夜のぶらんこ
楽しんでもらえたら幸いです。
真夜中。町が寝静まった頃に少年はベッドを抜け出す。
パジャマのまま、はだし特有の足音を立てながら玄関を目指す。
ドアを出ると暗闇が少年の周りにまとわりついた。
だが、彼は気にも留めない。
この夜の雰囲気が彼は好きなのだ。
少年はどこへ行くともなくふらふらと歩きだす。
昼間には誰も気にも留めないようなものが、夜になると宝石みたく輝きだす。
さびれた商店街、街頭に群がる蟲、どこまでも続く赤信号の点滅。
彼は瞳をきらきら輝かせながらそのすべてをながめる。
そんな少年のことを、塀の上では目の中に月の光をたずさえた猫が見つめていた。
しばらく歩いて、少年は町の中心部から離れた団地にたどり着いた。
大昔にたてられたこの大きなたてものには、今ではだれも住んでいない。
その薄汚れた外観は、どこか哀愁を感じさせた。
少年は団地の中に小さな公園を見つけた。
かつては多くの子供たちが遊んだであろう遊具は、ほとんど壊れてしまっていた。
少年はかろうじてぶら下がっているぶらんこにそっと腰かけた。
くさりがキィッという耳障りな悲鳴を上げる。
少年はしばし忘れ去られたものたちとのあそびに興じた。
ザザッ
小さな足音に少年がふと見ると、公園の入り口に女の人が立っていた。
彼女のひざ下まである真っ赤なワンピースは、暗闇に映えてくっきりと浮かび上がっていた。
「おどりましょう。」
彼女が艶やかな声で言って、少年のほうに手を差し伸べる。
少年は半ば放心状態で立ち上がり、その白い手をそっとつかんだ。
すると、どこからともなく陽気な音楽が流れ出し、女がおどりはじめた。
少年もその手にひかれながらたどたどしくステップを踏む。
いつの間にか少年の周りでは、たくさんの子供たちが踊っていた。
金色の光の中、彼らは一緒に踊り続けた。
キィッ
少年はぶらんこのきしむ音で目を覚ました。
どうやら座ったまま眠ってしまっていたようだった。
少年は眠たい目をこすりながら、あたりを見渡した。
団地はすっかり元通りのように静まり返っていた。
夜とは夢と現実、現実と夢のまじりあった世界である。
そこではどんな不思議なことが起こってもおかしくはない。
今夜の出来事のようなことも起こりうるのである。
だからこそ、少年は夜の散歩をつづけるのだ。
この哀愁に満ちた不思議な時間を探訪せずにはいられないのだ。
少年はそっとぶらんこを立ち上がり、その場を後にした。
静かな団地には、名残惜しそうなぶらんこのきしむ音だけが響いた。
感想などもらえたら幸いです。




