でも中3の時出せてなかったでしょ?」

「.........」


 そのあと、20分ぐらい遊んでから、僕たちは帰路に着いた。

 


 今日は土曜日。

 予定、なし。

 暇な休日。

 外は快晴。行楽日和だ。

 そんな日だけど。

「寝るか」

 僕は、自室に帰った。


 窓を開け、扇風機をつける。

 布団に入り、寝ようと思ったその時。


  ピンポーン。


 インターホンが鳴った。

 眠いので、居留守を決め込む。


  ピンポーン、ピンポーン、ピンポピンポーン、ピンポピンポピンポ..................


「いるのはわかってんのよー?」

「じゃあ連打すんじゃねーよ!」


 かすかに聞こえた久美の声にツッコミを浴びせて、僕は自室を飛び出した。



 ドアを開けると、久美がニコニコと立っていた。

「遊ぼ?」

「え?いや僕は」

「釣り行こ?」

「行きます」

 こうして僕は、家から連れ出された。


 で。

 僕は今、川にいる。

 唐突だが、僕の好きな場所トップ3(ざっくり編)を発表しよう。

 3位から順に、商店街、川、山だ。

 そしてここは、山の横にある、比較的静かな川だ。

 僕は思う。

 最高かよ、と。

 久美はどうやって見つけたのだろうか?


 川には、魚影が見える。

 種類まではわからない。

 でも、いるなら釣れるだろう。

 僕は家から持参したパンの耳を針につける。


「先に釣った方に、ジュース奢ることにしない?」

「いいだろう。後悔させてやる」

 久美もパンの耳をつけたようだ。

 僕たちは、セーので針を投下した。


 今のご時世、学生には3人の強い味方がいる。

 それすなわち、100円ショップ、コンビニ、業務スーパーである。

 僕たちが振っている竿は、100円ショップの代物だ。

 竹製の竿で、朱色に塗られている。

 決して見映えは良くない。

 リールだけは親に中古で買ってもらったが、それ以外は100円ショップで仕入れた。

 買ったのは中一の頃だから、そろそろボロくなってはいるけど、まだ使える。

 安いからって悪くはないのだ。


 その時。

 僕の浮きが沈んだ。



 数分後。

 自動販売機から吐き出されたりんごジュースの缶を、僕は久美に手渡す。

 思うことはただ一つ。

「どうしてこうなった」

 僕の自転車のカゴの中には、無残にも糸が切れた釣竿が放り込まれていた。


 僕の竿は、確かに魚を引っ掛けた。

 ただ、問題があった。

 釣れたのが、大きなコイだったのだ。

 長らく糸を変えていない僕の竿には、荷が重すぎた。

 それでもなんとか空中にあげることには成功した。

 しかし、そこで限界がきた。


 まず聞こえたのは、バキリという竹の折れる音。続いて、プツリという糸の切れる音。

 バッシャーンと盛大な音を立て、コイは再び水中へ。

 あの時の久美の、可哀そうなものを見る目を、僕はきっと忘れない。


 釣りも終わり、暇になった。

 僕たちは、隣町の商店街に行くことにした。

 商店街までは、自転車で30分。

 竿を置きに家に帰り、午後から出発することにした。



 昼ごはんにレトルトカレーを温めて、僕はテレビをつける。

 チャンネルはローカル局に合わせ、たまたまやっていた情報番組を見ることにする。


『──うも全国的に厳しい暑さが続くので、必要以上の外出は避け、出る場合は帽子など熱中症対策を忘れないでください』


 キャスターのありがたい忠告に、帽子を出そうと考える。

 画面は切り替わり、市内でもそこそこの大きさを誇る駅──隣町のさらに隣町の駅が映る。


『いやぁ福町さん、今月は花火大会があるようですよ?』

『みたいですねぇ。告知ポスターが何枚も貼られております』

『夏といえば打ち上げ花火。ボクはそう思っているわけですよ』

『いやいや、海でしょうそこは』

『花火もまだまだ捨てたもんじゃ──』


 出演者たちのたわいもない話を聞き流しながら、スプーンを動かす。

「......花火...か」



「待った〜?」

「いや、さっき来たとこだ」

 家から徒歩30秒の十字路(久美と待ち合わせするときは大概ここ)に着くと、久美はすぐにやって来た。

 久美の服装は、釣りの時の服から着替えていて、さっきまでより薄手な服になっていた。

 まあ暑いし、いい判断だと思う。

 かくいう僕は、朝との違いはせいぜい帽子ぐらいだ。

 じつはこの帽子、中二の頃から使ってたりする。

「んじゃ、行きますか!」



 ──商店街──

 この商店街は、都会人には絶滅したと思われている雰囲気が残っている。

 昭和に形成された頃から、大きくリニューアルしていない上に、当時から続く個人経営の店も多くあるため、空気は昭和のそれだ。

 ただ、寂れているのかというとそうとは言い切れない。

 この周辺に店が少ないため、地元民から愛され続けていて、周りには、日光激しい昼間だというのにそれなりの数の人が歩いている。


「で、どこ行きたい?」

 僕はとりあえず久美に希望を聞く。

「んー、そこのゲーセン行こ?」

「オッケー」

 僕たちは、小さなゲームセンターに入った。


 突然だが、田舎のゲームセンターに行ったことがあるだろうか?

