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夏への約束  作者: 直帰
2/21

第2話:休み前のミーティング

 青春、と言う言葉がある。

 そう、少女漫画や高校野球を見た時に、大人が遠くを見る目で呟くアレだ。


 この言葉を聞くたびに僕──荘司は、青春とはそんなに素晴らしいものかと思ってしまう。


 窓の外では運動部が甲斐甲斐しく走り回り、校舎4階に位置する音楽室からは吹奏楽の練習が騒々しく響き渡る。

 そしてそれらとは一歩離れた校外の街路樹からは、吹奏楽と張り合うのかのようにアブラゼミのオスたちが騒ぎ立てる。

 放課後だと言うのにその日射は迷いもなく地上を焼き、学生達はその日射を物ともせず活動する。

 こう言う光景を、大人たちは本当に青春というのだろうか。


 僕は、冷房の効いた3階の文芸部室に引きこもり、眼下の生徒達を見下ろす。

 こんな日によく活動できるものだ、と呆れ、軽くため息をつく。


 しかし、ここが別に何もしていない場所というわけではない。


「荘司、黄昏てないでミーティングちゃんと聞きなさい」

「た、黄昏てなんかねーよ」

 僕は窓から視線を外し、部室の中に体を向ける。

「もうくーちゃん、そこまで言わなくてもなんだかんだで麻山くんは来るって」

「そう思ってたらこいつゴールデンウィーク部活完全にすっぽかしてたでしょ、忘れたの?」

「んなこともあったな。荘司。やっぱりちゃんと聞いとけ」

「なっ紡、この裏切り者!さっき何も言わないって言ったくせに!」

 そう。こいつらがいるから僕はサボれない。

 もっとも、部活動である以上しょうがない事ではあるが。


「で、いつが活動日かわかってるんでしょうね?」

 栢山久美(かやまくみ)

 幼稚園から一緒で、付き合いは長い。

 黒髪を襟元で切りそろえている、世話焼きだ。

 ちなみに、部長だ。


「さ、さすがにわかってるよね?」

 空原梨乃(そらはらりの)

 僕と同じクラス。

 長い茶髪を赤いゴムで括っている。


「わかってるよ失礼な!」

 麻山荘司(あさやまそうじ)

 ある知り合いに、「いつも気怠げ」とか「万年睡眠中」とか言われる。細目で悪いか。

 髪は、若干くせっぽい。


「わかってるんだったら言ってみ?」

 皆川紡(みながわつむぎ)

 成績が高く仕事も早く、雰囲気は明るすぎるぐらい明るい男子部員。悔しいことにイケメンだ。

 僕とは対照的だが、対極とは言い切れない。

 そんなやつだ。


「えぇっと、お盆以外の月水金は全部あるんだっけ?締め切りはまだ言ってねーよな?」

「あら、本当にわかってたのね」

 紡の言葉に答えると、久美がとても意外そうに言った。ネタだよな?そうであってくれ。

「それで、締め切りは?」

 空原さんのその疑問に、少々身構える。

 久美はこちらをちらりと見てから、メモ帳を開いた。

「次の締め切りは......喜びなさい荘司。始業式よ」

 久美のその言葉に、僕は少し安堵する。

 よかった。間に合いそうだ、と。


 僕は今、スランプに陥っている。

 ストーリーが全く思い浮かばないのだ。

 入部当初はストーリーが次から次へと浮かんだものなのに。



 入学後。

 僕は、静かで、私用できそうな場所を探した。

 そんな最中、僕は1つの部活を見つける。


 文芸部。

 そこは、廃部寸前だった。

 勧誘すらしていない、部員ゼロのこの部活を見つけ出した僕は、1人ここに入部した。

 正直、静かだし誰もこないし(顧問の先生は滅多にやってこない)、パソコンもある。天国だった。

 しかし1週間後から、人数が少しずつ増え、気がつくと4人になっていた。

 3人はよく喋る。

 久美についてはわかっていたが、それ以外は予想外だった。

 話が合ったのもあり、僕らはすぐに仲良くなった。

 部活動も平日は毎日しっかりあったから、私用できそうな空気は皆無になった。

 だが、今はこの空気も気に入っている。



 さて、お盆と言うワードで気づいた人もいるだろう。

 今日は夏休みの前日だ。

 だからこのミーティングは、休み中の活動日について、そして、次の締め切りについてのミーティングだったわけだ。


 締め切りがわかった以上、無理に絞り出す必要はなさそうだ。

 僕はそっとため息を吐く。

「そうだ荘司。お前今度何書くんだ?」

「えっ......と」

 誤魔化そうと思ったが、久美も空原さんもこっちを見ているので、諦める。

「実は全く決まってなくて......」

「へー、荘司スランプ?」

「まあ、そんなとこ」

 実際そうなのだが。

「麻山くんは、どんなのが書きたいの?」

 そんなことを空原さんが聞いて来るが。

「そもそも書きたいものが浮かばないんだよ」

「大変だな、荘司も」

 そうは言っても、このペースだと、そろそろジャンルぐらいは決めた方がいいのかもな。


「じゃあさ」

 顎に手を当て考えていた久美が顔を上げる。

「敢えてやったことないジャンル書いてみれば?時間的に余裕もあるし」

(敢えて......か)

 僕は自分が過去に書いた作品を思い出す。


 一年に3冊のペースで文集を出すというこの部の風習は、まだ残っていた。

 1つの文集に、1人4つの作品を載せないといけない。

 早くサボりたかった僕は、春から作品を書き始めた。


 だから最初に書いたのは、今年の春。

 1人の魔法使いが、荒廃した世界を旅する話を書いた。

 次が、ゴールデンウィーク前。

 確か、ヒロインが異世界のイケメンに召喚されるものだった。

 その次は、ゴールデンウィーク明け。

 風紀委員が、魔法を使って不良を統治する話を書いた。あれは我ながら傑作だったな。

 今年の6月。締め切り直前。

 なんとか書いたのは、高校生が異世界に転生し、死に戻りを繰り返しながら悪魔を祓う話。言うまでもなく駄作だ。

 .........。

「言われてみれば、ファンタジーしか書いたことないな」

「だったら、ファンタジー以外を書いてみたら?」

 久美が言う。

 隣で、空原さんも頷いている。

「例えば?」

 そう聞くと、今度は腕を組んでいた紡が答えた。

「例えば......ラブコメとか?」



 こうしてこの夏、僕は恋愛に追われることとなった。

 これは、ある夏休みの物語──。

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