 田舎のゲームセンターには大きく2つのパターンがある。

 まず、よく整備されていて、客が少ないからかクレーンゲームのクレーンが強いもの。

 そしてもう1つは、クレーンが弱かったり、あまり整備されていないもの。

 後者の場合、音ゲーのバージョンも数年前で止まっている場合が多い。


 さて、このゲームセンターはというと、前者の方だ。

 ただし、景品は全体的に古い。中には最近のものも混じっているが。

 ちなみに、ここは商店街の入り口に近い。

 だからか、よく一番最初に入る。


「おぉ〜」

 久しぶりにここに来た久美が、クレーンゲームの景品を物色している。

 周りを見ても、学生はあまりいない。

 さすが田舎である。

 不意に久美が、ある景品を見て止まった。

「どうした?」

「......欲しい」

「そうか。頑張れ」

 景品は、デフォルメされた犬のクッションだ。

 丸っこくて、目は点。

 確かに可愛い。

 見本で吊るしてあるそれを触ると、とてもふかふかしていた。

 ......欲しい。


 久美は100円を投下した。

 硬貨を呑み込んだ機体は何やら軽快な音を立て、レバー横の表示が60に変わる。この機械は60秒間アームを何度動かしてもいいやつらしい。

 久美は横から見たり、精一杯背伸びしたりして、アームを何度もガコガコと動かす。

 やがて、納得いったのか、アームを下ろすボタンを押した。

 一瞬の沈黙の後、緊張感のないヒューンという音とともにアームが下がった。

 アームはがっしりとクッションを掴み、そして───

「あっ...」

 空中で、クッションは滑り落ちた。

 クッションはゲット口の近くへ。

 久美はため息をつき、離れていく。

「もういいのか?」

「他のもの買えなくなるでしょ」

 ごもっともで。



 一度ゲーセンから出ると、僕たちは横の雑貨屋に入った。

 雑貨屋は、以外と変わった商品が多い。

 僕はそういう少し変わったものが割と好きだ。

 僕が商品を見ていると、久美がある小さなフィギュアを見せてきた。

 いかにも外国ってカンジの配色の服を着せられている。

「このキャラ顔が紡に似てない?」

 そう言われてみると、そうとしか見えない。

 いや、実際似ている。

 特に、目とか。


 僕はそれを買った。

 300円だった。紡やすいな。


 ・・・・・

  ・・・

   ・


 こうやって過ごしていると、以外と時間はすぐに経った。

 そもそも回る店もあまりないので、僕たちは入り口近くのベンチに座って休憩することにする。

 目の前には、ゲーセン。

「さっきのクッション取りに行こっかな」

「取れたらちょーだい」

「なんでだよ」

 そう言いつつ、僕は100円玉を入れた。


 アームはデフォルメ犬を持ち上げる。

 そして、一番上についたその時。

「「...あぁ〜」」

 わずかな揺れが伝わったのか、クッションアームから逃れる。

 移動したクッションは、ゲット口のすぐ近くにある。

「どう、取れそう?」

「......さあね」

 財布の中には500円玉が一枚と100円玉が二枚、それから千円札一枚。

「...いけるかも」

 僕は500円玉を投入した。

 これで連続して6プレイできる。一回お得だ。

 とはいえ、6回しかチャンスはない。

 僕は再びレバーを傾けた。


 ラスト1プレイ。

 これでダメなら100円を追加しないといけない。

 僕は慎重にアームを操作する。

 僕の右では、久美が緊張の面持ちで見ている。

 なんで久美の方が表情が固いんだ?

 アームはクッションを持ち上げ、移動を開始する。

 ここで久美が、少し笑顔になりながら

「やったか!?」

 と口走った。

「おいやめろ」

 それはフラグだ。

 案の定クッションは落ちた。

「これは久美のせいだろ」

「えぇ〜?」

 とりあえず100円を投入。

 コツは掴んだ。

 アームはクッションを抱え、ゲット口の真上へ。

 軽快な音楽が流れ、クッションがゲットされた。

「ヨッシャッ!」

 クッションを抱えると、久美は笑顔になった。

「それ頂戴」

「やだ」

 満面の笑みで答えてやった。

 僕達はゲーセンを出た。

 そのまま僕達は商店街を後にした。


 さて、帰り道。

「ねぇ、頂戴」

「えー」

「頂戴ってば〜」

 これである。

 正直、しつこい。


 そのまま住宅街まで来てしまった。

 久美はまだ「頂戴」と言っている。

 僕はまだあしらい続けていた。

 ただ、僕は押しに弱い。

 僕はすぐに流されるのだ。


「だーっ!落ち着けって!後で考えてやるから!」

「え、くれるの?やった!」

 そう言うわけではない。

 とにかく、僕はやっとこさ要求を鎮めた。


 最後の交差点。

 僕は何と無く思った。

 クッション、使わなくねーか?と。

 そう納得して見る。

 久美にあげるのも悪くないか。

 自分を説得し、久美を呼び止める。

「いるんだろ?」

 差し出したクッションを、久美は一瞬躊躇したものの、結局受け取った。

「ありがとっ」

 受け取った彼女は、それはそれは嬉しそうに笑うのだった。


 こうして、久美の部屋にまた新しくクッションが加わったのだった。

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